第一王子の縁談3
ルゼノの東に位置するライゼルス。
「ルゼノの第一王子殿下が、ルカ王女とお会いするそうで」
「えぇ、そんな噂が…」
「何故?今まで…そんな話は…!」
噂になっているのは、ルゼノでも同時に話題となっている会談について。
どうにも不穏な会話であることを、傍に潜む者が聞き逃す筈もなく、軈て離れた影は姿を消した。
◆◇◆◇◆
ライゼルスはルゼノの友好関係にある国である。
大陸の中央を起点にした国であり、その面積は大陸最大の規模を誇る。前王朝を滅ぼして国を治めたことから始まり、国名を変えてからの歴史はルゼノと比べると浅い新興国である。
鉱山を有し、農耕地も広いが、中央にあるため港は持たず、水産資源の確保にはルゼノとの関係を重視している。
「……普通に仲良しな国じゃないんですか?」
「うん、仲良しだね」
ライゼルスから送られて来るという親善大使と第三王女を接待するのは、ルゼノの第一王子と王女。
ライゼルスの主だった王族は『黒』に近い紺色の髪色を持っているが、ルゼノで忌避する対象であっても大国である為に彼の国の使者を受け入れざるを得ないと主張しながら──まぁ、声高に言う人間は一部だが──、実は友好的に交流している期間が長いという、何とも不可思議な関係である。
「正直、国としての対応はそうするしかない、ということだ。幾ら我が国の伝統だと『金髪至上主義』を掲げようと、それを続ければ孤立するだけだしな。閉鎖的な時代だったならば兎も角、今は大戦もなく、民間も含めて交流は活発。伝統だから、と交流を拒否するならば、国と国との関係など破綻する」
「で、怒ったライゼルスに侵攻されるって訳ですか」
「ま、何を切っ掛けにして戦争が始まるかは分からないが……港の確保は重要だからな、関係が拗れたら攻めてくるんじゃないか?」
クラウディアはあっさりと口にしているが、それは史実から物語られることだ。希望的観測だけで成り立つ友好関係は、脆く崩れやすい。
「……どうか致しましたか、スカイティア様」
「あ、いや……改めてみると、本当に沢山の国があるんだなって」
レーウィスの問いに、スカイティアは曖昧に答える。
地図にはライゼルスを中心にして小さな国が点在し、その中でルゼノは中規模と言った所か。
「この大陸は世界の一部ですよ。海を渡れば、幾らでも国はあります」
「へぇ…」
レーウィスの説明に、スカイティアは感嘆の声を漏らす。
スカイティアにとっての世界は本当に狭いのだろう。この王宮の中ですら、知らないことは多いに違いない。大図書館に来るまでの道筋でも辺りを見回し、物珍しそうにレーウィスに問いかけていた。
……そういえば、先導するクラウディア様に置いて行かれそうになってたな。最終的に何故か俺が手を繋ぐ破目になったけど。
「スカイティア様は行ってみたい国とか、ありますか?」
「んー、ヒカルは故郷のこととか覚えている?」
「……故郷、ですか」
朧げに覚えてはいるが、最近は少し怪しい。というか、最近は妙に既視感を覚えるのだ。
ヒカルの容姿からして、地図でいえば東の生まれだだろう、と言われた。実際にルゼノよりも東にあるライゼルスを含め、更に東側の国々にはヒカルの様な容姿を持つ人種が多いと聞く。
ユエ曰く『ヒカル』という名前も東国の発音らしいし、容姿の合致からも其方からやってきたのだろう、と。
しかし、実際にはよく分からない。家だと思っていた場所は、思い出す度に形を変えている気がする。部屋の外に見える景色も、資料で見せて貰った東洋風の建物に見覚えがある気もするが、寧ろルゼノの城下で見る街並みの方が馴染みがある気がする。
(……俺、何処から来たんだろう)
スカイティアの元へ来るまでに見た景色が、光景が、色濃く残りすぎて。
自分がいたであろう、本来ならばいるべき場所の記憶は確かに残っていた筈なのに、今は朧げなものしか象れない。
(……母さんも伯父さんも、元気かな?)
覚えている。確かに、覚えている筈なのに。
その温もりも、声も、姿形も、何処か遠く感じられて。本当に見ていたものは、触れていた感覚は儚く消えてしまったようだ。
思い出す景色が移り変わるのは、もしかしたら母と伯父は旅をしていたのかもしれないし、そうなると故郷といえる場所は何処なのかと首を傾げざるを得ない。
「故郷の記憶と言えるのか、よく分かりません。思い出す景色は余りにも朧げですし……正直、今の生活が強烈ですしね」
「きょ、強烈って…」
「ま、否定はできないな……現在進行形で巻き込んでいるし」
えぇ、お二人は特に強烈でしたとも。貴方方ご兄弟というか。……ん?巻き込み?
「え、現在進行形って何です?」
「だから、ライゼルスに関して何か気づくことがあれば、と思ってな」
あぁ、態々ルゼノの実質的な王太子と、彼の右腕である王女が二人で待ち構える理由ですか。
ライゼルスとの未来を見据えて、今の若い世代でも友好関係を築いていきましょうってだけではないんですかね?……悲しいけど楽観的か、これは。
「地理的にも、歴史的にも友好的であることが望ましく、そういう方向で今あることが幸いだと思いますが」
「ライゼルスからすれば港を持つルゼノと良好にあることが望ましいし、友好的ならば、態々戦を仕掛けて国を疲弊させる意味はないと捉えるのが一般的ですが」
「一般的、とは?」
レーウィスの言葉に聞き返せば、クラウディアが肩を竦めた。
「言い方は悪いが、ライゼルス内部にも好戦的な勢力がいない訳ではないからな」
「あぁ、ルゼノとの友好的な交渉ではなく、港そのものを強奪しようとする勢力、ですか」
スカイティアの乾いた笑いに、クラウディアが溜息を吐きながら頷いた。
強硬派とでもいうべきですかね……そりゃ、前王朝を倒して国を興しているんですもんね、ライゼルスは。
別にそれが一概に悪いとは言わないし、寧ろ悪政を敷く国ならば亡べと言いたい。ライゼルスがどういった経緯で起こったかは知らないが、それで大戦が収まったならば、悪いことばかりではないのだろうし。
「……ま、少なくとも今の所は大丈夫だろう」
「その、今の所って言うのが怖いんですけど」
「近未来が覗けたらいいのになぁ」
「意味が分かりませんよ?」
溜息を吐くクラウディアに、ヒカルはジト目になる。
それは現実の状況から思考を止めて、答えだけを求める余りに出た発言ですか?本当に如何しました、第二王子様。騎士としても王子としても、国の未来を憂う気持ちは分かりますが。
「それだけ、状況が不透明だということだ」
「……お疲れですか」
「物凄くな」
否定どころか、力強く肯定と来ましたか。……本当に大丈夫か、この王子。据わった深青色の目が恐ろしや。
「非番なのに、根を詰めてはいけませんよ」
「部屋に戻って、お茶にしましょうか。兄上」
「そうだな…」
図書館から第三王子の宮殿に戻ると、そこには思わぬ人物が待ち受けていた。
「……………あの、何故にいらっしゃるのですかね」
第三王子の宮殿とは、人気がない。宮殿の所有者がルゼノでは忌避される『黒髪』の王子であることが理由だが、部屋の前にいたのは渦中の王子と王女であった。
……こうしてみると、本当に美形な兄妹だよね。天使とか女神とかを連想させるよ、その造形は。
濃い金色の髪と空色の瞳を持つ、第一王子ユエルディーネ殿下は正しくお伽噺の王子様を体現した王子である。
淡い金色の髪と大きな夜空色の瞳を持つ、第一王女アルトステラは国一番の美姫であると言われるに相応しい容姿を持つ王女である。
二人が並ぶと他の人間は目に入らないと主張する彼らの異母弟、第四王子ヴァイスルナハルトの言葉が頭に蘇った。
此処は別に舞踏館ではないですよ?それなのに、お二人がいらっしゃるだけで何故だか輝いてみるのが不思議。発光していませんよね、その御髪は。
「うん?僕達がいては不味いかい?」
「いえ、そうではなくてですね…」
「これからお茶にするので、一緒に如何ですか?」
「頂くよ、その為に来たとも言えるし」
「差し入れにパウンドケーキ持ってきたの」
お二人とも、お仕事が終わったんですかね。それならば、異母兄弟のお茶会第二弾ですね!
第三王子の宮殿は、随分と賑わいを見せるようになったと改めて実感する。
部屋に招き、テーブルを囲むと、レーウィスとステラの従者、シュテルインと数名の侍女──此方は後で知ったが、ユエの配下であるらしい者達──が茶と菓子を用意する。
「……あの、単刀直入にお聞きしても宜しいですか?」
「どうかしたかい、クラウディア」
「ライゼルスのことに関して、兄上達のご対応の仕方を」
「……あぁ、もう噂になっているか」
クラウディアの問いに、ユエは少し困ったように溜息を吐いた。
あれ?此処は「情報を得るのが早いね!流石、僕の弟!」となるパターンでは?
え?だって、あの弟妹大好きなユエ様ですし。寧ろそっちに反応されるだろうと思っても、おかしくなくない?
レーウィス殿、俺を物凄く微笑ましそうに見ていらっしゃいますけど、俺間違ってないよね?
「親善大使の中には身分を隠して、王太子殿下もいらっしゃるから余計にね」
ライゼルスの王太子までいるんかい!第三王女も同行してるのに豪華だな、その面子は。
ヒカルは内心で突っ込みを続けた。
隣の大国のことなど知らないが、ルゼノは随分と頼りにされているではないか。港だけなら、そこまで重要視されないだろうし。
「まぁ、其方は本当に極一部しか知らないでしょうけど、ルカ様のお名前は強いでしょうからね」
「ルカ様?」
思わず呟けば、ユエが微笑んで答える。
「噂の種である、ライゼルスの第三王女だよ」
「そして、私とユエ兄上の友人ね」
あぁ、本当に知人でしたか。その内「遊びに来ました!」ってノリで、隣国の王女までこの部屋に来ないかと不安だ。
……だって、最近、ヴァイス殿下も宮殿付近に現れるんだもん。何故に、スカイティア様がいらっしゃらない時間にいらっしゃいますかね、第四王子殿下?
「……ということは、挨拶に来るだけなのですか?」
「縁談だと思っていた訳ではないだろう?」
「まぁ、正直訝しんではいましたが…」
「それにしては情報がなかったですし…」
ね、誰も信じていなかった。シュナイザー伯爵も、そう言っていたしね。
「此処だけの話、ライゼルスの中でもちょっと不穏な空気があってね。それで相談も兼ねて、親善大使としてやって来るって訳」
「国外に漏らしていいのですか?その情報は」
「まぁ、元々ライゼルスはそういう強硬な派閥があるから、それが王宮内で勢力を持っているか、水面下にあるかって話なんだ。今までは水面下で大人しくしていたみたいなんだけど、ちょっと怪しくなっているみたい」
「あぁ、要するにルゼノに…と言うよりも、ユエ兄上とステラ姉上に情報が渡っていることが前提で来るということですか」
お二人とも、色々と伝手がありますもんね。
ん?まさか親善大使は「知ってるなら協力宜しく」って感じで来るの?軽いな、ライゼルス!




