第一王子の縁談2
「──おや、これは珍しい」
そう呟いたのは、シュナイザー伯爵。場所は王城の大図書館である。
クラウディアの来訪より、第一王子ユエルディーネと王女アルトステラがライゼルスの来客と会うということを聞いたが、さて彼の国はどんな国?となり、スカイティアの宮殿にある書庫とは別の書庫──王宮の大図書館──に皆で移動し、大陸を詳細に記した本を探すということだったのだが。
そうですよね、王宮の王子達の管轄外となれば当然利用している方々もいらっしゃいますよね。
眼鏡を掛けたシュナイザー伯爵は学者のようだ。本に囲まれている光景が物凄く似合っている。
「シュナイザー伯爵か」
少々驚いた様子のクラウディアだが、特に気にした様子もない。
「本日は皆様で図書館をご利用ですか?」
「あぁ、少し大陸の国に関して詳しく調べようかと思ってな」
「成る程、ライゼルスの王女殿下の来訪をお聞きしましたか」
納得、とばかりにシュナイザー伯爵は手元にある本の山から大陸の地図を引き出した。
今まで部分的な地図は見てきたが、大陸全土を記した地図は初めて見た。
「その情報は出回っているようだな」
「えぇ、中には縁談ではないか、と邪推する輩もいるようですが」
「伯爵はそうは思われないと?」
第四王子派の筆頭となるシュナイザー伯爵の言葉に、クラウディアは眉を寄せた。
「陛下自ら公にされていないならば、まだ何も決まっていないと判断するだけですよ」
「ユエ兄上が、ライゼルスの王女と縁組することは無いと考えられているのか?」
「私としては第一王子殿下の理想の女性が現れたならば、それで宜しいかと」
「ライゼルスという国の強大さを考慮すれば、その発言は聊かどうかと思うが」
ユエの理想の女性。それが性格や容姿、或いはその後ろ盾を意味するかは分からないが、ユエ一人の判断で縁談を纏めることになったとしても、シュナイザー伯爵は如何もしないということか。
クラウディアの懸念を、シュナイザー伯爵が理解していない筈はないだろうが。
「クラウディア殿下、話の中心人物はあの第一王子ですよ?国の規模を超えて尚、高い評価をされる王子殿下が、ライゼルスに何の伝手もない筈がないでしょう」
それは王女や親善大使が、ユエの知人だということか。
「つまり、今回の訪問は本当に挨拶だけだとお考えなのか?」
「さて…何を企んでいるのかは存じませんが、少なくともステラ王女もご一緒ですからね」
「あぁ、ライゼルスの王太子妃候補でもあったか、姉上は」
思い出したように呟くクラウディアに、ヒカルは過去を振り返る。
あぁ、ステラ様は国内で降嫁されることが決まっていましたか。大国との縁談って、断れたんですね。組み合わせ的に親善大使の方が王太子ってことは無いのでしょうけど……再び縁談を持ち込まれたのが、ステラ様の方ってことは無いのかな?
「大国からしてもルゼノの第一王子殿下と、王女殿下は一目置かれる存在です。ライゼルスがルゼノとの関係を拗らせる気はないということだけは確かですから、然程憂慮していることはありませんよ」
「貴方が言うなら、確かだろうな…」
ほっと息を吐くクラウディアに、シュナイザー伯爵は軽く目を瞠る。……おっと、珍しいお顔ですね。
「何か?」
「いえ、私の言葉に安堵されたようなお顔をされたので…少々驚きました」
「……あぁ、俺は常にしかめっ面だったからか」
ふっと笑うクラウディアの視線が、ヒカルへと向けられた。
……何故、そこで俺を見るんですか。別に俺は、クラウディア様が何時も表情を顰めているなんて、言ってないじゃないですか。思ってはいたけど。
「いえ、そうではなく…私は一応第四王子派の筆頭ですからね。私の言葉に安心するよりは疑ってかかるべきかと」
あぁ、一応敵対派閥に属しているという認識なんですかね。……素直に話す辺りはシュナイザー伯爵も驚かれているんですかね。
眼鏡を押し上げるシュナイザー伯爵に、クラウディアは目を瞬かせた。
「あぁ、そういうことか。ま、俺は悉く兄上に従う人間だからな」
くすくすと笑うクラウディアは手元の地図を取って、スカイティアとレーウィスの元へと向かった。
「……クラウディア殿下も、変わられましたね」
「左様ですか」
「貴方が関わっているのでしょうけど」
何故に俺だと断定しますかね?そりゃ、此処最近で彼らの傍で変わったことといえば、俺がいたか・いないかくらいかもしれませんけど…!
奴隷以上小姓モドキの分際で、王子達と関わっているとか断定されるのは少々困る。
ただでさえ、一人歩きの噂に恐々としているんだからな…!
「さて、俺は切っ掛けになったにすぎませんよ。伯爵が、クラウディア様が変わったと思われるならば、殿下御自身がそのように振舞われることを選ばれたということ」
「……貴方は本当に聡明ですね。あの男に良く似ている」
「〈黒の予言者〉に、ですか?」
「えぇ…この話は追々しましょうか。機会があったら、ですが」
「では、楽しみにしておきます」
でも、周囲に人がいないときにお願いします。
シュナイザー伯爵と別れ、ヒカルはクラウディア達が待つ別コーナーへと向かった。
「ライゼルスは大陸の中心部を起点にした国だ」
「港はお持ちではないのですね」
「あぁ、だからルゼノは重要な隣国とされている」
大陸の端にある国でも場所によっては山脈に阻まれ、港を整備できない国も多い。そういった国々が、港も持つ国を頼るらしい。内需だけで完結できる国は少ないし、他国から海を渡ってくる品を輸入するにはどうやっても港を持つ国を頼らざるを得ない。
……時代次第では、港確保の為の戦争が起こるしな。その点ではもう戦争自体は落ち着いたらしいけど、火種は常にあるのかな。なまじ大陸内でのルゼノの立地が良いだけに、狙われることも少なくないらしいし、ライゼルスが縁組を狙うならば、そういった港も含めた利権の関係か。
「……ルゼノの立地って、大丈夫なのですか?」
「ん?」
ふと、疑問を口にしてみれば、三人揃ってヒカルを捉えた。
「この大陸図を見る限り、周辺は港を持てない国ですよね」
「あぁ、一昔前は大陸全土で色々あったぞ。何なら歴史書も見るか?」
「この辺りですか?確かライゼルスが台頭したことによって、戦は収まった筈ですが」
「あぁ、元々大陸で戦を起こしていたのは、ライゼルスの前の王朝だからな」
何 で す と ?
愕然と目を見開くヒカルに、クラウディアが落ち着くように、と手で制する。
「前の王朝な?国名は変わっている……今のライゼルスも前王朝が撒いた火種の後始末、国境整備の修復など、数十年単位かかるだろう作業が完全にできた訳ではないだろう。港を持つルゼノを敵に回す程、余裕はない筈だ…今の所は、だが」
「物凄く不穏ですが?」
「国など、そんなものだ。王子と騎士なんて両方やっている分、現場の凄惨な状況を把握している」
「……平和は程遠いですか」
「何を以て平和とするか、だ。血が流れなければ平和だと言うならば、戦争と銘打たない状況は確かに平和だ。しかし、国同士で経済的な圧力を掛けあったり、国内が不作となっても手を打てなければ、人口は減少するだろうな」
それは、戦争で人の血が流れなくとも人口の帳尻が合ってしまうということか。
最初から生まないならば、まだいい。しかし、やむを得ず、或いは意図的に人口を減らさざるを得ない場合、人間というのは残酷で冷徹になるが、それでも自分が生き残る為にやむを得なかったと言われれば、それを否定するのも、また難しい。
「……難しいですね」
「所詮、人間だからな」
鼻で笑うクラウディアもまた生い立ちゆえに、人間の歪みも尊さも知っている。
親を、生まれる場所を、選べないということも。
何を以て、平和とするか。何を以て、幸福とするか。……彼らは今幸せなのだろうか。
「……クラウディア様は、神の存在を信じますか?」
「神?ルゼノは宗教の信仰は自由だぞ、俺自身が何かを信仰している心算はないが」
「いえ、そうではなくて…」
ヴァイスが言っていたように、いや、彼が信じ込まされていたように。
もし、神が与えた髪色が『特別』とされたならば、ルゼノで飢饉が起きた場合、真っ先に口減らしとして始末されるのは奴隷階級に陥った『黒髪』を持つ者や、それ以外に売られた赤や茶の髪を持つ者達だろう。
それならば、神というものは、都合よく己の分身をその子孫を守り、不要になったら捨てられる存在を作ったのか。
……改めて考えても、理不尽この上ないよな。この国の起点と言うか、『金髪至上主義』の考え方は。
「……『創造主たる神、地に我を創る』という話があります」
「創造主?」
ヒカルの問いにレーウィスは何処か困ったように微笑み、詩を朗読するかのように語る。
「えぇ、聞いたお話ですが」
──ある神は、この世界を作った。
──ある神は、万物に宿り、ただそこにある。
──ある神は、ただそこにあり、天にある。
──ある神は、ただ見ている。
──ある神は、ただ全てを見ている。
「全て、を?」
最後が不穏だ、物凄く。
あれかな、天は全てを見通し、天罰を下すとか。……本当に下ればいいのに。あの家とかあの家とかあの家とか……あぁ、それだと結局は他力本願か。
「人の世は人が決め、治める。神は時に気紛れに手を出すこともあるような気分屋かもしれない、とその方は言っておられましたが…最終的には悪いことをしたら、天罰が下るという解釈もある様ですね」
「この世界が創造主の箱庭なのは変わらないの?監視付の暮らしってこと?」
で、最後に「お前は悪いことをしたからいらない」って?
でも、その基準は何?法の順守?
でも、それって結局は人間が作った法令でしょ。時代によって変わるよ、それ。
「それは天のみぞ知る、ということですかね…人間の分際では計り知れない、と」
「何処かの教会の聖書?」
きょとん、と眼を瞬かせるスカイティアに、レーウィスは苦笑を浮かべた。
「さぁ、どうなのでしょう…東国の方では様々な文化を融合させすぎて、元が何か分からないと言われているようですが」
「随分と曖昧だな」
「聖典における神も、様々でしょう。確実なのは、我々がこの世にいるということ」
「それは何処かの、誰かの台詞にあったな」
クラウディアはふと呟くと、辺りを見回した。
お探しの本は、哲学系の書簡でしょうか。……おっと、ライゼルスの話から随分とずれ込んだけど、いいのかな?




