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元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
ライゼルス
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第一王子の縁談

「……え、今、何と?」


 ヒカルは目を丸くして、目の前にいる赤髪の青年に問いかけた。

 本日は非番だという赤髪の第二王子クラウディアは、異母弟である第三王子の宮殿に入り浸りに来ていた。


 ……いや、これ本当。第二王子の母親の実家であるシーザス公爵家は首輪付とはいえ、ま(・)だ(・)首輪付なのである。

 と言う訳で、資産が徐々に凍結されている──ユエ情報なので正確だ──からシーザス公爵家がクラウディアに対して強硬な手段に出ることはできないが、今度は逆に公爵家の権力衰退により、彼への加護も──実際にあったかは不明だが──喪失されるという訳で、周囲への警戒は怠れないのが現状だという。


 だからって、頼る先がスカイティア様っていうのが、微笑ましいですけどね。


 そんな状況のクラウディアだが、第二王子という立場と同時に王宮に務める騎士でもある。各方面の情報を得ることができる彼から齎された情報により、冒頭のヒカルの台詞に至ったのである。


「だから、ユエ兄上に縁談だと」


 レーウィスが用意した紅茶を飲みながら、クラウディアは繰り返した。


「……そう言えばいらっしゃらなかったのですか、ご婚約者様は」


 クラウディアはこの前の誘拐未遂事件から分かるように、婚約者不在である。クラウディアはシーザス公爵家の権力と、彼の騎士としての腕もあって優良物件だろうが、それでもルゼノの大多数が『赤髪』故に彼を扱い兼ねている節がある。


 ……ま、ご本人としても、実家へのコネを当てにされては相手にしたくないだろう。


「今、俺達異母兄弟の中で婚約者がいるのは一番下の異母弟妹だけだ」

「つかぬ事をお聞きしますが、その理由は」


 派閥争いの影響だろうな、と思いつつ、スカイティアも「そういえば…」と呟いた。スカイティアはその髪色故に存在そのものを忌避されているから、縁談など無縁だったのだろう。


 ……でも、情報はちゃっかり得ている辺り、その性格は強かだと思うんだよね。


「まぁ、見当はついているだろうが。大きな理由は、王太子が決まっていないからだ」

「でしょうね。派閥争いが続く中では、誰の婚約者になっても安定しませんし」

「あぁ、だからユエ兄上とヴァイス殿下は候補者は多くても、決まった相手はいない」


 ユエが実質的な王太子と目されている現段階では、ユエに縁談が殺到していても不思議はない。しかし、二十歳を超えている王子に婚約者がいないのは、珍しいだろう。

 或いは、相手が決まっている上で、敢えて公表していないだけかもしれないが。


 ユエ様、本日は釣りですか?餌に何かが掛るのを待っている感じですか?

 ユエ様って、見た目はお伽噺の王子様、中身は為政者の王子様ですからね。表向き通りに取っておくと、とんでもない所から事態を急変させますからね。


「では、ヴァイス様より下のご兄弟に関しては、王位継承権が低いからですか」

「あぁ、王宮内では当然だが、弱肉強食。王位継承権と高位貴族の後ろ盾がなければ、他の誰かの庇護に縋るしかない……下の異母弟妹は婚約者による庇護の下、生きることが決まったと言う訳だ。ま、これも暫定的の話だが」


 ヴァイスが成人していない今、彼より歳下の異母弟妹もまだそこそこの年齢だろう。婚約期間が長い婚約は、解消されても不思議ではない。新しい縁組は、王太子が決まってからということもできる年齢ということか。


「それで、ユエ兄上のお相手はどなたなのですか?」

「ライゼルスの第三王女だ」

「…え?」


 スカイティアの目が見開かれる。愕然とした表情に、ヒカルは首を傾げた。


「ライゼルスですか…?でも、あの国は…」


 動揺するスカイティアに、何か不味いのかとヒカルはレーウィスを見上げた。


「ライゼルスは比較的新興の国ですが、その主な王族が黒に近い紺色の髪ををお持ちでして……勿論、髪色は雑多ですし、ライゼルス王家には金髪の方も赤髪の方もいらっしゃます」

「…あぁ、そういうことですか」


 レーウィスの説明に、ヒカルは納得する。『金』を尊び、『黒』を疎むルゼノで、第一王子の婚約者候補が『黒』に近い髪色を持つ王女というのは反発しかないだろう。


「縁談はあちらからの要請で?」

「何と言うか…表向きは親善大使の挨拶に王女が付いてくる、というものでな……相手が相手だから、第一王子と王女に挨拶したいと言うライゼルスの王女の意向には『金髪至上主義』も強く反発できないらしい」


 公に縁談という形は取っていない、ということか。ライゼルスが大国という地位を笠に、凄腕と有名なルゼノの第一王子との面会を試み、あわよくば縁組をしたい、と。……ん?第一王子と王女?


「……ステラ様にも、ですか?」

「ユエ兄上の右腕と称される姉上とも、相性を図りかねているのかもな」


 成る程、と納得する。ライゼルスの後ろ盾ができれば、第一王子ユエルディーネ殿下が正当な王太子の地位に、そして王位に就くことが確実視される。そうなれば国内に降嫁され、宰相として、或いは宰相補佐として政に関わって行くだろう王女との相性も重要なのだろう。


 ……いや、流石にないと思うけど、義妹に嫉妬する兄嫁って話もあるしね?第三王女様がどのような方か存じませんけど、才色兼備、女傑と名高い美貌のステラ王女と比べられたくないとか。

 あぁ、ステラ様に関しては何も心配しておりませんとも。俺に心配されるような方ではないし、ステラ様なら相手をあっさりと言い包めるなりして、手のひらの上で躍らせるでしょう。


「ステラ姉上はユエ兄上と並んで、外交を行われているからね……ただ、縁談と言うのは本当なのですか?」

「やはり訝しむか」

「当然です」


 首肯するスカイティアに、クラウディアがにやり、と口角を吊り上げた。


 久々に見た意地悪顔、或いは企み顔です。何だろう、この顔が一番似合うと思ってしまうのは。…というか、会話の雲行きが大変怪しくなりましたよ?兄上様の縁談話が、どうしてそうなります?……えぇ、あの他ならぬ第一王子様と王女様だからですよね、分かっていますとも。


 異母弟二人の不穏な様子に思わず表情を引き攣らせるが、ヒカルも二人のことは言えない。……俺も釣りかなって思ったし。

 しかし、相手は大国と言われるライゼルス。幾ら策士の第一王子とはいえ外交に来た、それも大国の王女を囮にするような危険は冒すまい。


「縁談だと思っている輩は、期待半分恐怖半分と言ったところかな」

「期待を抱くのは兄上を王太子に押したい第一王子派の方々、恐怖を抱くのは第四王子派の方々ですか」

「きっちり派閥で別れている訳ではないが……ま、何か仕掛ける輩もいるかもな」


 くつくつと笑うクラウディアに、スカイティアは表情を強張らせる。ヒカルも眉を顰めた。


 それは外交に来たライゼルスの王女の身に何か起きるということでしょうか。クラウディア様、物凄く不穏なんですけれど?


「それ、呑気にされていて宜しいのですか?」

「ん?あぁ、王女の身に何かあれば騎士団としても、外交としても問題だな」


 その割に、物凄く他人事なのですが?貴方、それでもルゼノの第二王子ですよね?騎士団に所属されていますよね。両方の面で不味くないですか?


 ヒカルの疑問を浮かべた顔に、クラウディアとスカイティアは一度二人で顔を見合わせた。


「……まぁ、確かにライゼルスを敵に回す利点はないと思うが」

「正直この国の『黒髪』への忌避は根強いですし、そもそもルゼノより強大な国との縁組が叶うとは思えません……万一にでも縁談が叶ったとしてユエ兄上のご婚約者となられたならば、ライゼルスの国力を考えても王女が正妃になられることは確実です」

「そうなったら、厄介だな。王妃にしても王子妃にしても、相手は大国の姫君…せめてルゼノと同格、或いは小国ならば兎も角…後ろ盾となるにも大きすぎる力は喉元に剣を突き付けられたのと同じことだ」

「……えーっと、それだけ強大なんですね、ライゼルスという国は」


 縁談によって王女が嫁いでくるならば、ライゼルスという国の干渉を受けかねないということか。

 時代が時代ならば、勝利した国が戦利品として敗戦国の王女を手に入れると言う話はあるが、それはあくまでも勝った国が負けた国に要求する形だ。占領した証と言うか。

 今回は結ばれれば、あくまでも親交を深める為の縁組といえるだろうが、相手の国がルゼノに対して何を見出して王女を差し出すのか。


 そういえば、皆様の母君って、国内の貴族から嫁いできていますもんね。その中に他国の、それも大国と言わしめる国の王女が嫁いできたとしたら、王宮どころか国内の力の均衡が崩れかねないと言う懸念もあるのか。……面倒な事、この上ないね。


「では、ルゼノ全体では縁談には反対ってことですか?」

「少なくとも、陛下は縁談に関しては何も仰っていないが、貴族の間では話を無下にして関係を拗らせるのは不味いと戦々恐々とする輩もいるな」


 ライゼルスの国の規模は分からないが、ルゼノが『黒髪』を忌避していても会わざるを得ない程度の力の差はあるということか。


 ……幾ら完全なる黒ではないにしても、それに近い濃い茶髪ですら眉を顰めるからな、この国の人間は。それだけ大事だってことか。ヴァイス様曰く『金』の髪は創造主たる神からの贈り物と言う認識をしている輩も多いらしいし。いや、他に価値を見出せよ。


「ユエ兄上が折れる、ということは考えられないが…」

「ユエ兄上の手腕は大陸中で認められ畏れられる程ですし、それだけライゼルスに評価されていると言われれば当然のような気も…」


 ライゼルスが格下の──と言うのも失礼だろうが──ルゼノに第三王女を差し向けるのは、ユエの手腕を買って、或いは警戒して、かもしれない。


「確かに、ユエ兄上はライゼルスに留学されていたこともあったしな……その際に親交があったのかもしれない。親善大使にくっ付いて挨拶に来た、が本当かも知れないし」

「では、縁談はただの邪推ということも?」


 そっか、公には縁談と称してはいないからには成立しなくても破談になったのではなく、ただ挨拶を交わしただけだと、どちらの体面を傷つけることもなく終わらせることもできるのか。あくまでも縁談は噂であり、邪推されただけで何もなかったと言い訳できる、と。


 ……王族とか貴族って面倒。マジ、面倒。というか、誰と誰が付き合って別れたとか、そんなに気になる?そりゃあ、意中の相手ならば気になるだろうけどさ。

 一つの出来事からよくも好き勝手に話ができるよね。噂って尾ひれが付くし、元の話とかけ離れた結果にもなるのに。噂好きって、自分がされる側になった時のこととか考えてないんだろうなぁ。


 ふと、とある井戸端会議風景を思い出し、ヒカルは失笑する。


 ま、今回に限っては相手が悪いだろうけど。だって、あの第一王子様だよ?ユエルディーネ殿下だよ?そして、相手は大国の王女。態々喧嘩は売らないだろうな。


「その可能性も皆無ではない。しかし、年頃の未婚の、婚約者もいない王子と王女が会うとなれば勘繰りをされる……そのくらい、兄上も姉上も予想されている筈だ」

「……幾重にも考えられて、本当に兄上達の目的が読めませんねぇ」


 結局は答えの出ないまま二人は溜息を吐いて、紅茶で口を湿らせる。

 本日も、一番上の異母兄と異母姉の動向に悩まされている異母弟二人であった。

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