舞台の裏側の話2
「──ご苦労だったな」
夜遅く、ルゼノ王の執務室には、部屋の主であるルゼノ王と、三人の王子がいた。
「ダクハイナの残党は投獄済み、尋問も順次進めています。塔の管理者であるイザーク候は、調査の為に拘束しております」
「それからシュナイザー伯爵への脅迫状を鑑定した所、王都では市販されていない紙とインクが使われていることが判明。業者を特定した所、王弟派と主張する者達の中に、該当する紙とインクを使用している者がおりましたので、其方も尋問中です」
すらすらと第四王子誘拐事件に関して、第一王子ユエルディーネと第二王子クラウディアから報告が行われている。
その報告の場で耳を傾けているのは、『第一王子に犯行現場を提供した』という言い掛かりを付けられた第三王子スカイティアである。
俺、場違いじゃない?いや、先程まで調査と言う名目で何を聞かれ、如何いう経緯で王の執務室に乗り込むことになったのかを聞かれたけど……その先の報告って俺、必要?
粛々と事件解明に向かうことになり、ほっとしてはいるのだが。
「……スカイティア」
「は、はい!」
ルゼノ王に呼ばれ、咄嗟に返事をしようとして舌を噛みそうになる。
「……疲れたか?」
「い、いえ…」
こういう時に何と答えればいいのか、分からない。ずっと引き籠り、他人との接触を拒んできたとはいえ、王の前で不敬にも程がある。そう思っても、返す言葉が見つからない。
「……そう、堅苦しくするな。私は兎も角、ユエルディーネとクラウディアとは和解済みだろう」
「そ、それはそうなのですが…」
寧ろ、貴方が一番の問題です。これは多少の不作法は赦して下さるということですか?
助けを求めるようにユエとクラウディアに視線を向ければ、二人の異母兄は苦笑している。
クラウディアは安心させるかのように笑みを浮かべたまま、ユエは発言の許可を求めるように王へと視線を向けた。王が頷くのを確認し、ユエは感謝を込めて一礼してスカイティアを振り返った。
「ティア、堅苦しくしてごめん。此処は僕達しかいないし、陛下も、内輪だけの席で堅苦しい礼儀を求められないよ」
「さ、左様ですか」
ユエの言葉に微かに緊張の糸を解くが、それでもスカイティアの表情は強張ったままだ。これまで真面に王と話す機会などなかったスカイティアには、この場に呼ばれた意味も、態々王に声を掛けて貰う理由も分からなかった。
「……私がいない方が楽しそうだな」
「それはっ…!」
「意地の悪いことを仰らないでください、陛下。ティアを隔離させていた理由を説明していなかったなどと、僕も知りませんでしたが?」
「隔離…?」
それは、スカイティアが持つ髪色が理由ではないのか。
ルゼノは『金髪』を美しいと崇め、『黒髪』を卑しいと忌避する国だ。だから、王の子であっても決して王位継承権は与えられず、また他の王族や貴族から嫌悪される存在である、と。
「一度説明したぞ」
「ティアは覚えていません。陛下から再度お伝えすれば、ティアの心境は変わったと思いますよ。僕がティアの傍に行くことを拒絶されたあの日のことを、是非、陛下にも味わって頂きたいですね」
「そうか、私は現在進行形で拒絶されている気分だが」
「え、いえ…その…!」
この国の王と、第一王子は何を言っているのです…?
視界の片隅で思いっきり肩を震わせているクラウディア兄上の存在も気になりますが、説明して下さいよ、兄上?最近、本当に笑う機会が増えましたね。
「……クラウ、笑い過ぎ」
「失礼致しました」
笑い過ぎて若干涙目になっていらっしゃるではないですか、クラウディア兄上。
「お前は、母親のことを覚えているか?それと、母親とよく似た伯父のことを」
「いえ…まったく」
ルゼノ王に問われ、スカイティアは否定する。その否定を受けたからか、それともただ次の言葉を探したのか。ルゼノ王は何処か罰の悪いような表情を浮かべ、髪を掻き上げた。
「では、当然この王宮に来た頃の記憶もないか」
「え…?」
王宮に来た。
つまり、スカイティアが生まれたのはルゼノの王宮ではないということ。
(いや、当たり前か…)
噛み砕くように反駁して、スカイティアは納得する。
ルゼノで髪色は、時に生まれよりも重要視される。だから、この国で『黒髪』の妃が存在する筈がない。「母親が奴隷だったのだろう」という使用人達の誹謗中傷は、きっと的を射ていた。だから、あんなにも耳に残って、胸に突き刺さったように痛みが残った。
別に、母親が奴隷だったと言っても、何も変わらない。真実は那辺に在れ、スカイティアが王の子であることには変わりない。ただ、それでも母親が奴隷であるならば、もしかしたら既に二度と会うことは叶わない状況にある──最悪の場合は亡くなっている──のだろう、と覚えてもいない母親のことが頭を過ったことは事実で。
ヒカルが怒って駆け出す程に自分は酷い顔をしていたのだろう、と後になって気付いた。クラウディアが止めてくれなかったら、ヒカルは使用人達に突っ掛っていたことを思えば、余りにも配慮が足りなかった。
「……何処から話すか」
「失礼ながら、陛下。それは私がお聞きしても宜しいことでしょうか?」
暫し逡巡した王に、クラウディアが問いかける。
「知っておいた方が、立ち位置は明確になるだろう。聞きたくないと言うならば、それでも構わないが?」
「知らなかった、では済まないことがあると困りますので。謹んで拝聴致します」
「…では、席を移すか」
王が執務机から離れると、隣室にいた侍従長がさっと扉を開ける。
「陛下がこの部屋から退出されたいだけでは?」
「それもある」
あるのですか、と内心で突っ込んだ。
どうにも、ルゼノ王とユエ兄上の間には遠慮がないと言うか。やはり、父親にとって長子というのは違うのだろうか、と少し羨ましくなる。
ルゼノ王に続いてユエが隣室に移動しようとしたところで振り返ると、少々戸惑っていたクラウディアとスカイティアを手招きした。
四人で隣室へと移動した先では、応接用の席に紅茶が用意されていた。
「ユエルディーネとクラウディアの母親に関しては単純な政略結婚だが、スカイティアの母親は違う。スカイティア、お前の母親の名前はレイという」
「レイ…?」
母親の名前を告げられて、ゆっくりと繰り返してみる。
初めて母親と似ていると言われ、初めて母親の名前を知った。随分と今日の陛下は饒舌だ、と他人事のように思う。
「そして、レイの兄…ルイというが、その男がこの国でも有名な情報屋だった。元々は二人の父親……お前からすれば祖父の代が貿易商をしていて、この国に来たのだが」
ルゼノでは『黒髪』は忌避されていたが、彼らによって齎された品々は珍しく、高価な物も多く運んできた。当時は王族貴族達も挙って、その商人達を持て成した。内心は別としても、表向きは容姿への蔑視は見せず、珍品を運んでくる商人達を歓迎したという。
「商人達は活動拠点として王都を選び、そこで所帯を持つ者も少なくなかったと聞く。そこで、ルイとレイも生まれたと聞いた」
商人達が運ぶ品々は歓迎されたとはいえ、長らく忌避していた『黒』を身に纏う者達に対する感情は簡単には覆らない。それは商人達も、重々承知していた。海外から来た者達をあっさり受入れられる方が稀だ、と。
「商人達はそういうことも考慮してくれる性格だったからな、顔を隠してくれという王族や貴族の願いを聞き入れた」
「今なら何故其方の都合にそこまで付き合わねばらない、と思いますよねぇ」
「…ユエルディーネ、横槍を入れるな」
笑っているのに何処か空恐ろしい上の異母兄に、ルゼノ王が突っ込む。
「つまり、髪色に関わらず、王宮に出入りしていた行商人がいたと…?」
「その中にお前の祖父がいて、軈てその中にルイとレイも混ざるようになった。そこで私が知り合い、友人になった」
友 人 で す と … ?
本日何度目かの衝撃に、スカイティアの思考が停止する。
何処で知り合ったのか、と気にならない訳ではなかった。行きずりの関係にしては、王宮に引き取られる経緯が思いつかなかったから。
「当時は婚約者だった正妃も気が合ってな…よく四人で遊び回ったり、一緒に学んだこともあった。何より、ルイとレイが話す話が興味深くてな、その延長でユエルディーネとアルトステラの教育係も頼んだこともあった」
教育係にまで…!?今日だけで何度、思考が停止しかけるのか。
「しかし、問題が起きた。ルイが情報屋になったことまでは良かった。元々、知識の宝庫のような者だったからな…だが、その知識はこの国の生まれでない親から与えられたものも多く、ルゼノの人間には理解されなかった。それ故に今の〈黒の予言者〉と呼ばれるような存在になってしまった」
ルゼノの王都を襲った災害。それを予期したと言われる〈黒の予言者〉の正体は何のことは無い、知識の豊富なだけの、ただの人間だった。
しかし、ルゼノの人間には理解されなかったが為に、そして彼の髪色ゆえに忌避されることになったという。
〈黒の予言者〉って俺の伯父に当たる方だったのですね。え、今まで聞き流してきた噂の中にたくさん出てきたんですけど…!
余りにも衝撃的な事実だったが、ルゼノ王にさらっと流されて言葉にできなかった。
「そして、その噂が国中に広まると、王宮や高位貴族の元に出入りしていた『黒髪』の商人達まで目を付けられるようになった」
「「っ!?」」
「その時は丁度、隣国が攻めてきた時期とも重なり、『黒髪』は不吉だと、禍と齎す種だと言いだす者達が出るまで時間はそう掛らなかった。そして『黒髪』の商人達は王宮から締め出すだけならばまだしも、その場で殺害するという暴挙に至った。そこにルイとレイの父…つまり、スカイティアの祖父もいた」
「なんてことを…!」
クラウディアが思わず声を上げた。そんな彼を手で制し、ルゼノ王は話を続けた。
「そんなことがあった後だった。ルイとレイが私の元に『スカイティアを預かってくれ』と言って、お前を連れて来たのは」
「え?俺を…?」
「あぁ、あの兄妹はかなり豪胆でな……逃げるのは癪だ、自分達で復讐すると」
あっさりと告げられた言葉に、スカイティアは表情を引き攣らせた。
あの、不穏な空気の方向性が変わったのですが…!?
母と伯父のことに関する情報はありがたいですが、不穏過ぎます。ただでさえ、噂に聞いた〈黒の予言者〉が自分の血縁であることに動揺を隠せないのに…!
スカイティアは、まだ見ぬ母と伯父の存在に恐怖すら覚えた。
「私が王位に就き、暴動とも言える虐殺の鎮静化を計った後だからな、王宮が安全だと判断したらしいのだが……そういった経緯で、お前は私の元に来た。あぁ、私がお前の父親であることには変わりないのだが……私としては、お前には生き辛い場所だと思っていたし、レイは『預ける』と言っていたからな。その内、迎えに来ると思っていたのだが……十年余り、殆ど連絡がなかった。最近になって、漸くだ。近くまできた、と手紙を寄こしたのは。それがなければ、何処にいるのかも、生きているのかも疑った」
ルゼノ王の言葉は尤もだ。父親だからと言っても、王に対して『預かって』と?
「そもそも『個人的な復讐』にどれだけ時間が掛っているんだか」
「疑問点は、そこですか」
くすくすと笑うユエに、王は「それ以外にあるか?」と溜息を吐く。……仲が良さそうで何よりです。
「まぁ、そういった経緯もあって、お前は表に出さない心算だった。私が目を掛ければかける程、お前へと向けられる目は厳しくなるからな」
「それで、俺はあの宮殿へ?」
「あぁ、護衛は着けていたが……表向き、私は関われなくてな。侍女や侍従も何を吹き込まれたのか、お前に辛く当たったと、ユエルディーネに聞いて初めて知った。その点を改められなかったことは、本当にすまなかった」
「いえ!それはもう…!」
どうでもいいことだ。誰もいない、静寂に包まれた孤独な部屋は冷たくて寂しくて、仕方なかったけれど。
ユエが、レーウィスを着けてくれたから。ヒカルが、クラウディアとの仲を取り持ってくれたから。ステラやユエが訪れるようになったから。
何時の間にか、あの部屋はスカイティアにとって、大切な場所になっていた。
「今、俺は満たされています。ずっと、寂しかったですけど、今は皆がいてくださいます」
「…それなら、よかった」
ルゼノ王の安堵した、その表情。
王に、父親に気に掛けられているなどと、思ったことはなかったから驚いた。
「そうは仰いますが、この先のことは考えていらっしゃるのですか?」
「二人の個人的な復讐は、結局この国に戻らねば解決しないからな。その時にスカイティアを迎えに来るだろう」
「…え?」
声が、掠れた。
ずっと望んでいた筈なのに、突然齎せられた情報を上手く処理しきれない。
「スカイティア、環境が変わったばかりで悪いが……そう遠くない。近い内に、お前はこの王宮から出るか残るかを選択することになる」
どうするか決めておけ、と告げられて、やはり思考が停止した。




