舞台の裏側の話
──最近、母親に似て直情的だぞ。
ルゼノ王の、思わぬ言葉が耳の奥に残っている。何処か困ったような、それでも懐かしそうな眼差しは、きっとスカイティアの母親の面影を見ていて。
母親に、似ている。自分の母親の話なんて、陛下から初めて聞いた気がする。
ずっと、自分は何の為に生まれて来たのか、分からなかった。
ずっと、誰の視界にも入らない内は生きることを許されてるのだと思っていた。
だから、ずっと。この部屋で、限られた世界の中で息絶えることを望まれていたのだと思っていた。
生まれてきたことを、望まれていないのだと思っていた。
あの日、あの部屋に飛び込んで、陛下に真っ直ぐな目で見据えられるまで。
◆◇◆◇◆
第四王子ヴァイスルナハルトがスカイティアの宮殿付近で誘拐された事件で、珍しくも──捜査対象として、だが──普段は目にすることのない文官達がやって来た。
忌避される『黒髪』の王子を前に、その表情を取り繕った者、隠すことなく眉を顰める者など反応は様々だが、誰もがスカイティアに対して負の感情を持っていることは明白だった。
「──第三王子殿下、殿下の宮殿付近で不審な者が目撃されたという報告がございます」
「知らない」
不審者が目撃されたも何も、そう仕組んでいたのだろうということは予測が付く。
そもそも現場となった場所は、王族や王族に近しい者ならば誰でも入れる場所だ。その構造がスカイティアの住まいである第三王子宮に近いと言うだけで。
「第四王子殿下が何者かに連れ去られたという点に関しては…」
「あぁ、俺の小姓も一緒のようだね」
「…殿下の小姓が、ですか?」
思わぬ単語だと眉を跳ね上げて聞き返す役人に、スカイティは肯定した。
乗馬の練習をしている間、ヒカルは少し離れた場所にいる。それは何時も決まった場所で、見通しの良さそうな場所だ。何故そんな位置を把握しているのか、と思ったが、それを聞いたことはない。……情けない話だが、乗馬の終了後は色々とあって精神的にも体力的にも一杯一杯なのだ。
「い、今は第四王子殿下の捜索を…」
「あぁ、だから、きっと一緒にいるだろうと思って……困った、俺が目を離したばかりに…」
小姓──ヒカルは、頭の良い子供だ。そう簡単には死なない。
ヒカル自身が誘拐された経験はあるし、自暴自棄になったりするような精神は持っていない筈だ。今回に限っては、服の裏地や靴底に色々と小道具を仕込んでいるし。
(……まぁ、それでも心配は心配だけど)
異母兄達が用意した道具の類をすべて把握している訳ではないが、ヒカルなら上手く使いこなすだろう。しかし、第四王子が一緒とは……また巻き込まれかな。
「……殿下、随分と落ち着いていらっしゃいますが」
「あぁ、誘拐の現場になった付近に俺がいたことは認めるしかないね」
近くにいた。ただ、それだけのこと。
「では、犯行に関しては…」
「否認する。というか、俺に何の利益がある?」
「それは…」
文官の言葉が尻つぼみになって、スカイティアは眉を顰めた。その矢先、隣にいた騎士が声高く、はっきりと言葉を繋いだ。
「殿下は第一王子殿下の庇護の元におられる」
それは否定しない。というか、できない。
男の言葉に答えるようにじっと青い目で見据えれば、男は息を呑むように喉を上下させた。
スカイティアがユエの庇護下にいることは事実だ。しかし、それが何だと言うのか。
「だから?」
「で、ですから…第一王子殿下に依頼されれば、断れない…」
繋ごうとした男の言葉が、そこで切れる。更に言葉を紡ごうとする男の口が音を繋ぐ前に、スカイティアは問いかけた。
「俺が、ユエ兄上に依頼されたと言うのか?犯行場所を提供することを?そもそも提供するも何も、あの場にいただけだよね?俺が『馬場に近づくな』とでも命令を出したとでも?一体、誰に?」
「そ、それは……」
男はそれ以上言葉を紡がない。いや、紡ぐことができない。当然だが、証拠もなしに、仮にも王子であるスカイティアを尋問するなど、有り得ない。
(話を聞きたいのは此方もそうだから応じたけど…無駄だったか)
レーウィスも収穫がないとばかりに首を横に振る。
「まさか、証拠もなく第三王子スカイティア様を糾弾しにいらしたのですか?」
深い青い双眸が呆れたように、二人の男を捉えた。
第三王子とはいえルゼノ王から見放された『黒髪』のスカイティアを相手には強く出られても、『金髪』を持ち、影響力のあるアーベント伯爵家の生まれで、今はファーレン侯爵家に属するレーウィスには向ける言葉が見当たらないらしい。
「そもそも第一王子で実質的な王太子と見做されているユエルディーネ殿下が、何故、弟である第四王子の誘拐を企てたと?一体何を目的として?」
「それは…ご自分の立場を明確化するために…」
しどろもどろになる動機に、スカイティアは空色の双眸を眇めた。
「ほう、つまり、君達はユエ兄上は王太子になりたいが為に、まだ成人してもいない第四王子を誘拐したと言いたいのか」
ユエ兄上には一切不要だと思うけど。
寧ろ、あの異母弟妹大好きな長男が、自分の立場の為にヴァイス殿下を誘拐するなんて天と地が引っ繰り返ってもあり得ないし、そもそもあの異母兄は王位に就くことを望まれていないから、動機がない。
何処の誰に、何を吹き込まれたのか知らないが、事情聴取に来た文官と騎士は第一王子派の人間ではないらしい。犯人の目的は、スカイティアの宮殿近くで第四王子とヒカルを誘拐し、第一王子に疑惑の目を向ける為か。
……今更だけど、それって杜撰。物凄く杜撰。疑惑にすら、ならないだろう。
寧ろ、その程度で揺らぐ地位ならば遥か昔にユエ兄上の地位は奪われていたし。本気で王位を望まれているなら、兄上は証拠など残さない。
「……もう、結構です。殿下、お時間を頂きまして感謝致します」
言い返す言葉も明確な証拠もなく、騎士と文官は話を切り上げようとした。
「──ねぇ、言ったよね?俺の小姓も一緒に誘拐されたみたいだって」
にっこりと──後にレーウィスには凄んでいたといわれた──笑みを浮かべ、調査員達を引き留めて今ある情報を逆に吐き出させた。……主に、レーウィスが。
集めた情報を精査して、その結果、目撃情報と一致する特徴を持つ組織が王宮内に入り込み、その組織と予てからの繋がりがあった貴族を見つけた。……見つけた瞬間、走り出していた自分自身に驚いた。
一度だけ入ったことのあるルゼノ王の執務室へと向かった足は、思った以上に早かった。衛兵に止められそうになったが、駆け抜けた結果、勢い余って執務室へと飛び込んだ。
そんな突然の乱入者に目を丸くする者、身構える者など様々だったが、その中でも執務机で淡々とペンを走らせていたルゼノ王は入って来たのがスカイティアだと分かっていたかのように驚いた様子はなく、ゆっくりと顔を上げた。
「──何か、分かったか?スカイティア」
青い目が、スカイティアを真っ直ぐに見据えた。ルゼノ王の真っ直ぐな眼差しは一番上の異母兄と同じ色をしている、と改めて思う。
勝手に部屋に入ってきたことを咎められないことに驚きつつも、表情を取り繕って報告書を手渡す。
「第四王子ヴァイスルナハルト殿下は『ダクハイナ』の残党に誘拐されたと思われます」
報告書にルゼノ王が目を通している最中、扉を控えめに叩く音が聞こえた。
「失礼致します、陛下。第一王子殿下並びに第二王子殿下が陛下にお目通り叶いたい、と」
「入れ、話は一緒に聞く」
ルゼノ王付の侍従長が頭を垂れ、扉を開いて二人の王子を通した。……此処まで揃っているのに、ステラ姉上がいないのが珍しい。
「さて、進展があったか?ユエルディーネ。クラウディアまで連れて」
「ヴァイス誘拐の容疑者に、僕と、共犯としてスカイティアの名が挙がっているとお聞きしましたので、少し探ってみました」
「その様だな。それで?」
ルゼノ王の呆れたような視線が、ユエに向けられた。その視線に、クラウディアの表情が強張る。
執務室にいた政務官の顔には困惑や興味深そうな表情が浮かんだ。
「陛…!」
「まったく、温いですね」
まさかこのままユエを拘束するのでは、と懸念した矢先、ユエがすっぱりと言い切った。
「「え…!?」」
重なった声は、恐らく部屋全体に広がっていた。しかし、それを気にも留めず──きっと、それは意図的に無視したのだろう──ユエは大仰に溜息を吐いた。
「この僕が、ヴァイスを浚う?王太子の地位を確立したいが為に?妄言も甚だしいと言わざるを得ません」
「あぁ、馬鹿馬鹿しいな。何を間違ったら、そうなるのか」
ユエとルゼノ王は揃って、誘拐した犯人を扱き下ろした。そのそっくりな仕草と眼差しに、スカイティアは思わずクラウディアと顔を見合わせた。……失笑していますね、クラウディア兄上。
陛下が兄上をお疑いになる気が全くないのは良かったけど、此処はまだ人払いしていないのですが…?わざとですか?えぇ、わざとですよね!全く息の合った親子ですよね…!
「まぁ、遊びたいらしいからな。相手をしてやれ」
「それはそれは……陛下は既に犯人の拠点を掴んでおいででしたか」
大仰に肩を竦めて見せるユエに、王の視線がスカイティアを捉えた。
「まだお前には負けんよ。それに、珍しくスカイティアが来たからな、情報が補強されたぞ」
「左様で…さて、僕とスカイティアを貶めようとした輩には相応の礼をしないとね」
ユエはスカイティアに微笑みかけるが、その異母兄の笑みに執務室にいた者達の表情が一気に引き攣った。
えっと、その、ユエ兄上?その目が笑っていらっしゃらないのですが。
クラウディア兄上、肩を震わせておられますが、何か愉快なことでも?
「ふむ、ではそろそろ行くか」
「陛下自ら、ですか?」
執務机から立ち上がったルゼノ王に、侍従長が問いかける。
「偶にはいいだろう」
「昨夜のことは数えないのですか?」
「お前は黙っていろ」
止める気があるのかないのか分からない侍従長に、王はじとっと視線を向ける。昨夜のことが何を示すかは不明だが、侍従長は王の言葉に従って無言で王の外套を用意した。
「ユエルディーネ、クラウディア、スカイティア、行くぞ」
「「はい」」
「は、はい…」
スカイティアは二人の異母兄から一拍遅れて返事をし、王を先頭にユエとクラウディアの後ろに付いて行った。
ルゼノ王が向かったのは、王宮を囲む森の最奥の塔だ。嘗て政治犯などを幽閉した塔は今は閉鎖され、立ち入り禁止とされている。
「偵察には?」
「ステラ姉上とシュテルインが既に塔周辺に警邏網を引いています」
歩きながら問う王に、クラウディアが答える。既に騎士団は動きだしていたらしい。
「では、騎士達もそちらか」
「ステラを止めておけないと、困りますから」
「ステラも破天荒に育ったものだ…まったく、誰の影響なんだか」
やれやれと溜息を吐く王に、ユエは笑う。さて誰でしょうね、と。
……陛下と兄上の中で、ステラ姉上はどういった扱いなのでしょうか?いえ、ヴァイス殿下と姉上が仲良いのは知っていますけど。
それにしても、とスカイティアは思う。何故、ルゼノ王は自分を同行させたのだろうか。
「──クラウディア、スカイティア、上を見てみろ」
「え?」
王に促され、スカイティアは視線を上げた。隣でクラウディアも上を見る。
青い空に見えたのは、鳥の影。羽音が聞こえる。森の中だ、珍しくもない。しかし、それは真っ直ぐにスカイティア達に向かって滑空してきた。
ルゼノ王は何時の間にか、腕に厚手の手袋を──確か、シュテルインが持っていたものとデザインは違うが──していた。その腕に、羽ばたいていた鷹が留まった。
「どうやら、見つかったみたいだな」
「その様で」
王と一番上の異母兄は揃って口元に笑み浮かべた。兄弟の仲では色合いのせいもあるが、やはり一番ルゼノ王に似ているのはユエだと思う。
「そっくりだな」
「えぇ、本当に」
思わずと言った様子で呟いたクラウディアに、スカイティアは同意した。
それは兎も角、ヴァイス殿下とヒカルを迎えに行かなければ。陛下やユエ兄上が落ち着いていられるのだから、何も心配はない。




