噂の予言者
「──シュナイザー伯爵が?」
お伽噺の王子様を体現したような容姿を持つ、ルゼノの第一王子ユエルディーネは頭脳明晰な為政者の王子様だ。……えぇ、清々しいまでに物語の王子様ですよ、見た目は。本日は珍しく髪を結い上げておいでですね。
ユエにシュナイザー伯爵に関して聞きたいことがあるとレーウィスを通して尋ねたところ、翌日、彼の部屋に呼び寄せられたのだが。
……ですがね、ユエ様?あっさり『王家の裏通路を使って部屋まで来て』はないと思うのですが。幾ら一度使用したとはいえ、王家専用ですよね?忘れたことにしていたのに。
スカイティア様もレーウィス殿も、あっさり見送らないでください。第一王子に呼ばれた以上は行くしかないですけど、もう少し躊躇しましょうよ。
まぁ、それは済んだことなので、置いておくとして。
「正直、シュナイザー伯爵と何処までお付き合い……というべきか、接触してもよいものかと」
好奇心に従うならば〈黒の予言者〉に関して根掘り葉掘り聞きたいところだが、それでシュナイザー伯爵に関わってしまうことはスカイティアの立場を脅かすことにはならないか。ただ〈黒の予言者〉に関してユエが知っているのであれば、と思ったが話に聞く限り、ユエがまだ子供の頃の話だ。詳しいことを知らなくても無理はない。
そんなことを伝えれば、ユエは暫し考えるかのように視線が逸れた。
「……〈黒の予言者〉かぁ。確かに彼のことなら、シュナイザー伯爵が詳しいかな」
「ユエ様もご存知なのですか?」
「うん、僕とステラの教育係だった」
「へ…?」
〈黒の予言者〉が教育係だと?
思わぬ爆弾発言に、ヒカルは瞠目した。
ルゼノは黒髪を疎む国である、筈だ。それなのに、王子と王女の教育に『黒髪』の男が関わっていたというのか。
「と言っても、本当に一時の間だけだけどね」
「あの、〈黒の予言者〉が、ですか?」
「そう、陛下の友人だったそうでね……僕とステラにとっては誰より尊敬する恩師だよ」
念のために確認したら、ユエはにっこりと微笑んで更なる爆弾を落とした。……王の友人って、益々理解できないのですが?
「彼は発想が面白…とても柔軟な方でね、僕達にとっては聞く話の何もかもが新しかった。幼い僕達が知らない国のことや歴史も教えてくれたんだ。例えば…」
嬉々として恩師のことを語るユエは実に楽しそうである。
……ユエ様、今更ですが、そのお話を聞くのは辞退しても宜しいですか?情報の質が違います、キャパオーバーです。情報を上手く処理し切れません。習ったことを披露するのは楽しいかもしれませんが、それを理解できる相手にしてください。
大陸の何処の国が何処を統一して、その文化が併合された等々と歴史語りを始めたユエに、ヒカルは匙を投げた。
楽しそうで何よりですが……ユエ様、ルゼノに抱いていた印象が引っ繰り返りそうなのですが……あぁ、俺の扱い方からすると、王族と貴族との印象の差でしょうか。
でも、シュテルイン殿は彼自身が軽んじられたから兎も角、レーウィス殿やシュナイザー伯爵の印象もあるので、貴族と一括りにするのは俺の間違いですよね。偏見、良くない。
ユエ曰く、王の友人だと言う〈黒の予言者〉はとても愉快で聡明、博識な方だと言う。
「──彼は博識だったからこそ、ルゼノの災害を予期した。けれど、それが理解されることは無かった」
それは〈黒の予言者〉が畏怖され、更には『黒髪』が忌避される決定打となった話だ。
きっとルゼノでは起こりうる確率が低かった災害なのだろう。しかし、多くのことを知っていたが故に、災害の予兆を察知したからこそ齎した忠告は、人ならざる力と噂され、結果的に疎まれて忌避された。
「……そして疎まれることになった彼の方は、どう思われたのでしょう?」
「何も」
「は?」
短くきっぱりとした返答に、ヒカルは目を点にした。……『何も』って、そんなことってある?
「教えた情報を有効活用しない奴が悪いって」
「えぇぇ…!?」
確かにそうだけど、そこを断言しちゃうんだ!?
「まぁ、言われてみればそうだよね。必要な情報は与えた、それなのに避難しないことを選んだのは他でもない彼ら自身だった。……勿論、何も知らなかった民には同情していたけど」
ユエは深い溜息を吐き、頬杖をついた。
「それなりに博識だと頭脳明晰だと自慢していた、自称聡明なるお偉い様方が、だよ?情報屋として活動していたとはいえ、素性の知れない者の言葉をあっさり鵜呑みにはできないからと、眉唾物だと言って退けた責任を、何故、彼が負わなくてはならない?」
「……確かに、責められるのはお門違いですもんね」
本人からしたら、確かに理不尽この上ない。それでも強かに生き残るには、そう割り切るしかなかったのだろう。
「うん、だから本人は当時のことを特に気にした様子もなかった。まぁ、若い頃の話はシュナイザー伯爵に聞くといいかもしれないね…僕が知っているのは彼が教育係だった頃のほんの数年だけだし」
そう語ったユエは微かに目を眇めた。懐かしんでいるようにも見えるが、光の反射のせいか何処か悲しげな眼差しだ。
ユエが知らない〈黒の予言者〉……彼について語りたがるシュナイザー伯爵は、一体何を知っているのだろうか。
「……あの、それはシュナイザー伯爵と俺が接しても問題ないと?」
「まぁ、その辺りはシュナイザー伯爵が責任を持つと思うよ?誘ったのは伯爵だし……というより多分、その内拉致誘拐されるんじゃないかな?」
拉致誘拐?とヒカルの頭に単語が浮かぶ。
拉致とは無理に連れて行くことであり、誘拐とは人をだまして誘い出し連れ出さること…って、そうじゃない…!
「何ですか、その物騒な単語は」
「いやぁ、ほら……ただでさえヴァイスはまだ遊びたい盛りで問題を起こし……いや、巻き込まれているから、内心ハラハラしているシュナイザー伯爵の鬱憤晴らしに強制的に付き合わされそうだなぁって」
思わぬ単語に目を据わらせるヒカルに、ユエは途中で言葉を暈しつつも拉致誘拐されることを断言した。
「……そこで、どうして俺なんですか」
「理解度の高さかな?あとは聡明さ」
物凄く過大評価するユエにヒカルは言葉を失った。
ねぇ、何なんですか。その独り歩きした評価は……!
というか、発信元は貴方ですよね?他には誰もいませんよね?ステラ様ですか?
俺はただの小姓モドキです、俺に構わないでください。暇なんですか…!?
「彼らから聞かなかった?『第三王子殿下の小姓は王族から贔屓にされている』、という噂が立っているって」
「聞きました。過大評価です、誇張されています、根も葉もない噂です、と周囲にはお伝えください」
「……無理かな?」
ヒカルは早口で捲くし立てたが、ユエは表情を崩すことなく笑みを浮かべたまま拒否した。……いい笑顔ですね、第一王子殿下ユエルディーネ様!
「……では、俺が引き籠ります」
「多分、無理だと思うよ?ティアはあれ以来、注目の的だし……君もスカイティアに付き添うしかないだろうし」
ユエの言葉に、うっと言葉を詰まらせる。
そうなのだ、スカイティアは馬場に出て乗馬の練習をしているし、城下への視察と言う名の買い物に出掛けることもある。乗馬の時間は勿論、城下への往復で誰にも会わないことは、避けられているということがなければ有り得ない。
スカイティア様が注目されているということは、当然そこを狙って近づいてくる輩もいる訳で…!
「ね?僕が今更何をしようと、君達は嫌でも注目されるんだよ」
無駄な足掻きだよ、とでも言いたそうに面倒そうに椅子に凭れたユエに、ヒカルは首を傾げた。
「……あの、ユエ様は何をされようとしているのですか?」
「ん?」
「スカイティア様への評価を覆そうとお考えなのですか?」
「いや?」
ユエはふるふると首を横に振る。結った金色の髪がゆらり、と合わせて揺れて、きらきらと煌めく。
「では……何を目的とされているのでしょう?」
ユエ様がはっきりして下されば、それなりに対応しますよ?できること限定ですが。
しかしですね、ノーヒントからの爆弾投下は止めて頂きたいのです。心臓に悪いし。
「んー……僕もね、君達が注目の的になることは想像していなかったんだよね。目的は…強いて言えば、スカイティアに強くなって欲しかった…何時までも僕の庇護下で生きて行くことを彼自身も望んではいなかったし、僕も何時ぽっくり逝くか分からないし」
物騒な内容だと言うのに、愉快そうに語る第一王子は聡明だ。ユエは一番玉座に近いからこそ敵が多く、己の手で守れるものが少ないことを知っている。
「……あわよくば、この城を抜けても一人で生きて行ける知恵と力を付けてくれないかなぁって、思ってはいるよ」
「ユエ様が描く将来図に、スカイティア様はいらっしゃらない…?」
以前、スカイティアとクラウディアが話していたことがある。あの話は途中で終わっていたが、クラウディアの描く将来図は大抵の人間が想像している通りだろう。
将来のルゼノ王には第一王子ユエルディーネが、宰相には第一王女アルトステラか、彼女の助言を受け入れる夫が就任するであろう、と。
「この城でティアが幸せになる道が、僕やステラには描けないから」
「ユエ様が王になられたとしても?」
「それも、昔は考えたけどねぇ」
何処か嘲るような、物悲しい笑みを浮かべたユエはそれ以上を語らなかった。ルゼノの現状は簡単には覆らないという諦観に似た感情は、それでもユエの中で大きな機動力になっているのだろう。
高い壁ほど燃える性質、なのかな?ステラ様もクラウディア様もそういう傾向みたいだし、ユエ様がそうでも不思議はないけどさ。……ユエ様が現状を鑑みて、色々な要素を吟味した上でスカイティア様にそう望み、本人が納得したなら問題ないだろうし。
ユエの目的を確認したことに後悔はないが、それでも離れ離れになる将来が着々と近づいていると言う事実を、改めて感じた気がした。
ヒカルの視線が下がったことに気付いたのか、先程まで不穏な空気さえ醸し出していたユエは「まぁ、兎に角ね」と纏う雰囲気を一変させて柔らかく微笑んだ。テーブル越しに伸ばされた、ヒカルの頭を撫でる手が何時も以上に優しい気がする。
「現実的に考えると、シュナイザー伯爵から逃れるのは難しいと思うんだ。他の者は適当に追い払っていいから付き合って差し上げて?」
「…はぁ」
適当って、また難しいことを仰いますね?王宮に来てから避けたいのに避けられない、何かしらの運命に導かれている様なのですが。……え、そんな運命、嫌なんだけど。
今後の嫌な予感に乾いた笑いを浮かべつつ、一先ずはシュナイザー伯爵と関わっても問題がないということに安堵する。
でも、拉致誘拐は余りにも不穏なんですけど…冗談、ですよね?
ユエ様、笑みを深めないで下さい。今の状況だと非常に不穏な意味にしか取れません。




