認知度
──君の扱いは、君を認知している者からすると非常に難しいよ。
しみじみと、深々と。溜息交じりに第四王子ヴァイスルナハルト殿下は言いました。気怠そうに、大きな緑色の目を眇めたお顔はとてもお美しく、確かに王子らしく見えました。
で す が !
「……難しいも何も、俺は奴隷以上小姓モドキ以下なのですが」
俺、物凄く困ります。ただの使用人以下ですよ?と問えば、彼は気怠そうに眇められた重そうな瞼をそのままに微かに口角を上げた。
「……世の中は身分がものを言うから、それは間違いではないけどね?」
ヴァイスに失笑して返された。
「だけど、同時に人脈って言うのは物凄く武器になる。ユエ兄上やステラ姉上が各国に繋がりを持っていらっしゃるようにね」
「繋がりも何も……第三王子の小姓モドキなのですから、他の王子殿下達と多少の接触があってもおかしく無くないと思いますが……」
「君が、その髪色でなく、ティア兄様の小姓でなかったら…ね?」
「…………お国柄ですか」
面倒だな、とヒカルは眼を据わらせる。
それなら放っておいてくれ。俺はスカイティア様の部屋でお手伝いしながら、悠々自適な平穏生活を送りたいのです。その他など知るか。
「君はさ、結構自由だからこそ気を付けた方が良い。昨日は僕だったけど、その繋がりは危険だよ」
「……あぁ、例えばステラ様への脅迫材料に誘拐されたりですか」
「そういえば、経験済みだったか。まぁ、君ならあっさり乗り越えたのだろうけど」
既に王族絡みの誘拐事件は体験済みのヒカルに、ヴァイスは驚くことなく苦笑する。……何ですか、『その予想はしていたよ』みたいな表情は。
「……まぁ、君が率先して突っ込んで行く分には良いんだけど」
「いえ、できるならば回避したいです」
「……その割には色々関わっていないかい?」
嫌ですね、それは八割方、貴方の兄上様方のせいです。そもそも第一弾は貴方の一番上の兄上様から、二番目と三番目の兄上様達を仲直りさせたいっていうお話からですからね?……つーか、そこから何故こうなったかなぁ。
まだ王宮に来てから日が浅いにも拘らず、かなり濃密な日々を過ごしてきた。事の発端である第一王子ユエルディーネによる依頼や、他の巻き込まれ事故を含めて色々と思い出し、ヒカルはヴァイスに何とも言えずに視線を逸らす。
「……きっかけにしかなっていませんよ、俺は」
「そうなれるのが凄いんだよ……だからね、君のそういう活躍は嫌でも目につく。まぁ、僕は兄上達が君の活躍によって、距離が近づいたことにとても喜んでいるけど、そう思う輩ばかりじゃないからね」
「……ヴァイス殿下はあの仲に」
「ヒカル」
あの仲に入りたいのではないのですか──と続けようとした言葉は、何処か凛然とした声に遮られた。……おや、初めて名前で呼ばれましたね。しかも、殿下、思いっきり遮りましたね。
「君の活躍には期待しているが、周囲に気を付けた方が良いよ」
しぃ、と口元に寄せられた人差し指に、ふと視線の先を辿る。ヒカルはそっとヴァイスの傍に控え、膝を着く。埃避けに被っていたが、王子の手前取らざるを得なかった頭巾を被り直して髪色を隠す。
……ねぇ、ヴァイス様。これは巻き込まれ事故に入りますか?
「これはこれは第四王子殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
「……あぁ、貴殿か」
近づいてきた貴族風の男に何処か面倒そうに──それこそ頭を動かすのすら億劫とばかりに──視線だけで男を捉え、短く返した。
おおっと、気だるげモードですか。これがヴァイス殿下の第四王子としての、表の顔なんですね。元気な素は封印ですか。物凄く教育頑張ったんだろうなぁ、シュナイザー伯爵。
顔を下げたままでも、第四王子が浮かべているであろう表情は容易に想像が付いて、思わず笑い出しそうになった。
「この度は大変な事態に巻き込まれたとお聞きしまして…御具合は如何でしょうか」
「問題はない…しかし、随分と耳が早いものだ」
「それが取り柄ですので」
「……箝口令は敷かれている思ったが、そんなものか」
冷たく淡々とした言葉に、男は笑みを深めた。
「人の口に戸口は立てられませぬ」
「……そうだな、それこそ性質の悪い噂もあって、僕は酷く気分が悪いよ」
「そ、それは…」
突然、一層低さの増したヴァイスの声に体温が下がった気がした。
(……おお、これまたユエ様と同じ絶対零度!流石、ご兄弟!!)
「誰から何を聞いたか知らないが……貴殿の口から嘘偽りや裏取りのない噂などが出て来ないことを願うよ」
「はっ、勿論であります!」
顔は見えないが、上擦った声に男がヴァイスに圧倒されているのは分かる。
ヴァイス殿下、機嫌悪いですか?全っ然ご機嫌麗しくないじゃないですか。
と言うか、相手のお名前すら呼んでいませんよね。……覚えていますか?お相手のこと。
「……そう。それならいいよ」
ヴァイスは興味がなさそうに応じた。それをもう用済みとばかりの態度を感じ取ったのか、形式的な礼を取って男は去って行った。
「……ヒカル、それ取っていいよ」
「はぁ…因みに先程の方のお名前って、ご存知ですか?」
言われるままに頭巾を取って、思ったままに問いかける。
「さぁ、誰だったかな」
「……嘘ですよね?」
「んー……多分、シュナイザー伯爵家の……寄り子?」
「疑問形、ですか?」
つーか、寄子って何ですか?
「ほら、貴族って、基本的に勢力争い争いだろう?で、弱い貴族は潰されないように力のある貴族に守って貰う必要がある。あぁ、先程言った『繋がりが武器になる』ってやつだよ」
「……その内の一人と言う訳ですか」
その割に関心がなさそうですけど?守る気なさそうですよ?と、そんな疑問をありありと浮かべれば、ヴァイスは肩を竦めた。
「んー、あの家はどうでもいいかな。正直、潰れてくれた方がありがたい」
「随分とはっきりと仰いますね」
第四王子から見て断言されるということは、無能以上に害悪と言うことか。それならユエ様が動いていそうだけど……でも、第四王子の派閥に属するならシュナイザー伯爵が何かやっているのかな。
「君、あの男の顔、覚えた?」
「まぁ、次に会えば分かるかと」
「それはあちらも同じだと思うよ」
「は…?」
「『第三王子の奴隷は第一王子を初めとする王族達に愛玩されている』って噂になっているから、声を掛けてくる輩も多くなるだろう」
「…………愛玩」
ヒカルは思わず目を据わらせる。
いえ、猫や犬の如く思い切り頭を撫でられますけどね?
というか、ネコ科なら、スカイティア様もお仲間だと思うんですよね。窓辺が好きなところとか、そこから窓を見上げて飛んでいる鳥を見ている時とか。
あぁ、クラウディア様はイヌ科ですよね。ユエ様に従順な忠犬。手に持つ剣は鋭い牙の役割ですよね、命令通りに狩って来るだけ。
「あぁ、正しくは『第一王子を初めとする王族に頼られる有能な小姓』だけどね?」
「いえ、それは過大評価です」
「周囲の認識はそんな感じで二分されているから、頑張って」
ヴァイスにはいい笑顔で言いきられた。
面白がっていませんか?第四王子殿下。
ヴァイス殿下は表は猫、本性は犬ですかね。正しく、猫被りって感じだよね。
「……何を頑張れと?」
「うん、これから接触してくるであろう輩全ての対応」
「……また難しい課題ですね」
「ん?まぁ、君なら大丈夫だろう」
……何を根拠に仰いますかね?ユエ様もそうだけど、俺を過大評価しないでください。傍迷惑です。
「だって、君はそういう子だから」
満面の笑みを浮かべたヴァイスに断言され、ヒカルは首を傾げる。
まぁ、そういうことだから、と言って第四王子は去って行った。去り際に、彼の護衛が一礼していった。
(……護衛さん、別に俺にまで頭下げなくていいと思うんですが?)
取り敢えず、虫干ししていた本を片付けようとした矢先、芝を踏みしめる音に気付いて手を止めた。
「──何か御用ですか、シュナイザー伯爵閣下」
来客が多いな、本当に。というか、いらっしゃっていたなら、何故わざわざ第四王子殿下と別枠でいらっしゃいますかね。
「本当に聡いですね、貴方は」
「……左様でございますか、私はただの奴隷上がりの小姓モドキですが」
別に気配を絶っていた訳でもないでしょうに。〈影〉の人とかだったら、俺は絶対に分からないし。
伯爵の銀色に近い、薄らと金色がかった髪は余りヴァイスに似ていない。……ヴァイス殿下はもっと濃いんだよね。
「ヴァイス殿下にしては的確な助言だと思います。貴方にすり寄って来る者達も増えるかと思いますので、王城内では特にお気を付けて」
「……私に近づく価値などないでしょうに」
「少なくとも、周囲はそう思っていないので」
相変わらずヴァイスに対して辛辣なシュナイザー伯爵の断言に、ヒカルは目を据わらせた。……不穏な空気しかしねぇ。
「先程の寄り子の件ですが、私の方で抑えられる者は抑えますが…」
「あぶれ者は知らないと?」
「困ったことに、王家へ忠誠よりも自己利益を優先する輩は、上の者の言葉など聞かないのですよ」
「…………左様で」
やれやれと溜息を吐く伯爵に「だろうな」と納得する。
まぁ、それでユエ様とステラ様に狩られるんですね。自業自得だ。クラウディア様は勿論、最近はスカイティア様もお忙しそうですが……皆様、ちゃんと休息は取られていらしゃいますかね。
「…………自業自得ですか」
「顔に出ていましたか?失礼致しました」
今更ですけど、シュナイザー伯爵って本当に偏見がお嫌いなんですか。
俺と対等にしていらっしゃると、周囲の貴方への評価も気になりますが。
「聡明さと幼さを持ち合わせている辺り、貴方は本当にあの予言者に似ていますねぇ」
「……はい?」
聞き捨てならない台詞に、ヒカルは眉を突っぱねた。
(……あの予言者って、〈黒の予言者〉のことですか?)
「あぁ、この話は初めてでしょうね……今度、お話しますよ。〈黒の予言者〉の本当の姿は」
「……それは、私に関係することですか?」
これ以上、上位貴族と関わりたくないんですけど?
これも付加価値とか捉えられると迷惑なんですが?
本日は第四王子殿下のお目付け役ってことで、周囲も納得するでしょうけど…これ以上は何を理由に関われと?
スカイティアの存在を疎む理由の決定打に関しての情報は気にならないと言えば、嘘になる。しかし、それ以上に、知るリスクがあるだろう。此処で話しているだけでも、ヒカルには第一王子を筆頭にした王族の関わりに加えて、第四王子の後ろ盾にまで関わりがあると捉えられれば、ヒカルの身も危うくなる。
(……こういう時って身分がないって、本当に面倒だ。いや、関わらなければいいんだけど……そうもいかない立場が厄介だな)
「……そうですね、貴方に関係すると言うより、私の愚痴に付き合って頂きたいということでしょうか」
シュナイザー伯爵は暫し悩んだかと思えば、妙なことを言いだした。……おい、伯爵がそれでいいのか?
「……それは側近の方々に聞いて頂いた方が宜しいのでは?」
私は謹んで辞退申し上げます。
ありありと、そう顔に浮かべればシュナイザー伯爵は噴き出した。
……いえ、爆笑って程ではないのですけど、シュナイザー伯爵、貴方のお顔の表情筋はちゃんと動くんですね。普段は浮かべた微笑を崩さないのに。真顔を維持するシュテルイン殿並ですよ。吃驚です。
「釣れませんね。対価がないと釣れない所も、良く似ています」
「……今は情報の価値と、将来的リスクを天秤に掛けただけです」
あのですね、俺は好奇心で身を滅ぼしたくはないんです。
だから、そんなに意味深に笑うのは止めてください。好奇心が勝っちゃうでしょう…!?




