過去の話
晴れ渡る空に、白い雲。見えるのは海を臨む絶景である。
「──それでさ、その時の姉上が物凄く華麗でさ!」
こんにちは、ヒカルです。立場は奴隷以上、小姓以下。取り敢えず、奴隷ではないと言われているので、小姓モドキと認識しています。
「ユエ兄上と並ばれると、本当にもう他の人なんて目に入らないよね!」
……そう、俺は地位が上がっても小姓なの。それなのに、何故でしょうか。
何故に俺の隣で、きらきらと黄金色のお髪を輝かせる第四王子ヴァイスルナハルト殿下が緑色の瞳を輝かせて、ご兄弟について語られているのでしょうか?
「──ねぇ?聞いてる?」
「えぇ、勿論ですとも。ユエ様もステラ様も素敵ですし、カッコいいですし、聡明な方々ですよね」
「だろう!?クラウ兄上も、夜会では令嬢方が噂しているんだよ?髪色なんて関係ないよねっ!」
「……そうですね」
何だろう、このルゼノ王家のご兄弟は何故にそんなにもお互いがお好きなのですかねぇ?
いや、物凄く好ましいよ?好ましいんだけどね?お互い、「超」が付くブラコンなんだよね…度が過ぎると言うか。
ヴァイスの熱弁は冷めることなく続き、今では第二王子クラウディアの武功を湛えている。
それでも、これだけ好意を全開にしている様を、他人に見せてはいけないと言うのが物悲しい。……俺は派閥とか関係ないからノーカウントなの。
「それに比べて、ティア兄様はお部屋から出て来られることがなかったから……『黒髪』に纏わる伝承ばっかり独り歩きしちゃって」
不意に、ヴァイスの表情が翳る。
「伝承、ですか…」
「うん、〈黒の予言者〉の話は知ってる?」
「えぇ、一度お聞きしました」
十数年前、ルゼノに起きた災害を予期した黒髪の男がいた。しかし、彼の忠告を無視し、避難勧告を出さなかった結果、大きな被害が出ることなったという。
それは男の言葉を信じなかったが為に起きた被害の規模だと言うのに、その災害が起きたことさえも彼の責任のように噂され、何時しかそれが黒髪の男は天災を操る力を持つ者と認識されたようだ。
(今思っても理解できないけどな)
それは特殊能力というか、それこそ神の為せる業ではないか。ヴァイスの教育係ではないが、神に愛され、特別だとされた金糸の髪を持つ人間が全く特別ではなくなってしまうではないかと思わざるを得ないが。
(それとも…神ではなく、悪魔の仕業とでも言いたいのか)
どちらにせよ、人間の分際では計り知れない領分だ。宗教画家による神の使いである天使と、災いを齎す悪魔の戦いを模した絵は、第三王子の宮殿にもある。しかし、実際にそれがあったかどうかなど人間には与り知らぬことであり、また現世に生きる者として、その存在を認識することは今のところ無い。
「……ティア兄様は本当に心の綺麗な方だと思う」
「…………左様ですね」
ぽつり、と呟いたヴァイスに、ヒカルは若干視線を逸らした。
……えぇ、とても純粋な方だとは思いますよ。ただ、ちょっと、えぇ、好機心が旺盛なだけで。
え?棒読み?そんなことはありませんって。
「…何、その間は」
「いえ、何もありませんよ…えぇ、本当に」
貴方の異母兄様の清らかなイメージを壊しかねませんので、私からは何も申しませんよ。
「……含みがありそうだけど、まぁいいや。それでね、兎に角…『黒髪』に纏わる噂ばかりが先行して、『黒髪』の王子がいるなんて不吉だとか災厄の再来だとか、口さがない輩が言いだして、その噂がまるで事実かのように王城を包んだ……兄様の本当の姿なんて知らない癖に…!」
姿を見せないことが禍し、元来快く思われない『色』のイメージばかりが定着した。そのイメージを覆すことはできないと諦めていたスカイティアは足掻くこともせず、そのまま引き籠りの王子として、人目を避けて生きてきた。……何時か、そのまま死を迎えるまで。
「……前からお聞きしたかったんですが、ヴァイス殿下はスカイティア様と仲が宜しいのですか?」
「仲が良い、なんて…言えないよ。ティア兄様はご自分の存在が疎まれることをご存知だったから、仲良くなんてできない」
ヴァイスは溜息交じりに呟いた。
「……昨日を除いて、ティア兄様に直接お会いしたことがあるのはたった一回だけだよ」
「え?」
ヴァイスの告白に、ヒカルは目を瞠る。
そうして語り出されたのは、異母兄弟とはいえ本当に奇妙な話だ。
「数年前の王城の一角でね、僕は迷っていたんだ」
「え?」
ヴァイス曰く、まだ派閥なんて気にしない、いや、認識すらしていなかった年頃だった。時期的に周囲もそこまで権力争いに躍起になっていなかった──というより、圧倒的に第一王子派が優勢だった──からか、ヴァイスは比較的自由だった。しかし、その結果、一人で出歩いていたヴァイスは王城の一角で迷った。
「王子殿下が何やっていらっしゃるんですか…」
というか、先日もそれで誘拐されていますよね?経験を活かせていませんよ?……ジト目はスルーされた。
「そうだね…でも、あの日は何事もなかったことにされたよ」
「……何事も?」
つまり、何かがあった上で隠蔽されたということか。……王宮って面倒なんだなぁ。
ヴァイスの話を聞きながらヒカルは嘆息する。
「まぁね…でね、何があったかと言うと…」
ヴァイスは話を続けた。
独りで迷っていたヴァイスは、その場所が自分が住む宮と遜色のない建物の傍である以上、使用人達が住む王城の外周まで来た訳でないことは理解していても、自分がいる場所を正確に把握するには、まだ幼いヴァイスには王宮に関する知識が乏しすぎた。
しかし、そこは幼いヴァイス。行動力は今以上に溢れていた。生い茂る木々の中、遠くを見通そうとして木を登ることにした。
「……ん?えーっと…」
ヴァイス様の行動力には感服するが…いや、幼いさ故の行動力か。しかし、王子よ、木登りは許されるのか。いや、許されないからこそ、ユエ様に怒られたのだろうけど。
「そこはティア兄様のお部屋で、目が合ったんだ……当時の僕は、自分が第三王子から第四王子になったことを知っていて……それが、目の前にいる黒髪の少年が……ティア兄様だとすぐに分かった。でもね、僕は理解している様で、理解していなかったのかもしれない」
木に登った所を見られるなんて、と思ったとヴァイスは苦笑する。
「……王位継承権は変わらないけど、彼を、態々父上が外から連れ帰ったということはそれだけの価値を見出したのだと。ユエ兄上が僕の部屋にいらっしゃる機会が減ったのは、彼に会っていたからではないかと…頭に過った。僕にとっては、それだけで『不幸の種』に思えたよ」
他の異母兄達を嬉々として語る姿とは裏腹に、淡々と語られる当時の心境。
「それは……!」
「うん……酷い話だよね。僕は、当時それが”偏見”だって分かっていたのに、ティア兄様を罵倒したんだ。ティア兄様は僕の存在をご存知だったのか、罵倒する僕を何処か困ったように、黙って聞いておられて……それで謝られた……ただの子供の嫉妬だと言うのも、見透かされていたのかもしれない。それでも、僕の理不尽な怒りは収まらなくて、更に罵倒しようとしたところで足を滑らせてね…夢中になる余り自分の足場を失っていたんだろう……木の上から落ちかけた所を、ティア兄様が手を伸ばして下さって、一先ず宙吊り状態になった」
「…………それは何とも」
ありありと、その光景が浮かんでしまうのだが。
「自業自得だろう?」
「……イエ」
そんなことを思っていても、言えるわけないだろう。つーか、マジでスカイティア様は清らかだな。そのまま落ちたってスカイティア様に非はないだろうに。
しかし、現実問題、スカイティアの宮にある木の上からヴァイスが落ちた場合、管理責任が問われるだろう。それも事故とはいえ、怪我を負うのは王位継承権第二位。元々の後ろ盾の無さからすると、そのまま幽閉されることもありえた話だろう。
「でもね…それだけじゃなかった」
「え…?」
「そこには誰から送り込まれたのか……ティア兄様の宮に元々潜んでいたのか、僕を追って来たのかは分からない輩が、僕達を狙っていた……ティア兄様は僕を両手で支えていて、体格も同じくらいだったから引き上げるなんて到底無理だった。……アレは面白そうに僕達が落ちるのを待っていたよ」
まさに、その瞬間は絶体絶命だったとヴァイスは語る。
「ティア兄様も限界でね、落ちたんだ。でも、僕を守ろうとして下さった……当時は受け身なんて習っていなかったからね、ティア兄様は言葉通り身を挺して、僕を落下の衝撃から守った……僕は怪我一つなく、けれど落ちただけで、アレが満足してくれる筈もない」
身を挺してか、とヒカルは呟く。スカイティアの献身は己の存在の歪さを知った上というより、元来の誠実さというべきだろうか。
「まぁ、そこで登場するのがユエ兄上とレーウィスだけど」
「左様ですか」
何だろうね、この安心クオリティは。余り武官向きではなさそうだけど、レーウィス殿は文武両道だ。そうでなくては一人でスカイティア様の身の回りのことをするなど不可能だ。勿論、姿を見せない〈影〉の皆様もいただろうけど。
「でも、ティア兄様に怪我を負わせてしまった。ティア兄様には酷い事しか言っていない上に、助けて頂いてしまった……どうして助けたのか、とお聞きしたかったけど『もう此処へ来てはいけないよ』とだけ言われた。それはもう僕に関わって欲しくないと言う拒絶だと思った……当たり前だよね、僕は何も非の無い兄様を罵倒して怪我を負わせたんだから」
「……それが貴方の為だと、スカイティア様は思われたんですね」
「うん……当時は拒絶だとしか受け取れなかったけど、後で内緒でユエ兄上から言伝を聞いた……『不幸を持ち込んでごめんね』って……その時のユエ兄上のお顔も、忘れられない」
ヴァイスは何処かやるせない表情を浮かべていた。
それだけ後悔をしていたのだろう。直接会って謝りたくても、二度と顔を合わせることは叶わない。そうして罪悪感を抱いていくことを、己の罪滅ぼしとしたのか。
……でも、スカイティア様、それを覚えているんだろうか?見た感じ、第四王子に対する嫌悪や憎悪は全くないし……あぁ、だからこそ”清らか”な人という印象を抱かれているのだろうけど。
「二度と、近づいてはいけないと思った……僕は遠くから見ているだけで満足だったよ。君が来るまでは」
「……俺、ですか?」
「だって、狡いじゃないか」
途端に子供らしく、年相応に。まるで不平を漏らす子供そのものの様に頬を膨らませたヴァイスに、ヒカルは笑みを引き攣らせた。
……あぁ、これが多分、面と向かって「嫌いだ」と言われた話に繋がるんですね。いや、俺からすると、やっぱり理不尽だけど。
「……僕は自業自得とはいえ、二度と顔合わせて話をすることも叶わないだろうに。君はひょっこり現れたかと思えば、あっという間に兄上達と関わりを持って、仲良くなった」
「ですから、それは…」
「うん、君の言い分は以前聞いたから分かってる。でも、周囲はそう思っていないから」
「うっ…」
既にヒカルは、ルゼノ王にすら名前を憶えられている。貴族どころか、使用人を黙らせられるような後ろ盾もないと言うのに、この妙な扱いは何なのか。
「まぁ、正直……君の扱いは、君を認知している者からすると非常に難しいよ」
深々と溜息を吐き、乾いた笑みを浮かべるヴァイスに、ヒカルは表情を引き攣らせた。
叫びたかったが、声に出して叫ぶ訳にはいかない。その代わり内の心で叫んだ。
何なの、これは!俺はただ平穏に生きたいだけなのに!特別扱いなんていらないよ!?
ねぇ、どんどん平穏な人生から遠ざかっているようにしか思えないんだけど!?
俺の望んだ平穏生活は何処へ消えた!?最初から無いとか言わないで!泣くよ!?




