シュナイザー伯爵家の歴史
すっかりと空が闇に染まった頃の第四王子ヴァイスルナハルトの宮殿。
自分の宮殿に戻ったヴァイスは、自室に戻る前に後見人がいるであろう部屋を訪れていた。
「──戻られましたか、ヴァイス殿下」
「シュナイザー伯爵、ただ今戻りました」
シュナイザー伯爵は部屋の中央に据えられた椅子に腰掛けていた。銀縁の眼鏡が白く光り、剣呑な眼差しがヴァイスを捉える。その眼差しを受けて、ヴァイスは息を呑んだ。
護衛を付けず、第三王子の宮殿付近まで行き、まんまと誘拐された失態について説教を受ける気はある。しかし、部屋に入っても伯爵に動く気配はない。ヴァイスは困惑し、その場で立ち尽くしていた。
「……あの、伯爵」
「何でしょうか」
「えっ……と…その…」
淡々とした、まるで本日は何も──そう、ヴァイスが一人で出かけたことすらもなかったかのように応じるシュナイザー伯爵に、ヴァイスは言葉が見つからない。
「……何もないのであれば、お召替えを。夕食の用意ができていますよ」
「いえ!その…!」
「何ですか」
じっと、黄緑色の双眸に見据えられ、ヴァイスは息を呑む。
「いえ、何でもありません…その、着替えて参ります」
「そうですか」
声も態度も至って冷静である筈なのに、その目だけが剣呑さを失わない。眼鏡越しのその眼差しが、ヴァイスを竦ませる。
……『目は口ほどにものを言う』って、こういうこと?それは無言の説教ですよね?
◆◇◆◇◆
「──と言う訳で、伯爵には無言の説教を受けた」
そう語るのは、またもや第三王子の宮殿付近にある東屋に現れた第四王子である。
現在、ヒカルは第三王子の部屋にある多量の本の虫干し中であった。量が多いため、室内だけでは足りなかったのと、序に本棚の掃除もすることにしたのである。
「………左様ですか」
そんなところにやって来たヴァイスの台詞に、ヒカルはそう答えるしかない。
……いや、だって、昨日の今日ですよ?事態の収束に向けた捕縛した賊の尋問、塔の管理責任追及等々を第一王子と第二王子が主導で行っているとはいえ、被害者である第四王子が自由過ぎませんか?
「あぁ、心配しなくても今日は護衛がいるし、伯爵にも迷惑を掛けた詫びに行くと告げてある」
「左様ですか…それは兎も角、事情聴取などは宜しいのですか?」
ヴァイスがちらり、と一瞥した先には確かに護衛らしき、騎士が三人ほど。見えない所にもいるのだろうが、王子である以上この程度は当然なのだろう。
(…ん?そうなると、他の王族四人が身軽過ぎないか?)
ふと、関わりある王子三人と王女を思い浮かべるが、そういえば他の護衛は〈影〉だと言っていたかと納得する。
「先程まで応じていたよ。まぁ…実行犯は捕まっているし、塔の管理者についても、思った以上に順調に証拠固めが進んでいるらしい」
「流石、ユエ様とクラウディア様ですね」
王直々の命令で事件の調査を進めている二人の王子は流石、有能である。
「それと、ティア兄様もね」
「スカイティア様が?」
思わぬ言葉に、ヒカルは瞠目する。
「あれ?聞いてない?ティア兄様が、ダクハイナとイザーク候…塔の管理者との関係を掴んだって聞いたけど?」
「え?」
目を瞬かせるヒカルに一瞬呆気に取られたようなヴァイスだったが、何故だか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「まぁ、詳しいことは知らないけどね?ほら、陛下も仰っていただろう、ティア兄様が最近、直情的だって」
「え、えぇ、確かに」
そういえば、何をやらかしたのだろうか。スカイティアも少なからず嫌疑が掛っていたということで、昨夜は部屋に一度戻ったかと思えば、また呼ばれて出て行った。その後は遅くまで帰って来なかったため、事情を聞くのも憚られていた。
(…ま、俺が聞いたところで如何ってことは無いんだけどね)
ヒカルの身分は小姓モドキ。被害者とはいえ、国の上層部が関わる案件である以上、ヒカルは知るべき人間に入らないのだから。
というか、寧ろ、陛下の言葉の方が気になる。最近って……王様って、ちゃんとスカイティア様のこと、気に掛けていたの?俺の、あの時に湧いた憎しみは何だったの。
「僕と君の誘拐容疑がユエ兄上に掛けられたと聞いて…あぁ、前提としてダクハイナのことが目撃証言として挙がっていたらしいんだけど…ダクハイナと繋がりのある男について情報が寄せられてね?」
何処か悪戯めいた笑みを浮かべるヴァイスに、嫌な予感がした。
「証拠を見つけた途端に自室を飛び出されて、どうやら少なからず貴族が集まった審議中の部屋に乗り込まれたらしいんだよね」
「…………何をやっておられるのですか、スカイティア様は」
ヒカルが王宮にやって来た時は部屋から出ることもしなかったというのに。
部屋から出ても、やはり人目を気にするようで、何処かびくびくとしていたというのに。
ステラに城下に連れ出されても、おどおどした様子がまだ残っていたというのに。
──それなのに、自ら己を侮蔑する輩ばかりがいる場所に乗り込んで行ったと?
「それだけ、ユエ兄上のことを心配されていたということだろうね。本当に、ティア兄様は優しいよ」
「……以前から思っていたんですが、ヴァイス様はスカイティア様と接点があったんですか?」
異母兄弟とはいえ、ずっと引き籠りだった王位継承権を持たない『黒髪』の第三王子と、王位継承権第二位の『金髪』の第四王子。
実質的な王太子ですら、あの現状には手を焼いていたと言うのに、二人の接点は何処に在ったのだろうか。
「あぁ、そうだね…そう滅多に会う機会があった訳じゃないよ。何しろ、僕と兄様の部屋は離れているし、兄様は部屋から出て来られないし」
「ですから、不思議なのです」
ヒカルの問い掛けに、ヴァイスは懐かしそうに眼を眇めた。
「そうだねぇ、僕も…シュナイザー伯爵が、教育係代わりになる前まではティア兄様が『黒髪』である事を理由に忌避していたのは確かだよ」
「先日お聞きした『金髪至上主義』が覆ったお話ですか」
シュナイザー伯爵家が代々『黒髪』を忌避する理由は単にルゼノ国の中でも過激派だということだと思っていたが、当代のシュナイザー伯爵はヒカルと対面することを嫌うようには見えなかった。
(……まぁ、有能なお貴族様だし、腹芸が得意だと言われればあっさり俺が騙されたことになるのだろうけど。というか、伯爵自身がよく我慢したな、と思うけど)
「そうそう…僕の元教育係はねぇ、根っからの『金髪至上主義』だった。それも伯爵家の遠縁だったらしくって、王子である僕へ、その価値観を重点的に押し付けた」
「押し付け、ですか?」
ヴァイスに強調された部分を繰り返し、ヒカルは首を傾げる。
「そうだよ?金色は…いや、『金』は高価だろう。だからこそ、その色こそに価値があるのだと。僕達王族や貴族が金髪に生まれたのは、この世界の創造主である神からの贈り物であり、他の人間は全くの別の生き物だと」
「だから、隷属しても構わないと?」
無茶苦茶な論理だな、と思うけれど。
というか、それならば全く別の囲い場を作ってくれよ、と思ってしまうけど。
改めてこの世の理不尽を、この国を造った歪んだ理念を聞かされた気がした。
隷属されることが前提で造られたならば、何故、自我を持たせた。何故、痛覚を伴わせた。
同じ姿でありながら纏う『色』を変えることで別の生き物だとするのならば、最初から全く別の生物として生み落せばいいものを。
「そういうこと。だから『赤髪』のクラウ兄上も『黒髪』のティア兄様も、僕よりも下の人間だと、教育係は言った」
「ですが、疑問に思われたのですか」
だからこそ、彼は異母兄弟達と交流を持つことを望んだのだろう。
「……そうだね、一番、不思議に思ったのはユエ兄上の言動だけど」
「昔から、髪色の差別を嫌われていたとか」
そういう点では、第一王子であるユエはどのような教育を受けていたのだろうか。
ルゼノ国を治めるべく育てられた第一王子でありながら、彼の理念は反差別、公平公正である。
それは、父親であるルゼノ王に差別意識がない──髪色の異なる妃を受け入れたという点を踏まえて暫定的だが──という影響があるからか、それともヴァイスのように母親の実家込での影響か。
「それなんだけどね……僕には分からなかった。当時の僕にとって、教育係に教えられることが全てだったから。その言動から外れたユエ兄上に疑問を覚えたけど…それを教育係に問い掛けたら、狼狽えていたよ。だって、ユエ兄上は正式に王太子でなくても事実上、王位継承権第一位なんだ。迂闊な発言はできないよね」
「それは確かに」
クスクスと可笑しそうに語るヴァイスに、ヒカルは同意する。……身分って面倒だよね、本当に。
「それがもどかしくて、丁度、母上との会食に来ていたシュナイザー伯爵に聞いてみたんだ」
「それで、伯爵は何と?」
「うん、即行でその教育係を解雇した」
「え…!?」
思わぬ事態にヒカルはヴァイスを思いっ切り振り返った。ヴァイスは何処か可笑しそうに笑って、過去を話す。
「偏見を教え込むなって……掻い摘むと、元々シュナイザー伯爵家の本家って辺境伯だから、異民族との交戦が多かったんだよね、歴史上」
「あぁ、それで…」
民族的に差別意識があるのか、と納得した。
「察しがついた?そう、丁度お隣りの国がね、移民国家で成り立っているからか、組織された軍の中も人種が雑多で肌の色も髪の色も多種多様なんだけど……その中でも恐れられていたのが、〈黒衣の騎士〉なんて言われる、黒装束を纏う色黒の黒髪の男だったから」
まさかの黒尽くめ。いえ、黒衣は軍服でしょうし、色黒の肌は地肌か、或いは日焼けでしょうか。騎士で日に焼けない方が珍しいですし……黒髪も大陸を渡れば珍しくはないので、確率的にはなくもないが。
「……まさか、シュナイザー伯爵家の代々『黒髪』を忌避する理由って…」
「うん、敵将軍を目の敵にしているから。ルゼノでも元々好まれなかった色と言うのが、拍車を掛けたと言うか…」
「……左様ですか」
いや、死線を潜り抜けたのだから、精神的にはダメージが大きかったのだろうけれど。
代々辺境地で国境を守っている以上、それだけ身内への信頼と外敵への抵抗力を持ち続けなければ、国境の守護者と成り得なかったのだろうけれど。
それでも敵としてやって来た訳ではない者達にまで敵愾心を剥き出しにするのは、如何なものかと思いますけどね……あ、これは俺がレーウィス殿やヘラーザに抱いていた偏見と一緒かぁ。
己の反省点まで浮き彫りになり、ヒカルは内心で苦笑する。きっと、こういうことを『人のふり見て我がふり直せ』と言うのだろう。
というか、ヘラーザは何で奴隷商館なんかに務めているのだろうか。絶対に心を痛めているよな。レーウィス殿は理由を知っているのかな?母親のことだし。
「隣国の軍隊が僕達ルゼノ人よりも大柄な人種だったから、より恐怖が拍車を掛けたのかな…まぁ、そんな辺境故の歴史があって、シュナイザー伯爵家には『黒』を疎んじて、金の価値を己の髪色の当て嵌めたってことなんだよね。今思うと、あの教育係は何だったんだろう?」
『金髪至上主義』に関する分析をしつつ過去の教育係を振り返るヴァイスに、ヒカルも首を傾げた。
「王族の教育係って、ちゃんと選出されているのでは?」
「多分ね、選出したのは当時辺境にいた者だと思う…いや、それでも思い出すと、不可解極まりなかった。何であんな奴が教育係だったんだろう?」
「私に言われましても…」
少なくとも、選出されるからにはそれだけの理由があるだろう。教育係とはいえ、頭の良さだけでは選ばれないだろうし。それが利害の一致か、伝手かは知らないが。
「そうなんだけど…ほら、迂闊に漏らせないじゃん?」
だからって、何故俺に言うかな?……あぁ、ご兄弟とは簡単に接触できないからでしたね。
にこやかな微笑を浮かべるヴァイスに、ヒカルはジト目で見返した。
ん?もしかして、これからも第三王子の宮殿付近にいらっしゃる感じですか?折角いらっしゃるのに、継承権の低いスカイティア様でも接触は難しいのでしょうか。
ユエ様ー、その辺りどうなっているのですか?お仕事終わったら、ご相談したいです!




