思わぬ謁見
第四王子誘拐事件の実行犯が取り押さえられ、連行された。
その後に何故だか──主犯と思しき、しかし、物証のないため嫌疑のみ掛った──王弟の入退場を経て、その場に残ったのは、ヒカルと護衛の騎士を除けば、ルゼノ王家の錚々たるメンバーである。
何だろう、この、俺の場違い感は。
いや、巻き込まれ事故だし、仕方ないとはいえ…ねぇ?場違いにも程があるよ、本当に。
第四王子誘拐事件ともなれば、王宮中に波及する案件だろうが、王城内部とはいえ王宮の外れの森に王族が上から揃い踏みである。
「ユエ、クラウディア、後のことは任せるぞ」
「「はい」」
王の指示に、王子二人は揃って返答する。
その光景に、ふと、王を初めて見た時の会食を思い出す。腸が煮えくり返りそうになったあの食事会に思わず眉を顰めかけたが、今回はクラウディアにも声を掛けたことに気付いて目を瞬いた。
『赤髪』の王子。それが、第二王子クラウディアだ。会食の席では全く気に掛けられた様子もなく、またクラウディアの方にも、王に対する敬意は兎も角、父親としての意識は全くなさそうだった。
──けれど、王が彼の腕を見込んでいなければ、その存在を認知していなければ、態々この場に引き連れては来なかっただろう。
「ヴァイス、これに懲りたら一人で出歩くな」
「はい、申し訳ありませんでした」
しゅん、と項垂れるヴァイスに、ユエが苦笑して頭を撫でた。…距離を置いて見せたり近づいて見せたりして大変だな、ユエ様。
「スカイティア」
「は、はい…」
王の低い声に、スカイティアの肩が小さく跳ねた。同時にヒカルは目を瞠る。
「感情的に動くな、母親に似て最近直情的だぞ…」
「…っ!?…申し訳ありません、以後、気を付けます」
スカイティア様、何したの。ユエ様とクラウディア様が笑ってるけど。ヴァイス様は当然、首を傾げていますが。
思わぬ王との邂逅に、ヒカルの頭には疑問ばかりが浮かぶ。
だって、王は髪色の異なる王子達を見放していた訳ではないのか。
あの会食の席以降、何かありました?それとも、あれは会食という場での、表向きの話だった?
そんな可能性に思い至るが、ヒカルは「いや」と首を振る。
可能性としては、あの会食以降だろう。もし、ヒカルが王宮に来る以前から王に目を掛けて貰っていたらば、スカイティアはあそこまで無気力ではなかった筈だ。
しかし、ヒカルがスカイティアの部屋に滞在する中で王と会うことは一度もなかったのだから、やはり疑問は残る。
「──それから、ヒカル」
何が何やら分からぬ間に何故だか王に声を掛けられ、ヒカルはピシり、と固まった。
嘘…何で、王が俺のこと知っているんですか?情報源はユエ様ですか?ステラ様ですか?
王に声を掛けられるどころか、名前を呼ばれるとか、小姓モドキの身としては恐れ多いを通り越して、失神してもおかしくない案件です。俺はしないけど。
もしかして、会食の席で睨みつけたことを知っていたりします?
……いえ、距離がありましたし、気づきませんよね?今更だけど、不敬罪で打ち首は嫌だなぁ。やっちまった感、半端ないんだけど。
「随分な活躍だと聞いている。今度も、期待している」
それだけ言って、王は踵を返した。御付の騎士も王子達に一礼して去った。
それを茫然と見送りながら、ヒカルの思考は停止した。
活躍?期待?嘘でしょ、何を仰っているんですか。というか、何を期待しておいでですか?そして、やっぱり情報源はユエ様ですか?
「陛下に期待されるとは、大物だな、ヒカル」
「からかっておられますか、クラウディア様」
「何故だ?」
それ本気で言っていたんですか、第二王子殿下?
「まぁ、あれだけのことしたんだから、期待値も上がるよね」
「何かとんでもないことを仕出かした風に仰らないで頂けますか?ヴァイス様」
「え?僕は、君が何処かの密偵って言われても納得するよ?」
納得しないで下さい、第四王子殿下。俺に小道具の装備を提案したのはユエ様とステラ様です。
「ヒカルには……そうだね、いつも驚かされるよ。陛下の期待も仕方ない、かな?」
「スカイティア様、そこは味方でいて頂きたかった」
「え?味方だよ…?」
そうですね、本気で疑ってはいませんので泣かないで下さい、第三王子殿下。
「ふふっ…本当に面白いなぁ」
「何故そこで笑われるのですか?ユエ様」
「だって、君は何時だって名前の通りなんだもん」
名は体を表すと言いますが、それを言ったら、貴方は月ですか?第一王子殿下。確かに貴方の場合は暗闇を照らす月そのものだと思いますけどね?
俺は『ヒカル』って言っても別に、輝かしくも何ともないのですが。
「あぁ、そうだ。ヒカル、分かっていると思うけど、この事件について他言しないでね?調査段階だから」
「はい、勿論です」
ユエに念を押すように声を掛けられ、ヒカルは頷いた。…そもそも、俺に王宮で話す相手がいないんだけど。
「じゃあ、解散だね。後で話を聞くことになると思うけど、その時は宜しく…レーウィス、シュテルイン、それぞれ護衛も宜しくね…残党が潜んでいたら笑えないから」
森の奥から現れた金髪の青年二人に声を掛けるユエに、ヒカルは固まった。
ユエ様、お伽噺の王子様の仮面が剥がれかけています。
いえ、第四王子殿下も大事な弟君ですもんね。お怒りは御尤もですが……笑わない、その据わった眼が恐ろしや。
ユエとクラウディア、そして騎士達は調査続行ということでその場で別れ、ヴァイスにシュテルインが、スカイティアにレーウィスが伴って、それぞれ帰路に付く。
森の中は暗いが、空に懸かった月と星が道を照らす。そんな中、ヒカルは二人の背を捉えて、声を掛けた。
「……スカイティア様、レーウィス殿、ご迷惑をお掛け致しました」
「迷惑って?」
「その、誘拐されたのは二度目ですし…」
そもそも王子が誘拐された小姓モドキを探すって、普通は有り得ない。それが二度目となれば、手のかかる者として切り捨てられてもおかしくない。
「今回、ヒカルは第四王子の誘拐に巻き込まれたってところでしょ。ヒカルが気に病むことじゃないよ」
「ですが…」
「それに第四王子殿下も、ヒカルがいたから脱出できたんだろう?君が巻き込まれたことには変わりないけど、二人が一緒でよかったと思ってるんだ」
まぁ、確かにあのまま脱出できなかったら始末されていただろう。…ユエ様とステラ様には本当に感謝だよ。
「そう思って頂けたなら幸いです」
「まぁ、事件が起きないことが理想なんだけど…」
本当にな、と同意する。ヒカルが王宮に来てから認知しているだけでも、ヒカルを人質にして王女を脅迫する事件に、第二王子誘拐計画及びアージェスト子爵家密輸事件、そして今回の第四王子誘拐事件と三件も関わっているのだ。
小姓モドキが関わる案件じゃないよね、今更だけど。
失笑するヒカルに、レーウィスが案じるように声を掛ける。
「…此処の所、立て続けですからね。今日は身体を休めてください」
「そうさせて頂きます…流石に外壁を縄一本で降りるのは疲れました」
今更だけど、よくヴァイス様も平気だったよね。殿下、明日筋肉痛になっていたりして。
「え?あの塔の外壁を?」
スカイティアが驚いたように目を瞠る。
…まぁ、確かに王子を連れて塔の外壁を降るなんて、普通は考えないよね。というか、その道を示したのは第四王子殿下なのですが…あれはヴァイス様の経験の勝利です。
「他に道がなかったんですから、仕方ないじゃないですか」
「いや…ヒカルって、そうだよね」
呆れたようなスカイティアの失笑に、ヒカルは首を傾げた。
「でも、ヴァイス様もノリノリでしたよ。昔、あの塔に侵入したことがあると仰っていましたし」
「「え…!?」」
ヒカルの暴露に驚きからか、目を見開いた二人が振り返って、その反応にヒカルは思わず目を瞠る。
……おや、お二人とも、第四王子殿下の活発さはご存知ありませんでしたか。
◆◇◆◇◆
「──まぁ、失敗してしまったの?」
王宮のとある一室に響く、女性の声。金の髪には大玉の宝石をあしらった飾を、身体には煌びやかなドレスを纏うその姿は高貴なる女人の証だ。
「その様だ、まったく…折角、壊滅した残党を使ってやったと言うのに、役に立たん」
「所詮、教養も誇れるものもない下賤の者が集まった組織ですものねぇ」
ふん、と鼻息荒く答えた夫──王弟に、女性は頬に手を当て、ほうっと溜息を漏らす。
「お前は本当に頭が良いなぁ、カノン」
「まぁ、殿下…嬉しゅうございます」
傍に寄るように招かれた腕の中へ、笑みを浮かべて女性は飛び込んだ。傍目には仲の良い夫婦と映る光景だが、交される内容はまるで共犯者だ。
「だが…今更、あれが出て来るとは、本当に嘆かわしい」
「あれ?」
「第三王子だよ、今まで何処で何をしているのか知れなった出来損ないだが、最近妙に目立つようになってきた」
「……あら、本当に嘆かわしい」
女性の目に剣呑な光が宿り、紅を塗った口から本当に忌々しいとばかりに呟かれる。
「……よりにもよって、あの男に似ている王子なんて…本当に『黒髪』なんて厄介者に過ぎんと言うのに」
「お姉様が亡くなられて、陛下も正気を失われたのかしら?」
「そうだなぁ、そうかもしれないなぁ…」
不敬と取れる妻の言葉に王弟は否定もせず、しな垂れかかる妻に寄り添った。
「だが…まぁ、いいさ。家族ごっこをしていられるのも今の内だ」
「えぇ、勿論ですわ」
艶然と微笑む王弟夫妻の目に映るのは、己らが描く野望のみ。




