白夜とともに3
ガシャン、とトンカチモドキで窓ガラスを割って、鍵を開ける。足場を確認して中に入り込むと、ヴァイスはスタッと華麗に降り立った。
ひらりと舞う外套が妙に絵になるから、衣装って大事だよね。……無駄に刺繍とか細かいし、きらきらして見える。
「……問題ないね。おいで」
床に降り立った第四王子ヴァイスルナハルトは振り返ると、まだ窓枠に足を掛けているヒカルに向かって腕を広げた。
「……いえ、自分でおります」
王子の腕の中に飛び込むとか、どれだけハードル高いことをやらせようとするんですか、第四王子殿下。
しかも、此処はそんなに高くないので、寧ろ、殿下を蹴りそうで怖いのでやめて下さい。
「何だ、そこは光栄に思いなよ」
「光栄を通り越して、恐れ多いです。身の程を弁えさせてください」
「……仕方ないな」
仕方ないって、何ですか。ちょっと不遜な素が出ていらっしゃいますよ。余裕というか、遊びの延長みたいなノリですよね?
それでも渋々ではあるが、ヒカルが降り立つ場所を開けてくれたので、ヒカルはさっと降り立った。……地味に足が痛い。
「だから、受け止めるって言ったのに」
やれやれ、と肩を竦めるヴァイスが、何と憎たらしい顔をしていることか。……やっぱり楽しんでます?此処は一応、誘拐犯のアジトですよ?
じとっと目を向ければ、ヴァイスが視線を部屋の扉の向こうへと向けた。すっと壁沿いに忍び、扉に耳を着ける。
「気づかれました?」
「いや、そんな気配はないね……でも、急いで脱出しないと。気付かれるのは時間の問題だろう」
……まぁ、そうですね。
「犯人には見当が付いたし、脱出優先……だけど、此処からどうするか」
「まだ高さがありましたよね。階段を探しますか?」
「……そうだね。この部屋は、確か……妙におどろおどろしかったのを覚えているよ。流石、処刑前の罪人を閉じ込めて置く塔だよね」
以前探検していたと言うだけあって、ヴァイスはこの塔に詳しい。
ですがね、その情報は要らない。おどろおどろしいって……いや、まぁ、明らかに恐ろしいと言うか、ひんやりとした空気を感じましたが。
「人気のない内に出ようか……奴らは僕達を始末しに軈てあの部屋に行く」
部屋の扉をすっと音を立てないようにして開く。廊下は壁と同じく石造りで、既に日が沈みかけているからか射し込む光が弱く、奥へと続く廊下の先が暗い。……妙に雰囲気があるよね、こういう所は。
部屋を出て、壁沿いに進む。
「……止まって」
とある部屋の前で、ヴァイスが止まる。耳を傾けると、そこから数人の男の声がした。
「──なんで、最初から始末しなかったんだ?」
会話の内容は、正しく第四王子とヒカルのことだ。
「あぁ、そりゃあ、あのシュナイザー伯爵から毟り取れる分を取る為だろ。あんな餓鬼、何時でも始末できるし、あの王女は第四王子とも仲良くしてるしな。可愛い弟の為なら、一肌脱いでくれるだろう」
「アルトステラ王女が、か?……確かに、良い女だな」
「昔から王女の従者のガードが固くて、口説き落とすどころか、近づくことも難しい高嶺の花だったけどな。王女殿下自ら此方に寄って来てくれるなら、喜んでお相手願いたいぜ」
比較的若い男の声が、愉快げに会話をしている。
(ステラ様、おモテになりますね。下種な類にモテても嬉しくないでしょうが……って横からブリザード!)
ふっと余りにも明け透けな内容に失笑するヒカルの直ぐ横で、ヴァイスが怒りに満ちていた。
「……分かっておいででしょうけど、今行っても負けますよ」
「あぁ、分かっている」
努めて平静を装っているが、その黄緑色の双眸が据わっている。その手に持っているトンカチモドキが物凄くホラーチック。
そりゃあ、仲の良い姉上様への脅迫材料に使われることには怒りも湧くだろうし、しかも、要求されることが……ね。怒りたくもなるでしょうけど。この場にいたのが、ヴァイス殿下だったのが、せめてもの救いな気がする。
ヒカルは自分で他の兄弟だった場合を思い浮かべて、ふっと失笑する。
ユエ様なら、この後に間違いなく精神攻撃、政治的圧力、裏に手を回してこの上ない地獄を用意する。
クラウディア様とシュテルイン殿だったら、そのまま血祭コースだね、絶対。
スカイティア様は……まだ攻撃手段がないだけマシだけど、スカイティア様ある処にレーウィス殿あり、だからなぁ…レーウィス殿経由でユエ様とクラウディア様に伝わって……あ、一番不味いコースだった。
「この声と台詞、覚えたからね」
おーっと、第四王子殿下も不穏だった。
据わらせた目と纏う冷気にヒカルは乾いた笑いを浮かべるしかない。
「……行こうか。この僕を侮ったこと、後悔するがいいよ」
「はい、殿下」
纏う空気はブリザードのまま、ヴァイスは塔の隠し通路があるという部屋へと向かう。誰の気配もないことを確認すると、その部屋は執務室だろうか机と椅子、本棚が並ぶ部屋に入った。
ヴァイスが隠し通路へを探す間、ヒカルは扉に耳を当てていた。しかし、誰かが気付いた様子はない。
(……本当に杜撰だな、おい)
ヒカルの身体検査が物凄く杜撰だったが、仮にも一国の王子を誘拐した割に見張りもいなければ、この塔を拠点にしているのに警戒心が余りにもなさ過ぎる。
「……あぁ、あったよ。行こうか」
ヒカルの疑問は一先ず胸の内へ。きっとヴァイスも気づいているだろうから、寧ろ早く脱出をするべきだ。
ヴァイスが示したのは、暖炉の後ろの壁だ。今の時期では使われていないからか、灰で汚れる心配もない。壁が反転する仕組みになっているらしい。
通路は狭かった。人が一人通れる程度。それに暗い。
「……流石に、灯まで持ってないよね」
「それは流石に」
ヴァイスの問いに、ヒカルは残念ながら首を振る。色々と服の裏に仕込まれてはいるが、それは身に着けられる物だけだし、火種は誤って引火することもあって仕込み道具から外された。
本来、暗がりでは一先ず動かずにいることが鉄則だ。火種を持っていようと、何時まで持つかも分からない状況で移動するのは事態を悪化させるだけであり、追われている場合、灯は却って敵への目印になりかねない。
「壁沿いは気を付けて。声が響くかもしれない」
ヴァイスに指摘され、ヒカルは壁から離れた。ヴァイスの後に続き、石の壁の間を進む。
通路はやや下り坂になっている。うっかり気を抜くと前のめりになって転がってしまいそうだ。
(どれくらい、進んだだろう…)
無言で進む時間は長い。それでもヴァイスが纏う衣装がキラキラと光り、その存在に安堵する。
「大丈夫?少し休む?」
「問題ありません」
呼吸の乱れたヴァイスの気遣いに、ヒカルは微かに口元に笑みを浮かべる。
「──逃げた?」
「はい、どうやら隠し通路があったようで…」
不意に石造りの壁の向こうから聞こえた声に、ヴァイスが足を止める。脱走に気付かれた。
「全く、使えない!」
「(ヴァイス様?)」
「(……この声)」
石を伝って響く声に、ヴァイスが動揺を見せた。
「(王弟殿下の声に似てる)」
「(王弟……つまり、ヴァイス様の叔父上様ですか)」
「(血縁上は、ね)」
……それは全否定に聞こえます。王族って、本当に仲悪いですね。
弟妹大好きなユエ様とステラ様と大違いですよ。
「(あの年頃の声って大体同じ様に聞こえるから確証はないけど、あの王弟ならやりそうだ……兎に角、急ごう)」
ヴァイスに促され、ヒカルは後に続いた。
◆◇◆◇◆
ズズズ…、と重い石をずらして、壁に穴が開く。漸く外に出られた。
「ふぅ……一息入れたいところだけど、問題は此処からだ」
「気づかれていますしね」
王弟の声が響いたのは、寧ろ幸いだった。脱走の情報は既に知られている。と言うことは、大っぴらに行動はできない。
「此処は王宮から然程離れていない……道さえ間違わなければ、走って五分足らずで着くだろうけど」
「森ですからね、木々の障害物も在りです」
「おまけに追手に気付かれずに、だ」
「……見つからないようにするのが優先ですね」
時間を掛けてもいいから追手に気付かれないように、という方針は決まった。
ずっと狭い通路を這って進んできたが、前傾姿勢だったこともあって腕への負荷が思った以上に掛っていたようだ。ヴァイスは先程から腕の筋肉を解すような仕草をしたり、足に痺れがあるのか屈んでみたりと落ち着きがない。
「万一にも、この腕では戦えないしな」
「その様で」
「君も、だろう」
そもそも戦う術がありません。石でも投げつけますか?
「ヴァイス殿下、大変不躾で申し訳ありませんが、その外套を貸して頂けませんか?」
「寒くなった?」
「いえ、万一にでも追手に見つかった場合、私が囮になります。その外套こそ、ヴァイス殿下の目印になるでしょう」
ヒカルも小姓モドキにしては上等な服装をしているが、明らかに貴族然とした服装をしたヴァイスは、このような森の中では悪目立ちする。
「君を見捨てたら、それこそ僕は兄弟と二度と仲直りできないだろうな」
「いえ、ユエ様もステラ様も、クラウディア様もスカイティア様も……守るべきは何か、優先順位は何かを十二分に理解されていらっしゃますから」
ヴァイスを含め、彼らは王族だ。尊ばれなくては、王国が成り立たない。守るべきは王族の血だ。
それこそ客観的に見れば元・奴隷で小姓モドキのヒカルよりも、王位継承権第二位のヴァイスを優先するのは当然であり、そうでなければヒカルはその命さえも危うい。……身分と言うのはそういうものなのです。
「君のその理解の深さが、妙に心に痛い」
「此処で問答していても仕方ないでしょう」
「……せめて、見つかるまではその考えを捨てて」
「え?」
やれやれ、と溜息を吐いたヴァイスの言葉に、ヒカルは目を瞠る。
「僕はね、これでも責任を感じているんだ。この誘拐は明らかに僕と兄上を失脚させる狙いがある。巻き込んだのは僕だ。僕には君を無事に兄上達の元へ帰す責務がある」
薄闇の中、凛とした佇まいで、そこに存在感を知らしめる第四王子。
それは誘拐されたことを、政治犯──派閥争いによるものであることを理解した上で、ヴァイス自身にその後始末をつける覚悟があるということか。
だが、しかし。
「……そのお考えはとても人情味溢れていて好ましいですが、その場合、私は打ち首でしょうか」
「……君の、その現実的でシビアな考え方は嫌いじゃないけど、そこは感動した上で、納得して?」
ヒカルの心境としては尊い王子に守られては、立場どころか命さえ危ういのだ。
ヴァイスのその心積もりは非常に人間としては好ましい。しかし、この王宮で生き残るには非常に危うい。ユエがヴァイスに協力したいと思っても、彼はまだ本当に真っ当なのだ。多少政治的に黒い部分は知っていても、自分ができるかと言えば、まだ無理だろう。
……人間として好ましいのに何だろう、この残念感。
ご兄弟揃って、変わり者なのは分かりましたけど……あれだね、やっぱり王族としてはユエ様やステラ様みたいに俺を駒扱いする方がまともに見えるの。
その考え方が、一般人として擦れていると言う自覚はあるが、国を治める人間と言うのは真っ当だけでは済まない。法の元に裁きを下すだけでは成り立たないこともあり、そこには政治的取引や優先順位も兼ねて考えなければならないだろう。
「物凄く、生温かい目で見られている気がするよ」
「すみません、行きましょうか。ギリギリまで、外套をお借りするのは止めておきます」
それでもヴァイスには『真っ当』でいて欲しいと思ってしまうのは、幼い王子がこれから成長していくことを、彼の異母兄達が望んでいることを知っているからだ。
(多少なりとも急いで成長して欲しい、と思っていることも知っているけど…)
「あぁ、行こう」
ヒカルはヴァイスとともに走り出した。
一般的な思考からはややズレている小姓モドキは、第四王子の未来を案じております。
◆【元・奴隷の少年は王宮を駆け回る】は毎週水曜日更新中です。
◆同時に【自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る】を毎週金曜日に更新中です。此方も宜しくお願いします。




