白夜とともに2
凹凸のある石の壁に突き立てた鉄の杭に足を何度も掛け、窓の柵に引っ掛けた縄に体重を乗せて引っ張り、強度を確かめる。
よし、足場も問題ないし、登れる登れる。
「……君、何でそんなものを仕込んでるの?」
ヴァイスの苦笑に、ヒカルは振り返った。
「以前誘拐された時から、何かあった時に対処できるように、と。服の裏やら靴底やらにレーウィス殿が仕込んでくださいました」
因みに、他にも色々仕込まれています。今回は足場の確保に亀裂の入った石壁に鉄杭を打ち込み、明り取り兼換気口として開けられた窓の柵に縄を引っ掛けて、一先ずこの石壁に囲われた建物の場所を探ろうかと思います。……ちょっと楽しかったのは秘密です。
「レーウィス……何をやって……」
「発案者は、ユエ様とステラ様ですよ」
「……そう」
意外と遊び好きなんですよ、貴方の兄上様と姉上様は。
仕込む武具の調達には、クラウディア様も手伝われたそうです。何やってるんですか、騎士のお仕事は?
スカイティア様も興味深そうに見ていましたが……まぁ、それはいいか。
「……取り敢えず、登れそうだね」
「そうですね。私が登る限りでは問題なかったので、ヴァイス様、確認をお願いしても?」
「あぁ……ちょっと待ってね」
重そうな外套だ。引っ掛かりそうだな、と思いつつ、声を掛ける。
「失礼ですが、その外套は登るのに邪魔では?」
「あぁ……確かに。昔、ユエ兄上にも怒られたよ」
「左様ですか」
「……興味はなさそうだね。ま、異母兄弟の昔話なんて詰まらないだろう」
苦笑したヴァイスは、何処か幼く見えた。過去の、きっと仲が良かった頃の記憶に浸ったのだろう、と見当をつけて外套を受け取る。
ヴァイスは縄の強度を確認する為に、くい、くい、と何度か引き、足場の確認の為に、一度鉄杭の位置から窓の位置を見上げる。
ちょっと楽しそうですね、ヴァイス様。大きな目が輝いていますよ。陽光の反射のせいですか?
もしかして、昔話って……いや、止めておきましょう。聞く機会があれば、にします。
流石、教育を受けた王子というべきか。王子教育の中には政に関する事柄だけでなく、王宮剣術なるものが存在するらしい。ヴァイスは身のこなしも軽やかに、鉄杭を足場にして登って行く。あっと言う間に窓の柵を掴んで外を覗き込んだ。
「……へぇ、意外だな」
「如何されました?」
感慨深そうに呟いたヴァイスを見上げ、ヒカルは問いかけた。
(意外……選択肢は未だに三つ。ヴァイス様は誘拐犯に見当が付いたということか?)
「此処、思った以上に王宮に近いよ」
「左様ですか……因みに正確な位置って分かりますか?」
「王宮から東に一キロ程度。まだ城外じゃないから、外に出れば道は分かる」
「一キロですか……」
強度確認の為にヒカルも登ったが、外は一面の森だった。遠くに見えた建物が王城だったのか。……目が良いですね、ヴァイス様。
「もしかして、まだ何か持ってる?」
「一キロだと使えるかどうか……」
ヒカルが念の為に、と首に引っ掛けていた鳥笛──此方はステラの従者、シュテルイン作──は取り上げられたが、甘い。ヒカルは内心で失笑する。
流石です、第一王子ユエ様。『人間は目前の障害を取り除くと、安心するらしいよ』とか言って、二つ目の笛を持たせたのは、経験則ですか。それとも何かの書物でお読みになったのですか?……心理学もお得意ですかね、ユエ様は。
「それなら、いいよ。此処が何処だか見当が付いた……誘拐犯達が知っているかどうかは分からないが、抜け道を塞がれていなければ、それを使おう」
「抜け道があるのですか?」
いや、何処かしらに出入口はあるのだろうが、ヒカルが探った限りでは見つからなかった。
柵を外せば子供二人くらい通れただろうとは思うが、仮にそこから落とされていたら、少なくとも体中は痣や擦り傷だらけだっただろう。最悪、頭を打ち付けて死亡、なんてこともある。
ヒカルが視線を向けると、ヴァイスは何故だか勝ち誇ったかのように笑った。
……あれ?もしかして、活躍の場を期待されていました?
「今度は僕の番だね?」
「そうですね」
脱出できるなら、何でもいいよ。
「此処の塔はね、その昔、罪人を閉じ込めておく場所だった」
「……いきなり、ホラーな展開ですね?」
「そう。罪人達は此処で絶望するんだって」
「そりゃあ、絶望的ですよね。扉なんて何処にもないですし、唯一頼れるのはあの窓だけ」
見上げた窓は決して手の届かない空を映し、軈て嘲笑うかのように月が顔を覗かせる。そうして朝になり、罪人達は日を数えるのだろう。
「……それにしても、そのような場所のことを何故ご存知なのですか?」
「探検してたら、見つけた。後でシュナイザー伯爵に怒られたけど」
「でしょうね」
何やってるんですか、第四王子ヴァイスルナハルト殿下。
ジト目になったヒカルに気づかず、ヴァイスは石の壁を辿る。
「確か、この辺だったかな?」
「……私にはただの壁にしか見えませんが」
「だろう?簡単に見つかったら、罪人に逃げられるじゃないか」
ふん、とまたもや勝ち誇ったような笑みを浮かべるヴァイスを流して、石壁を見る。ゴツゴツとした石の壁に走った亀裂に、ヒカルはふと見当を付けた。
「……此処ですか?」
「正解。鋭いねぇ、相変わらず」
「ですが、これをどうやって?」
「あぁ、妙な仕掛けになってるんだけどね……その亀裂の上の石、押してみて」
「え……ふわっ!?」
言われた通りに押してみると、急にボコッとへこんだ。その瞬間、隣の亀裂がスライドして子供が通るれるくらいの穴が開いた。……カラクリ屋敷。
「あれ……昔はもうちょっと大きかったんだけどなぁ」
「ヴァイス様が大きくなられたのではないか、と」
「……そうか!」
あれ?ちょっと嬉しそう。……というか、探検していたのは何時の話?
「ただ、此処からが厄介でね……これが正常な通路ではないから」
「あぁ、そうでしょうね。大人は通れませんよ」
開いた穴はヴァイスは通れるだろうが、スカイティアだったら怪しい。幸いにもヴァイスは小柄なのだ。
ゴツコツとした石の抜け穴を覗き込み、ヒカルは他に仕掛けがないことを確認した。
(うっかり何か落ちてきたら避けられないし…俺は兎も角、ヴァイス様が怪我したら、アウトだよね)
その責任門題で首跳ねは嫌だ。いや、そもそも誘拐犯が問題なんだけど、護衛がいない今はヒカルが対処するしかないのだ。
「そこは平気だよ。問題はその後」
「え?」
すっと、ヒカルの横を通り過ぎ、ヴァイスは穴を通り抜けた。穴の向こうから手招きされ、ヒカルは大人しく穴を通った。……通ったのだが。
「ヴァイス様」
「何?」
「先に、何があるか教えて下さってもよかったのでは?」
「君なら平気だろ?」
その根拠は……いえ、信頼して頂いているということにしましょう。
ヒカルは周囲を見回した。辺りは何もない。いや、本当に何もない。あるのは足場のみ。つまり、ヴァイスは石の壁の突起を掴み、張り付くようにして立っていた。
まだ穴を抜け切っていないヒカルは四つん這いの状態で、穴から顔を出している。風が轟々と耳を劈く。
「……気を抜いたら真っ逆さま」
「だね、大変だ」
「……せめて此方を」
縄の予備を持っていて本当に良かった。ヒカルは溜息を押し留め、縄先の鉄杭を岩壁に打ち込んだ。その先をヴァイスに渡し、もう一本を自分用に鉄杭を打った。
「…………何本持ってるの?」
「命綱ほどの効力はありませんよ、気休めです」
実際縄の長さが足りないだろうし、強度も十分ではない。石の壁で擦れれば、縄の強度は一層脆弱化する。
「いやぁ……それでもこんなに色々持ってると、どこぞの密偵かよって思うよ?」
「自衛です」
「何でもいいや、助かるし……行こう。ちゃんと着いてきて。此処に僕らを放り込んだ輩が、何処から見ているとも限らないしね」
凛とした表情に切り替わったヴァイスに、ヒカルも切り替える。まだ脱出経路を見つけただけで、無事に帰還した訳ではない。
縄を握り込み、岩の突起に足を掛ける。足場は横に下に、とずれて行く。森から吹く風に身体が持って行かれそうだ。強く握りしめる度に汗で滑りそうになる。何メートルも進んでいない筈なのに、息が乱れていることに気付く。
「……待って」
途中でヴァイスが足を止める。足場が不安定ながら上手くバランスを取っているのは、やはり鍛えているからだろうか。……ヴァイス殿下なら、スカイティア様と違って乗馬で筋肉痛にはならないんだろうな。
「──第一王子は?」
「知らぬ存ぜぬで通しているが……証拠は揃っている。何にしても、これで第一王子も終わりだ。そうした上で、第四王子を始末すれば……」
どうやら人がいる階まで降りたらしい。数人の男の声が聞こえてきた。
「この声は……あれだな、従兄殿の派閥にいる奴だ」
「……えーっと、選択肢、その三ですか」
あっさり犯人特定ですか。流石、王宮教育を受けた王子様ですね。声だけで、何処の誰か判断可能ですか、頼もしいです。
「そういえば、そんな話をしていたね。まぁ、それが上の指示とは思えないけど」
「上……つまり、先走った輩が、その従兄殿下の為に、と?」
アリがちだよね、派閥の暴走。第一王子と第四王子を潰した上で、その従兄殿下を王位に就けた未来の恩恵を期待しているんだろうけど、派閥って面倒だなぁ。
「現行犯で押さえたい所だけど、僕達だけでは不利だね……行こうか」
……突撃とならなくて良かったです。
ヴァイスに促され、ヒカルは足場を確認しながらヴァイスを追った。そこから何メートル渡っただろうか。人気のない窓枠に足をつけて、一息吐いた。
「……窓を体当たりで割って華麗に登場!って実際、危ないよね」
「非常に危険ですので止めてください」
何を言い出すのです、第四王子殿下?この脱走劇、ちょっと楽しんでいませんか?
窓枠に手を当てて開かないことに落胆したかと思えば、この発言。危ない、非常に危険な人だ。
「以前は開いていた窓から室内に入れたけど、流石に拠点になっている場に立ち入るのは危険かな」
「……ですが、このまま外壁の足場に頼るのも危険ですね」
「確かに。日が落ちているし、足場が見えなくなったらアウトだ……ねぇ、何か固いもの持ってない?体当たりは最終手段にしよう」
「えぇ、その際は私がやります。……で、何が良いですか?」
ヒカルが取り出したのは鉄杭、鉄杭を打ち込む為に使用していたトンカチモドキ、拾ってきた岩壁から剥がれ落ちたらしい石である。
「………一発で割れそうなトンカチモドキを借りるよ」
何故、引くのですか。解せませんよ、第四王子殿下ヴァイスルナハルト様。
王子とは言っても、まだまだ遊びたいお年頃な第四王子と、子供の割に擦れているけど、それなりに子供らしさを持つ小姓モドキの逃走開始話でした。
◆【元・奴隷の少年は王宮を駆け回る】は毎週水曜日更新中です。
◆同時に【自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る】を毎週金曜日に更新中です。此方も宜しくお願いします。




