白夜とともに
神様、仏様……いや、此処で祈り願うのは、第一王子ユエルディーネ様か。
それとも前回の救世主、第一王女アルトステラ様か。
「……君、冷静だね」
背後から声を掛けられ、ヒカルは後ろを振り返る。そこには黄金色の髪に、緑色の双眸を気怠そうに眇めた第四王子ヴァイスルナハルトが石の壁に寄り掛かっていた。
「いえ、少なくとも脱出方法ではなく、此処にはいない方々に助けを求める心境になるくらいには焦っています」
「……それは通常の人間心理だと思うよ」
ヴァイスは、ヒカルの返答に乾いた笑みを浮かべる。
現在、ヒカルはヴァイスとともに石の壁に囲まれた部屋に閉じ込められていた。
ヒカルの視線は高く聳える石壁を上の方へと辿って行く。あるのは、到底手が届かない位置にある窓だけ。
(誘拐事件再びか。いや、今回の俺は完全に巻き込まれだしなぁ)
前回誘拐されたことを思い出し、ヒカルはふっと乾いた笑いを浮かべた。
◆◇◆◇◆
遡ること、数時間前の話。
ヒカルの主であるスカイティアは、鬼教官、基、異母兄である第二王子クラウディアの指導の元、馬術の稽古に励んでいた。レーウィスは付き添いで馬場に、ヒカルは少し離れた所で待機していた……のだが。
(物凄く視線を感じる。いや、圧と言うか……うーん)
馬場から見えない、ヒカルから辛うじて見える建物の陰に、何~故~か~第四王子ヴァイスルナハルトもいた。気怠そうな、それでも物言いたげな視線を受けて、ヒカルは仕方なく振り返って近づき、用件を尋ねた。
「…………どなたかに御用ですか」
「ちょっと、いい?」
「はぁ」
……俺かよ。いえ、先日のことはお礼申し上げますが。
というか、今日は気怠げモードなんですね。素は封印ですか。
「……どうして、君なんだろうね」
「何が、でございましょうか」
馬場から更に離れた建物の陰に呼ばれて、彼は壁に背中を着けた。
「不仲だった筈の第二王子と第三王子が、ああして仲良く乗馬の練習……この間までなら考えられないことだ」
「左様ですか。しかし、私は何も…」
「よく言うよ。クラウ兄上には肩車までされて、ティア兄様とは手を繋いで。ユエ兄上と姉上にまで期待されるような存在なのに」
「……それは、如何でしょうか」
王子達と仲が良いと、身分を超えての交流があると思われては困る。余計な憶測で王宮を掻き乱すのは宜しくない。
「…………別に、君の在り方を否定する気はないよ。ただ、羨ましい」
「私が、ですか?」
「異母兄弟って何だろうって……思うよ。僕らの関係は特に」
ヴァイスの何処か諦めたような笑みが痛々しささえ覚える。ユエは勿論、ヴァイスもまた兄弟で対立などしたくないのだろう。
「ま、言っても仕方ないよね。これでも僕は満足しているんだ」
「え?」
「まだ誰も失っていないから………時間を取って貰ってすまないね。君の活躍には僕も感謝している」
気怠そうに表情の中に微かに笑みを浮かべた。言うだけ言って立ち去った第四王子の背を見送り、ヒカルも立ち去ろうとした。しかし、彼の言葉が気に掛り振り返った瞬間、何かが視界を過った。
ヴァイスを襲う黒い影。
それを捉えた瞬間、ヒカルは叫んだ。
「ヴァイ…っ!?」
しかし、自分の背後に忍び寄った黒い影に気付いて、ヒカルは視線を反転させた。そこには見知らぬ顔の男がいた。
「ふん、『黒髪』の餓鬼か」
「いいさ、一緒に連れて行け」
二人の男の声が直ぐ近くで聞こえた。口を手で塞がれ、声を上げることも叶わない。噛み付いても手袋では意味がない。
(畜生…!何だ!?そうだ、ヴァイス殿下…!)
ヴァイスに襲いかかった影は恐らくヒカルを襲っている者達と同じだろう。彼はどうなったのかと慌てて視線を転じた。
「──暴れて見つかっても困る、眠らせろ」
ヴァイスに気を取られた瞬間、何かで頭を殴られたようだった。痛みが走り、視界が暗転した向こうで、男の微かな声が聞こえた気がした。
◆◇◆◇◆
回想終了。さて、此処からどうするか。
ちらり、とヒカルはヴァイスの様子を伺った。ヴァイスと二人きりの状態は気まずい事この上ない。
現状はどう見てもヴァイスを目的とした誘拐に巻き込まれたのだが、最近王子達と話している内容から推察するに派閥争いの線が濃厚だろう。
(シュナイザー伯爵関係への私怨もありえるけど…王子を狙う方がリスクは高いよね)
そうなると一番濃厚なのは、やはり第四王子派と敵対関係にある者による犯行だ。これに関しては第一王子派の者達は勿論だが、他の者を推す派閥もあると聞いているので断言はできないが、少なくともヴァイスを亡き者にすることが目的だろう。
そう考えるなら、時間はない。犯人を割り出すことよりも、監禁部屋から脱出することが優先だ。しかし、この第四王子とは先日漸く顔見知りに──いや、望んでないけど──なった程度の関係であり、思ったことを言って彼の機嫌を損ねれば協力することなどできないだろう。信頼関係、大事。今限定だけど。
「君は今の状況をどう思う?」
何故かじとっとした目で、ヴァイスに溜息混じりに問いかけられた。
「誘拐されました」
「そうだね…冷静過ぎて、僕は酷く驚いているよ」
「左様ですか、そのようには見受けられませんが」
だって、素が出て来てないもの。
ヴァイス殿下は冷静そのもの。平静を装えるだけの余裕はあるということですね。
「……だって、君が取り乱していないのに、僕が慌てていたら年上の面目丸潰れだろう」
その割には初対面では真正面から感情剥き出しで「僕は君が嫌いだ」と仰っていましたが。
「忘れてくれる?」
「おや、何の事でしょうか」
「…………まぁ、いいよ」
ヴァイスは諦めたように溜息を吐くと、立ち上がって辺りを見回した。しかし、ヒカルが一通り見た限りでは出口どころか、陽射しを入れる窓も手の届かない位置を除いて一か所もはない。
「君はこれは営利目的の誘拐だと思う?」
「少なくとも以前誘拐された時には、ステラ様が脅迫を受けたそうですが」
「姉上が…?」
カッと目を見開くヴァイスに、ヒカルは思わず身を引いた。
(……言っちゃ不味かったかな?)
「その時は、ステラ様の従者であるシュテルイン殿が『直ぐに助けに行くから動かないように』と現れましたけど……またそういったことですかね」
「…そう。でも、今回はそう上手くいかないだろうね」
「そうなのですか?」
ヴァイスの希望を削ぐ台詞に、ヒカルは目を瞬かせる。……まぁ、他力本願とか。他人ばかりを頼っていたら何も変わらないでしょうけど。
「あぁ、正直……僕も馬鹿なことをしたと思っているよ」
「何が、ですか?」
ヴァイスの溜息に、ヒカルは首を傾げた。
「君は、僕の派閥があることは知ってる?」
「あぁ、第一王子派と第四王子派の……」
「そう、小さい頃からだけどね。表だっての諍いはなかったけど、何時だって僕を王太子に据えたい貴族は、兄上とその後ろ盾であるレイビス公爵家の失脚を狙っている。まぁ、結局、その手の輩は自己利益しか考えていないのだろうけど」
口元にだけ笑みを浮かべるヴァイスに、ヒカルは納得した。ユエの話の通り、派閥争いの果てに第四王子の存在を危惧した輩が動いたということだろう。
「それで、遂に第四王子を始末しようと」
「……話が早いね。あの場で始末されなかったのが幸い……いや、これはどちらだ?」
ヴァイスはヒカルの理解の速さに驚きつつ、それでも自分の推測に納得したように見えたが、何かに気付いたらしい。
「僕は誰にも告げずに、第三王子の宮殿付近の馬場に向かった。しかし、それを何故だか襲撃者は知っていた。いや、あれは知っていたと言うよりも……」
「殿下御自身が尾行されていた、或いは、第三王子の宮殿付近にいた者ならば誰でも良かった?」
ヴァイスの状況説明に続けてヒカルは可能性を口にすると、ヴァイスの黄緑色の大きな目がヒカルを物凄く不満そうに捉えた。
「……君の理解が早すぎて、僕は自分の考察を告げる時間もないんだね」
「あ、失礼致しました」
「いや、君の意見も聞きたいし。いいよ、別に」
その割には不満そうですよ。
気怠そうに見せながらも如実に感情を表せるのだから、寧ろ凄い。
「僕が目的ならば、誘拐し始末するのは何処でもよかった筈……それなのに、態々第三王子の宮殿で攫った。きっと都合よく目撃者でも立てるだろうな…これは、人目を避けた僕の行動に非があるが」
「それは第三王子の宮殿を選んだと?」
「……人気がないから、かな。僕や第一王子、王女の宮殿内は論外。人の出入りが多過ぎる」
思案するヴァイスを横目に、ヒカルは攫われた場所を主軸に考察する。
人気がないと言う理由だけで、態々ルゼノでは忌み嫌われる第三王子宮殿付近を犯行場所に選ぶか。
王宮内の造りを全て知っている訳ではないが、意図的に第三王子の宮殿付近を選び、そこで目撃者という名の共犯者がいたとしたら、第三王子の宮殿というのが鍵になるだろう。勿論、誘拐された人物が第四王子というのも偶然なのか、意図的なのかも問題だが。
(場所と人物……どちらも意図的だとしたら)
疑惑だけでも十分だろう、と歯噛みした。第三王子の宮殿で──宮殿内ではなく付近だが──第四王子が姿を消せば、その疑惑は第三王子──引いては彼を庇護する第一王子へと向かう。
第四王子の誘拐場所を選んだとしたら、狙いはきっとこれだろうね。まぁ、はっきりと言うには根拠がないし、正直ヴァイス殿下と俺の周りにいる王子達の距離感って分かんないし……俺がズバズバ物を言うの知っている方々は兎も角、うっかり王宮事情に入り込み過ぎて藪蛇、なんてのは御免だし。
最近はうっかりが過ぎる。『王子達と仲が良い』なんて噂はヒカルの身を危険に晒すだけだ。
だけどね、あの、ヴァイス様?その、物言いたげなお目目は何でしょう?
「……別に君が思いついたって気にしないよ?」
「……お気に障りましたか?」
黙っていることを気遣いと思われたのか。違う…いえ、全く違う訳でもないのだけど。
ヴァイスにじとっとした目で睨まれ、ヒカルは言葉に詰まりつつも「失礼致しました」と謝罪を口にする。此処で王子の機嫌を損ねるのは得策ではないどころか、死活問題だ。
ヒカルの謝罪に、ヴァイスは首を振った。
「君の全てを見た訳じゃないから。気を使ったのかも、それが素なのかも分からないよ」
ふっと年相応の笑みを見せたヴァイスに密かに胸を撫で下ろしつつ、ヒカルは自分の考察を伝えた。
「失礼致しました。愚考するに、第三王子の宮殿で第四王子殿下が姿を消した。それは、第三王子に罪を着せる…引いては、第三王子と懇意にしている第一王子に容疑の目を向けさせる為に、第四王子派やその他の派閥の者が仕組んだこともあり得るかと」
「だよね…これが第四王子派の自作自演あったなら、それこそ笑えない話だけれど」
はっと嘲笑うかのような笑みに「ちょっとクラウディア様に似ているな」と思う。
「王太子に据えるべき第四王子を自らの派閥で誘拐したとしたら……それならば、こうして閉じ込めておくことにも辻褄が合います」
「そうだね。僕を始末したら、第四王子派は意味を無くす。そうなったら第一王子派の一強だ……それは他の派閥も望まないと思うからこそ、自作自演でもする価値はあるかもしれない」
ヴァイスの冷静な考察に、ヒカルも賛同する。現在考えられるのは、三つだ。
一、第一王子派の第四王子の誘拐。
二、第四王子派による自作自演の誘拐且つ、その罪を現場となった宮の主である第三王子、ひいては彼と懇意にしている第一王子に擦り付ける罠。
三、他の派閥による第四王子の誘拐且つ、その罪を第三王子と懇意にしている第一王子に擦り付ける罠。
どれが事実であっても、ヒカルはただの巻き込まれ事故である。……性質が悪いな、おい。
「さて、それを踏まえて、如何出るべきかな?」
「一番良いのは、自力での脱出、犯人検挙ですが」
「無謀だね。護衛もいなければ、此処は石の牢と変わらない」
「そうなんですよね」
一通り探ってみたが、手の届く範囲に脱出経路になるような場所はない。しかし、頭上にある窓から放り込まれたとも思えない。
「例えばですが、ヴァイス殿下」
「何?」
「あの窓に手が届いたとして、外が見えれば、此処が何処か推察することは可能ですか?」
ヒカルが指差したのは、明り取りの窓だ。勿論、このままでは外を覗くどころか、手も届かないが。
「此処が王城内ならばね。クラウ兄上とティア兄様の宮でなければ分かるよ」
「……それは」
「お二人の部屋には一度も入ったことがないから」
ヴァイスは肩を竦めた。
「スカイティア様のお部屋ならば、私が知っています」
「それはいいけど。どうやって、あの窓から外を見るんだ?」
「まぁ、可能性に賭けるだけなんですけど」
「へ?」
ヒカルの曖昧な言葉に、ヴァイスは少し素を見せた。
(まぁ、そんな事はどうでもいいのだけれど)
「多分、これならいけると思います」
「……殺害目的の誘拐にしろ、自作自演の誘拐にしろ、気を抜きすぎだと誘拐犯に言うべきか。それとも、君がそんなものを持っていること、或いは誘拐されることを想定していることに驚くべきかな?」
ヒカルが服の裏から取り出したものを見て、ヴァイスは本日何度目か分からない乾いた笑いを浮かべた。
何か問題がおありですか?第四王子ヴァイスルナハルト殿下。
現状、他に手はありませんでしょう?
誘拐事件、再びです。
◆【元・奴隷の少年は王宮を駆け回る】は毎週水曜日更新中です。
◆同時に【自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る】を毎週金曜日に更新中です。 此方も宜しくお願いします。




