第一王子派と第四王子派
第四王子殿下の宮殿から戻り、第三王子スカイティアの部屋に戻ったヒカルと、第一王女の命でヒカルを連れ帰って来たシュテルインは、宮殿の主であるスカイティアに出迎えられた。
「お帰り、ヒカル!大丈夫だった?」
「ただ今戻りました、スカイティア様、レーウィス殿。ご心配をお掛けして申し訳ありません」
迎えてくれた主と、側近のレーウィスに謝罪し、帰還を告げる。
……ところで、スカイティア様。俺がユエ様に御使いを頼まれた時には筋肉痛で動けなかったご様子でしたが、大丈夫ですか?
事の発端である第一王子ユエルディーネの御使いは、ユエの予定ではスカイティアと一緒に行く筈だった。しかし、前日の乗馬の特訓により筋肉痛で疲労困憊だったスカイティアは動けず、レーウィスも主の介助でヒカルには付き合えなかった。
(まぁ、御使い自体に問題はなかったんだけどね)
御使いに行った結果、その帰路で使用人に絡まれ、そこを第四王子に助けられ、シュナイザー伯爵の手配により呼ばれたシュテルインに連れ帰って貰うに至った訳ではあるが。
「第四王子殿下の宮殿では人目に触れないように、シュナイザー伯爵が手配をして下さいました」
「伯爵が…?」
シュナイザー伯爵の名を聞いて、スカイティアはきょとん、と眼を瞬かせた。
その後ろから、第一王子ユエが笑みを浮かべてやって来る。……お帰りでしたか、ユエ様。相も変わらず神出鬼没な王子様。
「あぁ、話は聞いたよ。シュナイザー伯爵は聡明な方だ。その場での対処はお手のものだろう」
くすくすと笑うユエは何も心配していなかったようだ。第一王子、実質的な王太子である彼は王宮にいる者達の性格や手腕をも把握しているのだろうか、と相変わらずの様子に嘆息する。
「ユエ兄上は、伯爵のことをどうお思いですか?」
「どうって……派閥のこと?」
スカイティアの問いに、ユエは首を傾げた。
現在、ルゼノ王宮は第一王子派と第四王子派の派閥が対立している。他にも勢力はあるようだが、次代の王の有力候補はこの二人だ。
ユエの後ろ盾は既に正妃は亡くなっているとはいえ、彼女の生家であるレイビス公爵家と、その手腕を買った派閥の貴族達。
対して、第四王子ヴァイスの後ろ盾はシュナイザー伯爵家だ。それに加えて、ユエを快く思わない貴族達多数。第一王子に反旗を翻そうとする勢力の旗頭と目されているが、実際のところは如何なのか不明だ。
「いえ、個人として。シュナイザー伯爵家は、その……『黒髪』を忌避する傾向にあるとか」
「あぁ!確かにね……でも、今の伯爵は融通が利かない方じゃないし、ヒカルも何かされた訳じゃないだろう?」
「はい、寧ろ、ステラ様に話を通して下さって。シュテルイン殿が迎えに来てくださいました」
……そういや、呼び方が『第三王子の奴隷』から『小姓殿』になっていたな。
何でだろう、と思いつつ、まぁ、そんなことは如何でもいいかと思考を停止する。
「まぁ、ヴァイスは……ちょっと感情的になるから心配だけど」
「いえ、助けて下さいましたし、何もありませんでしたよ」
「そう?それならいいんだけど……彼はもう少し感情を抑えられないと、貴族達に言質を取られたら大変だ」
……それは否定できない。
今日の彼は兎も角、初対面の時の彼は酷く感情を剥き出しにしていた。あれが計算されたものであるならば別だが、自室での伯爵との会話は素だろう。
「ですが、俺の前では二重人格のように見えるほど、落ち着かれていましたよ」
「そうなのかい?……二重人格、か。でも、それって、既に別の面が見えてるってことだよね?」
「……はぁ、まぁ」
と言うかですね、初対面の時は見ていたでしょう、ユエ様。
「……あの子を王に、と担ぐ輩が彼の成長を待ってくれるならいいんだけどね」
不意にユエの青い瞳が翳った。
「兄上は、王位には興味がないのですか?」
「ないね。でも、今のままなら僕が就かざるを得ないだろう……ヴァイスは、王位に興味があるなし以前に、僕の対抗勢力として担ぎ上げられているだけだから、正直、貴族の餌食にならないか心配だ」
異母弟と王太子の座を奪い合うことになることを、ユエは懸念しているのだろうか。
「……ユエ様が第四王子殿下を支持する訳にはいかないのですか?」
「僕が?」
「第四王子殿下と対立することを望んではいらっしゃらないのでしょう?」
ユエが正妃の子だからと、王位継承権第一位にあることは事実だ。しかし、王太子の地位にいる訳ではない。これが複雑な要素だが、ルゼノ王には新たに正妃を迎える様子はなく、実質的に王太子と目されているのが、亡き正妃の王子であるユエだ。それを認めているのが、王宮内でも多数。
──しかし、三大公爵家に権力が集まることを防ぎたい派閥が、実質的に第四王子ヴァイスルナハルトを次期王に推していると言えよう。
ユエは、カリスマ性と言えばいいか、その存在感や過去の実績も申し分ないからこそ、王太子として擁立されることを周囲に望まれている。
一方、まだ成人前のヴァイスは、ユエと比べられること自体が何の嫌がらせかと思わざるを得ないくらいだが、何もない。政に関わることはなく、まだ勉強中の身だ。その状態でヴァイス自身がユエを押しのけて王太子に、となんて口が裂けても言えまい。
しかし、周囲は絶対にヴァイスに否とは言わせないだろう。折角、王位継承権第二位の王子が手中にいるのだから、多少無理矢理にでも言質を取りに行く。
とはいえ、それはあくまでもまだ派閥内だけの話だろう。口にしたその瞬間、本気にした第一王子派の者に念の為に、と消され兼ねないくらい、第四王子派も理解している筈だ。
それはユエも理解しているだろうし、懸念しているのは、きっとそういうことだ。最初からユエが王太子の地位にいるならば、そこまでややこしくならなかっただろうが。
ルゼノ王の正妃は急死したのだろうか。…或いは、誰かの手によって消されたか定かではないが。
第二子は金髪の王女、第三子は赤髪の王子。第四子は外で作られた黒髪の王子だが、当時は認識されていなかった上に、彼らの期待からは遠い存在だった。
そして、漸く第五子にして、待望の三大公爵家から外れた金髪の王子が生まれたということか。第四王子ヴァイスルナハルトは生まれた瞬間からある意味、期待を背負っていたのだろう。
ユエ様もそうだけど、王子への期待って半端ないな……しかも、それが国の為じゃなくて、自己利益の為!
わお、なんて正直!王宮って、人間の世界の縮図なのかな。嫌だな、それが国の中枢とか。いじけても仕方ないけどさぁ。
「そりゃあね……でも、王宮と言うのは己の望む望まないに関わらず、外堀を埋められていくものだ。ヒカル、その問いを仮定として、少し想像してみて?仮に、僕が周囲に王位に就かないと宣言した場合……その先にあるのは?」
ユエが継承権を放棄した場合。
第一王子派が瓦解。第四王子の派閥に取り入ろうにも跳ね除けられるか、いい様に使われるかのどちらかだろう。
それを嫌がった貴族達は第四王子派に対抗して、別の派閥を再編成する。聞いた話だけでも第一王子派と第四王子派以外にも王弟や、その子供──ユエ達から見て従兄弟に該当する王族達──の派閥があり、しかし、その勢力は第四王子派よりも規模が小さい分、元・第一王子派の者が入り込みやすい。その上、派閥によってはヴァイスよりも王継承権が低くても、成人前の第四王子よりも実績がある者もいる。
その結果、王宮内は派閥の再編成に伴って大荒れ。王宮の混乱は国の混乱に繋がり、場合によっては他国が攻める絶好の機会となる可能性も否定できない。
──つまり、二人の王子は派閥の問題もあって折れる訳に行かず、尚且つ付かず離れず、が望ましいということか。近ければ妙な憶測を呼び、離れても同様…本当に面倒だな、王宮は。
「ユエ様が降りても、他の派閥ができるだけ。寧ろ、第一王子派と第四王子派の勢力がほぼ拮抗して落ち着いている今よりも、非常に危うい事態が起こる」
「そういうこと…僕が王位に固執していなくても、降りられない理由がある。何より、今の立場って便利なんだよ。王太子でなくとも、王太子になるかもしれない王子との取引…駆け引きに十分使える。仮に失敗しても、僕を捨てて、次にちゃんとした王太子を立てればいい」
それだけのことさ、とユエは何でもないことのように告げる。
自分は所詮、国の、王の駒だと言うように笑って告げるユエは、それを当然のように受け入れて。
それはまるで、ルゼノが『黒髪』を忌避する国柄だから殺されても仕方ない、と部屋の中で笑ったスカイティアのようで、如何にも妙なところで既視感を覚えてしまう。
「ユエ兄上が失敗されるとは思えません」
「ありがとう。でも、その信頼が重いかな」
「…ごめんなさい」
「いや、言い方が悪かったね。期待に添えるように頑張るだけだ……それにそこまで危険な取引をした覚えは……ないよ」
……何ですか、今の間は。若干目を逸らしましたよね。
「ヒカル、君の目は言葉より重いかな」
「これが素顔です、慣れてください」
「……言うようになったね」
だって、仕方ないじゃないですか。俺は正直者です。
ちょっと捻くれているけど、根は正直者です。
「まぁ、暫く…ヴァイスが成人して実績を重ねるまで、この状態は続くだろう」
「それまでは、王太子の座は意図的に空位ですか?」
「その方が安定しているからね……表だって動かなければ、この砂上の楼閣も暫く持つだろう」
不穏な言葉をさらりと述べるユエに、ヒカルは嫌な予感がした。
その表だって動かなければって……警告ですか?場合によってはまたミッションですか?そういや、最近それっぽいことなかったけどね。
ここ数日の平和な日々を思い出し、ヒカルは嫌な予感を払うように首を振る。
(まぁ、この先も平穏であることを願いますよ)
ユエとスカイティアが話を切り替えたので、ヒカルはそこで思考を止め、レーウィスと一緒に客人を持て成す準備を始める。
でもさ、そう願った矢先に事件勃発って…。
ねぇ、何なの?巻き込まれ事故とか、勘弁して欲しいんだけど。
改めて浮き彫りになるルゼノ王宮事情でした。
◆【元・奴隷の少年は王宮を駆け回る】は毎週水曜日更新中です。
◆同時に【自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る】を毎週金曜日に更新中です。此方も宜しくお願いします。




