第三王子と第四王子の関係性
「──それで、ご自分の宮殿まで連れて帰って来てしまったのですか」
呆れたような、失笑したような低い声が部屋に落ちた。
「仕方ないじゃないですか!他に如何しろって言うんです!?」
対して、感情を剥き出しにした高い声が返る。
部屋の中には年代物と思われる調度品が並び、天井にも煌びやかなシャンデリアが輝いている。
そして、目の前では貴族の初老の男性と第四王子殿下が言い争っていた。先程、使用人達に絡まれていたところを、通り掛かった第四王子ヴァイスルナハルト殿下に助けられ、そのまま第四王子の宮殿まで一緒に来てしまった、というところなのだが。
……元・奴隷の小姓モドキ、ヒカルはただ今絶賛、困惑しております。
「明らかに身分で劣るのに見捨てろと仰るのですか?」
あぁ、正義感が御有りなのですね、第四王子ヴァイスルナハルト殿下。そして、やはり其方が素ですか……二重人格というか、王族教育による感情の抑制でしょうか。
それにしては随分と落差の激しい抑制の仕方ですが、とヒカルは感情剥き出しのヴァイスから貴族へと視線を移す。
「救出に問題はありません。その後です。人目のない所で、彼に道筋を教えて別れればよかったでしょう?」
えぇ、そうして頂けると非常に助かりました。流石に何度も王子殿下に声を掛ける訳にもいきませんし、此方としては勝手に道を逸れる訳にもいかなかったんですよねぇ…。
「だって、真っ直ぐにこっちに来てしまったし、そこから僕が第三王子殿下の宮殿に行くなんて変だって!」
「その自覚があるのに、救出後の対処を考えていないのですか」
「~~~っ!」
呆れた様子の紳士に、ヴァイスは返す言葉がないようだ。
(そう言えば、この声は聞いたことがあるな)
ヴァイスと初めて会った時、宮殿の二階から聞こえた声だ。つまり、彼は第四王子の後ろ盾と言うべき貴族──シュナイザー伯爵だ。白金の髪を一つに束ね、背中に流して眼鏡を掛けている老紳士という印象だが、確かシュナイザー伯爵は『黒髪』を忌避する家系だという話ではなかったか。
(あれ?俺って、今ヤバい所に来た?)
途端に背中にどっと汗を掻く。
その矢先ヴァイスと同じ、シュナイザー伯爵の若草色の瞳がヒカルを捉えた。
「……見苦しい所をお見せしてしまいましたね、小姓殿」
「小姓、殿……?いえ、とんでもないです……その、第三王子殿下の宮殿までの道筋をお教え頂けると、大変助かるのですが」
これは即刻、この場から退散するべきだろう。
そう判断し、シュナイザー伯爵のヒカルに対する呼称はスルーした。
「…そうしたいのは山々なのですが、この部屋と、第三王子殿下の館までは距離がありますし。道順を間違わなかったとしても、貴方が一人で闊歩しているのを見つかったら、また誰かに絡まれるのが目に見えています」
「そ、そうですね…」
見つかって絡まれるのは、髪色の宿命か。しかし、先程のように知らない場所に連れ込まれず、一発や二発殴られるだけで済めば、そのまま帰ることができるだろうか。
怪我したら怒られるかなぁ、と思ったところでシュナイザー伯爵が目の前に屈んだことに気付いた。
「……妙なことを考えないでください」
据わった目で見下ろされ、ヒカルは微かに視線を逸らした。伯爵の目力が恐ろしいこと。
「何故、分かるのです」
「目は口ほどにものと言う、と言われるのですよ」
それ、此方の言葉にもあるのですね。
というか、優しいなぁ、伯爵閣下。『黒髪』はお嫌いだったのでは?
「ヴァイス殿下、誰でもいいので、第一王女殿下の元に使いをやってください」
「何故、姉上に?」
「一番接触して問題ないからです、これくらい言わなくても理解してください」
……王子に対して手厳しいな、伯爵。
「……使いには何と?」
「…………分かりました、私が手配します」
何処か諦めたように溜息を吐いたシュナイザー伯爵は部屋を出て行った。
ぱたん、と扉が音を立てるだけ。静まり返った部屋に、ヒカルはヴァイスと共に取り残された。
「……立っていないで座ったらどうだ?」
「いえ、私は…」
身分に関して煩いのは貴方の方だろう、と思いつつ、言葉を濁して辞退すれば、手招きされた。示された先はヴァイスの向かいの椅子だ。戸惑っていると、じっと目で示された。
あぁ、これが正に『目は口ほどにものを言う』ですか。
目が大きいから妙に迫力あるんですよね。
ヴァイスに促されるままに、けれど小さく溜息を吐いて、席に着く。…此処にシュナイザー伯爵が戻ってきたら、怒られはしないだろうか。
いまいち話に聞いたシュナイザー伯爵家と伯爵自身の印象が異なるのだが、このまま任せてしまって大丈夫なのか。
今更ですけど、ステラ様、ごめんなさい。お手数お掛けいたします。何某伯爵狸腹の誘拐事件に続いて、ご迷惑をお掛けしてばかりですね。
今度、何かお詫びができるといいですけど……あ、折角、外出証貰えたんだから、序に買い物してくれば良かった。
「……あの時は、すまなかった」
「は、はい?」
唐突な謝罪に、ヒカルは目を瞬かせる。
「君を、『奴隷』と呼んだ。君は少なくとも兄上の元ではそう呼ばれていないし、奴隷の証明である枷や首輪もない……一個の人間だ」
ヴァイスの謝罪の意味は理解できたが、何故、今その謝罪に繋がったのだろうか。
黄金色の髪から覗く大きな深緑色の瞳がヒカルをじっと捉えた。
……落ち着いていると、物凄く大人びて見えるんですけどね。あの気怠そうな感じが、第一印象と真逆なのですけど。マジで二重人格か、第四王子殿下。
「あぁ、不思議そうだね」
「この国で、そう扱われるのは当然だったのでは…」
今更何を、とヒカルは首を傾げざるを得ない。
「あぁ、その点は否定しない。というか、できない……ルゼノでは髪色の差別は古来より続く。僕も当たり前だと思っていたよ、そういう教育をされることに疑問を持たない程度には」
肩を竦めるヴァイスに、ヒカルは思考を巡らせる。
途中までヴァイスは『金髪至上主義』の教育を受けていたのか。しかし、その認識が揺らぐようなことが起きたということには引っ掛かる。
「……その認識が翻った、いえ、揺らいだのはユエ様の言動ですか?」
「そうだな……いや、最初は僕が第三王子から第四王子なったことか……うーん……でも、そうだな。少なくともあの時からユエ兄上は動かれていたようだし」
「それは、如何いう…?」
困惑するヒカルに、ヴァイスは更なる爆弾を投げ込んだ。まだ少年だと思っていた王子は深緑色の双眸を眇めて、何処かおかしそうに笑む。
「僕の異母兄の一人、第三王子スカイティア殿下はこの王宮で生まれたんじゃないんだ」
「え?」
目を見開くヒカルに、ヴァイスは一層笑みを深めた。まるで遊女のように艶やかで、やはりヴァイスもまたユエに似ている。……いや、王子の微笑みに遊女を連想するとか問題だな、記憶から抹消しよう。
「聞いたことはなかったかい?第三王子の出生の謎」
「私は、何も…」
王宮にスカイティアの母親がいないことは知っているが、それ以上のことは何も知らない。
スカイティア自身に母親の記憶がないとは聞いたが、ユエやクラウディアに率先して話すような素振りはないし、スカイティアのことを詮索したのはクラウディアとの仲直りの一件の時だけだ。
気にならないと言えば、嘘になる。しかし、今、スカイティアは満たされているようだ。
異母兄弟と交流し、日々学ぶことが増えていることを楽しんでいる。そこに態々火種を投下する必要性を感じない。
「それもそうか……誰しも不思議には思っているけど、口にはしないよね。だって、それを口にした瞬間、ルゼノ王陛下を疑うことになるんだから」
ヴァイスは何処か納得したように頷く。
(……あれ?話が物凄く不穏な流れになっている様な気がする)
しかし、王子の話を遮る訳に行かず、ヒカルは耳を傾けつつ警戒した。
「あれは、もう十年以上の前の話になるね……当時は僕が第三王子と呼ばれていた頃だった……外遊から戻られた陛下がご自分の腕に、当時の僕より幾つか年上の子供を抱いておられたらしい。そして、その子供を自分の御子だと言い、王子の地位を与えた」
「!?」
突然告げられた話に、ヒカルは息を呑んだ。軽く瞠目したヒカルをどう思ったか、ヴァイスは緩く首を振った。
「あぁ、詳しくは知らないよ?陛下のお言葉は周知され、僕は三人の異母兄を持つ第四王子となった。でもね、僕は変わらずに王位継承権第二位のままだった……家柄が僕の母よりも低いから不適格と判断されたのか、クラウ兄上のように髪色が理由かと思った。でも、その事実を知ったのはもっと後だったよ」
「では、スカイティア様のお母上に関しては…」
「うん、残念だけど何も知らない……だから、皆口にはしないけど、多少は疑っているんじゃないかなぁ?」
気怠そうな眼差しのまま、何処か投げやりにすら感じるのに、何故こんなにも大きな爆弾を投入していくのだろうか。
「第四王子殿下、それは…つまり…」
言葉が喉の奥に張り付いているかのように、上手く音にならない。上擦った、掠れた音だけが部屋に落ちた。
「君の想像通りだと思うよ……誰も口にはしないけどねぇ」
ヴァイスの気怠そうな深緑色の目は何処を映しているのか分からないまま、ヒカルの想像を肯定した。真っ白になった頭の中に、自分が想像したことだけが浮かぶ。
──第三王子スカイティア殿下は、もしかしたらルゼノ王の子ではないかもしれない。
◆【元・奴隷の少年は王宮を駆け回る】は毎週水曜日更新中です。
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