第四王子との再会
よく晴れた日です。空が青いです、海も碧いです。美しい光景が広がっています。
流石、ルゼノの観光名所の王都、シルーバですね。
(……あぁ、それなのに何故、俺はこんな所にいるんでしょうか)
場所は、ルゼノ王城の一角。
立ち並ぶ建造物は美しく、王族の住まう宮殿と、それを囲うように建てられた執務を行う執務塔や客人を迎える迎賓館、更に外周となる騎士寮を含む使用人達が暮らす建物の裏手にヒカルはいた。
(……簡単なお使いだったんだけどなぁ)
ヒカルが何故、こんな所にいるかというと、一時間ほど前に遡る。
第三王子スカイティアの部屋にやってきた第一王子ユエルディーネに、彼が懇意にしているという城下の店に手紙を届けて欲しいと言われ──まぁ、そこで何故、小姓モドキのヒカルなのかという話ではあるけれど──、大分城下に慣れていたヒカルは特に問題なく城を出た。
手紙を無事に届けた帰り、門番にユエの依頼書を見せたのにも拘らず、何故だかそこに居合わせた者達に館の裏手へと連れ込まれた。
髪色を隠していた外套は乱暴に剥ぎ取られ、同時に掴まれた黒髪は元々の癖毛もあってボサボサだ。
「ふん、黒髪の奴隷が…!」
「何故、こんなものが…!」
「第一王子殿下や第二王子殿下、更には第一王女殿下にまで気に入られているなど、何かの間違いだろう」
「嫌だね、こんな不幸の塊がこの高貴なる宮殿に…!」
懐かしいですね、この侮蔑の眼差しと嘲笑。不幸の塊って、傍にいる貴方も危険では?
見たところ、身分は騎士ではなさそうだ。纏う服と身体つきから見て、文官……いや、髪色を見る限りは下位の使用人だろう。
身分が髪色で判別できるのは分かり易いような、悲しいような。
いや、スカイティア様やクラウディア様のように引っ掛けってこともあるからなぁ。
ん?それを引っ掛けと思う俺も、この国に大分馴染んできたのか……?嬉しくはないが。
「何とか言ったら如何だ?」
「止めておけよ。奴隷は言葉など知らないさ」
「それもそうか」
「まぁ、それでも鳴き声くらいはあげられるか」
ははっと嗤う使用人達に、ヒカルは表情を変えることなく静かに佇む。
嗤う為に集まったのか。暇なの?お仕事しないと怒られますよ。
あぁ、休憩中なんですかね!……でも、貴方達の暇潰しに付き合わされるのも困るんですけど。
先程から仲間同士で話すばかりで、ヒカルのことなど嘲笑して以降は目にも留めていないようだが、そろそろお暇しても宜しいだろうか。
「……お話がないのでしたら、もう宜しいですか?これでも第一王子殿下の御遣いなのですけど」
「喋った!」
喋りますよ、失礼な。
置物ではないので動きますし、意志もありますとも。
「へぇ、お前なんかが第一王子に?」
「御遣いだと?お前のような『黒髪』の奴隷に頼まれるものか!」
「証拠を見せてみろ!」
まだ若い、血気盛んな使用人達は髪色で差別されて来たのだろうか。
ルゼノの根強い風習──『金髪至上主義による優遇』によって差別されるのは、何も奴隷階級の『黒髪』だけではない。第二王子でありながら『赤髪』であるが故に、クラウディアの王位継承権が低い理由もその差別意識によるものだ。
(…こればかりは俺にはどうしようもないしな)
それは王侯貴族の管轄だ。元・奴隷の小姓モドキが考える分野ではない。というか、考えたところで何かが変わる訳もない。
「証拠でしたら、門番の方々にお見せした時にご覧になったでしょう」
第一王子ユエルディーネ殿下直筆の外出許可証と、依頼書だ。確りと第一王子の名で捺印されている。……王族や護衛騎士の同行がない状況で外出って初めてだったけど、こういうのが必要なんだね。
門番に見せた時には訝しがられたが、書面に第一王子ユエルディーネの名を見て、慌てた様子で門を開けたのが行の道。帰りも同様だった筈なのだが、そこで運悪くこの使用人達に見つかったのだ。
(証拠と言うか、これ見て突っ掛って来た癖に。面倒だなぁ)
溜息を吐きつつ、書類を二枚取り出した。その手から書類が掻っ攫われたかと思えば、ビリビリに破かれた。
青い空に舞う不揃いの白い紙吹雪。時折きらきらと光を反射して輝くのは、ユエルディーネが押した金色の判子が入った部分だろうか。
「はっ、こんなもので騙せるとでも思ったか?」
「お前なんかが、第一王子殿下の名前入りの許可証なんて持っている筈がないだろう!?」
せせら笑う男に賛同するように笑う声。静かな森に嘲笑が広がった。
そんな中に、静かな、それでも凛とした声が響く。
「──本物だよ、それ」
何処かで聞いた声だな。
「あぁ!?お前も何か…っ!?」
唐突な闖入者の登場に、使用人が振り返る。その瞬間、言葉を失って凍りついた。その仲間を不審に思って振り返った他の使用人達も、その先にいた人物を認めて凍りつく。
その視線の先を追って、ヒカルは溜息を吐きたくなった。
(……何故に、ご兄弟揃って時機を図ったようにいらっしゃるのですかね)
そこにいたのは、黄金色の髪の少年。見た目こそ何処かの絵画に描かれた天使のような姿だ。
細工が施された衣装を纏い、気怠そうに眇められたエメラルドのような深緑色の瞳が、興味もなさそうに使用人達の間を一周する。
「第四王子殿下…!」
「貴方様が何故このような場所に…!?」
「煩いなぁ…」
愕然と問う使用人達に、第四王子ヴァイスルナハルトはぽつり、と呟く。その言葉に使用人達は慌てて口を塞いだ。
「……うん、これは間違いなくユエ兄上の印だ」
舞い落ちる紙吹雪の一部を拾い上げた王子の言葉に、使用人達はびくり、と肩を震わせた。……紙片の印でも分かるんですね。特殊なインクなのかな。
「──ねぇ、これが何を意味するか分かっていて、乱暴に破り捨てた訳?」
小首を傾げた気怠そうな王子に、それでもはっきりと問われ、使用人達は震えるだけで答えられない。
(……当然か)
自分達に髪色蔑視を適用するならば、頂点は『金髪』であり、その頂点の中でも最も高貴なる身分は王族だ。
『金髪』の王子の前で震え上がる使用人達を見て、ヒカルは密かにまた嘆息する。
この場に正当性があるのは、第四王子の方だ。髪色や身分を振り翳した横暴ではなく、上司の依頼書を取り上げた他部署の人間が勝手に書類を破棄した現場を押さえたのが、偶然にも彼らの上司地位に当たる第四王子だっただけの話だ。
「ねぇ、それを分かっていて、兄上の顔に泥を塗った訳?」
「それはっ…!」
王子の追及に、使用人達からは弁解の言葉もない。
誰も見ていなければ──これはヒカルの味方に成り得る人物という意味で──、ヒカルがどんなに訴えようと、使用人達はヒカルが失くしただけと言い張ることができた。
しかし、高貴なる色は勿論だが、その上位である王族に現場を押さえられては弁解の仕様がない。
……というか、第一印象と随分と違いますね。第四王子ヴァイスルナハルト殿下。
初対面で絡んできた直情型の王子様は何処へ行きましたか?
先日、ヒカルを見るなり第一声に「僕は君が嫌いだ」と言い放った第四王子は、何故だか物凄く気怠そうな様子で黙り込んだ使用人達を一瞥すると、ヒカルに目を向けた。
「…………そこの君、行くよ。兄上がお待ちだ」
視線だけで名指しされ、ヒカルはその場に一礼して、第四王子の後へと続いた。
裏手の森を抜け、何時もは通らない区画を抜ける。幾つもの建物を抜け、目に入ってきたのは石造りの歴史ある王宮だ。王族の管轄区域に入ったらしい。
前を行く、黄金色の髪を暖かくなった風が弄ぶ。回廊を進む後ろ姿は凛として、第一印象の元気一杯、真正面から相手に喧嘩を売る姿とは重ならない。……二重人格だろうか。王宮教育も伊達ではありませんね。
「……あの、第四王子殿下」
白い外套を翻しながらスタスタと前を行く王子の背に──貴族階級の一般的な礼儀に反するが──、声を掛けてみる。
「……何」
先程と変わらず、気怠そうな応答がある。……キャラ違わね?
「助けて頂き、ありがとうございました」
「……別に、通り掛かっただけだし」
素っ気ない返事だが、特に借り貸しなしと判断すればいいのか。
本当に貴方様は何故にあの時機に、あの場所にいらっしゃったのでしょうかね。
王族って神出鬼没が相場なのしょうか。違いますよね?
王子はどんどん王宮の奥へと進んでいく。少なくとも第三王子スカイティアの部屋ではないことは確かだ。
(……マジで、何処へ行くんですか?)
ヒカルのことなど気にした様子もなく、第四王子はマイペースで進んで行く。
王子の気怠そうな眼差しに、ヒカルを連れていることを問えるような勇者もおらず、奥へ奥へと進行中。しかし、明らかに注目の的だ。
(…そんな視線をものともせずに、悠々と回廊を進む第四王子はある意味、大物かもしれない)
妙な点で感心していたヒカルだが、マイペースな第四王子がどんどん奥へと進んで聞くので、今後の事が不安になった。
あの、第四王子ヴァイスルナハルト殿下?俺を送ってくださいとは言いません。
しかしですね、せめて此処が何処で、第三王子殿下の宮殿にどの道を通れば戻れるのか、教えて下さいませんか?
お正月です。『初心に帰って』と言う訳ではありませんが、懐かしき差別国家故の、この扱い。今章は第四王子が活躍(?)予定です。
◆【元・奴隷の少年は王宮を駆け回る】は毎週水曜日更新中です。
◆同時に【自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る】を毎週金曜日に更新中です。




