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元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
白夜と月
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第四王子の考察

 黄金色の髪に、緑の瞳。まだあどけない顔立ちの少年──第四王子ヴァイスルナハルトがルゼノ王宮の奥深くにいた。

 ヴァイスの母親は、亡くなった王妃や上位の側妃よりも身分が低い女性だったが、ヴァイスは幸か不幸か、王位継承権第二位の王子だった。

 彼の異母兄に当たる第一王子ユエルディーネは王妃が生んだ、紛れもない王位継承権第一位である。しかし、不幸にも王妃は若くして亡くなった。それでも、その程度のことが彼の地位を揺らがすことなど有り得ず、実家とそれに連なる派閥の家や、中立派だった大臣達もユエの手腕に舌を巻くようになると、誰もが彼が実質的な王太子であることを認めた。他国との取引も『第一王子が出れば負けることはない』と言われるくらいだ、将来に期待されるのも無理もない。

 しかし、当の本人はその地位に固執する気はなく、寧ろ縛られるのを嫌がっているように見える。


「──おや、君が僕の部屋に来るなんて珍しい。どうかしたのかい?」


 お伽噺の王子を体現したら、多分こうなるであろうと思われる王子──ユエルディーネは異母弟であるヴァイスの訪れに驚き半分、喜び半分と言った様子で迎えた。


 ……ですがね、兄上、そこまで喜色満面で迎えられると、僕が普段兄上と顔を合わせるのを避けている様ではありませんか。いえ、接触を最低限にさせられているのは事実ですけれど。


 この一番上の異母兄は、驚くほど腹違いの弟妹が大好きなのだ。

 ルゼノの王宮という、他国以上に──とはいえ、政にまだ参加していないヴァイスは詳しく他国を知っているとは言えないが──差別意識が強い場所で、髪色の異なる異母弟を持つユエは分け隔てなく愛情を注いでいるように見える。それは金髪のヴァイスとて例外ではない。


 しかし、表向きはどうあれ、この国の王になる者はただ一人だけだ。ユエが表向きは誰にも愛想を振りまいているように見えるが、その腹の内はどうか、とヴァイスは図り兼ねていた。


「以前、ステラ姉上から兄上が面白い本をお持ちだと聞きまして」

「あぁ、ステラが…どれだろう?彼女は僕が取り寄せた本を端から読破していくからね」


 そう言いながら、ユエは部屋の壁一面に並んだ本棚を見上げた。その視線の先の本棚から溢れた本は机の上に積み上げられ、それでも置き場が足りない本が長椅子を占領している。まともに機能するのは机の三分の一、椅子は二脚分だろうか。

 そんな光景に、ヴァイスは先日顔を合わせた異母姉との会話を思い出す。


『ヴァイス、兄上の部屋には勝手に入っちゃ駄目よ?』

『姉上ではないのですから、しませんよ』

『あら、そう?それならばいいのだけど』

『一体何の心配をされているのです?』

『この間借りた本を返しに入ったら、本に潰されるかと思ったわ。だから、気を付けて』


 以上、異母姉との会話である。

 彼女がたまに部屋の主不在であっても勝手に部屋に居座っているのは頻繁にあることなので諦めている。……王女権限が強すぎて逆らえないというか、幼い頃から恒例の来訪なので、部屋の前の扉の取次も驚かない。寧ろ「ヴァイス様、ヴァイス様。ステラ王女殿下がお見えです。お急ぎください」と急かす始末だ。

 王女として破天荒な異母姉に呆れつつも、ヴァイスは優しい彼女を好ましく思っている。


 まぁ、好意的な態度を示して下さるのは嬉しいですよ……言いませんけどね。兄上にも。


 ヴァイスが物思いに更けていると、ユエはステラ曰く『面白い本』を探していた。ユエは「あれは先月貸した本だし…これは二月前に貸して…」とステラに何時貸したのかを呟きながら、積み上げた山から山へと本を移動させていく。片寄る山が何時崩れるのかとヴァイスは内心ハラハラする。


「あ、これかな?」


 漸く心当たりを見つけたらしいユエがヴァイスを振り返る。その手にあるのは分厚い本だ。歴史書か、何かの文献だろう。異母兄と異母姉の「面白いこと・もの」=「新たな発見、斬新な意見」である。最近は東域を中心に文化や国の歴史を学んでいるとか。そんな勉強熱心な兄姉を見ていると、自分もそうでなければならないと思わせられる。……同時に自分がまだまだ未熟だと思い知らされる。


「…兄上、ステラ姉上は兄上の味方ですよね?」

「それは、僕が彼女の味方、ということかい?」


 ヴァイスの問いに、ユエは笑みを浮かべたまま首を傾げた。

 金の髪がさらさらと肩を滑り落ち、空色の瞳が三日月を描く。中性的な顔立ちに優しげな微笑を浮かべ、正に物語に出てくるような王子だ。

 しかし、その柔和な笑顔の下で何を考えているのか分からない末恐ろしさがあるのも、また事実。第一王子には時折、逆らえない威圧を感じ、畏怖を抱く。暖かい春の青空のような瞳が、凍った湖面のように冷たく相手を見据えれば、第一王子の逆鱗に触れたと誰もが思い、その場に戦慄する。


 それなのに、不思議だ。

 嘗て偶然にも見かけた、あの場面──第三王子スカイティアの元に送られたという奴隷が初めてユエと出会った時、彼は平然と対話しているのだ。……あの場には他にも第二王子クラウディアがいたと言うのに。


(クラウ兄上も兄上です、何故、何時の間に打ち解けているのか)


 ルゼノで最も立場が弱い『黒髪』の奴隷が、この国で二番目に地位が高い第一王子に向き合い、まるで挑発するように、ユエが名を尋ねたのをやんわりと断った。それはユエ至上主義のクラウディアには看過できない筈の出来事だったのに、クラウディアは何時の間にかあの奴隷と乗馬するような仲にまでなっていた。


(クラウ兄上が『黒髪』の奴隷を肩車していたという目撃情報は誤報じゃなかったのか)


 ヴァイスはまだ幼いとはいえ、ルゼノの第四王子だ。王位継承権は伝統に則り、『金髪』であるが為に異母兄二人を抜いて、第二位になっている。様々な伝手や手駒だって、少なからずある。しかし、それらによって齎された情報はヴァイスを困惑させた。


 何で、ティア兄様と一緒にいるの?レーウィスと笑い合えるの?

 どうして、クラウ兄上に頭を撫でられているの?

 何で、ステラ姉上が本性を見せているの?シュテルインが警戒心を見せないの?

 どうして……ユエ兄上に頼られているの?


 ──何故、僕が一緒にいられない兄弟達と一緒にいられるの?


 突然現れた『黒髪』の奴隷はヴァイスが願うことばかりを簡単にやってのけて、その場にいることを許されている。ヴァイスはどうしても納得できなかった。

 妃同士の対立は、子供達にも影響する。比較的自由を得ているユエ以外、兄弟仲は実家の派閥に影響している。派閥を大きく分ければ、第一王子派と第四王子派だ。ヴァイスより下の弟や王弟、従兄を持ち上げる派閥もあるが……そんなものを上げれば限がない。


 誰が誰の派閥に連なるか、誰が誰を裏切るか。

 真っ黒な腹の探り合いをする中で一際毛色が違う三人の異母兄と、一人の異母姉。


 誰もが忌避する『黒髪』の第三王子スカイティアは腹違いの弟や従兄妹達から距離を置かれて侮蔑さながらも、誰を恨むことのない清らかな人だ。自分の境遇を嘆くことなく、穏やかであり続けられるのは彼自身の徳、というものだろう。目立った特徴は髪色以外にないが、このルゼノの王宮では稀有な存在だ。


 格式が落ちる『赤髪』の第二王子クラウディアはその髪色から『王になることはない』と格下に思われていることを知りながら、騎士として国を支える矜持と、誰よりユエに対する忠誠心を持っている人だ。彼の今の地位は並々ならぬ努力の賜物であり、決して、王になれないことを哀れまれた訳でも、実家の権力を笠に着た訳ではなく、彼自身の弛まぬ努力があったからこそだ。


 国一の美姫と謳われる『金髪』の第一王女アルトステラは誰に属することなく、自分の道を切り開く女傑だ。勿論、それにはユエの後押しがあったとはいえ、彼女自身の力がなければ成し遂げられないことばかりである。幼い頃から才女と言われるが、政に留まらず武術にも力を入れる破天荒な王女だ。……跳ねっ返りもいい所だろう。


 そして、誰もが認める実質的な王太子『金髪』の第一王子ユエルディーネは誰にも穏やかな面を見せながら、不正を許さない正義感を持つ、理想の王子だ。しかし、その内面では異母弟達を蔑む輩に憤り、何時も何か大きなものを抱えている。彼の逆鱗に触れた者はこの王宮どころか、この国や彼自身の繋がりのある国では生きていはいけないだろうと思わせる程、苛烈な一面を持つ畏怖すべき存在だ。


 この四人は良くも悪くも目立つ。スカイティアに伝承のような特別な力があるかは知らないが、頭が良いのは確かだ。クラウディアは武功を持つ騎士であり、ステラは王女でありながら文武両道を地で行く上に各国に伝手を持つ女傑。ユエは王太子として能力も家柄も文句なし、次期王に相応しい。


 この四人が揃って、どうして気にしないと思うのだろうか。


 スカイティアは兎も角、クラウディアは間違いなくユエ至上主義であり、ユエに協力することは当然だろう。ユエが王位を望めば、武力を誇る騎士団は全てクラウディアが支持するユエに傾く。

 此処で勢力を覆せるのは、第一王女アルトステラだ。ユエとも仲が良い異母姉はヴァイスにとって頼りになる姉であるが、同時に危険な存在でもあった。


 ──彼女が第一王子に付くか、第四王子の味方となる要素があるかどうかが、この先のルゼノを左右する鍵である。


「……違います。第一王女アルトステラ殿下が、第一王子ユエルディーネ殿下の味方なのかとお尋ねしております」


 それを、敢えて彼に問う。


「さぁ?ステラが僕の味方かどうか、彼女自身が決めることだ。僕が断言できることではないね」


 あっさりと、彼は不明とした。あれだけ協力者としてともに功績を残しながら、絶対的な味方だと明言しないのは、何か思う所があるのだろうか。


「それは、そうですが……兄上は王位に就く気がございますか?」


 ヴァイスは逆に自分が揺さぶられている気分だった。


「王位、か……このままいけば、そうなるかもしれないね」

「兄上ご自身のご意志をお尋ねしているのです」

「……君は?」


 のらりくるりと躱すような態度を取るユエに再度問えば、ユエの青い空色の瞳が凍てつく氷のような冷たさと鋭さを以て、ヴァイスを射抜く。


 威圧。


 ユエを前にして、まるで抗えない力に屈するような感覚を覚えるのは何度目か。

 穏やかな反面、苛烈な一面を見せる異母兄は王宮中の誰にも畏怖されている。それでも異母弟であり、王子という立場はユエの絶対的優位な立場を覆せずとも、少なからず軽減させられる。それはきっと異母兄が兄弟に甘いという認識故の緩みだ。

 それがなくとも対峙できるのだから、あの少年……『黒髪』の奴隷は確かに豪胆だと、血の繋がる異母兄を目にして、あの場面を思い出す。


「君はどうなの?君は王位を望んでいるのかい?」

「……それ、は……」


 ヴァイスは言い淀む。王位継承権第一位(実質的な王太子)に対し、王位を望むことを明言することは敵対を明確にするということだ。

 じわり、と嫌な汗が滲む。そのせいか、体温が急激に下がった気がした。


「……僕が王位を望もうと望まないと、君が曖昧な態度のままなら僕が王位に就かざるを得ないだろうね」


 明らかな、失望。

 何故か、そんな印象を受ける。


「──話は以上かな?……多分、ステラが言っていたのはそれだから、持って行っていいよ」

「……はい、失礼します」


 寧ろ、彼の方が用済みだとばかりに、追い出すようにヴァイスに退出を促す。

 素直に従ってユエの部屋を出れば、風がヴァイスの頬を慰めるように撫でた。ユエの威圧のせいか足取りは重かったが、自室へと戻る道を進む。


 ──兄上は、一体、僕に何を望んでいたのだろう?


 王位を望むと言って欲しかったのか。

 覚悟が足りないと、ヴァイスには任せられないと失望したのか。

 ユエの心の内が分からぬまま、それでも彼に問いかけられるほど、ヴァイスは豪胆ではなかった。


(未だ、僕は貴方の重荷を肩代わりする覚悟がないようです…)


 その事実を突き付けられたことが、酷く悔しくて、悲しかった。

 ヴァイスは頬に流れる滴を拭って、渡り廊下を駆け出した。

未だに距離のある第四王子ヴァイスの話でした。


◆【元・奴隷の少年は王宮を駆け回る】は毎週水曜日更新中です。

◆同時に【自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る】を毎週金曜日に更新中です。

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