異母兄弟の穏やかな一時
ルゼノ王の子には誰一人、同じ母親を持って生まれた兄弟はいない。
そんな中、ルゼノ王の正妃であったレノン王妃殿下──第一王子の母親が故人となって以来、王妃の席は空に浮いたまま。
水面下で激化する次代の権力争いに巻き込まれた王族達は互いに距離を置いていた……筈だった。
「それでね、昨日は貿易港に行ってきたんだ」
「陛下とお話しされていた、王都にある港ですね?そういえば、貿易で揉めていた件ってどうなりました?」
「その件は上手く行ったわ。あちらの次代の王妃となる令嬢を通して、別の農作物の輸入量の増加で手を打つと」
「それではルゼノの生産量に打撃があるのでは?」
「それがね、調べてみたら需要の方が上回っていて供給が追い付いていないのよ。価格の上がり方を見ても、妥協できる量の輸入で契約できたわ」
此処はルゼノ王宮、第三王子の部屋。以前は側近のレーウィス以外に人の出入りなどなく、王子自身が引き籠っていたこともあり、孤立気味であったのだが…。
「……賑やかになりましたね」
「えぇ、そうですね」
部屋の端で言葉を交わすのはレーウィスとヒカルである。彼らの主人である第三王子スカイティアの部屋には今、第一王子ユエと第二王子クラウディア、第一王女ステラが集まっていた。
彼ら四人はテーブルを囲み、先日の貿易の報告をしている。担当したのはユエだが、補佐としてステラも同行したらしい。
「ユエ様とステラ様は本当に優秀なんですね。まだお若いのに」
ヒカルが第三王子の元へとやって来てから幾つもの問題があったが、順調に解決されていったようだ。
(そもそも、そんな重要なことは奴隷上がりの小姓モドキが聞く話じゃないんだけどね)
現在は滅多に時間の合わないユエとステラ、クラウディアを招いての、約束のお茶会である。
「だからこそ担当されたんですよ……相手は大国ですから」
「へぇ……やっぱり国と国って難しいんだね」
……聞いていてもよく分からないや。
ヒカルが理解に匙を投げた頃、話終えたのかテーブル席の四人に呼ばれた。
「ヒカル、おいで」
「…何ですか?」
呼ばれるままに席に向かえば、そこに揃っていた四対の目がヒカルに向けられる。……迫力あるな。
「兄上達がもう帰られるそうだから」
「え、もうですか?」
まだ来て小一時間。しかも話題は貿易について。
おい、兄弟……話題はそれだけか。それだけで帰るつもりか、兄上様、姉上様方?
クラウディア様は割といらっしゃいますけど、四人揃ったのは久しぶりですねよ?というか、お茶会ですよ?お茶を振る舞っているのはレーウィス殿だけど。
「何だ、寂しいのか?」
「クラウディア様!」
揶揄するように器用に片眉を吊り上げたクラウディアにヒカルは噛みついた。
違う!もっと兄弟として話すことはないのか?
長男、長女、次男、三男が久し振りに揃って国の貿易の話で終わりとか言わないでよ!
ユエ様、貴方がそもそもの兄弟関係改善の発案者でしょ!もっと会話をリードしてよ!折角皆が揃ってるのにさ!
ステラ様、お忙しいのは存じておりますが、何故そこで貿易の話なのですか?
「ふふっ、すっかりクラウディアもヒカルを可愛がっているのね」
「姉上っ!俺はそんな心算じゃ…!スカイティア、笑うな!」
ステラににっこりと微笑まれ、クラウディアが図星を突かれたのか頬に朱を散らす。そんな様子にスカイティアが顔を背けて肩を震わせて笑っていた。
クラウディア様、直情型は健在ですね。俺が可愛がられているかは別として。
スカイティア様、思いっきり笑いますね。楽しそうで何よりです。
「賑やかになったねぇ」
「本当に…スカイティア様がこんなにも笑われるなど、何年ぶりでしょうか」
ユエとレーウィスは兄弟の様子に微笑ましそうに眺めている。長らく異母兄弟の確執を見てきた彼等にとって、これは夢にまで見た光景なのだろう。
「ちょっ、何をするんです!」
「煩い!お前のせいだ!」
「え!?理不尽っ!」
いきなり頭を乱暴に撫でられ、ヒカルは抗議する。痛くはないが髪が乱れるし、頭が揺さぶられる。……意趣返しか、この照れ屋!
「そうよねぇ、先にからかったのはクラウディアだもの」
「え、ちょっと、姉上!?何故俺なのです?」
ヒカルがクラウディアに頭を撫でられていると、ステラがスカイティアに手を伸ばす。黒髪を梳くように触れる感触にスカイティアは驚き、目を瞠る。
「そこにいたから?」
「え?適当ですか!?」
ステラの適当な返答に、スカイティアは撫でられながらも抵抗はしないらしい。
……あぁ、平和だ。笑顔のユエ様とレーウィス殿が見守っているお陰でほのぼの度が上がってるよ。あ、シュテルイン殿もちょっと嬉しそう。……何と言うか、最近見るとよく笑っている気がする。
「じゃあ、次クラウディアおいで」
「は?俺!?……何故、頭を?」
スカイティアの頭を一通り撫でたステラが今度はクラウディアの頭を撫で始める。
ステラ様の中では弟達の頭を撫でるブーム到来ですか?まるで幼子扱いですが。……そうそう、これくらいほのぼのして下さいよ。
貿易の話も楽しそうに語らっていたが、彼らは腹違いとはいえ兄弟なのだ。
引き籠りと、意地っ張りと、策士な兄弟を持って大変だが、だからこそ行動力と包容力持ちの姉上様は緩衝剤としても適役だ。
真っ赤に顔を染めつつも、長女に大人しく頭を撫でられる次男。その隣で、ニコニコと微笑ましそうにしている長男と、三男。何処からみても、仲良し兄弟だ。
ねぇ、最初からこれ位かき回してもいいと思うんですけどね、ステラ様?
まさか、遠慮していたんですか?普段の行動力は何処へ?此処でこそ発揮してくださいな。
「あの、姉上?」
流石に居た堪れないのか、頭を撫でられながらも異母姉に声を掛けるクラウディアに、ステラはくすり、と笑う。
「ふふっ、昔と変わらないわね」
「はい?」
微笑ましそうに愛しそうにクラウディアを撫でるステラは、クラウディアの反応に一層笑みを深めた。
「だって、クラウディアもスカイティアも頭を撫でると同じ反応をするんですもの」
「「!?」」
ぴしり、とクラウディアとスカイティアが固まる。
へぇ、ステラ様もお気づきでしたか。ユエ様もそうですが、やっぱり長兄長姉はよく見ているんですね。
「ねぇ、兄上?」
「そうだね、懐かしいよ」
「……そうですか?」
「ヒカルも言っていたな」
あぁ、そう言えば、そんなことも言いましたかね。
だって、本当に笑った時の顔が似てるんだもん。
「えぇ、とても似ておられますよ。ご兄弟皆様が」
「……言われたことなかったね、そんなこと」
「当然ですわね、誰が各派閥に喧嘩を売るような真似を口にします?」
ヒカルが肯定すれば、ユエとステラは顔を見合わせて同じタイミングで苦笑する。……やっぱり、お二人はよく似ていますね。
「派閥って面倒ですね」
「まぁ、そんなものだよ……こんな風に過ごせるなんて夢みたいだ」
ふと、ユエが瞼を伏せる。悲しそうな、何処か哀愁感を漂わせるユエに、弟妹三人の顔色が暗くなる。
「……申し訳ありませんでした。ご心配をお掛けして」
「周囲に言われるままに距離を置いて……本当に後悔しています、勿論、反省も」
「いや、君達のせいじゃない」
「そうよ、皆が柵に雁字搦めにされていたの……誰が悪いって話じゃないわ。私だって、そうだもの」
漸く距離を詰めることができた異母兄弟達は思い当たる節がありすぎて俯いた。……何で、此処で重くなるかね。
「全部済んだんでしょう?此処は笑うところですよ」
ヒカルの言葉に四人が思わずと言った様子で顔を上げてヒカルを凝視すると、レーウィスも目を丸くした。
「……そうだ。笑い合えるのに、俯くなんて時間が勿体ないよ」
最初に息を漏らしたのは、ユエだ。眉尻を下げたままだが、ユエは穏やかながらも笑みを溢した。
「それもそうですわね……構い倒すと決めたのに何をやっているのかしら、私ったら!」
目から鱗!とばかりに両頬を挟んだステラは意志を確認して奮起した。
「構い倒すのは幼い弟妹限定にしてください、姉上。今はスカイティアがおりますので、ご自由に」
異母姉の様子に、クラウディアはやや距離を置こうと異母弟を生贄に差し出した。なんて非道な……って笑っちゃうよ。弟を盾にするなよ、兄上様。そうできるのも、仲直りした証拠だけど。
「俺を売り渡すお心算ですか?兄上。俺も、幼い弟妹枠には入らないと思いますが」
異母兄から異母姉へと生贄のごとく名指しされたスカイティアは、ジト目でクラウディアを見る。
「此処では一番幼いだろう」
「……余り変わらないと思いますが?」
二人は暫し睨み合うように視線を絡めるが、そこに割って入るのが兄姉というもので。
「そうだね、可愛い弟という点では変わりない」
「えぇ、大丈夫よ。二人とも構い倒すから」
「「……左様ですか」」
ユエとステラの断言に、異母弟二人は声を揃えて撃沈した。……やはり、弟は兄姉に敵わないらしい。
なかなかの和み具合にヒカルは笑みを溢す。
うん、これでしょ!ユエ様が望んでいたのは!これでめでたく関係修復は良好に進みました!
一人、この結果に満足していると、何やら物言いたげな視線を感じた。……あの、王子殿下方、何でしょうか。
「ヒカル、楽しそうだね」
「本当に。この結果を一番喜んでいるような…」
「それだけ我々の関係が歪に見えていたということか」
「その点に関しては否定できないので…ヒカルにも心配をかけていました」
いや、一番に兄弟の関係改善を望んでいたのは、ユエ様とステラ様では?
貴方達の兄弟関係は確かに歪に見えていましたし、心配したのは否定しませんが。
「……いえ、俺は」
ちらり、とユエを伺う。ヒカルの行動はユエの言葉が発端なのだ。ユエが望んだという点に関して、言葉にするのはどうなのだろう。
ヒカルの視線に気づいたユエは笑みを浮かべたまま人差し指を唇に押し当てる。……駄目なのかい。お伽噺の王子様はどんな仕草も絵になるから狡いですね。
「何にしても、こうなったのもヒカルの働きだな」
クラウディアは穏やかな笑みを浮かべて呟いた。その穏やかな表情からは嘗て『金髪』に憧れ、『黒髪』を蔑むように見せかけていた『赤髪』の王子の歪な感情は見受けられない。……以前からも回復傾向にあったけど、素直になりましたね、クラウディア様。これも兄弟関係改善効果かな。
「そうだね、ヒカルが行動に移してくれたからこそ、僕らが歩み寄るきっかけになった。本当に感謝しきれないよ」
ユエは自分の指示であることは言わずに、ただヒカルが行動したこと自体を評価し、感謝の意を示した。その言葉が嘘でないように、本当に嬉しそうに幸せそうに笑う。そのお顔なら間違いなく、お伽噺の優しい王子様ですよ、ユエ様。
「ヒカルがいなかったら、あと何年……いえ、永遠に叶わなかったでしょうね。それより先に私は政略結婚でもしていたでしょうし」
ステラはきっとこの先に待ち受けていたであろう現実と擦り合せて、願いが叶ったと嬉しそうに微笑んだ。それはとても美しく、〈冷静で聡明な王女〉と呼ばれる仮面は部屋の窓の外にでも投げ捨てたのだろう。……まぁ、きっと他の人が来たら即行で拾われるだろうけど。
「そうですね、今だから叶った。いや、ヒカルが叶えてくれた…ありがとう、ヒカル」
スカイティアは皆の言葉に同意し、柔らかく穏やかに笑った。そこには窓際で、死ぬことを簡単に肯定していた時の暗鬱とした空気はなく、漸く彼は心からの幸せと、生きる意味を掴めたのだろう。……満たされたご様子でよかったです、スカイティア様。
「…私からも感謝を。ありがとうございます、ヒカル」
不意に、隣にいたレーウィスにも声を掛けられ、ヒカルは彼の顔を仰いだ。そこには何時も以上に晴れやかな表情で、ヒカルに微笑みかけるレーウィスの顔があった。……相変わらず、王子達に負けないくらいお美しい顔ですね、レーウィス殿。
……視界の端で、頭を下げている金髪が……あの、シュテルイン殿、言葉ではなく態度でっていうのも貴方らしいのでしょうけど、目立ちます。それだけ彼自身が案じていたことなのだろうけど、そんな貴方を珍しそうに眺めている視線に気づきましょうね?
部屋にいる全員から感謝の意を示され、ヒカルは何故だかアウェイにいるような心地がした。
あのですね、皆様、俺は王族貴族に感謝されるなんて予想していないんですよ。
つーか、発端はユエ様の命令ですよ、命令。あれはまごうことなき命令でございます。強要?脅し?まぁ、表現は何でもいいんですけど。
「俺は別に……でも、よかったと思います。これからも仲良く過ごしてくださいね」
そうでないと、俺がまた駆り出されます。ユエ様か、もしかしたらステラ様かもしれないけど。
え?自己中?それが何か?別にいいじゃないですか、どちらにも損はありませんよ。
和気藹々とした異母兄弟達は本当に嬉しそうで、幸せそうで。
こんな幸せな日々がこれからも続くのだと、ヒカルは疑いもしなかった。
漸くほのぼのできた異母兄弟のお茶タイムです。ヒカルは頑張りました。
◆【元・奴隷の少年は王宮を駆け回る】は毎週水曜日更新中です。
◆同時に【自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る】を毎週金曜日に更新中です。




