第二王子の帰還
第二王子クラウディア殿下とアージェント子爵家の三男を迎えに行った部隊が帰還したのは、ユエの予想を裏切って三時間後だった。
さて、何かあったんでしょうかね?クラウディア様達の帰還時間の遅延に関して、ユエ様に報告は有ったらしいけど……あぁ、ちょっとユエ様がお怒りなのかな?ニコニコ笑顔がいつもに増して恐ろしい。
ヒカルはレーウィス達と昼食の用意を終えて、後は素知らぬ振りをしていた。
いえいえ、お伽噺の王子様は何時もに増してキラキラの笑顔を浮かべております。誰から見ても文句なく、物語の王子様ですよ?
じゃあ、何が問題かって?だって、先程から纏う空気がブリザード!
でも、俺には関係ないからスルーです。気にしない、気にしない。って言うか、気にしたら負けだもの。
──そうこうしている内に、クラウディア様のご帰還です!さぁ、頑張ってください!
「…………スカイティア?」
「はい、お帰りなさい、クラウディア兄上」
ルゼノ城に秘密裏に──既にクラウディアは帰還していることになっているので──戻ったクラウディアはスカイティアの部屋で、その部屋の主である異母弟の姿を前に唖然としていた。
……うん、驚くよね。でも、俺が思っていた反応と違う。まぁ、いいんですけど。と言うより他の方達の反応も予想外。
ユエ様、手で顔を覆って顔を背けても肩を震わせて笑っているの丸わかりです。
ステラ様、レーウィス殿、その微笑みを隠す気はございませんか。まぁ、いつも通りですけどね。
シュテルイン殿、いつも通りの表情ですね。無愛想、能面、通常運転ですか。
以上、王子達を見守る周囲の反応でした。
視線を転じて二人の王子を見やれば、唖然としたクラウディアが目を瞬かせたかと思うと、人差し指でスカイティアの髪を指した。
「赤…」
「染めました」
「髪…」
「姉上に巻いて頂きました」
「背…」
「厚底ブーツって、身長も誤魔化せるんですね!」
「服…」
「兄上の部屋からお借りしました!」
「厚み…」
「中に革鎧を着ています!」
クラウディアの何故か片言な問いに的確に答えているスカイティアに、ヒカルは思わず感心する。
……驚くとは思ったけど相当動揺してるな、クラウディア様。
と言うかさ、そろそろ笑うの止めない?皆様。
「へぇ、大したものだな」
「……それだけですか?」
一通りの疑問が解決したのか最後に呟いたクラウディアに、ヒカルは聞き返す。顔を顰めるのでも爆笑でもなく、淡々としたクラウディアの反応は予想外だった。
「他に何を言えばいいんだ、この状態に」
「……いえ、驚くかなとは思っていたんですが、想像と違ったので」
「人間、唐突過ぎると反応できないものだな」
「……その様で」
達観したように呟かれ、ヒカルはそう返すしかない。そんなクラウディアの反応も仕方ないのかもしれないが、第二王子の無事の帰還に喜びつつ、予定通り昼食タイムへと移行することになった。
クラウディアの諸々の報告は昼食後となっているが、恐らく昼食の席である程度の情報は交されるのだろう。寧ろ、公の場で話せないことを昼食の席の雑談という形で交しておくのが、王族たちの基本らしい。
……面倒だけどね、そういう形式的な問題とか、対外的な問題とか。
ヒカルも慣れて来たとはいえ、未だに王宮事情はさっぱりだ。
そう思いながら昼食を用意した部屋の扉を開けると、香草の匂いが鼻孔を擽った。クラウディアが昨日からまともな食事をしていないということもあって、食欲をそそる消化の良い食事が用意されている。
(うん、良い香りだ)
料理の湯気に、まだ十分に温かい食事を確認してヒカルは後ろを振り返る。私的空間とはいえ、使用人が一緒に食事をすることは本来なら許されないのだが、此処ではヒカルとレーウィス、シュテルインも含めて一緒に食事を摂る。何とも変わった王族だ。……笑顔を絶やさない裏で何か思考を巡らせている辺りは怖いくらい王族らしいけれど。
ヒカルはそれが習慣づいていることに驚きつつ、王子達の着席を待つ。
彼ら兄弟は非常に仲が良い。……仲良くなった、のだが。
何時まで笑っておられるのでしょうかね、ユエ様とステラ様は。
あぁ、無表情かと思いきや、顔を逸らした瞬間に口角が上がっていましたよ、シュテルイン殿。笑うのを堪えていたんですね。
スカイティア様、そのお顔で笑われるとクラウディア様が微妙な表情をされるので、先に髪色は落としてきた方が宜しいのでは?
レーウィス殿、この場の収拾がつかなそうなんですけど……昼食が冷めますよ?あぁ、スカイティア様が髪色を落とすのを待っていたら結局は温め直しか。
王族と従者達の様子に一通り突っ込み終えて、ヒカルはテーブルの上の料理を見る。
(……これ、食べるって言ってから用意しても間に合ったんじゃないの?)
突っ込み要素満載の、昼食前の一時であった。
◆◇◆◇◆
「──さて、本題だけど」
ルゼノ王宮の一角、第三王子の部屋に集まった三人の王子と王女が囲う昼食の席。
食事が進む中、第一王子ユエルディーネが切り出した。
「クラウディア、君は襲撃に関してどう考察する?」
「選択肢は三つ、ですね。セオドア、シーザス、それからアージェスト。私を襲ったのは、十中八九アージェストだと思いますが」
「その根拠は?」
クラウディアの証言次第で事は動くとされていたが、だからこそ嘘偽りも、曖昧ささえも許さないとばかりに青い目がクラウディアを射抜く。しかし、それこそ当然とばかりにクラウディアは理由を述べた。
「狙いが私ではなく、保護依頼があった迷子だったからです」
「あからさまかい?」
「はい、とても。従兄殿が慌てていた為に、手元を狂わせて放ってしまった矢が私を掠めた以外は、全て迷子に向かっていました」
……超強調されていますね。怒り心頭ですか。
そうりゃそうか、とヒカルも思う。
今回は正式に任された依頼だ。成功か否かは騎士団の評価、実質的なトップの第二王子としての評価にも響く。それを、一貴族の思惑の為に、全体の評価を落とされるなんて冗談ではないだろう。
「……ふーん?曲がりなりにも、王子の護衛を任された者が、襲撃に慌てたが為に?誤って?放った矢が王子の腕を掠めた?ってことかい」
「……はい」
にっこりと微笑んだ、お伽噺の王子様の仮面を被った為政者の王子様は、異母弟の言葉から寸分の狂いもなく彼の言いたいことを拾い上げた筈なのに、異母弟であるクラウディアは表情を引き攣らせた。
……うん、ユエ様に改めて強調されると怖いよね。
でも、多分、クラウディア様が言いたかった部分と逆を拾っているよね、ユエ様。態と?絶対態とだよね?
「ふふっ、嫌ねぇ。この国の三大公爵家と名高い貴族の出で、地位も名誉も欲しいままにして、その体たらく?」
「あ、姉上?」
おっと、姉上様も参戦か。
クラウディア様、ぎょっとしておられますが、そんな話をすれば当然ですよ。
「左様ですね、騎士団の小部隊を担う者でありながら王子一人守ることもできない、と」
「ティ、ティア?」
おぉ、スカイティア様もですか。髪色と髪型を元に戻していなければ、今まさにクラウディア様そっくりのお顔ですよ。
「本当にコネクションだけで小部隊の隊長になったということでしょう」
「まさか、襲撃者から守れないどころか、ご自分の矢で王子自身に怪我を負わせるなんて随分な腕前ですねぇ」
「だよねぇ、そのせいで依頼を失敗するところだったなんて……他の騎士や依頼した貴族がどう思うかなんて分かり切っているだろうに」
三人揃って、表情だけは笑っているのに纏う空気は正にブリザード。御付の従者達も、表情は通常運転なのに纏う空気は零点直下。部屋の温度は春を冬へと巻き戻した様だ。
「いや、あの……兄上、姉上?どうされたのです?スカイティアもレーウィスも落ち着けって……あの、シュテルイン?お前一人、表情と纏う空気が一致しているんだが、どうした?」
一人だけ話について行けない第二王子は部屋全体の空気に戸惑うばかり。
(ちゃんと愛されていますね……ちょっとばかり過剰な気もしますけど)
それは今更だ。歪な家庭環境に育った異母兄弟達は、そんな環境が故に過保護になった兄姉に守られることで生きながらえた。彼らにとって、今こうして兄弟達が漸く仲良く話すことができるようになったと言うのに、それを破壊する輩など赦す筈もない。
「ヒカル、何故この状況下でほっこりしている!?」
悲鳴に似たクラウディアの叫びに、ヒカルはにんまりと笑みを浮かべた。
「いやぁ、クラウディア様も愛されていますね」
「……っ!?」
クラウディアは途端に石膏のように固まった。次いで顔が赤く染まって行く。茹で蛸だ。髪が赤いから顔は本当に真っ赤だ。
「あ、固まった」
「今更なことなのに」
「それとも愛が足りない?」
じっと六対の目を向けると、真っ赤な顔の石膏がぶんぶんと横に顔を振って動き出した。
「いえ!そんなことはありません!」
「あ、戻った」
「ヒカル、遊ぶな!」
「嫌ですねぇ、王子様相手に遊びませんよ。事実を述べているだけです」
「……遊ばれている感、満載ね」
「仲が良くて何よりだよ」
第二王子と、第三王子の小姓モドキのじゃれ合いにユエとステラはニコニコと笑う。
「……それで、どうされるんですか?」
じゃれ合いはさて置き、スカイティアはユエに問いかける。
クラウディアは無事に戻ってきたが、問題が片付いた訳ではない。
「そうだねぇ、証言も得られたし?あの騎士には当然退場して貰うよ」
「楽しみですわ、これでまた憂いが一つ晴れます」
ニコニコと話を進める兄姉に、スカイティアは膝上でぎゅっと拳を握った。
「……あの、兄上、姉上。俺も何かお手伝いできないでしょうか?」
「スカイティア?」
「俺は剣術も弓術も誇れません。でも、このまま見過ごすことはしたくないです」
スカイティアの主張に、目を瞠る異母兄達。濃さの違う青い目が異母弟を捉える。
(スカイティア様が積極的に動きたがるなんて、珍しいんだろうな…)
ヒカルがこの王宮に来た時、スカイティアは引き籠りの王子だった。ユエを通して得たであろう書物の数々により知識は得ても、実践経験は何もないのだろう。
「うん、そうだね……少し王子として動いてみるかい?」
ユエの提案に、スカイティアは間髪空けずに「是」と答える。
「詳しいことは食後にしよう」
そう告げたユエを合図に食事を再開しようとした矢先、一つの影が音もなく降り立った。
「──ユエ様」
「どうかした。ティエラスト」
「スカイティア様のお部屋に、アージェスト家の者が」
「──へぇ?」
ユエの青い双眸がすっと細められる。
渦中のアージェスト家のご訪問。それも、何の関係もない筈の第三王子部屋に来てまでとは、火急の要件だろうか。
「…スカイティアの部屋の区画に取次の侍従はいないからね。此処まで来ちゃったと」
「その様で…如何なさいましょうか」
「要件を聞いて、待たせておいて。場合によっては此処で片が付くかもしれないよ?」
にっこりと微笑んだユエは何事もなかったかのように食事を続ける。
「……兄上、そのことなのですけど」
アージェスト家の訪問を前に、クラウディアが困ったような顔でユエに進言した。




