血は水よりも濃い
シュテルインの鷹が捜索を始めてから一時間ほどして、事態は動きだした。
庭で待機していてもよかったが、王子王女が揃っているとクラウディアの行方不明騒動に気付かれるということで一度部屋に戻って待機していた所で、鷹が帰還したことを報告された。
……あのね、朝もそうだけど、俺がいていいの?聞いていいの?
「今更だね」
「えぇ、今更ですけど。それで、クラウディア様は?」
「ちゃんと手土産付で帰還するよ」
「……左様ですか」
それならばクラウディアは説教を免れるだろうか。……でも、スカイティア様は怒るだろうなぁ。
「あの、兄上っ!」
「何かな?」
クラウディアが帰還すると聞きつけ、スカイティアが興奮した様子でユエの元へやってくる。……おや、お怒りではなさそうですね。
「何時頃、クラウディア兄上はお戻りに?」
「うーん、今迎えに行っているから早くて一、二時間後かな?」
「では、昼食は皆で?」
時計を見れば、丁度クラウディアが帰って来る頃には昼を回る。……そう言えば、鷹の厩舎に呼ばれたのは朝早くでしたね。
「そうだね…クラウディアには確りと休んで貰わないと。その後はお仕事だ」
ふっと微笑むユエに、背筋が凍る。
仕事?帰って来たばかりなのに?
お土産に関係すること?迷子と関係あるの?
「もしかして、アージェスト子爵家のお家騒動と関係が?」
「うん、多分だけど、あの子なら証拠ぐらい持ってきてくれると思うんだ」
あの子…それはアージェスト家の三男だろうか。
にっこりと笑うユエに、思わずヒカルは遠い目になる。
随分と期待されている様だけど、大丈夫だろうか、その彼は。あのユエ様に気に入られるとか、未来は明るいような暗いような……ご愁傷様です。頑張って下さい、未来のアージェスト子爵。陰ながら応援します。
まだ見ぬ未来のアージェスト子爵の未来を憂い、健闘を祈る。
「それにしても、ティエラストには後で説教だね」
「ティエラスト殿、ですか?」
ふと、聞き覚えのある名前に反応すれば、ユエが珍しく顔を険しめていた。ティエラストとはクラウディアの影の護衛だ。確かに騎士としての仕事とはいえ、王子の護衛として〈影〉は出張って来るだろう。
しかし、何故説教になるのかと首を傾げかけたところで、ユエが口を開いた。
「だって、あの男の邪魔があったからとはいえ、護衛対象に手傷を負わせるなんて護衛の意味がないじゃないか!」
「……時系列と、登場人物の解説をお願いできますか?」
ヒカルの問いにスカイティアも同意する。
ユエ曰く、クラウディアが襲撃されたことは想定内。寧ろ糾弾するに当たって必要事項。しかし、必要なのは襲撃を受けた事実であって、王子に怪我を負わせるなんて言語道断。
そこまでは理解できる。しかし、あの男の邪魔って?
「クラウディアの従兄!絶対、襲撃に絡んでいる…多分、実家から聞かされていた襲撃とは違ったんだろうけど?そりゃあ絡んでいるのがシーザスとセオドアじゃなくて、アージェストだから仕方ないけど?あの子爵家、無駄に裏に繋がりを持っているみたいだからね。妙な所から雇ったか知らないけど?ティエラストが苦戦するにしても、クラウディアから離れちゃ駄目なのに。クラウディアの腕も確かだよ?でも、そこで厄介なのが従兄の騎士さ!襲撃された時に自分の家の者だと思ったんだろうけど、クラウディアの反撃を邪魔したに違いない!」
普段の穏やかさは何処へやら。早口で捲くし立てるユエにヒカルは表情を引き攣らせた。
ユエ様、落ち着いて下さい。いくら異母弟達を溺愛していることが周知の事実でも、ちょっと第一王子の仮面が剥がれ過ぎです。
「……従兄の騎士殿は弁解したんですか?」
「知らぬ存ぜぬを決め込んでるよ……実際の状況は知らないけど、クラウディアの証言次第では即刻始末するさ…!」
お怒りです、物凄くお怒りです。お伽噺の王子様が般若と化してます。
まぁ、あれだけ弟妹大好きな兄上様が黙っている筈ないですけど。……ずっと、従兄の騎士って呼んでいますが、名前も呼びたくないってこと?
「当たり…正直、クラウディアの従兄とも言いたくない。クラウディアの血の繋がりは僕達だけでいい」
それを人は独占欲と言う。……いや、兄弟は認めているから独り占めと言うのは正しくないけど。
「確かに、その騎士は良い噂を聞きませんよね」
ふと、スカイティアが思い出したように口にする。レーウィスと視線を合わせると、頷いた。
……それはまた良からぬ噂をご存知なのですね?自衛ですか?えぇ、そうですよね。大切ですよね。お立場は理解していますとも。
え?顔が引き攣っている?……チョット、コノ間ノ事ヲ思イ出シタダケデスヨ。
「あぁ、市井で遊び歩いているって話?」
「えぇ、娼婦に貢いでいるとか……いえ、貢ぐならいいですけど、複数の女性と関係を持っているとか。中には脅して関係を持っているとかいう噂もありますが」
「つくづくクラウディアとの縁を切りたい愚物だね……やっぱりやるか」
最後は小声だったが、ヒカルには確りと聞こえていた。
……俺だから今更だけど、子供に聞かせる話ではないと思うんですが。まぁ、奴隷だった頃の悲惨な出来事と比べれば、話に聞くくらいどうってことないけどね。
奴隷経験も侮れない。普通の子供ならば泣き出したり傷付いたりするであろう内容や、人の形相にも耐性が付く。……いや、一生付けなくていい耐性だけど。平穏な中で生きられれば。
「……噂になるくらい遊んでいる、程度ならいい。でも、脅しとか複数の女性とかは不味いな。クラウディアの評価にすら響きかねない」
王宮勤めの、公爵家に連なる騎士が市井の女性を脅して関係を持っているなど、醜聞以外の何物でもないだろう。しかし、悲しいかな、身分差と言うのは覆せない。どのような訴えも主張も権力が伴わなければ泡沫として消えるのだ。
ユエの懸念は、そのような輩と同じ血の繋がりを持つクラウディアが周囲に疑惑を抱かれないか、ということだろう。王子である以上、印象も大事なのだ。……え?被害者のことも勿論、哀れまれておりますとも。
「女性関係なら、痴情の縺れから恨まれて女性に刺されたってことにします?」
「いや、それは騎士として不味いし、その程度の輩を消すのに民間人の女性に疑惑を向けさせるのは駄目だ。向こうは被害者なんだし」
「……苦渋の策ですが。いっそ、これから行うであろう摘発の末に殉職」
「そんな輩に名誉をやるのは不本意だけど、無難か。でも、それでシーザスが勢いづくのは面白くない」
不穏になる会話にヒカルはどうしたものかと首を傾げる。……物騒ですが、消すことが前提なんですね。
「だって、あの男とか、それに連なる輩がクラウディアの評価に影響を及ぼすなんて目障りじゃないか」
ユエ様、笑顔で言わないでください。遂に騎士と言う単語も言わなくなりましたね。お伽噺の王子様は「超」が付くブラコンでした。……兄弟愛が過剰な気がしますが、それだけ王宮内が危険ということですね、えぇ、よく分かりますとも。
「まぁ、クラウディアが帰ってきたら本性を見せるだろうね。クラウディアの証言次第で処分は決まる。処分の仕方は……追々決めるとしよう」
「そうですね、兄上の害悪になる輩などいりません」
……なかなか怖いご兄弟です。スカイティア様も結構腹黒いところありますよね。流石、ご兄弟。クラウディア様、証言に関してはお気をつけて。
ヒカルは此処にはいない第二王子に思いを馳せる。兄弟仲が良いのは喜ばしいが、不穏な方向に進みかねない。
あれぇ、クラウディア様って守られる側なの?…あぁ、直情型で一番突っ込んでいきそうだから過保護になるのか。
第二王子の性格を再考し、妙に納得してしまう。そんな中、同じく、というよりそれ以上に直情型と見える第四王子の存在が頭に過る。ユエは第四王子をどう思っているのか。……ま、俺が知ったこっちゃないよね。
その渦中の第四王子に白昼堂々と「嫌いだ」と宣言されたのに、何故、ヒカルが気にしなければならない。そもそも第一王子と敵対する勢力の旗頭なのに、ヒカルが接触を図れば巻き込まれることは明白である。
俺は平穏に生きたいの、巻き込まれたくないの。そりゃ、この生活を維持する為の協力は最低限しますが、何が悲しくて王宮勢力の二大頭の争い(仮)に巻き込まれなくちゃならないの。……そもそも、ユエ様はそこまで俺に望んではいなさそうだし。というか、望まれても困るんだけどさ。
ユエの突飛なお願い──善意的解釈──を経て、何とか第二王子と第三王子の確執を緩和、現在進行形で仲を深めているが、それより上を求められても困る。そもそも、ユエとステラの望みの最終形態がヒカルには分からないのだ。
(兄弟仲が不仲なのは悲しい、と…シュテルイン殿も仰っていたけど)
ステラの従者の青年は、ステラがスカイティアを城下に連れ出した時、本当に嬉しそうに語っていたけれど、王宮にいる勢力を考えれば、兄弟仲を取り持つことがユエ達の考える最善とは限らない。
王宮には表と裏がある。いや、人間関係の全てに置いてか。実際、ユエとステラが仲を取り持とうとすれば、第四王子と他の兄弟仲を深めることは簡単だろう。しかし、それをしないのはユエ達に思う所があるからだろう。
「ヒカル、何か気になることでも?」
「え、あ、いえ……何でもありません」
レーウィスに声を掛けられ、ヒカルは戸惑った末に否定する。
「ヒカルも無理をしないでくださいね」
「俺がしたことと言えば、スカイティア様をクラウディア様に変装させる案を出したことだけですが」
「でも、誰も考え付かなかったでしょう」
本当に楽しそうに笑うレーウィスに、その変装をクラウディアに見せたらどんな反応をするだろうか、と考える。
思いっきり表情を顰めそう。いや、案外、爆笑するかもしれない。あの方、本当に表情が豊かだからなぁ。
……なんて思っていたら昼はもうすぐだ!昼食の準備!
時計を確認して、ヒカルはレーウィス、そしてシュテルインと昼食の準備に取り掛かった。
さぁ、お帰りをお待ちしておりますよ、第二王子様。
皆様揃ってお待ちかねですからね、クラウディア様!




