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元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
月の思惑
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罠2

「何!?クラウディア殿下が…?そ、そんな馬鹿な!」


 ルゼノ城の王宮で第二王子の姿を目撃したという情報を得たセオドア侯爵は愕然とした。

 第二王子クラウディアは騎士団の仕事で王都の郊外に向かい、そこで襲撃を行って捕える予定だった。これには王子の生母の実家──シーザス公爵家も理解を示している。


 赤(・)髪(・)であるクラウディアを王位に就けるには『金髪』の高位の妃が必要だ。現在、赤髪である王子が王位に就く可能性は低く、未だに婚約者のいない王子だったが、シーザス公爵家とセオドア侯爵家が手を組めば、第一王子派とて悩むだろう。上手くいけば、一枚岩ではない派閥が崩れ落ちるかもしれない。


 今、王位に一番近いのは第一王子ユエルディーネだが、その実績や周囲に集める人間には眉を顰める者も多い。その最たるものが、異母妹である第一王女アルトステラを重宝していることだ。何れは王女を宰相などの地位に定めるのではないか、と第一王子派の中でも懸念している者が多い。……セオドア侯爵もその一派であった。


(冗談ではないぞ、王女など政略結婚の駒であればいいのだ!国のことに女子供が口を出すではない!)


 セオドア侯爵家は地位こそ侯爵ではあったが、長年国の中枢に地位を確立できていなかった。だからこそ王位を簒奪する計画を練って実行に移したというのに、未だクラウディアを捕えたと言う報告は受けていない。それどころか、クラウディアが王宮に戻ったという情報が入ってくる始末だ。

 儘ならぬ現状に、セオドア侯爵は苛立ちを隠せない。


「お父様?王子様は何時…」

「煩い!」


 もう十五歳を迎えたと言うのに、この娘は何時までも夢を見ている。愚かにも、幼い頃に読ませた物語が現実になると信じてる。そう育てた本人が、その無垢な娘を怒鳴りつけるのだから、不条理と言うものだ。


「お、お父様?」

「お前があの時、クラウディアを捕まえていればっ!」


 三月前、偶然を装って第二王子に接触した。物語を信じる娘の『王子様は金髪に青い目をしている』という印象を覆すのは大変だったが、クラウディアの騎士としての逞しさの前にはその王子の偶像は儚く散ったようだった。

 凛とした佇まいの青年に、この娘はあっけなく恋に落ちた。それはそれで好都合だ。クラウディアとてずっと孤独だった環境上、純粋に好意を寄せる娘が現れれば無下にはできまい、と踏んでいた。


 手応えは悪くなかった筈だった。

 それなのに、此処三か月あの王子は娘との接触はおろか、手紙一つ寄越さない。


 強硬策に出たのは焦ったからだった。一月ほど前から何故だか、クラウディアの周囲に人が集まり出した。娘の前ですら見せなかった柔らかな表情を浮かべ、騎士達とは勿論、接触皆無だった筈の第一王女とも顔を合わせるようになったではないか。


「許さん!どうなっているか、シーザス公爵家に問い合わせなくては!」


 怒鳴られて茫然としている娘を置き去りにして、侯爵は部屋を後にした。


◆◇◆◇◆


「……何と言うか、あっさり踊ってくれるね」


 王宮内でセオドア侯爵家とシーザス公爵家に関する報告を受けていたユエを通して、セオドア侯爵がシーザス公爵家へと向かったことを知らされたスカイティアは何処か気の抜けたように呟いた。


「それはクラウディア様を見つけてから仰って下さい」


 ヒカルは何とも言えなそうな顔で言葉を返す。


「ねぇ、ヒカル。その顔は何?」

「いえ、自分で考案しておいてなんですが……スカイティア様とクラウディア様って、本当にご兄弟だったのだなぁ、と思いまして」


 ヒカルの表情の理由は自己申告の通り。

 スカイティアとクラウディアが体格は兎も角、顔立ちが似ていることを利用して髪色を染めることでクラウディアに成りすましているのである。普段は髪色と目の色が異なる上に、クラウディアが何時もしかめっ面でいるので気づき難いのだが、髪色を染め、表情を繕う──要するにむすっとしている表情を浮かべるだけで本当に双子かと思う程に似ていた。


(……顔真似しないと誰?ってなるけど)


 目の色の濃淡は仕方ないが、元々クラウディアの前髪が長い上に、事情を知る者──普段クラウディアが懇意にしているユエとステラの配下である騎士だ──に協力してもらい、周囲を固めたので、クラウディアに見えただろう。体格も似せるように厚底の靴と、皮の防具の上に上着を着るという一般的には思い付かないだろう偽装で疑似筋肉を再現した。


 いや、別にね、スカイティア様である必要はなかったんですよ?

 ただ、クラウディア様と背格好が似ている方に髪色・髪型、アクセサリーなどを駆使して、似せられないかと言っただけで。それで敵を欺けないかと提案したのです。

 クラウディア様の癖毛は、面白がったユエ様がステラ様に相談した結果、女性用の巻き髪を作る道具を貸して頂いて、それっぽくしました。……遊んでいませんかね、兄上様、姉上様?


 クラウディアの所在不明である以上、目撃情報を流せば吊れるかもしれない、と提案したのはヒカルだが、セオドア侯爵は思ったより短絡的だったようだ。早くて有難いが。

 しかし、セオドアが慌てて動いたということはクラウディアの足取りが掴めないことになる。シーザス公爵家との繋がりを示す証拠にはなるものの、肝心な王子は行方不明のままだ。


 ……クラウディア様、大丈夫かな?


「クラウディアが心配かい?」

「ユエ様、本当に他にクラウディア様の行方に心当たりはありませんか?」


 これ、正直に言うとユエ様の企みじゃないかと思っているんだよね。ユエ様の思惑は知らないけど、クラウディア様は母親の実家と縁を切りたいけど、簡単にはいかないって話だったし。


「うーん、僕としても微妙なんだよね。てっきり、シーザス公爵家に捕まっているものだと思っていたし…」

「ユエ様、非常に分かりにくいので説明をお願いします」


 珍しくも表情を曇らせるユエに、ヒカルは眉を顰めた。


「僕としては、クラウディアが望むように縁切りさせたかったんだよ。その為にはシーザス公爵家を首輪付にするしかない。潰してしまうと、クラウディアの扱いが軽くなりすぎる嫌いがあるからね……その内何かしらをやらかすとは思っていたけど、クラウディアに無理やり婚姻を迫るとか発想が、ねぇ」


 溜息を吐きながら語られたのは、ユエが最善として目指していたものだろう。しかし、その内容はユエの発想の斜め上をいったというところだろうか。……ユエ様の顔に浮かべられた冷笑が、いと恐ろし。


「つまり、捕えられていることが前提だったと?それならば、少なくとも身体的な心配はありませんもんね……一晩、未婚の令嬢と過ごさせる。その事実だけでクラウディア様は令嬢との婚姻をしなくてはならない、と」


 考えてみれば、クラウディアの行動は確かに問題だっただろう。単独行動でなければ、少なくとも二人きりで令嬢と会っていたという事実は有り得ない。……そう、普通は騎士も二人以上で一組になるというのに、クラウディアは今一(・)人(・)で(・)行(・)方(・)不(・)明(・)になっているのだ。


 クラウディア様と組んだ……実質的な護衛の騎士は見事にも、あっさりと、余りにも簡単に!クラウディア様と逸れてしまったのだ!

 やっぱり絡んでいるよねぇ、最後まで一緒にいたって言っている人。クラウディア様の従兄弟殿でしたっけ?まぁ、実家の言いなりだよねぇ。


「よく分かっているね。そう、もし、囚われているとしてもクラウディアには何もなかったと主張させるよ。シーザスとセオドア両家が繋がっていることの証明はできるから、両家の主張……クラウディアが望んで令嬢と二人で過ごした、ということは信用されないし……何よりセオドアの娘を王子妃にはできない」

「令嬢には何か問題が?」


 それとも政治的な問題?と首を傾げれば、ユエは何度目かの溜息を吐いた。


「年の割に幼すぎる。御飾りの王子妃にもなれはしないね。最悪の場合は……言わなくても分かるよね?」


 ユエは呆れたような物言いで、冷めた目は空を捉える。

 それは、最悪クラウディアとの婚姻が為された場合、事故死か病死に見せ掛けて始末するということだろうか。冗談に聞こえないし、ユエの配下ならば躊躇なく実行するだろう。


 ……聞かなかったことにしますよ、ユエ様。いえ、ユエ様は何も仰っていませんものね。俺の勝手な!想像です。


「でも、今回はどうやら別の勢力もいるみたいだね」

「他、ですか」

「セオドアとシーザスの予定では、クラウディアが何者かに襲撃され、怪我を負った彼をシーザス公爵家に運ぶ。そこで療養中に見舞いに来た令嬢と懇意になり、二人きりで過ごすとか……そんなシナリオだったんじゃない?」


 わぁ、見事な自作自演ですが、ありえそう。


「だけど、それならクラウディアを気絶させることが重要だ。それなのに、明らかに殺傷能力のあるもので襲われている……見せかけの演出にしても少し異様だ」

「出血量は多いのですか?」


 スカイティアが心配そうに問いかける。……すみません、笑いそうです。クラウディア様はそんな顔を絶対にしない…!


「確りと止血していれば問題ない量だとは思う……ただ、クラウディアが一人で子供を守っていると思うと、心配だね」

「子供?」


 スカイティアが目を瞬かせると、ユエは頷いて肯定する。


「迷子捜しだと言ったよね、騎士達が郊外まで向かった理由を……表向きは迷子の保護だけど、その対象はアージェスト子爵家の三男だ」

「「え?」」


 これにはスカイティアとヒカルの声が重なった。……迷子?子爵家の三男?おい、そっちこそ護衛はどうした?


「跡目争いというところだよ……アージェスト子爵家には三人の子供がいるが、その内の一人が後妻の子供。後妻の子供は子爵に可愛がられていたからね。遺言状では三男を跡取りに名指したらしい。……それで邪魔になって始末しようとでも思っているのかな?」

「だから、その子を保護すると?」

「あぁ、跡取りに名指しされたとはいえ、まだ未成年。実質的に家督は引き継げず、後見人として実権を握った異母兄達がやりそうなことだ」

「ですが、お家騒動に王子が出て行っていいんですか?」


 アージェスト子爵家の家督争いなど勝手にやってくれればいいだろう。

 ヒカルのジトッとした視線に込められた意味まで理解したようで、ユエは困ったように笑う。


「アージェスト子爵家がまともに機能するなら、跡取りなんて誰でもいいんだけど……上二人は使えない。まともなのが三男なんだよ。まだ子供だから幾らでも教育できるって言う将来性を見据えて、だけど」


 ユエ様の使えない宣言。無能ということですか、それは。いえ、無能なら放置ですよね、もしかして害悪でしたか。上の二人は。


「……でも、お家騒動ですよね?」


 王家が関わったらまずいのでは?という問いに、ユエは首を振る。


「表向きは迷子の保護だから。騎士達は依頼に基づいて迷子を保護し、然るべきところに連れて帰ることが使命だ。これは子爵家お家騒動であろうと、騎士団も王家も関係ない」

「……因みに、その依頼主は?」

「さぁ?」


 ユエ様、貴方ですか?いえ、代理人くらいは立てますよね。事実かどうかは兎も角、子爵家の三男と懇意にしている人物に白羽の矢を立てるとか。……迷子と言うか、家出ですかね?


 兄達に狙われていることを三男が悟ったならば、自分で逃げ出すだろう。

 今回は三男に家督の正当性があることが、兄達には厄介な問題だった。三男を病死、或いは事故死に見せかけて正当な手続きを経て家督を譲渡されることが望ましいが、それを悟られて行方を晦ませられた。

 三男がそのまま行方不明であれば家督は二人のどちらかが継ぐだろうが、もし、三男が襲撃の証拠──暗殺の依頼など──を手に入れているとすれば、後に糾弾されかねない。……アージェスト子爵家の兄弟は三男を確実に始末しておきたいところだろう。


 逆に、三男は見つかったら始末されることを理解している。だからこそ家出したが、その先に第二王子がいるなどとは思ってもみなかっただろう。……いや、迷子の捜索そのものが、三男が何かしらの取引を持ちかけた上で行われているとしたら、本当に三男は有能な子供なのかもしれない。


「では、その子爵家の三男を狙った襲撃に兄上が巻き込まれている可能性もあるってことですよね?」

「そういうことだね……寧ろ、シーザスとセオドアの動きを見る限り、クラウディアは迷子捜索の果てに襲撃に巻き込まれ、逃走中ってところが濃厚だね」

「……どうするのですか?」


 スカイティアが不安そうに問う。クラウディアが騎士団の中でも強者に入る部類だ。しかし、子供を庇いながらでは反撃はおろか逃げるので手いっぱいだろう。


「取り敢えずシーザスとセオドアの繋がりは掴めたから、一先ずクラウディアの捜索に人手を割くことにするよ」

「……足取りはつかめないまま、ですものね」


 状況の整理はできても好転はしていない。見つかったのはクラウディアのものと思しき血痕のみ。セオドアとシーザスの手には落ちていない現状に安堵しつつも、楽観視はできないのだ。


「……アージェスト子爵家はどうするのですか?幾ら骨肉の争いでも、王子を巻き込んだら不問と言う訳にはいかないでしょう?」


 クラウディアを巻き込んだということが許せないのか、スカイティアは表情を曇らせる。


「よく分かっているじゃないか」

「え?」


 ユエが「よく気付いた!いい子!」とばかりにスカイティアの頭を撫でた。……それ、俺がよくやられるやつ。


「君も言った通り、王子であるクラウディアが巻き込まれた時点で、王家としては子爵家に手出しが可能ということだよ」

「……それが狙いでしたか」


 アージェスト子爵家のお家騒動を望む方向に持って行く為に、クラウディアを利用したのか。


「いや、偶然だよ?だって、幾らなんでもクラウディアが保護するとは限らないはないからね?」

「……そうですね」


 いや、そうだけど……それはそうですけど。ユエ様ならそれとなく指示を出していそうなんだよね。方向とか隠れられそうな建物とか。


「……ヒカル、僕は時々君の信頼と期待が重く感じるよ」

「だって、ユエ様ですし」

「そう、期待に応えられるように頑張るよ」


 何処か呆れたような溜息に、ヒカルはじっとユエを見上げた。何?と首を傾げるユエにヒカルはふっと笑みを浮かべる。


「では、一つ約束を。クラウディア様が戻られたら、ユエ様とステラ様と、クラウディア様の皆様でスカイティア様のお部屋に遊びに来てください。最近はめっきりご兄弟で過ごされることもないようですし、日ごろの感謝と労いを込めて、お茶をご馳走しますよ?……レーウィス殿が」


 最後がかっこ悪い?だって、俺は手伝いしかできないもん。


 ヒカルの勝手な提案だが、これにはレーウィスが賛同している。スカイティアとて、兄弟揃って話したいことだってある筈だ。二人はヒカルの唐突な話に目を瞬かせるが、拒否するような反応ではない。


「おや、それは魅力的なお誘いだね?」

「歓迎致しますよ、ユエ兄上」


 はい、許可を頂きました。これで漸く兄弟が揃いますね!


「じゃあ、頑張ってこなくちゃね。クラウディアも疲れているだろうから休息が必要になるだろう。ステラにも声を掛けておくよ。きっと、張り切ってこの事態を打開させるだろうね」


 待って、ユエ様。その言葉が本当に不穏な感じがするんですけど?

 ステラ様、張り切って下さるのは結構ですが、危険なことはしないでくださいね?王女でしょう?

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