勢力図
「え、ヴァイス殿下にお会いした?」
馬場から戻り、東屋で休憩を取るスカイティアとクラウディアに第四王子ヴァイスルナハルト殿下に会ったことを告げると、スカイティアは目を丸くして繰り返した。
「……殿下?」
異母兄弟とはいえ、弟に対して敬称を付けるのは王宮事情故だろうか、とヒカルは首を傾げる。
後ろ盾もあり身分の高いユエとステラ、クラウディアがスカイティアを呼び捨てにするのは問題ないが、スカイティアから見て、異母弟ではあるが『金髪』である第四王子ヴァイスは扱いが難しいということか。
(この間の話題に出ていたとはいえ、あの話は覚えておくべきだったか)
「俺は異端だからね。彼とは殆ど顔を合わせたこともないし、彼の祖父であるシュナイザー伯爵は公爵家でも一目置く家だが、強硬に『黒髪』を忌避する方でもあってね。下手に関わろうものなら、ヴァイス殿下もお母上のご実家に叱責されるんじゃないかな?」
……成る程、それでシュナイザー伯爵に見つかって怯えていた、と。『金髪至上主義』の家だからユエ様から距離を置かれている、とも言っていたかな。
以前の話を思い出しながら、あの怯えようはそういうことか、と納得すると同時に少し不憫にも思えた。
スカイティアと比べると歳は変わらないようだが、ヴァイスは直情型ゆえか随分と幼い印象を受けた。
──君ばかり皆に好かれて狡い!
あれはヒカルにだからこそ言えた台詞だと思えば、それだけ彼が兄弟との距離を詰めたくとも詰められない事情があったということだろう。……俺からすれば理不尽だが。知らんよ、そんな兄弟事情は。
「まぁ、ヴァイス殿下も難しい立場であることには変わりないからな。兄上との対立候補の中でもヴァイス殿下は飛び抜けているのが現状」
「ユエ兄上が実質的な王太子……次期国王ということは揺るぎないけど、隙があれば取り替えたいと思っている輩もいるからね。兄上と姉上が暴いた貴族の不正や、貴族から取り上げた既得権益が余りにも多くて」
暴露される過去の王宮事情に、ヒカルは思わず遠い目になる。
先日の話題、再来ですね。それはそうと色々やらかしていて楽しそうですね、ユエ様とステラ様は。まぁ、あの何某伯爵狸腹のような末路と思えば、自業自得なのでしょうけど。
「だが、その大半は既に爵位を返上させられた家だ。兄上の地位を脅かすような勢力ではない」
「えぇ、今は問題がない筈です。新たに正妃が擁立されなければ」
「今更必要がないだろう……その気があるなら、陛下は正妃様が亡くなられて直ぐにでも、その地位に然るべき家から妃を迎えていただろうからな」
あぁ、そっか。ユエ様が実質的な王太子とはいえ、あくまでもそれは正妃の子で第一王子だからなのか。新たに正妃が定められれば、その継承順位は下がる、と。……ユエ様が王太子と呼ばれないのは、そのせい?
「……まぁ、陛下のご意思というのは、俺達が干渉できるものではないからな」
「そうですね」
休憩を挟んでいる間に雲行きが怪しくなったので、乗馬の練習はおしまい。皆揃ってスカイティアの部屋に移動した。
「……そういえば、兄上」
「何だ?」
レーウィスが用意した紅茶に手を伸ばしたクラウディアはスカイティアに応じながら、口元にカップを寄せた。
「兄上って、婚約者なり婚約者候補のご令嬢がいませんでしたっけ?」
「ぶっ、はぁ…?」
その瞬間、クラウディアが咽た。当然だ。布巾を渡して、背中を摩る。
……大丈夫ですか、クラウディア様。辛そうですが。
スカイティア様、狙っていませんよね?狙っていたら性格悪いですよ。
「……何時の話だ?」
「えーっと、兄上が俺の部屋にいらっしゃる前ですから…」
「三月ほど前でしょうか……セオドア侯爵とご令嬢とお会いになられていたようですが」
スカイティアが確認するようにちらり、とレーウィスを伺うと、時期だけでなくより具体的な内容が語られる。
「……お前達の情報網はどうなっているんだ?」
「まぁ、いいじゃないですか。部屋に引き籠っていると、外の情報だけが楽しみなんですよ」
唖然とするクラウディアに、スカイティアは笑って誤魔化した。
スカイティア様、それ、ある意味、ストー……いや、そこは王城の情報収集の為さ。己が忌避される存在ならば尚更に、情報に敏感でないといけないもんね!自衛、大事!
「怖いわ!何か、今日は何時に何処で何をしていたとか筒抜けになっている気がする!」
「……そこまでは。兄上や姉上じゃないのですから」
身体を背けてドン引きするクラウディアに、スカイティアは失笑する。
……あぁ、あのお二人はそうでしょうね。特にユエ様って、城中に……いや、国中の情報とか集めてそうだもん。行動すべてが筒抜けとか、怖いよね。
けれど、それが異質とされる異母弟達を守っていたということも事実だろう。事故に見せかけた暗殺や、刺客による襲撃を防ぐために。
彼らの兄姉は現在進行形で王宮を暗躍していることだろう。あのアルセル侯爵という貴族もユエの関係者か、あるいは監視対象者か。
「……それで、その侯爵達が何だって?」
話を戻したクラウディアの、何処か面白そうな視線に、スカイティアはまるでこれから遊びが始まるかのように笑みを浮かべた。
「セオドア侯爵は一応第一王子派とされていますが、内容は縁談ですか?」
「一応、か……まるで、裏があると予測しているようだな?」
片眉を器用に吊り上げるクラウディアは、スカイティアの問いを愉しそうに聞いている。
……平和ですね、内容は恐らく殺伐としているものですが。慣れている自分がちょっと怖い。
「それは兄上がよくご存知でしょう?あの時はまだ、兄上は継承権は低くとも、王太子に押されるだけの後ろ盾を持っていた。それなのに、第一王子派のセオドア侯爵の令嬢と会っていた」
スカイティアは状況を確認するように言葉を紡ぎ、クラウディアの反応を見ている。
あぁ、まだ母親と仲違いしていない時期ですもんね。縁談は実家の差し金と考えるのが普通……勝手に王子に話を持っていくなんて、不敬にも程があるだろうし。……とはいえ、王子だよ?ルゼノ王様は如何した?
「さて、それは何故です?兄上を王位に就けたい勢力……シーザス公爵家は兄上を王位に就ける為の布石として、『金髪』の、高位の令嬢を宛がったのではありませんか?それとも不敬を承知で、兄上を第一王子派に迎える為の下準備ですか?」
「……よく口が回るな、スカイティア。確かに、普通に考えたらその二択だろうな」
スカイティアの推察に、クラウディアは感心したように頷く。
「他にも何か?」
「いや、俺もその二択だと思った。会ったとは言っても、偶然だ。会談の場を設けた訳ではない……彼方の意図はまだ探っているところだが。仮にセオドア侯爵が第一王子派ならば、俺と娘との縁組で、俺に縁のある家が靡くのを期待した。逆にシーザス家と組んで王位簒奪を夢見たならば、娘を王妃にし、生まれた子の実権を握りたかったのだろうが……これにはリスクが高い。第一王子派からは裏切り者とされるし、シーザス家に恩を売れたとしても、シーザス家以上に兄上達の家の方が強い。……何より、俺の子が『金髪』で生まれるとは限らない」
クラウディアが『赤髪』であること。
彼が王位継承権から遠のいた理由を考えれば、そのリスクを考えるべきだろう。『金髪』の娘を宛がった所で生まれる子供が『金髪』である可能性は五分だ。
「……それは、確かにリスクが高いですよね」
「まぁ、そこまで頭が回っているかは知らんがな?」
さらっと頭の出来を貶しているようですね、クラウディア様。その侯爵家って無能なんですか?第一王子派ですよね?使えないなら、ユエ様なら切り捨てそうな……あぁ、毒にも薬にもならないから、放置的な?
「……まぁ、俺が実家と疎遠になったことを知れば消滅する話だ」
「そう、でしょうか?」
「俺達の婚姻は、家と家の繋がりだぞ?俺と婚姻しても得るものがないだろうし、そもそも家の差し金の縁談を俺が受け入れる気がないし」
「……そうですね」
クラウディアの主張にスカイティアは腑に落ちないようだが、言い返すには根拠がないのか、一先ず引いたようだ。
「まぁ、実家の動きは気を付けておく。お前もくれぐれも周囲には注意しろよ?」
クラウディアは仕事の都合上、此処で退席だ。部屋までお送りしようとしたら、頭を撫でながら断られた。
迷子にはなりませんよ?まぁ、確かに髪色をとやかく言う方達はいらっしゃるかもしれませんが。
あと、事ある毎に何故頭を撫でるのでしょうか。俺は愛玩動物ではありませんよ?
まぁ、それは兎も角。
「……スカイティア様は納得がいかないようですね」
クラウディアを部屋の外まで送った後、ヒカルは先程のやり取りについてスカイティアに問いかけた。
「そう見える?」
「はい」
困ったように苦笑するスカイティアに、ヒカルは頷いて肯定する。
「兄上はカトリーナ妃……母君と、シーザス公爵家と縁切りをしたお心算だが……というか、心境的にはバッサリ切っていると思うんだけど……実際にはそう簡単に縁切りなんてできないだろう、と思ってね」
「……成る程」
「先程の話もあったけど、シーザス家の血を引く唯一の王子である以上、手放す筈がないんだ。シーザス公爵家は勿論、セオドア侯爵の動きに注意して頂きたい、と思うんだけど…」
スカイティアの懸念は理解できる。話に聞いただけでも、この王宮内の勢力図は複雑だ。
下手な事件に巻き込まれないといいんだけど、クラウディア様も直情型だからなぁ……うっかり言質を取られないよね?まぁ、婚姻云々は王族である以上、王の采配が及ぶだろうから、そこは心配していないけど。
大丈夫だよね?騎士だもん、俺みたいに誘拐されないよね?
◆◇◆◇◆
──王都にある、とある屋敷内。
「お父様、何時になったら王子様にお逢いできるのですか?」
うら若い娘が父親である壮年の男性に問いかける。
「あぁ…なかなかお忙しいようでね、だが、もうすぐ会いに来てくださるさ」
「そうですわよね、私の王子様は皆の憧れですもの……私だけのものではありませんものね」
父親の返答に娘はがっかりと肩を落とす。
「そう言うな、王子殿下だって早くお前に会いたいに決まっている」
「そうでしょうか……嬉しいわ」
頬を赤く染めて、はにかむ娘。純粋に王子様を慕っている令嬢の様子に、男性は笑みを浮かべる。
「あぁ、早くお会いしたいわ…!」
まるで遠くにいる王子を探すように窓の向こうへと恍惚とした顔を向ける娘は恋をしているようで。
その娘を見守る父の目に映るのが、その娘自身ではなく、娘が受けるであろう未来の恩恵であったとしても。そんなことに娘は気付かない。いや、そんなことはどうでもいい。彼女はただ、夢に見た王子と結ばれることだけを夢見ているのだから。
物語を信じている、そんな純粋な娘。
現実を知らぬ娘の行動は全て、この父親の示すまま。その立場を考えれば、それも致し方ないこと。
そして、その道が自分の意志であることには違いないとはいえ…。
「……愚か者」
さて、ぼそりと呟かれた言葉は誰のものか。
屋敷の陰にひっそりと潜む影に家主である彼らは気付かない。その影がひっそりと姿を消して、屋敷のとある場所にやってくると、笛を口に銜えて音がしないそれを吹く。
すると何処からか静かな羽音が聞こえて、その影の腕に留まる。姿を見せたのは梟だ。
「宜しく頼むよ、我が主の元へ」
羽ばたく羽音は静かで、まるで闇に消えるように飛んでいく。梟は真っ直ぐに闇を切り、目的地へと。
王都の中心部──ルゼノ城の敷地に音もなく、まるで呼ばれたように真っ直ぐに開け放たれた窓へと飛び込んだ。その先にいる主の元へ。
「──お帰り、ニューイ」
窓辺で待っていたのはステラの従者──シュテルインだ。梟に声を掛けたのはステラだが、仏頂面の従者の表情も何処か柔らかい。梟の足元に着けられた小筒を取り外すと、手紙を取り出して主に手渡した。
「……困ったな」
手紙を開いて、ユエは呟いた。
「あら、今度はどうなさるお心算?」
「今度はクラウディアを使うかな?狙いはクラウディアみたいだし……簡単に引っ掛かると思うよ」
報告された内容に目を通しながら、ステラとユエは互いの背に凭れていた。声音は明るく、まるで明日の予定を話すように気軽で、その内容を除けば仲の良い兄妹だろう。
「……またスカイティアが泣きますわよ?」
「それは困るね……まぁ、クラウディアがど突きながらも慰めるから大丈夫だろう」
完全なるクラウディア任せだが、王子としての采配は間違っていない。国の行く末を憂いているならば、その原因を根本的から取り除く必要があるのだ。クラウディアとて、この国の王子である以上は逃れられるとは思ってはいまい。その覚悟は、彼の地位と実力に現れている。
「ふふっ……本当に仲が良くなって」
「本当にねぇ、奇跡だよ」
仲違いをしていた『髪色』のことなる異母弟達が、王宮に放り込まれた少年によって此処まで変わるとは思ってもみなかった。
「……本当に、終わりにしますの?」
「気が変わった?」
急に沈んだ声音で問われ、ユエは空色の双眸を眇めた。
「いいえ?私がすることは決まっていますもの……ただ、あの輪の中に兄上がいないことが、寂しい」
より体重を掛けてユエに凭れかかってくる異母妹に、ユエはふっと笑みを浮かべた。
「可愛いことを言ってくれるね」
「あら、冷酷な女狐とも呼ばれる私が可愛いですか?」
「どんな君でも愛しいし、可愛い妹に変わりないよ」
「兄上って、相当な方ですよね」
「君だって大概だろう……ヒカルには呆れられているけど、それが僕らであることに変わりない」
「えぇ……そうですね。事の発端と言えば、私達の性格が始まりですもの」
計画の進行は重畳だ。すべての状況が整ったら、本当の計画が始まる。
けれど、それはまだ先の話だ。今は目の前のカードを揃えるだけ。




