第四王子は金髪王子
「──僕は君が嫌いだ」
黄金色の髪に、深緑色の目。纏う衣服は絹だろうか、柔らかそうな布地に細かな刺繍が施されている。
その高飛車な宣言にヒカルは表情を変えず、彼を捉える。
「……左様でございますか」
ヒカルは今、一人であった。主人である第三王子スカイティアと、すっかり異母弟の教官と化している第二王子クラウディアは現在馬場で駆け足の特訓中だ。レーウィスは二人の休憩用に飲み物の用意をする為、この場を離れている。
そんな中、馬場から少し離れた所で待機していたヒカルの前に、その高圧的な少年が現れたのだった。
…いえ、高貴な方だとは思いますよ?ですが、何故に正面切って宣言してされなくてはいけないのでしょうか。つーか、嫌いなら絡むなよ、天邪鬼か。好かれる理由もないけど。
「ふん……兄上達も、何故こんな『奴隷』を傍に置いているのかっ!非常に理解に苦しむぞ!」
兄上達。成る程、このお方は王子殿下か。高圧的な所は初対面のクラウディア様に似ていらっしゃいますかねぇ。髪は金色……ですが、黄金色、でしょうか。ステラ様は少し柔らかい金色なので、ユエ様に近いでしょうか。顔立ちは……何処となくスカイティア様に似ていなくもないですが、同じ年頃ですかねぇ。それならば、この方は第四王子かなぁ?
そこまで考えて、改めて王宮事情の複雑さに頭が痛くなる。
王子が何人いるとか、聞いておけばよかった。……いや、お会いするとは思っていなかったしなぁ。
「……おい、何とか言ったらどうだ?」
……え、会話を求めていたんですか。珍しい方ですね。
「失礼致しました、第四王子殿下とお見受けいたします」
「よ、よく分かったな……そうだ!僕こそが、ルゼノ第四王子ヴァイスルナハルトだ!」
「はぁ……では、第四王子ヴァイスルナハルト殿下、私めにどのようなご用向きでしょうか」
一瞬怯むが、ドンと胸を張る王子に「また性質の異なる王子が来たなぁ」と半ば呆れながらヒカルは問いかける。
「……用は……その、あ…の…」
途端に歯切れの悪い王子にヒカルは首を微かに傾げる。態々「嫌い」と宣言に来ただけではないだろうに、と呆れつつも待っていると、不意にキッと睨み付けられた。……何だよ。
「お前はっ!兄上達に可愛がられているようだが、勘違いするな!」
「……はぁ」
勘違いも何も、奴隷から格上げされた小姓モドキが何を勘違いするのか。
最近は愛玩動物扱いのような……まぁ、そこは置いておこう。
ヒカルの薄い反応が気に入らなかったのか、王子の顔がムッと歪む。
「此処はルゼノで!お前は『黒髪』だ!生まれも知らない輩が兄上達の傍にいるなんて、許されないんだからな!」
「……それは、貴方様がお決めになることでしょうか?」
──違うでしょう?
これは疑問形ではない、反語だ。彼が『金髪』である以上、王位継承権はスカイティアやクラウディアよりも高いだろう。しかし、第一王子が何も言わないのだ。第四王子だからといって、一方的に第三王子付の小姓モドキであるヒカルを追い出すことなどできまい。
……そりゃ、明確な理由があれば、ユエ様だって首を横に振らないだろうけど、俺に今言われてもねぇ。
「……っ!」
「──どうしたの、ヒカル」
唐突に聞こえてきたのは、第一王子ユエルディーネの声だ。振り返れば、何時もの笑みを浮かべた王子の姿があった。……何でしょうね、毎度の如く図ったような登場でございますが、ユエ様。
「あ、ユエ兄上…!」
「ヴァイスか、ヒカルに挨拶にでも来たのかい?」
煌めく金の髪から覗く空色の目が異母弟を捉えると、ヴァイスは何処か怯えたように身体を揺らす。
「……失礼ながら、ユエ様。私は王子殿下にご挨拶を頂くような身分では…」
「それ以外の用向きが分からなかったから」
「……それもそうですね」
何を考えているんだろうなぁ、この王子様は。第四王子殿下もユエ様には畏怖を抱いているような感じかな?確かに実質的な王太子を前に異母弟であることを前面に押し出せる筈がないよね。……つくづく面倒だな、王宮って言うのは。
にこやかな笑みを浮かべているユエは王子として外交を担っていることもあって、何処か読めない。ヒカルを庇いに来たのだろうかと思いもするが、ヴァイスに特別危害を加えられた訳ではない。
「……随分と親しそうですね」
「そうだね……ヒカルは皆のお気に入りだ」
いや、庇うどころか火に油を注ぎに来たみたいだぞ、この王子!?
ユエ様、誤解を招く言い方をしないで頂けますぅ?
「皆……?クラウ兄上とティア兄様、レーウィスですか?」
「それと、ステラもね。あぁ、シュテルインも含まれる」
ユエの嫣然とした笑みは崩れないまま、けれど威圧的な微笑みはヴァイスを竦ませた。
……これ、俺にどうしろと?小姓モドキは王子の喧嘩には入れませんが、このままだと第四王子の立場が悪くなりますよねぇ。成人前とはいえ、実質的な王太子に真正面から噛み付くのは好ましくない。
「……失礼ながら、ユエ様」
「何かな?」
笑みを浮かべたままユエはヒカルに視線を移す。
相変わらず物語の中の王子様を体現した現実の王子様……見た目だけは。第四王子殿下も顔立ちは整っているけど、物語の王子様って「金髪に青い目」なんだよね。あとは先程の宣言からしても、物語の、理想の王子としてはまだ未熟的な印象かなぁ?
「皆様に特別目を掛けて頂いていることは光栄です。しかし、それはスカイティア様が私を哀れんで下さったことが始まりでございます……私のことを不憫に思ってくださった皆様のお優しさには感無量……感謝の言葉しかございません」
あくまでも哀れみなの。親しいとか、身分を超えての交流はないよ、と俺は主張します。
ヒカルの主張にユエは面白そうに微笑みの種類を変える。……こういう所で俺は試されているのかな。心臓に悪いからやめて欲しいんだけど。
「そう、君はそれで満足?」
「満足どころか身に余る光栄です」
「……そう」
ユエの相槌は何処か冷たい。……えっと、俺、余計なことしたかな?
まぁ、一先ずヴァイスから矛先がずれたから良しとしよう。
「――ユエルディーネ殿下、ヴァイスルナハルト殿下、此方においででしたか」
そこへ、また別の声が聞こえた。ナイスだ、誰だか知らないけど。
「これはこれはアルセル侯爵」
「ご無沙汰しております」
流石に外部の人間の前で王子の前で普通に立っているのは不味いかと、咄嗟に片膝をついて跪く。
「あぁ、ヒカル、顔を上げていいよ。この方はジルバートの主だ」
「ジルバートの、ですか?」
驚いて顔を上げる。ジルバートは嘗て奴隷商館で一緒だった仲間だ。
アルセル侯爵は四十代だろうか。白金を思わせる淡い金髪に、琥珀のような目の色が穏やかな印象を受ける。ユエがジルバートの『飼い主』とは言わず『主』といったのはあくまでも人間扱いしているということか。……ジルバート、元気かなぁ。
「あぁ、君もあの子と一緒にいたのかい?ジルはよく働いてくれているよ」
「左様でございますか……ジルバートも閣下と巡り合えたことをさぞ幸運に思っていることでしょう」
人好きのする笑みだが、油断ならないのはユエに似ているからか。穏やかさの裏を勘ぐってしまうのはどうにもこの階級が一筋縄ではいかないからだが。
「アルセル候も奴隷を?」
「……とてもよく働いてくれる子ですよ」
アルセル侯爵はジルバートを奴隷と名言はしていない。第四王子の機嫌を損ねないまでも、奴隷でないとユエに匂わせているのか。……まぁ、王位継承権第一位と二位の前で、あからさまにどちらに付くとか言えないよね。
「アルセル侯爵、本日は……」
ヒカルを気にする態度が気に食わないのか、話題を変える第四王子。……そうだな、王子が奴隷より優先されたら気分悪いよね。
「あぁ、先日の件と、ユエ殿下にいくつかご相談がございまして。お時間を頂けますかな?」
「えぇ、勿論ですよ。……あぁ、そうだ、ヒカル。スカイティア達に差し入れがあるから、後でレーウィスに僕の部屋に来るように言っておいてくれるかい?」
「畏まりました」
「じゃあ、ヴァイス、君も時間を無駄にしないようにね?」
「……はい」
無駄って、俺といることですか。……まぁ、そうですけど。何だかよく分からない方に噛み付かれるのも疲れますからね、一応の助け舟って訳ですか。
去り行くユエに向かって首を垂れるヴァイスは、異母兄であるユエに畏怖を抱いているように見える。そんな光景に何処か既視感を覚えた。
……何だろう、あ、あれだ。ユエ様に初めて会った時の……そう、スカイティア様とクラウディア様が仲違いしていて、ユエ様の機嫌が悪かった時と言うか……それにあてられたお二人が身を竦ませていた、みたいな。それで『金髪至上主義』を目の当たりにしたよなぁ。
ユエ様はただ兄弟仲良くしていて欲しいだけなのにね……今思えば、過去のことが嘘みたいだ。まだ一か月くらい前のことなのに。
そういう点では、第一王子と第四王子は距離のある様子だ。仲直りしたスカイティア達を見てユエは喜んでいたが、他の兄弟仲は諦めているのだろうか。髪色が異なるのは第二王子と第三王子だけだと言っていたし。
今度来た時に一応相談……って、あれ?ユエ様、あの日以来スカイティア様の部屋に来てなくない?
思い返してみて、その事実に気づいた瞬間、ヒカルは蒼褪めた。
クラウディアは時間さえあれば、スカイティアの部屋で話したり、乗馬の練習に付き合ったりしている。なかなか熱心な指導でスカイティアが筋肉痛になることもしばしば。その日は差し入れを食しながら談話で終わるが、仲の良い兄弟だ。
ステラは滅多に来訪しないが、直近ではスカイティアを街中に連れ出して仲良く散歩している。……因みに、これにはクラウディアも付き合わされている。しかし、そこにユエの姿は一度だけしかなかった。
「……い、おい!」
肩を揺さぶられて、呼ばれていることに気付いた。……失礼、まだいたんですか。無視して立ち去ってくれれば気にしなくて済んだのに。
「何でしょうか?」
「……お前、生意気だ」
……久しぶりに言われましたね。否定はしませんが。
「それは大変失礼致しました。目障りなようですので、御前から退去致しますね」
「待て!」
「……はい?」
(チッ、さっさと去ってくれればいいものを)
内心の声を、恐らく表情として浮かべてしまったのだろう、ヴァイスの顔が歪む。
さてはこの王子、クラウディア様以上に直情型かな?年齢的な問題もあるだろうけど、表情を繕うことは大事ですよ、俺が言えることじゃないけど。
「……僕は、君のことは認めない!」
「はぁ」
「君ばかり皆に好かれるなんて狡い!」
「ですから、それは…」
嫌われてはいないようだけど、別に好かれているという訳では…恐れ多いってば。誤解されるようなことを言わないでくださいね、第四王子殿下。…というか、狡いって、駄々をこねるお子様じゃないのですから。
スカイティアと歳が変わらないのかと思ったが、どうやら精神的には幼いようだ。王位継承権第二位ということは王族教育を受けている筈なのだが……まぁ、ヒカルの前で取り繕う必要性はないのだろう。
……ん?ということは、つまり、それが本音?ヴァイスルナハルト殿下もご兄弟と仲良くしたいと?
それは朗報!ユエ様、ステラ様!よかったですね、此処にもお仲間がいらっしゃいましたよ!!
「──ヴァイスルナハルト殿下?このような場で何をなさっておられるのですか」
隠れて歓喜ゆえに拳を握るヒカルとは対照的に、低く冷たい声が聞こえてきた。声の主は二階から声を掛けているようだ。身分を考慮すれば、ヒカルはこの場で顔を上げることはできない。声の主は恐らく年配の男性か。……まぁ、貴族だろうね。
「シュナイザー伯爵っ!」
「奴隷など放っておきなさい。第三王子の者でしょう?」
「……そうですね」
跳ねるような、上擦った声。ヴァイスの顔色が明らかに悪い。彼はこの伯爵には逆らい難いのだろう。彼が王子である為の後ろ盾ということか。
……いまいち王宮の勢力図が分からないな。というか、王子様、無理やり絡んでこないで欲しいんだけどね。
王城の勢力図など下々の者には関係ないのだが、向こうから関わってこられるとスカイティア達にも影響があるかもしれない。
……気を抜くなってことですか、ユエ様。心臓には悪いですが、王宮で生きる以上は自衛をしろと言うお達しですね、きっと。
スカイティア様が兄弟と仲良くされたいと思われているようですが……それは何処までだ?いまいち王子や王女の人数も把握していないし、可能な人物がいるなら既に仲良くしていると思うんだよね。
「……またな」
思考に没頭していると、ぼそり、と隣に通り過ぎる際にヴァイスに声を掛けられる。これには唖然とした。
えぇ…、まだ俺と関わる気ですか?明らかに俺に対して「嫌い」宣言をしたこと忘れておいでですよね?嫌いな奴と関わりたいなんて、物好きな方ですねぇ。
嫌味っぽく言い返したいところだが、立ち去る王子の背に声を掛けるなどできる訳もなく溜息に押し留める。
──君ばかり皆に好かれるなんて狡い!
姿を消した王子の、何処か悲痛さえ感じさせる言葉が耳に張り付く。何故に絡まれなければいけないのか、と頭は痛いが、その気持ちは分からなくもないのだ。
まぁ、兄弟仲を取り持つ手伝いは…ユエ様とスカイティア様次第ですよ。クラウディア様は基本的にユエ様に倣うお方ですし、ユエ様から言われれば無下にはしないでしょう。
お二人が望むなら助力はします、あくまでも助力の範囲内、だけど。




