潜む影、照らす言葉
現在、異母姉と従者の関係性にて、異母弟達がわちゃわちゃと話しております。
……なんて、実況中継とかしても仕方ない。仕方ないから突っ込むよ。
「……それで渦中のステラ様はどうお思いなのですか?」
ヒカルの問いに、ぴたり、と暴走していたスカイティアと宥めていたクラウディアの動きが止まる。
あの能面無表情男の変貌に意識が向き過ぎて、肝心の王女の思惑や感情が無視されている。いや、政略結婚の前に彼女の意思は必要ないのだろうけれど、どうやら政略結婚とは別らしい。
「……確かに、現段階ではシュテルインが姉上を慕っているという憶測ですよね?」
「まぁ、そうだな。一方的な思慕なら、問題はない……いや、なくはない。下手をすると、シュテルインが従者から外されるだろう」
「姉上の従者、というより護衛の騎士や侍女って、どうなっているのです?シュテルイン以外、見かけたことがいないのですが、いないことは無いですよね?」
そんな大勢をぞろぞろと引き連れるものなの?……あぁ、そうだな、一貴族の奥方すら、一人では出歩かないもんな。王女ならなおのこと。
ステラ様は身軽だよなぁ……あの王女様、型破りにも程があるというか。あの機動力を考えると、大勢って邪魔?でも、王女だよ?あの王女を守りに行けないと不味くない?
「……恐らくだが、殆ど〈影〉だろう」
「〈影〉?」
「あぁ、ヒカルは知らないか?」
思わず繰り返すと、スカイティアが手招きして呼び寄せる。
……あのですね、当然のように隣に座らせないでください。先程までは壁沿いに控えていてもよかったじゃないですか。
「〈影〉というのは王族や貴族の裏の護衛だよ。表向き姿を見せて牽制する騎士とは違って、物陰などに潜みながら情報収集したり、襲撃者を裏で仕留める者達のことだ」
「成る程、隠密って奴ですか……普段はシュテルイン殿だけですもんね。他は何処かに潜んでいると?」
「あぁ、こんな風にな?」
ぱちん、とクラウディアが指を鳴らすと、何処からともなく現れる人影。
……わぁ、忍者だ。でも服装は黒装束って訳じゃないんだね。
見た目は普通の騎士、というより貴族の従者だろうか。城内にいても不思議はない服装は場に合わせて顔を変えるようなものだろう。年齢は、三十代かな?
「お呼びですか?」
従者然とした青年は表情を変えずにクラウディアに問いかける。
「いや、特に用はない」
「では失れ……」
「用はないが、此処にいろ」
「は……?」
唐突な命令に、『影』の青年は困惑する。……ごめんなさい、俺が興味を持ったばっかりに。
「此奴は兄上の配下の者でな、名は『ティエラスト』。俺に就けられてた〈影〉の護衛だ……といっても、気づいたのは最近だがな」
「あぁ、彼も兄上に差し向けられた者ですか」
……差し向けられた?
ヒカルの視線を疑問と捉えて、クラウディアは頷いた。
「この城は常に危険が潜んでいる……俺達は王位継承権から遠いが、それでも『金髪至上主義』の者からすれば邪魔者だ」
「……影ながら守られている間は知らなかったんですけどね」
クラウディアの説明に過去を振り返ったのか、スカイティアが溜息を吐く。
「そうだな……ティエラスト、俺に付いて何年だ?」
「十年になります」
表情を変えず淡々と応える青年──ティエラストに、スカイティアが愕然とする。
そりゃそうだ、ユエ様の年齢は知らないけど、少なくともまだ二十代だよ?それで十年前って十代前半……学友がいても、配下に着けられているかどうか。
「じゅ…え、兄上に付けられてって、ユエ兄上はまだ…」
「あぁ、兄上も姉上も十を超えた頃には政に関わっていたからな」
「……昔も変わらず、超人の要素しかないのですか」
うん、超人。絶対、超人。いや、天才の部類って言うか。
「超人、か……確かにお二人は俺達よりずっと早くからこの国の歪さに気付かれ、悩まれ、そして動き出しておられた。兄上と姉上の実績も、その行動力と理解力の速さが大きく関係しているだろう……俺達を守ると決められて、どれだけ大変な思いをされてきたか想像することしかできない。だから、兄上達が作っていく国ならば、間違いないと思っている」
「相変わらず、ユエ兄上至上主義ですか」
「……刷り込まれているな。でも、お前もそうだろう?」
「えぇ、兄上達ならば、この国を導いて下さると思っていますよ」
二人の王子が語り合う、揺るぎない異母兄と異母姉に対する信頼。兄弟仲も改善し、国を導くのに相応しい人材もいるならば、この国の未来は明るいだろう。
ヒカルのような下々には分からない王宮の動きだが、二人の王子が確信しているならば憂うこともないし、そもそもヒカルのような者は流れに従うしかないのだ。その中で最善を目指して足掻きはするけれど。
「まぁ、この先、陛下の采配がどう及ぶか分からないが、近い内には次代の側近達も固められるだろう……姉上の縁組もそこに関わるだろうし」
「……そうですね」
「浮かない表情だな。お前の未来の心配か?」
「それもあります……正直、俺は足手纏いでしかないのでは、と」
まだ言うか、とヒカルは軽く眉を顰めるが、それも仕方ないのかと直ぐに表情を戻す。……クラウディア様、貴方も困った顔をされておりますよ。
スカイティアには髪色故に守られて生きてきたという自覚が少なからずあるだろう。金髪の、それも三大公爵家の血を引きながら、シュテルインは『瞳の色』で蔑まれていたのに、後ろ盾のないスカイティアが今まで生き永らえて来たのは偏に、ユエやステラが目を掛けてくれたからだ。
それは同時に、スカイティアの存在そのものが彼らの負担となっていたということで。
スカイティアの心境は付き合いの短いヒカルでも手に取るように分かる。しかし、それはヒカルがどうこう言って宥められるものでもなければ、同情にしか聞こえないだろう。
「兄上達が望まれたことだ」
「それは…」
はっきりと告げられて、スカイティアは言葉に詰まる。クラウディアの言葉を否定はできないし、したいとも思わない。
けれど、それを素直に肯定できるような自信はない。己惚れではないか、と思ってしまう自分がいて。
「──お前は、愛されているよ」
優しく告げられた言葉にスカイティアが瞠目する。
おやぁ、珍しくストレートですね。あぁ、あくまでもこれはご自身ではなく、ユエ様達に、というところですか。……はっきり言えばいいのに。
「……兄上、真正面から言われると反応に困ります」
「ぷっ、顔が真っ赤だ」
珍しくスカイティアが顔を赤く染めて俯く。意地悪そうに口角を吊り上げるのはクラウディアらしいのだが。
「そういう点では、クラウディア兄上もユエ兄上達に愛されていますよね」
「……突撃されるくらいには、な」
反撃とばかりに呟いたスカイティアの言葉に、ふっと何処か遠い目になるクラウディア。それに、スカイティアが首を傾げる。……あぁ、ステラ様がお部屋に突撃されたんでしたね、クラウディア様。
「突撃……とはいっても、夜遅くに人目を避け、早朝にまた人気のない内に帰られたがな」
「そうでしたか」
ステラとクラウディアは自由の身とは言えない。互いが三大公爵家の血を引き、かつ『金髪』の王女と『赤髪』の王子。ステラは公爵家を首輪付にできたと言っていたが、完全に自由を得るには身分が高過ぎた。クラウディアは髪色故に継承権が低いとはいえ、実家の権力はいまだ健在という問題がある。実家を首輪付にでもできればもう少し自由になれるのだろうけれど、三大公爵家の血は伊達ではないし、彼自身が武功を持っている点もステラとの接触を難しくしているのだろう。
……王族って、面倒。
この一言に尽きる。
ヒカルはややこしい兄弟関係に溜息を吐きたくなる。それでも、兄弟間の仲が良好になったことはヒカルにも喜ばしいことだ。
「正式に辞令が下りれば、俺達がこうして仲良くできる時間なんてなくなるからなぁ」
溜息交じりの言葉と苦笑は未来を憂いてか。
……まだ仲直りしてから一月なのですがね、兄上様。現実見て頂くのは結構ですが、時間がないならば尚のこと足繁く通っていただけませんかね。あと、話題とか。
今でも時間があればスカイティアの部屋に通っているのは事実だが、話す内容がほぼ殺伐としているのは王宮事情だけなのか。
「……兄上が描く将来像って、どんなものですか?」
「将来像?…そうだなぁ、あくまでも可能性だが」
クラウディアは言葉を区切る。一度ティエラストに視線を向けると、彼は姿を消した。周囲の人払いだろうか。
「──まずは、王位に就かれるのはユエ兄上」
えぇ、とスカイティが相槌を打つ。それは揺るぎない決定事項だろう。
「次に、宰相が姉上」
「姉上が、ですか?」
「意外か?あれだけの才をお持ちだ。政に活かされるだろう。もし、表に出て来られないならば、宰相になる者の降嫁されて裏で操る形になるだろう、と俺は思う」
「……その場合、シュテルインは?」
先程の話題からか、スカイティアの表情が曇る。
「あぁ、シュテルインは頭がいい。姉上の助言があれば上手く事を運ぶだろうし、あの無表情は政では何を考えているか分からないから利用できるぞ」
それは利用できるものは何でも使うってことですか。まぁ、あの従者殿も有能だからこそ、王女の傍にいるんでしょうけどね。……でも、無表情は最近崩れていませんかねぇ、特に王女様関係で。
「成る程…では、第四王子殿下はどうでしょうか?」
不意に、二人の纏う空気が変わった気がした。
「聞きたかったのは、第四王子のことだったか?」
「俺は、余りにも他の王族達のことを知りませんから」
「そうだな…俺も、殿下に関しては謎だと思う。あの家は『金髪至上主義』と言えなくもないが、それだけにしてはユエに上が距離を置かれているように見えるな」
「やはり、ですか」
スカイティアは何か思う所があるのか眉を顰めた。仲が良くないということは、ユエが異母弟を敵を見なしているということか。あれだけ異母弟達を可愛がりながら、更に年下の異母弟を蚊帳の外に置く理由があるのだろうか。
「だが、姉上とは懇意にしている様だぞ?姉上が橋渡し役であるとも考えられる。案外、今の関係は納得しているのかもな」
「……ですが、それは姉上を派閥に取り込みたいと考えているのは?」
「それだと姉上の行動が矛盾している。姉上は兄上の右腕とも呼ばれているんだぞ。派閥に取り込むなんて無理があるだろう」
ユエとステラの関係は異母兄妹というより、国を支える同志という見方の方が強い気がする。ステラを通して第四王子派を牽制しているのか定かではないが、可能性はあるだろう。
「えぇ、ですが…だからこそ、姉上がどちらに付くかで王宮の勢力図は大きく変わります。兄上と姉上が誰かに足元を掬わされるようなことは無いと思いますが」
ユエの右腕とされているからこそ、その実力は明白だ。ステラがユエの味方に付いてるからこそ、ユエは力を最大限に発揮できるとも言える。
ステラの行動が全て異母兄の指示なのか。それはそれで想像しただけで怖いのだが、元々王宮とは陰謀渦巻く悪の巣窟。自衛のために派閥に入る者も少なくない。
「俺達はある意味盲目的に兄上を信頼しているが、他の派閥があるように王宮中が兄上を崇拝している訳ではない。確かに、姉上が万一にでもユエ兄上から鞍替えするようなことがあれば…俺達も巻き添えを食らうな?」
それはユエとステラが袂を分かつことになることもあり得るということか。
くつり、と不敵に笑うクラウディアは何処か愉しそうだ。会話は物騒だが、スカイティアの考察を掘り下げることで現実とすり合わせているのか。ユエやステラを信用していない訳ではなく、そうせざるを得ないことがないように、とクラウディアも思う所があるのだろうか。
……俺、こういうの苦手。ただでさえ一対一での腹の探り合いに辟易しているのに、国家レベルとか勘弁です。関わろうとして関われるものじゃないけど、無関係の俺は空気です、貝です、何も話しませんよ。
けれど、そうして無関係を貫けるほど甘くないのが王宮でした。厄介な出来事はあちらからやってくるのです。……ドンマイ、俺。




