王族と従者
よく晴れた日、ヒカルは再び城下町にいた。
(……いや、再びって言うか何度目かな?)
主人であるスカイティアの異母兄クラウディアや異母姉アルトステラに連れられて、王宮から殆ど出たことがなかったスカイティアは城下町に行くことが多くなった。
クラウディアは王都内に知り合いが多かったことが意外だ。王子なのに、その溶け込み方が自然なのだ。……まさかと思うけど、脱走していたりするの?第二王子。
街中には色鮮やかな髪色の人々が店先で活気ある声を上げて客寄せをしている。それにつられて店に立ち寄る者、知り合いと談笑する者など、ルゼノの城下町は穏やかで華やかな生活が送られている。
そんな活気のある街並みに何処か既視感を覚えるが、そんな筈はないと思考を止める。
……だって、奴隷になってからだもん、地図の西側に来たの。出歩いた記憶などある筈がない。
偶然にも故郷で見た景色と似通っている景色でもあったのだろう、と完結して、視線を行動を共にしている第三王子スカイティアに向ける。
最近、漸く買い物の仕方を覚えたスカイティアは本日、小さいが、そこそこ繁盛している様子の洋菓子店を覗いていた。
「スカイティア様、何か面白いものでも?」
スカイティアは相変わらず髪色を隠すように頭から覆うように外套を纏っているが、そこから覗く青い目が子供の用に輝いている。
「あぁ、うん。このお菓子、姉上が好きそうだなって」
「左様ですか……確かに、甘いものがお好きですよね。でも、甘すぎるものはお嫌いだったような…」
高級品として王宮で出されるチョコレートもミルクは少なめのビターを好んでいた。……甘いのはヒカルにくれた。美味しかったです。
「そうなんだよね、ほんのりと甘みがあるくらいがお好みだそうだ。お土産にするにもケーキは日持ちしないしな」
「成る程……では、此方の方が宜しいのでは?」
「……ヒカルの方がよく知っているな」
仕事で多忙な異母姉への差し入れにするなら、クッキーなどの方が良いだろう。プレーンなら甘さも控えめだ。最近は型抜クッキーの種類が増えているし、色々入れたら喜びそうだ。
「お決まりですか?」
「えぇ、これとこっちをそれぞれ二十枚ずつ包んで頂けますか?」
店員に菓子を包装して貰い、会計する様子も手慣れたものだ。初めの頃と大違い、成長しましたね。
「よし、行こうか」
「はい……クラウディア様は?」
「こっちだ、ヒカル」
本日一緒に城下に来ているスカイティアの異母兄は別の店で買い物を済ませたらしい。……まぁ、王子様が自分で買い物ってどうなんだって話だけど。
お忍びで買い物するにもクラウディアはかなり手馴れていた。やはり脱走していたのだろうか。今度聞いてみよう。
◆◇◆◇◆
「──兄上は何を買われていたのですか?」
「あぁ、俺はこれだな」
スカイティアの部屋に戻って問い掛ければ、クラウディアは袋から白いレースのハンカチを取り出した。明らかに女性ものだ。繊細な刺繍が施されたデザインだが、王子とはいえ、騎士団に所属する体格のいい青年が持つには明らかに違和感が。
……気持ちは分かりますが、スカイティア様。そのお顔は如何なものかと。
「……兄上、そんなご趣味がありましたか」
「…………俺のじゃない、姉上へ、だ」
引き攣った笑みを張り付けたスカイティアに、クラウディアが苦い顔で否定する。
あぁ、それで同じ袋に包装紙とリボンが……え、クラウディア様、ご自分で包むんですか?手先は器用そうですけど、何故に。
納得したのは束の間、新たな疑問が浮かぶヒカルだった。
「姉上に?」
「……何時も助けられてばかりだからな」
職人が一つ一つ細かな刺繍を丁寧に入れたハンカチは一目見た瞬間に彼女が持っていてもおかしくないと思った。
「成る程……そういえば俺も姉上達に何もしていませんね」
「まぁ、兄弟仲を考えれば贈り物のやり取りなどやろうと思わないな」
「では、どういう心境の変化です?」
「……性格が悪いな」
何処となく意味ありげな笑みを浮かべるスカイティアに、クラウディアは眉を顰めた。それでも嫌悪ではなく罰の悪さを滲ませる表情は何処となく温かい。
「贈るにしても、俺の名前は書けないが……まだ姉上も俺も家の柵から完全に解き放たれた訳ではないからな」
「……そうですね、俺も思わず買ってしまいましたが、此処で出すしかないか」
スカイティアも購入してきた菓子を包んだ箱を見て呟いた。……まぁ、此処で渡して後で召し上がって頂きますか。
「姉上達も時間が取れればいらっしゃるだろう。すっかりこの部屋が集合場所だ」
「それは有難いことです……この部屋も明るくなりました」
スカイティアはよく笑うようになった。ヒカルがやってきてから一週間は部屋から出て来ない引き籠りだったと言うのに。
「……ヒカル、何か言った?」
「いえ、何も?」
言っていないよ、スカイティア様。……思っただけなのに何故分かる。
クラウディア様、ニヤニヤ笑ってこっち見ないで。
「そういえば、兄上は今日もお忙しいようだったな……早朝から出て行かれたぞ」
「姉上もお忙しそうです。シュテルインと出かけていました」
「……そうか」
クラウディアの微妙に表情を強張らせるような反応に違和感を覚えたスカイティアは首を傾げた。
「どうかしました?」
「いや……何でも、ない……余りにも不確定と言うか…」
「気になるのですが……」
歯切れの悪いクラウディアに、スカイティアは食い下がった。
(うーん、クラウディア様が表情を顰めるのって珍しくはないんだけど…)
「……俺から聞いたって言うなよ?」
「はい?」
「約束だ、約束!」
「はいはい、約束します」
……子供か。
クラウディアの必死さに首を傾げつつ、了承するスカイティア。そんな異母兄弟の様子にヒカルは思わず内心で突っ込む。
……約束だと繰り返したところで、守られるとは限らないでしょうに。一筆書くならまだしも。
スカイティアに先を促されると、クラウディアは罰の悪そうな表情を浮かべて癖のある赤髪をガシガシと掻いた。……そんなに言い辛いことですか。
「姉上は、もしかしたら……アルセル侯爵家に降嫁されるかもしれない」
「アルセル侯爵家って…ユエ兄上の叔父上の?」
「そうだ」
「でも、どうして?」
理由を問うスカイティアに、クラウディアはまた言い淀む。
「……姉上は、もしかしたらシュテルインと恋仲なのかもしれない」
「……は?」
続けられた言葉にスカイティアとヒカルは目を瞠った。
(えーっと、シュテルインって、あの従者殿ですよね?とてもステラ様に対する忠誠心は高いように思えましたが…)
思えば、シュテルインの目は何時だって優しかった。スカイティアを城下へと連れ出した時、彼女とスカイティアを見る目は温かく優しくて……愛おしそうだった。
(成る程…だから照れたのか)
彼の目が余りにも優しかったから思わずそのことを指摘したが、それに因って彼は珍しく顔を朱に染めていた。それには自分の態度が他人に駄々漏れだったから罰が悪かったのだろう。……無表情能面男も恋する男子ということですか。ほのぼのしますね。
「何故、そう思われたのですか?」
「……何となくだが、シュテルインは姉上を見る目が優しいんだ」
あぁ、やっぱり気づきますよね、と思い出した城下散策の時の光景にほっこりとする。
「……それだけですか?」
「姉上の傍に他の貴族男性がいると、元々の能面がこれ以上になく無表情になる」
あぁ、自分の好きな女性の傍に他の男がいたら嫌でしょうね、立場柄排除できないのがもどかしいのか。……あれ?でも、ステラ様って、他国に嫁ぐ話があったんじゃ…?
「……それは警戒しているだけでは?」
「……それはそうだろうが」
スカイティア様は否定派なのですね。まぁ、確かに王族の婚姻って恋愛感情と言うより利益重視だし。
意外に、クラウディア様の方がロマンチストなのかな?
「それだけで恋仲とは…」
「だから、もしかしら、と言っただろう。姉上が政略結婚の駒になる可能性があった以上、婚約者という存在がなかったのは事実だが……国内の貴族への降嫁が暗黙の了解になった頃には、そういう関係だったのではないかと、思う」
クラウディアも確信を得ている訳ではなく、可能性の話らしい。……うーん、あの王女様と従者殿が、ねぇ。
「……シュテルインの出生は複雑だが、その辺りは知っているか?」
「いえ……ですが、姉上に仕えている上に金色の髪ですし、貴族の生まれですよね?アルセル侯爵家に降嫁ということは、アルセル侯爵家に縁のある生まれではいないのですか?」
スカイティアは首を傾げた。
(……確かに、そういう見方しかできないよね)
ルゼノは『金色』の髪を美しいと称えるお国柄。王族貴族は金髪で、それ以外の髪色は平民だと言われているが、実際は微妙なところだ。
『黒髪』の王子スカイティアと『赤髪』の王子クラウディアがいるように、街中にも『金髪』の平民がいる。奴隷商館にいたヘラーザのように自らその地位を捨てた者は少ないだろうが、貴族の落胤が『金髪』で生まれることもあるのだ。
しかし、シュテルインが王女に仕えている以上は街中にいる落胤達とは違うのだろう。……でも複雑って、どういうこと?
「彼は……ミストリア公爵家の庶子だ」
「「え?」」
クラウディアの答えに、スカイティアとヒカルは揃って声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って下さい、兄上……ミストリア公爵家って、姉上の母君のご実家ですよね?」
「そうだ……シュテルインは姉上の従兄にあたる」
……わぁ、そうなんだ。でも、家系図が分かりづらいよ、異母兄弟。
「でも、どうして、それがアルセル侯爵家の降嫁される話に?アルセル侯爵はユエ兄上の叔父上ですよね?」
「そうだ、シュテルインはアルセル侯爵家に養子に出された、ということになっている」
「なっている、というのは?」
「元々、シュテルインの存在は知られていなかった。姉上の護衛となって、初めて表舞台に立ったといえばいいか…」
クラウディアは忌々しそうに表情を歪めた。
「彼は『金髪』で生まれたが、両目の色が違う……だから、隠されていたんだ。兄上と姉上が見つけ出すまで」
沈黙が、落ちた。
(……へぇ、此処でも言い伝えによる差別ですか)
ヒカルは目を据わらせる。この部屋にいる三人はルゼノの『金髪』至上主義の被害者だ。しかし、金髪であるシュテルインでさえ、その目の色によって冷遇されていたという事実に絶句する。
「ミストリア公爵家は王家の血を一族に迎えたかったが、断られた過去がある。しかし、姉上とシュテルインとの関係が事実ならば、ミストリア公爵家はアルセル侯爵家に圧力を掛けてでもシュテルインを取り戻すだろう……国内で縁組されることが決まっていても公にできなかった理由は、多分それだ」
苦々しく吐き捨てるような言葉に滲む感情は、異母姉の幸せすら利用しようとする貴族達への怒りや嫌悪だろうか。……直情型は健在ですか、クラウディア様。
「その場合、第一王女が降嫁されたミストリア公爵家は他の王家の外戚以上に深い関係を求めるだろう……『王女の為にももっと豊かで快適な領地を寄越せ』とか言い出すに決まっている。王女が降嫁された以上は取り潰されることは無いだろうからな……我が儘放題だ」
「言いそうですね。ですが、姉上ならば手綱を握れるのでは?寧ろ、それだけ血迷ったことを言いだす輩ならば、姉上に実権を握って貰った方が安心と言うか」
「そこまでする利点がない……暴走するなら暴走させて潰してしまった方が楽だ。姉上も、そんな輩の面倒など見るくらいなら別の仕事に専念したいと思われるだろう。……そうなったら、寧ろミストリア公爵家を煽って姉上が自ら潰すかもしれないが」
「……確かに」
あの王女ならば、やりかねない。表向きは〈冷静で聡明な王女〉だが、裏での型破りな性格は異母弟達とて顔を引き攣らせるものがある。
「それに、忘れたか?元々、王女である姉上の嫁ぎ先は一臣下の公爵家が決められるものではない。それを無視して他国に話を持ちかけたミストリア公爵家は既に首輪付なんだ。時を待って潰されるか、王家の言いなりになることで生き永らえる家だ……姉上達はこうなることを待っていたのかもしれないが」
「……成る程、王家としては態々有能なる王女を差し向けなくても操れる家、と言う訳ですか……寧ろ醜聞に塗れた家に王女を降嫁するなど、王家の良識を疑われる」
「そういうことだ……だから、俺が気付いたとかじゃなくて、もしかしたら隠さなくなっただけなのかもしれない。そうなると、近々降嫁先が決まる可能性がある」
「……それ、は…」
それは、何れ異母姉が嫁いで行くということ。漠然とは抱いていた将来図――他国との政略結婚の駒として嫁いで行くことも有り得たことだ。彼女の実績が考慮され、国内での縁組に限られたというだけで、何時か必ずやってくる別れの時は確かに近づいている。
最近、漸く距離を縮められて兄妹らしくなったと言うのに、ともに過ごせる時間はあと僅かだと無理やりにも理解させられて。
俯くスカイティアにヒカルは声を掛けられない。
「……兄上、恐れながら申し上げます」
「ん?」
俯いたままスカイティアが口を開く。
「そんなことに何故気づいてしまうんですか!?姉上とシュテルインを見る目が変わってしまうではないですか!」
「え、そっち?」
「いや、だから……」
スカイティアにテーブル越しに怒鳴られて、クラウディアが珍しく困惑する。
(……うん、そこは俺も予想外だよ、クラウディア様。思わず俺も声を上げちゃったし)
「俺はシュテルインを何と呼べばいいですか?シュテル義兄上ですか?シュテ義兄様?あ、ルイン義兄上?これなら呼び易い!」
「いや、だから気が早いって。落ち着け、スカイティア!」
おーい、スカイティア様、帰ってきて。
クラウディア様、頑張って。事の発端は貴方の言葉です。
唐突に、あくまでも可能性だが、発覚したことに困惑から一気に暴走思考に入った模様。婚姻以前に婚約披露もされていないのに、何とも気が早いことだ。
……俺は知らないよ。関係ないしね。
えーっと、くわばらくわばら……ん?合ってる?




