異母姉の訪問2
前回の続きです。
すっかりと夜も更けた第二王子の部屋で、金色の髪の姫が気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てていた。第一王女アルトステラだ。異母弟であるクラウディアと和解を果たして肩の荷が下りたのか、酒の進みが早かった。……その結果、異母姉が寝落ちした。
「……どうすればいい」
肩に寄り掛かって気持ち良さそうに眠る異母姉を起こすのも忍びなく、クラウディアは侍女と侍従に視線を向け、助けを求めた。此方に向けられた視線は、もの凄く生温かい。微笑ましそうに見られている気がする。
「ご一緒に眠られては?お二人が並ばれても十分広いですよ」
「そういう問題じゃない…!」
寝室への扉を開けるクラウディア付の侍女は物凄く微笑ましそうだ。思わず語気を強めてしまい、クラウディアは慌てて声を潜めた。ステラの様子を伺い、穏やかに寝息を立てていることに安堵して表情を緩めるクラウディアはステラの肩を抱いて、ゆっくりと安定した膝上に寝かせた。……その様子すら微笑ましそうに眺められていることに、クラウディアは気付かない。
ステラが膝枕に安定すると、クラウディアは先程の話を再開しようと顔を上げた。丁度、そこに寝台に毛布を追加する侍女の姿が映り込む。
……そこの侍女、待て。毛布の数を増やさなくていいから!あ、いや、此処に持ってきて貰うか。
クラウディアの慌て振りとは対照的に、すやすやと眠るステラの表情は穏やかだ。起こすなんてできる訳がないが、このまま長椅子で寝かせる訳にもいかない。
「誰も気にしませんよ?ご姉弟ではないですか」
「……いや、しろ」
異母姉弟だから不味いのか……いや、関係性は兎も角、年頃の未婚の男女が同じ寝台で寝るなんてもっての外だ。
「昔はご一緒にお昼寝されていたではありませんか」
おい、それは何時の話だ。微笑ましそうに首を傾げるな。
「今更ですよ、クラウディア様。酔った勢いで、寝台に押し倒されたと思えば同じことです」
「いや、過程が違う!そもそも姉上がそのようなことをされる訳が……!」
クラウディアは不意に言い淀んだ。ない、と言い切れない彼女との過去があった。いや、あれは幼い頃の話だ。今はしないだろう、いや、する訳がない、と思いたい…。
「……ないだろうな?シュテルイン」
ステラの従者である青年に視線を向ければ、表情の変化が乏しい彼の表情が微かに動く。珍しい動揺を見せるシュテルインに、クラウディアは怪訝に眉を顰めた。
「……私の口からお答えしてよろしいものか」
「は……?」
シュテルインの返答に、クラウディアが目を据わらせる。
『ない』ならば、言い淀む必要はない。彼が否定しない時点で、それは実際に『あった』ということだ。
「あったわよ?押し倒したこと」
「は……あ、姉上、起きていらっしゃったのですか?」
不意に聞こえた異母姉の声に、クラウディアは弾かれたようにステラを見下ろした。眠っていた割には随分とはっきりした口調だ。意識は確りしているようだ。……聞かれていたのか。ならば話は早い。でも、その前に起きてください、姉上。
「……因みに、何処のどなたでしょうか?まさか、そこのシュテルインでしょうか?理由は勿論ありますよね?」
異母姉がどのような経緯で、何処の誰を押し倒そうと、今問題になっていないということは何も問題はなかったのだろう。しかし、一国の王女が異性を押し倒すような事態があったとしたら、それは発覚した時点で醜聞なのだが、ステラが酔った勢いで人を押し倒すとは思えない。
「……シュテルインもあったし、兄上もあったわね」
「……兄上も?それはどういう状況で?」
思わぬ人物の登場に、クラウディアは驚いた。しかし、長兄長姉の二人がじゃれ合う姿など見たことがないのだが。
「だって、三日よ?」
「はい?」
思い出したのか静かに微笑みながら怒りを纏うステラに、クラウディアはぽかん、と呆気に取られた。
「三日間徹夜して仕事を終わらせて、私の仕事を手伝いにいらしたの。仮眠を取っていたならばまだしも、完璧な徹夜……私のことよりも自分の体調管理をなさって下さいって、追い返そうとしたのだけど…」
「まさか、仕事を持ち帰ろうとしました?」
ユエがやりそうなことだ。あの異母兄は誰より兄弟が大事なのだ。妹が手を煩わせていると知れば、厄介な案件である程、横取りしかねない。……最近はお互い様のようだが。
「あたり。仕事を取り返して寝室に閉じ込めようとしたのだけど、あの方の部屋、何処にでも書物があるでしょう?」
「……えぇ、何処から出て来るのかと思うくらいには」
そう言えば、最近訪れた時には部屋が丸ごと書庫になっていましたね。本が目に見える場所にないと死んでしまう病気なのでしょうか。……いや、そんな馬鹿な。
「だから、私も一緒に寝ることにしたわ。どうせ仮眠をとる心算だったし、前倒しだと思ってね」
「その結果、寝台に押し倒すことになった、と」
「えぇ、逃げ出さないように抱きついてね……あの時程、ユエ兄上が驚かれたり慌てたりしたことはないわね」
「……左様ですか」
幾ら兄妹でも問題では?などと言ったところで、「兄妹だから問題なし、寧ろ何が起きると?」と言い返されそうだ。
……いえ、俺だって、兄上が姉上に手を出すなどと思っていはいませんが、体面ということがあるでしょう?下世話な噂を立てる輩だっているのですよ?
「……兄上の顔色が気になったことはありませんが、それは」
「十分に休まないなら一緒に寝ますか?と聞いてから、そこまで無理はされないようになったみたいね」
にっこりと微笑むステラに、クラウディアは表情を引き攣らせた。
「……確かに、それはこれ以上にない脅し文句ですね」
「あら、酷い。別にとって食べたりしないのに」
「そういう問題では…」
おっとりと首を傾げるステラに、クラウディアは言い淀む。お互いの名誉の為にも要らぬ噂の種は蒔かない方が良いという懸念を分かっているからこそ、信用した人間のみがいる場での話なのだろうけど。
「……序にお聞きしますが、シュテルインの時は?」
「あぁ、彼が夜勤の後、急に出かける予定ができて、付いてくるって聞かなかったから…」
「押し倒したと?まさか、一緒に寝ていませんよね?」
「……押し倒して拘束する心算が、私が捕まったわ」
それは寝台の上で?同衾したのか?
クラウディアは部屋の隅に控えるシュテルインを睨み付けた。
……おい、貴様、従者の分際で王女に何をしているんだ?
「…クラウディア様。弁解させて頂きますが、ステラ様がその時、既に三日徹夜されていたことをご考慮下さい」
「シュテルイン、それは内緒…!」
シュテルインは顔色を変えずに当時の状況を説明する。ステラは「黙秘する約束でしょう」と己の従者を見やるが、シュテルインは何処吹く風だ。……この主従関係の力関係は一体どうなっているのか。
まぁ、それ兎も角、とクラウディアは異母姉を捉えた。
「姉上?兄上には休まれるように脅しながら、ご自分のことは棚上げですか?兄上が一番怒られるパターンではないですか」
「だから内緒なのに…」
拗ねたように顔を逸らすステラに、クラウディアは目を据わらせる。彼女と過ごした数時間で何度驚き、目を据わらせただろうか。この王女、規格外以上に問題児だ。
「……休む時は確りと休むこと。俺と約束して下さいますか?」
「休んでいるわ、ちゃんと。あの時はちょっと厄介な案件があって…」
後半はごにょごにょと力なく言い訳を述べるが、そんなことを認めればこの先も同じことを繰り返すだろう。この部屋に来たのだって、公務帰りだった。連日隣国との会談の為に異母兄とこの異母姉が睡眠時間を削ってまで忙しくしていたことを知っている。
過去に従者の男と同衾したことはこの際目を瞑り、この異母姉の破天荒な行動を抑止したシュテルインを褒めるべきだ。
(今も主従関係が良好なら、本当に何もなかったのだろう)
「……休まないなら、一緒に寝るのでしたっけ?」
「あら、クラウディア、一緒に寝てくれるのかしら?」
揶揄するように微笑むステラに、クラウディアは静かに怒っていた。徐にステラを抱き上げると、寝室の寝台の上に一直線に向かう。異母弟の唐突な行動にステラの愕然とした表情も抗議の言葉も、クラウディアの目に入らない。……因みに侍女や侍従が驚いたのは一瞬だけで、あとは微笑ましそうに片づけを始めた。
「ちょっと、クラウディア…?」
異母弟の寝室に連行され、ステラも流石に驚いた。寝台の上に下されると彼女が起き上がる暇もなく、クラウディアも寝台に上がり、毛布を掛けるとそのままステラの身体を押さえつけた。男女の差もあるが、それ以上に鍛えているクラウディアの腕から逃れることはできない。……流石に無駄な抵抗はしなかった。
「もう寝ます、お休みなさい、姉上」
「……えぇ、お休み、クラウディア」
冗談の心算だったが、どうやらクラウディアはステラと一緒に寝ることにしたらしい。それだけ彼をキレさせたということか。直情型の異母弟が唐突に行動に出ると言う点は考慮して揶揄しよう、反省。
ステラは異母弟の思わぬ行動に驚きながらも、傍にある温もりに幸せを感じていた。
まだ春先で冷たい筈の寝台が温かい。今夜無理に押しかけなければ、有り得なかった幸福だ。
──ふふっ…こんなにも幸せな王女が他にいて?
寝室の扉はいつの間にか閉じられ、静まり返っている。片付けは終わったのだろうか。
ステラはクラウディアの温もりを感じながら眠りについた。
◆◇◆◇◆
「……ん」
クラウディアは目を覚ました。その瞬間、昨夜…いや、数時間前の出来事を思い出して隣にいる筈の異母姉の姿を探す。しかし、既に異母姉の姿はなかった。その代わりに寝台の横にあるテーブルに置手紙があった。
『よく眠れたかしら?昨夜はお邪魔してごめんなさいね』
短く流麗な文字が綴られた手紙にさっと目を走らせて、クラウディアはぼんやりとした頭で呟いた。
「……貴女こそ、眠れたのでしょうね?」
まだ起床には早い時間だ。まだ微かに残った温もりが彼女が去ってから時間がまだそう経っていないことを物語る。
(こんな朝早くから抜け出さなくても…)
この時間なら人目がないと踏んだにしても、夜遅く既に人々が寝静まる頃に訪れ、明け方人気がない内に去って行くとは何処の時代の逢引きだ。姉弟だぞ。
そうした配慮がなければ、まだ会えないのだろうかと、クラウディアはもどかしく思う。
「やはり、名前は書いて下さらないのですね」
クラウディアの部屋に残された手紙には何時も差出人の名前がない。繋がりを勘ぐられないように。
まだ起きるには早いが、クラウディアは寝台を抜け出した。部屋の隅に置かれた箱を持ち、寝台に腰かけて箱を開ける。
箱の中に入っているのはここ数年間、差出人が不明だった手紙の数々だ。時に暗殺を示唆する内容や不審物の警告が記され、また仕事に関する助言が送られてきたことも数知れず。表向きの筆跡とは変えている慎重さも、クラウディアを守る為だった。……最初の手紙はまだ本当に幼い頃だったと言うのに。
(あぁ、本当に貴女は昔から俺を愛していて下さったのですね)
クラウディアは異母姉から送られてきた手紙を大事に箱にしまった。




