異母姉の訪問
「金の王女」より『月と星が並ぶ時』から派生したお話です。クラウディアの部屋を訪れたアルトステラが異母弟と和解するまで。
その日、クラウディアが自室に戻ったのは夜遅く。
連日騒動となっていた城下で目撃されていた不審者の情報はぱったりと止み、クラウディアは調査の打ち止めを余儀なくされていた。形だけの捜査だったのだろう。
既に寝る支度まで済ませたクラウディアは、突然の訪問者の存在に唖然とした。
「……誰だと?」
「第一王女アルトステラ殿下です」
侍女に告げられたのは、異母姉の来訪。幾ら異母姉弟とはいえ、他人の部屋を訪ねる時間ではない。それも、クラウディアとアルトステラは表向き、決して仲の良い間柄ではないのだ。母親の実家の間で諍いが起こることも珍しくなく、それに伴い、クラウディアは第一王女とは距離を取っていた。
そんな異母姉の唐突な訪問を不審に思いながら、客人を出迎える用意をして異母姉を出迎える。
迎えた異母姉は、緩く癖のついた金色の髪をまとめ、気品に溢れている。国一の美姫と謳われるだけあって、彼女は身内贔屓でなく美しいと思う。サファイアのような深い青の瞳が冷たい印象を受けるが、それさえも彼女を謳う要素となっていた。
「……姉上、どうしました?」
今日は隣国との会談を行っていた筈、と第一王女の予定を思い出す。彼女はユエと同行していた。既に会談と報告を終えているのだろう。
「……人払いをして頂けるかしら?」
「……わかりました」
冷たい眼差しを受けて、クラウディアは侍女を下がらせる。陶磁のような白い肌が、灯に照らされて色づく様は美しくも、何処か妖しい。
部屋に二人きりになり、クラウディアは彼女の思考が読めずに困った。
「──今日、隣国との関係改善の目途が着いたわ。正式な内容は後日発表されるでしょう」
「本当ですか!?」
ユエさえも頭を悩ませていた案件である。クラウディア自身は関わっていなかったが、ユエから事情を聴いていた。目前の異母姉が嫁ぐ嫁がないと噂にはなっていたが、ユエから聞く限り、この姉が縁談潰しも兼ねて率先して動いていたとか。
結果的に、王女の働きで隣国との関係改善に漕ぎ着けたという。……隣国との繋がりを期待した王女の母親の実家はこの事態に泡を喰ったとか。…ざまあ。
クラウディアは内心、この結果に満足している。この異母姉に限って、母親や祖父の言いなりになる筈がない。
彼女の母親は野心家であったが、王女の誕生以降は王のお目通りがない。そのため彼女の祖父も慌てているのだろうが、この王女は強かだ。自分を勢力増大の為の駒としか見ていない人間の益になるようには動かにはだろう。
──だからこそ、自ら隣国との縁談を潰した。
隣国との繋がりを熱望した彼女の祖父は、これをどう思うか。勿論、いい気はしないだろう。裏切りとすら思っているかもしれない。
彼女が国の駒として他国へと嫁ぐという選択肢は今回の一件がなければ、有り得なかった。過去の実績を考慮しても、国内で縁組することが望まれていたというのに、勝手に話を持ち出したらしい。ルゼノは今有能な人材を国外に出せるほど人材が豊かではないというのに。
王女が政に関わる事例はない訳ではない。だからこそ、今まで政務を熟してきた。功績を残すことを許された。この先──婚姻後もそうあることを望まれている。
しかし、彼女の祖父が己の一族の血を引く王女の降嫁による国内での権力を増大させることを狙っても、その力は限られる。だからこそ、あの家は隣国との繋がりを欲したとも聞いた。
この国の貴族は派閥争いに躍起になっており、第一王女が降下された家というのは非常に大きな力を得るだろうが、少なくとも彼女は第一王子の味方だ。『ユエ王子殿下の右腕』『月ともに輝く星』とすら言われている王女殿下を、第一王子派以外が受け入れる筈がない。王家の血を一族に貰い受けるのは光栄でも、敵将の傍にいた有能すぎる王女を貰い受けるのは危険なのだ。
(勿論、王が何と仰るか、だが)
彼女の降嫁先など、クラウディアが関われることではない。
この異母姉が異母兄に認められるくらい優秀なのは知っている。彼女が王子だったら、間違いなくユエと対立候補になっていただろうくらいには。
女性でありながらユエの右腕と呼ばれることに嫉妬しなくもないが、昔からその強さに憧れているのも事実だ。
(姉上も戦っているのだと今なら素直に認め、その功績を賞賛できる)
「……態々、その報告を知らせに?」
「いいえ」
クラウディアの問いに、ステラは首を振った。
「それでは、何故…」
「貴方に、謝りに来たの」
「は…?」
唐突な言葉に面食らったクラウディアに、ステラは真摯な面持ちで異母弟を見据えた。この異母姉に謝られるようなことをされた覚えはないのだが、と首を傾げる。
「何のことですか?」
「…一月前の箱の件と、先日矢を射たこと。他にも色々あるわ」
「…あぁ、そのことですか。矢の一件は俺の気を逸らす為でしょう?」
クラウディアの返答に、ステラは目を軽く見開いた。気づかないとでも思われていたのか。……それに関しては物申したいが。
もう一つの、一月前の箱とは部屋に届けられた毒蛇が忍ばされていた件だろう。箱は簡単に開閉できる箱らしく、開けるまでもなく蛇が顔を出した。が、それ以前に毒蛇が忍ばされる可能性を示唆する手紙が送り込まれていたので、対処には困らなかった。
スカイティアの部屋にも同じ種の蛇が届けられていたが、何処かで繁殖でもしているのだろうか。
(……王宮内なら始末できるだろうか)
クラウディアは密かに考える。
「矢の一件はそうだけど……あの箱は、私の母からよ」
彼女の母親から嫌がらせは、物心ついた時から恒例化していると記憶しているので驚きはしない。それより謝罪も何も、彼女がしたことではないというのに。
「俺は気にしていませんよ。姉上にはいつも気にかけて頂き、有り難うございます」
「……知っていたの?」
「えぇ、兄上より分かり易い手助けですね」
柳眉を顰めるステラにクラウディアは笑った。表向きは無関心を装いながら、この異母姉が裏から手を回していたことを最近知った。
「忍ばされる手紙が誰のものか、気にはなっていたのですが……筆跡、隠されていたでしょう?」
「一応ね。もし見つかっても、私との繋がりと思われなければ大丈夫だと思ったのよ」
気づくとは思わなかった、と彼女は呟いた。
「俺も、最初は姉上だとは思っていませんでした。……ですが、兄上の部屋にあったものに似た筆跡を見つけた時、『星からの手紙』だと」
「……あら、『月』は照らすばかりじゃないのに、満月だったのかしら」
「……それは機嫌がよかった、ということですか?」
「さぁ?」
首を傾げるクラウディアに、ステラはふふっと微笑む。……この異母姉、やはり侮れない。『月』はユエのことだが、満月だったとは一体どういうことか。
「それで、姉上」
「何かしら?」
「ご用件はそれだけですか?」
「……そうね。いえ、それだけではない、けど」
言い淀むステラに、クラウディアは首を傾げた。この王女はそんな性格ではないだろう。
彼女が視線を下げた際に、ふと目に入ったのは微かに残ったような頬の傷。決して王女の顔にあっていいものではない。
「クラウディア?」
「……失礼、つい。ですが、それは…」
思わず伸ばした手は彼女の頬に触れていた。ステラは触れたことに驚いてはいたものの、クラウディアの手を払い除けようとはしなかった。
「あぁ、残った?」
「何処の誰です」
「え、あぁ…この間、賊を追いかけていて」
「ほう、王女自ら、ですか?」
おい、護衛の騎士。何をしている、騎士団の恥だぞ。
「ちゃんと捕まえたわ。兄上にも報告は、シュテルインがしているわよ」
「騎士団に所属している俺には何もありませんでしたが?」
「…………あら、そうだったかしら?」
視線どころか顔を逸らす異母姉に、クラウディアは目を据わらせる。異母姉の隣に移動して詰め寄った。
「姉上?顔を逸らしても逃がしませんよ?」
「…………クラウディア、心配してくれるのね」
「えぇ、貴女は俺を庇護対象にしているようですが、俺だってもう守られるだけの存在ではないのですよ?」
「……そう、いい子ね」
異母姉は笑ったかと思えば、頭を撫でられる。幼子にするように髪を梳くように撫でられ、クラウディアはつい最近のことを思い出す。
「……あの、兄上もですが、何故頭を撫でるのです」
「これでも我慢しているのよ?本当なら全身全霊を以て、構い倒したいくらいんだから」
拗ねたように視線を逸らす異母姉は何処か幼い頃を彷彿させた。……そう言えば、幼い頃にもあっただろうか。あの時はまだ彼女の体格と同じくらいで、押し倒されるような勢いで抱きつかれた。昔の彼女はそんなお転婆だったのだ。
「……全身全霊で体当たりですか?」
「あら、よく覚えているじゃない」
「えぇ、よく覚えています。懐かしいですね」
クラウディアは思い出した嘗てのステラの姿と目の前の姿を重ね、目を眇めて笑う。
そうだ、彼女は変わらない。昔のまま。異母兄と同じで、この異母姉もまた腹違いの弟妹が大好きなのだ。
「……じゃあ、今後もそうしようかしら?」
「今度は倒されませんよ」
「……乗ってくれるのね」
意外そうに眼を瞬かせるステラに、クラウディアは微笑んだ。確かにこのような関わり方など、十年近くもしてこなかった。こうして砕けた絡みができるのも、スカイティアと和解できたこと、ずっとステラに守られてきたことを知ったことが、心の余裕を生んだのだろう。
「えいっ!」
勢いをつけてステラがクラウディアに抱きついて来た。……あぁ、相変わらず体当たりのようだな、と変わらぬ姿に思う。密着したまま上目遣いで見上げられ、何ともくすぐったい感覚にクラウディアは苦笑する。
「ふーん、照れるか、焦るかのどちらかだと思ったのに」
「そうですね、目が合うと気恥ずかしい気もしますが、こうして近くにいられる新鮮味の方が大きいでしょうか」
「……そう」
ステラは何処か嬉しそうに呟くと、そのままクラウディアに抱きついたまま彼の胸に顔を埋めた。
〈冷静で聡明な王女〉の甘えるような姿は珍しい。クラウディアは可笑しそうに笑って先程自分がされたようにステラの頭を撫でた。
その時、ゴトン、と何かが音を発てた。
「ちょっ、押さないで!」
「無理、倒れる!」
複数人の声と物音にクラウディアとステラは視線を向けた。その瞬間、隣室に繋がる扉が音を発てて開き、侍女や侍従がドミノ倒しのように重なって倒れた。
(本当に何をやっているんだ、一番下の侍女は大丈夫なのか……取り敢えず、怒ればいいのか)
「……あら」
「き、貴様ら…!」
「失礼致しました。よかったですね、ステラ様。おめでとうございます!」
「見ていたのね、ずっと」
何処か呆れたようなステラの声に、クラウディアは未だに異母姉と抱き合っていることを思い出す。しかし、ステラには未だにクラウディアを離す気はないらしい。……この状態を見られているって非常に気恥ずかしいのだが、姉上はそう思わないのでしょうかね。
「……姉上、どうせなら酒でも如何です?」
「あら?珍しいお誘いね」
「侍女や侍従達の労いも必要でしょう?兄上の部下にも助けられていますから。後日改めて、というのも難しいのでしょうし、此処では簡単なことしかできませんが」
クラウディアの提案に、ステラは目を瞬かせる。……今日は彼女の驚く顔をよく見るな。
「何処まで気づいているの?」
きょとん、とした彼女の何処か幼い頃を彷彿させる表情に、クラウディアはまた笑う。
「姉上と兄上が陰ながら見守ってくれていた、ということでしょうか?」
「……可愛い弟が立派になっちゃったわ」
「何故、そこでさめざめと泣く真似をします?」
そこは喜ぶところでしょう、とクラウディアはステラの反応に眉を顰めた。感動の涙ならば兎も角、何故に残念そうなのだ。
「だって、寂しいじゃない。守りたい時に守れなくて、やっと自分の手で守れるようになったと思ったら、手が離れる頃なんですもの」
そんな理由で泣くのか、泣き真似だが。それだけ彼女が気に掛けてくれたということなのだろう、と納得することにした。
それにしても手が離れるって、姉上は俺を幾つだと思っているのでしょうか。独り立ちできる年は過ぎているのですが。
ユエ兄上もそうですが、貴女方は弟妹が何時までも子供だと思っていませんか?
次回はクラウディアが寝不足なのに早起きな理由です。




