ルゼノの明暗
第一王女アルトステラ殿下に連行された城下巡りから戻ったら。
「……遅い」
第三王子の部屋の前に不機嫌そうな第二王子クラウディア殿下がいらっしゃいました。……遅いって、約束してないんですが。何時からいたんですか。
「あら、クラウディアじゃない」
「姉上!?……今日はスカイティアと?」
スカイティアの後ろから、ひょっこりと姿を現したステラにクラウディアが目を見開いた。
「えぇ、城下を巡って来たわ」
「……左様ですか。道理で、半日もいない訳です」
ステラの話にクラウディアは納得したようだ。……おや、経験談ですか。
「どういう意味かしら?クラウディア」
「痛いです、姉上!」
クラウディアの頬を抓るステラに、スカイティアはオロオロするばかりだが、シュテルインがその横をさらっと抜けて部屋の鍵を開けた。……馴れているのか、こういうことに。
(……仲良いですね、ステラ様とクラウディア様。この前、矢を射られていましたが、話は付いているんでしょうか)
「えっと……兄上、姉上、とりあえず、椅子に…」
「あら、ありがとう」
「姉上、酷いです…」
抓られた頬を摩りながら文句を言うクラウディアにステラは笑い、スカイティアはオロオロしている。
「姉上と兄上は仲が宜しかった、んですね…?」
「いや、その…」
「昨日、私が部屋に突撃したの」
「え?突撃…ですか…?」
ステラの思わぬ言葉にスカイティアは目を剥いた。……うん、表現がおかしいよね?
「ほら、私とクラウディアの母親って仲悪いじゃない?それでクラウディアのことを避けざるを得なかったんだけど……親に振り回されるなんて冗談じゃないもの!漸く解放されたわ!」
「それは、そうですね……?」
それが何故第二王子の部屋に突撃になるのか、と首を傾げるスカイティアとヒカルにステラは微笑んで誤魔化した。……クラウディア様、貴方はご存知ですか?
「……昨日、公務帰りにいらっしゃったんだ」
クラウディアは何処か罰の悪そうに言った。……照れているのかな。
「私、母親の駒になる気は更々ないの……今後の動向次第だけど、漸く貴方達と普通に接しても潰されないだけの材料を揃えられたの」
「……本日、いらっしゃったのはそういうことでしたか」
「えぇ、だって、ユエ兄上ばかり狡いじゃない!」
狡い?何が?
スカイティアとヒカルの疑問は揃ったに違いない。クラウディアは事情を知っているのか、視線を逸らしている。
「ユエ兄上が何か?」
「……クラウディア、おいで」
「え、今ですか?それはちょっと…!」
ステラの視線に何かを感じ取ったのか、クラウディアはステラから距離を置こうと身体を引いたが、ステラは構わず異母弟の腕を引っ張り、その身体に抱きついた。
……うん、抱きついたんだ。本人的は腕の中に閉じ込めた心算かもしれないけど、体格差もあって、ステラ様が腕に閉じ込めたとは言い難い。マジで何やってんの。クラウディア様も諦めた顔で大人しくしているけど、どうしたの。
「スカイティアもおいで!」
「えっ……と、その前に説明をお願いします!」
細腕をスカイティアに向かって伸ばすステラに、スカイティアは困惑しつつもその腕を恐る恐る取って説明を求めた。
「私だって兄弟を構いたい!遊びたい!……なのに、家の確執があって距離を置かないといけなくて……やっと、昨日終わったの!」
「昨日、ユエ兄上と一緒に隣国との会談に赴かれていたんだ……それで、予てから問題視されていた貿易摩擦を解消されたそうだ」
クラウディアは大人しく腕の中に納まっているかと思えば、ステラの背中に腕を回していた。照れを滲ませながらもその表情は柔らかい。
……抵抗もしないんですね、ステラ様の背中に回された腕が馴れているようですが、もしかして昨晩もこんな感じでしたか?クラウディア様。
「スカイティアは知っていたかしら?私、隣国に嫁ぐかもしれないって話が出ていたんだけど」
「え!?そうなのですか?」
唐突な話題に、スカイティアは愕然とした。……まぁ、王女様だもんね。一番あり得る話だと思うけど、初耳でしたか。
「そう、国同士の関係を深めるには手っ取り早い手段なんだけどね、その程度では関係改善できない問題だったの。だけど、私の母の実家は乗り気で、輿入れを狙っていたのよ……まぁ、潰してきたけどね、その話は。私が縁組の駒だけでないこと、ユエ兄上の補佐としての能力が認められたことによって、国外に嫁がされる可能性を消してきたの」
「有能な人材を国外に出せる程、この国は人材が揃っていないのが事実だからな……元々姉上は国内での縁組が暗黙の了解だったんだ。それなのに、陛下の意向を聞かずにエトワリス妃の実家が方が暴走していたらしい……国内ではこれ以上の権力拡大を見込めないからな。それが勝手な行動に繋がったんだろう」
異母姉と異母兄の説明に、スカイティアは納得したようだ。
「姉上が国内で縁組するなら第一王子派の中ですもんね。権力の拡大を狙うにも結局はユエ兄上が盾になりますし、その一件がある以上は首輪付とも言える。派閥内で不和を齎せば、取潰しの理由になる訳ですか。それは大人しくもなりますよね」
家同士の確執に巻き込まれず、ステラは思い通りに動くことができるようになったということらしい。……すっげぇ行動力だな、王女様。
「そういうこと……だからね、思いっ切り貴方達を構えるのよ!」
「構うって…」
「誰にも邪魔はさせないわ!だから、おいで、スカイティア!」
「諦めろ、スカイティア。俺も昨晩逃げられなかった」
だからお前も巻き込まれろと言わんばかりのクラウディアに嫌な予感がしたのか、スカイティアはステラの手を離そうとしたが、逆にクラウディアに捕まった。引き込む形でスカイティアをステラの腕の中に預けると、身代わりとばかりにステラの腕の中からクラウディアは抜け出そうとした。が、逃げられない。二人まとめてステラの細腕に抱き込まれた。流石、馬術やら弓術をやっているだけあって細腕でも力あるんですね。
「姉上!俺は昨晩から貴女の愛情を十分に実感しました!これからはどうぞスカイティアに…!」
「逃げるなんて狡いですよ、兄上!」
「ふふっ、逃がす訳ないでしょ?十数年越しの思いを受け取りなさい!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ三人を前にヒカルは呆気に取られた。王女と王子がこれでいいのかと、思わずシュテルインを見上げると、彼は驚くほど穏やかな顔をしていた。
……そんな顔できたんですね、びっくりです。まだ見慣れないんですが、本当に嬉しそうですね。
「ヒカルもおいで!」
「俺もですか!?」
呼ばれてしまった。……ねぇ、王女様。その手は何?スカイティア様、諦めましたか、そうですか。
あの、クラウディア様、無言で俺を抱き上げないでください。いつの間に解放されていたんですか。……そして荷物の如くステラ様に渡さないで。
クラウディア様を見上げたら、鼻で笑われたんだけど。その表情、久しぶりに見ました。最近穏やかに笑うようになったのに…!
「……ヒカル、ごめんなさい、ありがとう」
抱きしめられたまま耳元でこっそりと告げられた言葉の意味は分からないけれど、ステラがこの兄弟の関係改善を喜んでいるのは分かったから、ヒカルは口元に笑みを浮かべた。
「……俺は何もしていませんよ。でも、よかったですね、ステラ様」
でもね、ステラ王女様。身分差を気にしてください。俺は小姓モドキです、王女様に抱きしめられるとか有り得ないんですが……何かの褒美にしても度が過ぎているんですが。
ヒカルはステラにぎゅうぎゅうと抱き締められて、ふと遠い目になった。
マジで、この王宮の王族変わり者多くない?ユエ様を筆頭に上から変わり者ですか。……まぁ、スカイティア様が戸惑いつつも満更じゃなさそうだから、いいんだけどさ。
◆◇◆◇◆
時は夜遅く、街灯が照らす光の届かない闇の中。
「──随分と早く調べられたんだね」
ルイとの待ち合わせは廃墟と化した港町。
闇夜に溶け込むような漆黒のローブを纏った男は、灯りも持たず月明かりだけを道標にして、此処にいた。
ヘラーザは灯を翳して、ルイの姿を漸く捉えられた。
「元々王宮に行く予定があると言ったでしょう。今日がそうだったの」
「それで?」
「えぇ、貴方のお探しの奴隷は王宮にいたわ。彼は確かに『ヒカル』と名乗ったそうよ」
彼がルイの探している奴隷と同一人物かは分からないが、該当する奴隷は他に扱っていない。勿論、ヘラーザが知らない内に取引されていたなら話は別だが、そんな偶然があるとは思えない。
「そっか…やっぱり、王宮にいたのか」
ルイは何処か忌々しそうに呟いた。『黒髪』の奴隷がルゼノの王宮にいればどのような扱いを受けるか、想像に固くない。
「……心配しなくとも、元気にやっていたよ」
ルイが奴隷の少年をどうする心算かは知らないが、あの光景を見る限り、とても大事にされていた。そうでなくともレーウィスが奴隷を虐げる筈はないので、ヒカルとスカイティアの関係は兎も角、ヒカルが生活で苦労することは少ないだろう、とヘラーザは踏んでいた。
「……貴方の考えは知らないけど、あの関係を壊さないで欲しいわね」
叶うなら、ヒカルがあのまま彼らの側にいてくれるように。
しかし、ルイがあの少年の所在を探しているならば、そうもいかないだろう。必ず、彼らに何らかの影響を及ぼす筈だ。
ヘラーザの言葉に、ルイは暫し沈黙する。
「そんなに上手くいってる?」
「少なくとも、主人とは仲良くしているわ」
スカイティアとの関係が良好で、クラウディアとの関係を改善させたと言うのだから、これ以上にない功績だ。
「へぇ…」
何処か驚いた様子で、興味深そうにルイは呟いた。……まぁ、普通はあの王宮に『黒髪』の奴隷が送り込まれたと聞けば、その結果には驚くだろう。
「流石のルゼノ一の情報屋でも、そこまでは見通せなかった?」
珍しい、とヘラーザが揶揄するように問えば、ルイは肩を竦めた。
「そうだね……というか、そんな事例見たことないよ。前代未聞の大事件レベル」
「ふふっ、嘗てルゼノを震撼させた『黒の予言者』も形無しか」
嘗てルゼノの災害を予期した『黒の預言者』ルイも、今ルゼノ王宮で起きている事態には驚くばかりのようだ。
「貴方ですらあの時のように予知できないなら、私が想像することもできないのも仕方ないわね」
「……あれは有効活用されなかったけどね」
「貴方のせいじゃないでしょう……貴方の言葉を信じられなかった当時の者達の責任よ」
「それでもね、振り返れば、まだやりようがあった気がする」
微かに後悔を滲ませるルイに、ヘラーザは眉を軽く跳ね上げた。
「後悔先に立たず、と言ったのは何処の誰だったかな?」
「僕が教えた諺だね……覚えて頂けて光栄だよ、アーベント伯爵夫人」
「元、だよ……今はしがない奴隷商人さ」
ヘラーザはレーウィスの父親と離縁し、それに伴って実家とは縁切りしている。今はただの民間人となったヘラーザにはこの男に会う資格はなかったし、その方法もなかった。それが叶ったのは彼から先に連絡があったからだ。
「…さて、情報と引き換えに僕に望むものは?」
「力を貸して欲しい、ルイ殿」
「力?」
ヘラーザの返答に、今度はルイが驚いたように眉を吊り上げた。勿論フードの下は窺えないが、素顔であった時にはそういう反応をしていたから、間違いないだろう。
「私の願いは──」
ヘラーザの願いを聞き、ルイは暫し考え込むように顎に手をやって沈黙する。
「……分かった、叶えよう。僕にできる範囲で、だけどね」
ルイの返答にヘラーザはほっとしたように息を吐く。
……きっと、大丈夫。彼がいれば、大丈夫。
ヘラーザは胸の前でぎゅっと両手を握った。……まるで祈るように。
「まぁ、迷い子達を導くのは親の務めだよね。やんちゃな盛りと言えば可愛いものかな?」
「可愛いものか!やんちゃにも程がある…!」
いや、やんちゃという一言で片づけていいものではない。レーウィスは幼い頃から優秀で大人しかった分、彼らの計画を聞かされた時には愕然とすると同時に寒気がした。……恐ろしかった。彼らが、彼らの中に抱えていた感情が。
「普段が素直な分、爆発した感じかな?計画案は凄いけど、まだまだ甘いね」
ルイの言葉に、ヘラーザは胸に抱く不安が少しだけ軽くなった気がした。




