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元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
金の王女
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断罪

 ──ルゼノ王宮、某所。


「そ、そんな馬鹿な……!」


 顔面蒼白のバッヘン伯爵は己の罪を全て陳述され、愕然としていた。力なくその場に座り込み、その巨体を震えさせた。覚えのない……いや、知らず知らずの内に犯していた罪を知らされ、己の命運など潰えていたことを改めて知る。……知らなかった、では通らないのだ。

 伯爵の両脇を囲う騎士も、壁沿いに護衛として立つ騎士達も顔色が悪い。伯爵の罪を調べ上げていた筈の騎士でさえ、与えられた新たなる情報に驚愕を隠しきれない。


「驚くのも無理はない……しかし、それが事実。それが貴方の罪のすべて」

「陛下、以上の罪を持ちましてご判断を」


 断罪者としてその場にいるのは、第一王子ユエルディーネと第一王女アルトステラ。バッヘン伯爵の素行調査遂行の責任者にして、この断罪の場を作り出した二人である。

 玉座にはルゼノ王の姿もあるが、それ以外は護衛の騎士のみ。それ以外には誰一人、主だった王族や貴族はいない。これはある意味、王の真の信頼を得た二人の子らだけによる断罪の場だった。

 護衛の騎士は口が堅く、決して口外しない者達を選び、この場を任せた。その多くがユエとステラの手駒の騎士達だ。勿論、ユエの腹心にして、ステラの従者──シュテルインもこの場にいる。


「……へ、陛下、私はそのようなことを存じ上げませんでした!どうか、どうか寛大なるご処置を!!」

「──ならぬ」


 床を這いずる伯爵の見苦しい言い訳も、ルゼノ王には届かない。罪状の数と重さを考慮しても『寛大なる処置』などできる筈はないのだ。王の春の空のような青い瞳が、今はただ氷のように冷たいのも当然である。

 ステラの言う通り、バッヘン伯爵の命運は既に尽きていたのだった。


「……ユエ、ステラ」

「「はい、陛下」」


 断罪された伯爵は連行され、その場に残ったのは王と王の子ら二人。護衛の騎士達は壁沿いで見守るだけだ。


「よく務めた…間を空けずに隣国との会談となるが」

「その件につきましては、ステラが話をつけております」

「ご配慮頂きまして、お礼申し上げます。必ずや我が国の益としましょう」

「……お前達には苦労を掛けるな」


 ぽつり、と溢された言葉に、ユエとステラは黙礼するだけで返事を。

 これは「聞かなかったことにする」とも「お気になさらずに」とも取れる返しだが、これはどちらでも構わない。王の取り方次第だ。


「……本当に優秀に育ったな」


 王は微かに唇の端を吊り上げて笑う。王の珍しい表情に二人して目を瞬かせるが、それにも黙礼で返すだけで言葉はない。……今は、ま(・)だ(・)。

 玉座に座る御方は国王陛下であり、目の前にいる二人は王子殿下と王女殿下である。気安い関係になどなれる筈もない。


 何時か……そう、何時か。

 そんな日が来ればいいと思っていることなど、誰も知らない。

 そして、そんな日が来る筈がないことを、誰もが分かっていた。


◆◇◆◇◆


 一方、スカイティアの部屋にて。


「……それで、その状態なのか」


 呆れたように呟くのは、誘拐事件の翌々日、漸く顔を出した第二王子クラウディアだ。

 彼は五日振りにやってきたのだが、ヒカルを抱き込んだまま椅子に座っている異母弟に困惑した様子を見せたので、一昨日の事情説明をした。


 因みに、クラウディア様は昨晩の夜遅くまでお仕事だったそうです。まだお仕事が終わらないそうですが、宣言通り長引く様なら顔を出すという約束を実行中です。


「だって、兄上……」


 お気に入りのぬいぐるみ何かを抱き込むようにヒカルを抱えているスカイティアに、クラウディアは困ったように眉尻を下げるが、そこに揶揄する(からかう)心算はないようだ。


 ……ツンデレのクラウディア様は何処へ行った。いや、素直に異母弟を案じているんでしょうけどね、最近見てなくてつまらない。


「ヒカルより、お前の方が情緒不安定だな……肝の坐り方は相変わらずか、ヒカル」

「泣き喚くより、冷静に対処した方が生き残る可能性が高いじゃないですか」

「……よく理屈で生きて行けるよな、お前」


 ねぇ、クラウディア様、その達観したような、何処か呆れたような表情は何です?俺、間違ってないでしょう?


 あっけらかんとしたヒカルに、クラウディアは失笑する。……解せぬ。


「脱出しようと思案したところで、ステラ様の従者殿が見つけて下さったから安心していたという点もありますよ?」

「そっか……そうだよね、姉上は優しい方だ。でも、同時に姉上は愛国者だから」

「愛国者ですか?」


 スカイティアの沈んだ声音に、ヒカルは首を傾げた。


「王族である以上、優先すべきは国……だからこそ、ヒカルが切り捨てられる可能性は拭い切れなかった。姉上もその可能性を否定はされなかった……でも、俺は、ヒカルより国を選んだとしても姉上を憎めないし、嫌いにもなれない……それを君に言うのはとても残酷だと思うけど」


 スカイティアは言い淀む。全てを吐き出したいと思う反面、吐き出した後のことを考慮すれば無理もない。スカイティアとて、異母姉に対する想いが一色と言う訳ではないのだろう。


 ヒカルを庇護する者としての気持ちか、王族の責務を全うする異母姉の立場を弟して理解するか。

 スカイティアの心境は大きく分ければ、そういうことだろう。


 王族としての義務や責務。それはヒカルに完全に理解できるものではないだろうし、それによって切り捨てられる可能性はヒカル自身捨てきれなかった。しかし、その一件でステラが国を優先しても、ヒカルは彼女を責められないし、その心算もない。彼女とヒカルとの関係は、王女と彼女の異母弟の小姓モドキ、なのだから。彼女に助けて貰えただけ奇跡だと思う。


「それでいいと思いますよ。それにステラ様は最善の手を打って下さったんじゃないですか?実際、俺は生きて此処にいますし、誘拐犯兼脅迫犯の伯爵とそのお仲間も捕まったんでしょう?」

「……うん」


 詳しいことは知らないが、ヒカルが生きて戻り、伯爵はステラの従者に連行された。横領の裏帳簿の存在もあるのだ。何某伯爵は断罪されるだろう。だから、何も問題はない筈だ。

 勿論、それに伴って、ヒカルが切り捨てられたかもしれないという可能性だけでステラを怖がる必要もなければ、嫌う必要もない。


(終わったことにくよくよするな、持っていていいのは悪意に対する復讐心だけだ!)


 そう思ったところで、ヒカルは首を捻った。


(…ん?ステラ様を嫌う?何か覚えがあるぞ、この話)


 ──今後、色々あると思うけど、ステラのことを嫌いにならないであげてね?


 はい、思い出しました。お伽噺の王子様、ユエ様のお言葉です。もしかして、ユエ様はステラ様が何かすること知っていました?


 ……いや、結びつけるには時期尚早か。あくまでも巻き込まれるという形の可能性もあるし。

 まぁ、どっちでもいいや。ユエ様に利用されようと、ステラ様に利用されようと文句言える立場じゃないし、国や兄弟の為に頑張っている人を嫌うなんて、まず無理だね。……私腹を肥やしている輩に利用されるなら、ふざけんなってなるけどな?


「本当に、ヒカルは我々の在り方に理解を示してくださりますね」

「優先順位ってことでしょう?俺には理解はできないこともあるけど、非難できないだけの過去があるしね」

「過去、ですか?」

「……奴隷だって色々あったんですよ」


 ぽつり、とヒカルは呟いた。しん、と静まり返った室内に、ヒカルははっとした。……しまった、空気を重くする心算じゃなかったのに。


「……ですからね?俺のことは気にしなくていいんですよ。俺は生きたいようにしか、生きてないんですから。と言うか、ステラ様のことを非難する以前に、俺が勝手にスカイティア様の傍を離れたのが問題ですし?」

「……それは、そうだけど」


 そう、そもそも俺が勝手に動いたのが原因。これが前提だ。


「序に言うと、俺、ステラ様にぶつかりかけているんですよ。実際にぶつかったのは従者殿でしたが、彼も貴族ですよね。その時点で、俺の首って普通なら飛んでますよ?不問にして下さるなら、利用されたって問題なしです。……欲を言えば、あの禿げ頭の何某伯爵狸腹に一発入れたいところでしたが」

「……え、今なんて言った?」


 スカイティアの愕然とした声に、ヒカルは内心ほくそ笑む。


「え、何処です?禿げ頭の何某伯爵狸腹、ですか?」


 表の顔にはにっこりと笑みを張り付け、恐らく聞きとれなかったであろう部分を強調すれば、全員が一瞬間を空けて同時に笑い出した。……はい、重い空気さようなら。


「た、狸腹?」

「えぇ、知りません?俺がいた国では割と有名な置物なんですけど」

「もしかして、これのことですか?」

「え、何であるの!?」


 レーウィスが笑いながら持ってきたのは、ヒカルにとって馴染みのある狸の置物。大きさは手の平サイズ。……これ、縁起物らしいんだけどね。


「ユエ様が東洋の書物を輸入した際に、おまけでついて来たそうです」

「……これ、普通はお店の前とかにあるものだよ?」


 商売繁盛の縁起物だし、と言えばレーウィスは目を丸くして「魔除けではなかったのですか?」と首を傾げた。


 いや、その狸の傘にはそういう意味があるらしいよ?『悪事災難に準備しよう』って……あれ?違ったかな。でも、魔除けに当たるのはその部分だけだよ?確か。


 思わぬ故郷の置物の登場に、ヒカルは愕然としつつも思考する。


 ユエ様、貴方はどういう心算で渡したのですか?もしかして、その狸腹爺さんに気をつけろってことだった、とか?いや、ユエ様にそんなユーモアあるのかな?

 でも、俺はそもそも誘拐されるまで狸腹爺のこと知らなかったしなぁ……聞きたい、けど、聞けない。珍しいものが手に入ったからあげるって言われた方が納得だし。


 ユエの思惑は藪の中。それでも渡された置物は物珍しさもあって、人気者だ。


(……いや、この部屋にある意味なくね?スカイティア様は商売してないし)


 そう内心で思うのは狸の置物に縁があるヒカルオンリー。

 ユエへの謎は深まったのだった。

◆『元・奴隷の少年は王宮を駆け回る』は毎週水曜日更新です。

◇同時に『自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る』を毎週金曜日に更新中です。此方も宜しければお付き合いください。

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