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元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
金の王女
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黒の王子の決意

 昨日は散々だった。

 クラウディアとともに馬に乗っていたら、ステラに矢を射られ──これには理由があったらしいが。

 その詫びだと言って、何かを届けに来た第一王女の侍女を名乗った娘は実は偽物で。

 彼女は失敗を悟ると、その場で自害するという怒涛な一幕があった。


 ヒカルとレーウィスは侍女の遺体の始末を終えて戻ると、クラウディアは不審物の調査をすると部屋を出て行き、その日は戻らなかった。


(…まぁ、翌日の昼過ぎにはひょっこりと姿を見せたが)


 現在は昨日の一件の報告も兼ねて、ティータイム。紅茶とクッキー、パウンドケーキがテーブルに並んでいる。

 クラウディアによると、王女の侍女を名乗った娘が届けた籠の中身はクッキーなどの菓子で、検査の結果、毒物反応が見られたというのことだ。


 ……ただね、クラウディア様。クッキーから毒物が出たって報告しながら、よくクッキー摘まめるね。毒物耐性があるからって、感覚麻痺してない?まぁ、クッキー出したのは此方なんだけど。中身を知らなかったんだよっ!


「あの、兄上…」

「ん?どうした」

「先日の件ですが。その、姉上の侍女を名乗った者が、口実に『今朝のお詫び』と言っていましたが……姉上とは何か?」


 口実とはいえ、事実ではなければクラウディアが手紙を開くことはない。昨日のことはスカイティアも気にしていたのだろう。もしかしたら、スカイティアもステラが弓道場にいることを知っていたのかもしれない。


「あぁ、昨日の朝お会した時に姉上が余所見をされて、俺とぶつかってな…その時のことだろう」

「そ、そうですか……よかったです、何かあったのかと思って」


 さらっと嘘を吐かれましたね、兄上様。ぶつかったくらいでお詫びの品を持ってくると?まぁ、だからこそ怪しんだとも言えなくともないのか。


 聊か疑問には思いつつ、それでもスカイティアが信じるのだからいいのだろう。


 …スカイティア様は単純と言うか素直と言うか。他人に疎まれる存在で『死』すら覚悟していた王子が、よくも此処まで清らかに育ったというか。


 妙に老成していると言うべきか、年齢的に修羅場を潜ってきたヒカルからすると、スカイティアは本当に箱入りで育ったんだなぁ、と思わずにはいられない。

 それは同時に守(・)れ(・)ら(・)て(・)き(・)た(・)、とも言えるだろう。


「…それからな、スカイティア。暫く部屋には来られなくなる」

「え?」


 クラウディアの唐突な話題変換に、スカイティアとヒカルはフリーズした。


 何 で す と …… !?


「今回のこととは関係ないが、城下で少し問題が起きているらしくてな。俺も街の様子を見に行くことになった」


 スカイティアのあからさまな落胆に、クラウディアは罪悪感に苛まれたのか、理由を説明し出す。

 スカイティアと距離を置きたいという訳ではないということに安堵したのは束の間、話の内容に愕然とした。


 …遅いって顔しないでください、クラウディア様。俺にとって重要なのは、スカイティア様なのです。


「問題…?事件ですか?」

「……何と言うかな、お前達には気分の悪い話だろうが……『黒髪』の人間が目撃されたという情報に、必要以上に騒ぐ輩がいるということらしい。犯人……いや、原因不明な事態はすべて『黒』の再来と捉えられ、恐慌状態だ」

「それは…」

「マジで気分悪い話ですね」


 『黒髪不吉伝承』は巷でも健在か。ヒカルの嫌悪感丸出しの表情に、スカイティアが「まあまあ」と宥める。…どうして、貴方は怒らないんですかね。


「詳細については?」

「それが分からないから俺が行くんだ。調査は騎士団の仕事でもあるからな……下手に『金髪』の貴族が率いるより、俺(赤髪)の方が調査しやすいと踏んだのだろう」


 はっと呆れたような嘲笑を浮かべるクラウディアに、ヒカルは半目になる。


 ……思いっきり利用されていませんか、それ。普段は髪色で蔑みながら、有事の際はその髪色で指名ですか。ていうか、クラウディア様は王子ですよね?


「まぁ、身分が王子である以上、国を守るが務めだからな。……今回は俺も気になることだし、暫く調査にかかり切りになるだろう。……スカイティア」


 クラウディアは当然の役目だと割り切っているようだ。……物凄く不本意そうだけど。


「言っておくが、俺はお前と確執をなくすことができて喜ばしいし、これからも友好的に過ごしたいと思っている。暫く来られないが、仲違いをするわけじゃない。勘違いするなよ?」

「……はい」


 クラウディアの懸命な説明に、スカイティアは目を丸くして頷いた。


 クラウディア様、そんな噛んで言い含めるような言い方しなくても……子供じゃないんだから。そこまで心配ですか?もしかして、不本意なのは気軽にスカイティア様の部屋に来られなくなることだったりします?


「……クラウディア様って、心配性ですか?」

「元から情は深い方とは、ユエ様からお聞きしておりますが」


 レーウィスは苦笑する。主人と異母兄の仲直りが本当に喜ばしいのだろう。


 ……俺と初対面の時と二人とも真逆ですからね。スカイティア様は怖い印象だったし、クラウディア様はムカつく人だったし。


「俺は暫く調査にかかり切りになるからな、少しでも不安なことがあったらレーウィスを通してユエ兄上に連絡しろ。俺よりも力になれる」

「……はい。兄上のご無事の帰還をお待ちしております」


 今後時間が取れなくなるクラウディアの真摯な忠告に、スカイティアは頷いた。……お兄ちゃんだ、クラウディア様。


「得体の知れない者の来訪は断ること、贈り物も中身の安全が確認できない物は破棄すること。……くれぐれも気を付けろ。調査が終わったら、直ぐに戻る。一週間……もし、長引くようなら一度顔を出す」

「はい」

「承知致しました」

「はーい、気を付けます。クラウディア様もお気をつけて」


 クラウディアは三人の返事を聞くと、レーウィスに「頼んだ」と告げ、スカイティアとヒカルを頭を撫でて部屋を出て行った。……うん、最後までお兄ちゃんだ、クラウディア様。俺の頭を撫でる必要はないと思うけど。


「……兄上達は仕事でお忙しいんだな」

「ユエ様とアルトステラ様は隣国との会談を控えておられますし、この部屋も暫く静かになるでしょうね」


 スカイティアの呟きに、レーウィスは眉尻を下げる。

 ここ数日はクラウディアの来訪が続き、当たり前のように使っていた四人掛けの席にある空席が妙な虚無感を生む。クラウディアに用意した、まだ湯気が立ったカップが空しい。


「本当に俺は何もしてないんだな……」


 スカイティアはがっくりと肩を落とし、机に突っ伏した。……そういえば、王子の仕事ってなんですかね。


 王宮の小姓モドキではあるが、ヒカルはスカイティアの生活以外を知らない。スカイティアを見る限り、ユエやクラウディアのように外交や治安維持の仕事を請け負っている訳ではないようだが。


 ……だって、俺が此処に来た時から一週間、部屋に引き籠ってたし。いや、部屋で書類仕事している可能性もあったけどさ。


「そんなことはありませんよ。ユエ様はスカイティア様の経済論のご意見にとても感心しておられました」

「意見?」


 微笑むレーウィスに、スカイティアは首を傾げた。


 ……うん、意見交換は大事だ。というか、そんな難しい話してたの、スカイティア様。引き籠りとか思っててごめんなさい。


 言葉にはしないが、ヒカルは主人に心の中で謝罪する。そういえば、スカイティアの部屋の本はユエから貰ったものだったか。道理で難しい本が並んでる筈だ。


 ……第一王子の部屋、凄かったからね。もしかして、ユエ様、スカイティア様の部屋を書庫代わりにしてない?


「えーっと、それって資本主義と社会主義についての?」

「はい、現在は隣国との貿易で少々問題がありますから、その点においても興味深そうにされておられました」

「え?そんな話、知らないけど……」

「先入観がないことも大事なのですよ。スカイティア様もこの国と隣国の問題と言われれば、意見も変わったのでは?」

「……そうかもしれないな」


 レーウィスの話にスカイティアは納得した模様。……そういうものかな。


「それでは、どういたしますか?」

「どうって?」

「暫くはクラウディア様とお過ごしになっておられましたから、予定がすっかりと空白に」

「……そうだ、ね……どうしよっか」


 レーウィスの問いにスカイティアはぽつり、と呟いた。クラウディアが来訪するようになって、日々の予定はクラウディアの発案待ち、ということが多くなっていた。だからこそ、クラウディアがいない日々を想像すると、かなり空虚な日程なのだ。


「……そうだ、兄上がいない間に乗馬の練習をしようか」


 ぽん、と手を叩いてスカイティアが提案する。


「スカイティア様、一人で乗れるのですか?」

「レーウィスに手綱を引いて貰えば、ね。流石に兄上みたいに駆け足まではいけないし」

「では、クラウディア様がお戻りになる頃には成果を見せられるようにしましょうか。目標は馬に乗って駆け足です」

「……う、頑張る」


 スカイティアは自分で言いだしたものの、レーウィスに明確な目標を掲げられると萎縮したようだ。それでも服を着替えて馬場に出る準備をするスカイティアに、ヒカルはレーウィスと顔を見合わせて笑った。


◆◇◆◇◆


「……おや、先客ですかね」


 馬場の端に一直線に並べられた木製の的。中心点から等感覚に円が五重に描かれた的だ。

 馬場には一人の女性が馬に跨り、手には弓を、背には矢筒を背負っている。彼女は直線上に並べられた的に平行する形で馬を走らせた。金に輝く髪を結い上げたその背から器用に矢を取り、弓に番えれば、走らせた栗毛の馬から的を射た。見事に的中した矢は中心点のど真ん中。……流石です。


「姉、上?」

「流鏑馬ですね。そういえば、アルトステラ様は弓がお得意でした」

「……邪魔をしない方がいいよね?」


感心する三人が馬に乗った王女を見つめていれば、そんな三人に気づいたのか、馬を走らせて戻ってきた。


「スカイティアが此処にいるとは珍しいわね」


 馬上からステラが声をかける。髪を結い上げているせいか、先日と同じく凛とした印象が先に立つ。……本当に会食の時の溌剌とした性格は何処いった。


「はい、たまには乗馬の練習をしようかと思いまして」

「そう、それは結構。出来ることが多いということは、その先の選択肢を増やすわ。レーウィス、スカイティアのこと、お願いね」


 レーウィスが承諾すると、ステラは颯爽と馬で走り去った。

 走り去る後ろ姿も、王女というより女騎士。ぴん、と伸びた背中は誰かを頼るより、誰かに頼られ、背後に守るべきものを庇う強い者。


「……ステラ様って、二重人格なんですか?」

「どうして、そう思う?」

「初対面の時と、随分と印象が違います。以前のステラ様なら、馬から降りてスカイティア様を気押す勢いで話すものかと」

「……そこまでか」


 スカイティアが表情を引き攣らせるが、ヒカルは頷いて肯定する。以前のマシンガントークを考えれば、あの程度で済むとは思わなかった。


「それについてはどうだろう…確かに姉上は俺を気にかけては下さるが、別段俺に構う方ではなかったし。会食の時の言動の方が珍しいと言えば珍しい」

「そうなのですか?」


 それには驚いた。ヒカルのステラの印象は溌剌とした王女なのだ。初対面が明朗に笑う溌剌とした印象だったからに過ぎないが、第一印象とはそう簡単に上書きでいないのである。


「あぁ、姉上は聡明な王女だ。会食の時にあのように振舞われたのは何か理由があって、じゃないかな?」

「……そういえばスカイティア様もちょっと引いていましたね」


 あれは聡明な異母姉が突如、態度を豹変させたから対応に困っていたのか。……てっきり、マシンガントークについけいけなかったのかと。


「でも、もしかしたら、本来の姉上はあちらなのかもしれない」

「…と、言いますと?」

「普段の姉上は『聡明で冷静な王女』を演じているのかもしれない。俺が自衛のために引き籠っていたように、姉上もご自分を守る為に、或いは自分を含めた周囲の為にも、『聡明で冷静な王女』として振舞わなければいけないかもしれない……本音は別として、ね」


 そういえば、ユエもそう言っていた。


 ──今ある問題が解決すれば、本来の彼女らしい振る舞いができる筈なんだけど。

 ──あの子、本当は僕以上に弟妹達のことを心配していたんだ。だから、特に仲の悪かった二人が仲直りしたことに本当に喜んでた……序に言うと、彼女も弟達を構いたくて仕方ない。自由になった途端に長年の思いが爆発しそうなんだ。


 ……微笑んで爆弾発言かましましたよね、ユエ様。その日が来ることを望んでいらっしゃるみたいだけど。


 それにしても、今ある問題ってなんだ?問題が解決すれば、クラウディア様とも距離を置かずに済むらしいし。多分、スカイティア様も構い倒されるらしいんだけど。…本人達がそこまで望んでいるかどうかは知らないけど。俺の知ったこっちゃないし。


「姉上も、兄上達も頑張っていらっしゃるんだ。俺も、何か一つでもできることを増やさないと」


 前向きに考えるようになった引き籠りの王子はぐっと拳を握って決意表明する。レーウィスの指導の下、乗馬の練習を開始した。


 ……が、その翌日は乗馬による筋肉痛で動けなかったことは言うまでもない。乗馬って、かなり筋肉使うらしいんだよね。頑張れ、スカイティア様。応援しています。努力はきっと実を結びます。

◆『元・奴隷の少年は王宮を駆け回る』は毎週水曜日更新です。

◇同時に『自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る』を毎週金曜日に更新中です。此方も宜しければお付き合いください。

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