気高き星
『ヒカル、可能性は一つじゃない。全てに気を配れと言うのは難しいと思うけど、できる限り気を付けて欲しい。君がスカイティアともクラウディアとも近い以上、巻き込まれない方が難しいから』
お伽噺の王子様は言いました。金色の髪はまるで金を紡ぎ出したように煌びやかで、青い目は空のように鮮やかで、その顔はとても美しく、人々を惹きつける王子様は小姓モドキに微笑みかけていました。
……うん、見た目だけは本当にお伽噺の王子様なんだよ、ユエ様。言ってる内容が酷かったりするけど。それにしても今回、難題じゃね?気をつけろって、何に?
小姓モドキのヒカルは自ら藪を突いて蛇を出した模様。難題にぶち当たっておりました。
「……何処に行ったんだ、ヒカル」
「お怒りですか、クラウディア様」
ユエの元から馬場に戻ると、赤髪の王子様に捕まりました。
……マジで捕まった。首根っこを掴まれるってこういうことか。まぁ、首が絞まる前に抱き上げられましたが。マジで子ども扱い続くな、おい。
丁度スカイティアも休憩に戻ってきていたので、あの話題──ステラとクラウディアの一件は避けるべきだろう。レーウィス殿には話すけど。
「ユエ様にお会いしました」
「兄上に…?」
「喜んでいらっしゃいましたよ、とても」
だって、不仲だった兄弟が一緒に乗馬の練習ですよ、喜びますよ。成長しましたね、クラウディア様。
何処か照れくさいのか罰の悪そうな表情のクラウディアと、はにかむスカイティア。
ユエ様、此処にいたいんじゃないの。何で出て来ないの。……お仕事なの?
「そうか…心配をかけていたんだよね。お会いできたらご報告をしなくては」
「兄上は既にご存知だが……改めて行くとしよう」
「あ、兄上、その時は、あの…」
「あぁ、一緒に行くか?」
「はい!」
……めっちゃ嬉しそうですね、スカイティア様。クラウディア様も当然のように誘うんですね、慣れるの早くない?
「そろそろ昼食に致しませんか、スカイティア様。クラウディア様もご一緒に」
「あぁ、もうそんな時間か。兄上、召し上がりますよね?」
「あぁ……此処の所、すっかりお前の所に世話になっているな」
「御気になさらずに。ユエ様からも差し入れがございますから」
差し入れ、と呟いたスカイティアは「ユエ兄上はご一緒できないのか?」とレーウィスに問う。
「本日は難しいかと……先日から、隣国との会談に向けて資料整理などされておられましたから」
「あぁ、そういえば……」
何か思い当たる節があるのか、クラウディアが呟いた。……やっぱり仕事かぁ。そりゃ、来られないよね。
スカイティアの部屋に戻って、食事の準備を終えると、またもや食事の同席をさせられた。
当然のように「食え」と自分の、つまり王子の食事を譲られ、つい呆れた目を向けかけて、ふと気づいたことがある。
「あの、クラウディア様」
「何だ?」
「いつも、ご自分で一口召し上がってから俺に下さいますけど。毒見役は俺がすべきでは?」
クラウディアはヒカルに渡す前に必ず一口二口だけ口を付ける。口に入れる前に不自然にならない程度に匂いを嗅ぎ、口に入れた後はゆっくりと舌で転がすようにしてから咀嚼する。これが気に入らない味だから譲る、というなら別だが、その食べ方はまるで『毒見』だ。
「……あぁ、別にレーウィス達を疑っている訳じゃない。ただ、癖と言うかな」
「癖、ですか?」
「給仕が買収されていると役に立たないからな……身体は毒に慣らしてあるし、毒物や催眠剤の類の混入がないか確かめるのが癖になってる」
さらりと告げられた内容に、ヒカルは目を剥き、スカイティアは持っていたフォークを手から落とす。レーウィスはその現状を知ってたのか動揺した様子はなく、替えのフォークをスカイティアに用意した。
「それ、は…」
「レーウィスがいれば大丈夫だろうが、差し入れられたものがすべて好意でないことは、贈り物の一件で理解しているだろう?口にするものは特に気を付けることだ、スカイティア。派閥争いから遠くても王子である以上、無関係でいられるとは限らない」
派閥争いは蹴落としあいだと、当然のように受け入れているクラウディアに悲愴感はない。しかし、それを当然と受け入れるようになるまで、どれだけのことがあったのか。
『毒見』の癖と、毒に慣らされた身体って、それだけ危険が遭ったってことなのに。……そりゃ歪むわ、寧ろよく性根までねじ曲がらなかった。
仲直りからの素早い接近は、スカイティアを守るためだったのか。それがクラウディア個人の意思なのか、ユエとの共謀かは分からない。
「食事の時間なのに、気分の悪い話だったな」
「いえ、気を付けます。…俺は、何も関係なくいられると何処かで安心していたんだと思います。兄上の苦しみにも気づけず、申し訳ありませんでした」
「お前が気にすることじゃない。俺を潰したいのは、母上を目の敵にしてる輩だろう」
気付かなくて当然だ、とクラウディアは肩を竦めた。
「それに、お前が権力争いから遠くてよかったと今は思ってる。レーウィスがいるとはいえ、完璧な守りには程遠いからな」
クラウディアの剣術は護身だったのかもしれない。それが必要な程、身の危険があったと言うことだ。
すべてに気をつけろ、とはそれだけの危険と隣り合わせということ。……ユエ様、本当に俺には難題だよ。
食事を終えて一時間ほど経った頃、誰も立ち入らない筈の部屋に来訪者が現れた。
扉を叩く音にレーウィスが席を立つ。ヒカルも同行し、扉を開けてレーウィスの対応を待った。視線を向けた先にいたのは若い娘──王宮で働く侍女のようだ。
「今朝のお詫びに、とアルトステラ王女殿下からお届けに上がりました」
第一王女の侍女を名乗る若い娘によって届けられたのは、籠に入った何か。手紙が同封されているらしく、封を切って危険性のないことを確認した上でクラウディアに渡した。封を切ったのは──嫌がらせ程度だが──刃物やその中に虫の死骸とか入ってる可能性もある。
……今朝の詫びって、矢を射たことか?
確かに何かあった後、こうしたやり取りや事情説明があったならば、信用するに値するのだろう。
「……姉上の名前入りか」
王女の署名を確認したらしいクラウディアはそう呟くと、侍女を見た。その深い青の瞳に浮かぶのは静かな怒り。……怒り?
「お前、誰の手の者だ?」
クラウディアの静かな問いに侍女の表情が一瞬歪んだ。
(嘘、偽物かよ!?何で態々…!?)
「は…?私は第一王女殿下の…」
「嘘を吐くなら、まともな嘘を吐け。姉上は俺と接触する時にこんなものは寄越さない!」
一度は恍けようとしたようだが、クラウディアの断言に失敗を悟ったのか、侍女はクラウディアに籠を投げ付けて逃走を図った。
「レーウィス!」
「はい!」
クラウディアに呼ばれてレーウィスは剣を抜く。先回りして動きを封じると、侍女は苦々しく表情を歪ませた。
「大人しく吐けば手荒な真似は…」
「ぐっ…!」
大人しく投降するように命じたクラウディアに、侍女は突然呻いて膝を着いた。
「ヒカル、見るな!」
「え?」
スカイティアがヒカルの目から侍女を隠そうとした瞬間、侍女は吐血した。舌を噛んだか、毒を含んだか定かではないが、床に広がる赤い血に目を奪われる。侍女が助からないと踏んだのか、クラウディアは忌々しげに呟いた。
「……大した忠誠心だ」
クラウディアの何処か感心したような、哀れむような眼差しは何を思うのか。
王宮内で派閥争いが絶えないという話は聞いているが、命を懸けてまでクラウディアとスカイティアを害したかったのか。それも、ステラに罪を擦り付けてまで。
……気を付けろって、こういうことか。
ユエの言葉を軽く見ていたかもしれない。目の前の現状にヒカルは反省する。
「ヒカル!?」
「王子様がすることじゃないでしょう?」
動かなくなった侍女に近づくと、スカイティアに止められた。しかし、遺体の始末をするのは身分的にヒカルであるべきだ。……まぁ、レーウィス殿に手伝って貰わないと運べないけどさ。
◆◇◆◇◆
「……ヒカル、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
遺体の始末を終えて部屋に戻る途中、レーウィスに問いかけられた。何が、と聞かなくとも遺体の始末に関してだろう。侍女の身元は不明のまま荼毘に伏された。籠の中身についてはクラウディアが調べるという。
「正直、貴方に手伝わせるのは心苦しいのですが…」
「あぁ、気にしなくていいですよ、レーウィス殿。奴隷の世界じゃ珍しくない話だし」
レーウィスは痛ましげな眼差しを向けるが、ヒカルはあっけらかんとしている。年の割に修羅場を潜っているヒカルにとって、吐血しただけの遺体など、まだ奇麗なものだ。首の無い遺体だってお目にかかったことだってあるのだから。……喜ばしくない体験だがな、耐性はあるぞ。
「──ヒカル、少しお待ちください」
「え?」
唐突にレーウィスに歩みを止められる。辺りの気配を探るようなレーウィスに、ヒカルは思わず息を潜めた。
「──っ!」
何か叫び声が聞こえたかと思うと、前方の建物の陰から人影が飛び出してきた。レーウィスは既に剣を抜き、はっきりしない人影に向けている。
「あ、お、前っ…!」
星空の明かりに照らし出された人影は若い男だった。何かを呟いたその瞬間、背後から押し倒されるようにして冷たい石の上に膝を着く。背後から何者かに取り押さえられたようだ。
「──まったく、呆れるわ」
響いたのは凛とした声。男を取り押さえた青年の背後の更に奥から現れたのは若い女性――第一王女アルトステラだった。
夜の闇に輝く姿は正しく空に輝く星の如く、深い青い瞳は夜空のようだ。夜空に輝く星は彼女に相応しい名だろう。
「…その男のこと頼むわ」
「承知しております」
男を捕縛した青年──此方はステラの従者だ──は逃走しようとする男を力づくで連行し、闇に消えた。その場に残ったステラの前に膝を着くレーウィスに倣い、ヒカルも片足を着いて跪く。
「改まらなくて結構……貴方達が此処にいるなんて珍しいわね、レーウィス殿」
「は…本日、アルトステラ殿下の侍女を名乗る者が現れまして……不審な点があったため捕縛を試みたところ、自害致しました。その始末の帰りでございます」
レーウィスは滔々と淀みなく答える。臣下としての礼と報告は、彼が『金髪』の貴族でも、その上位である王族には当然なのだろう。
「……そう、そんなに仲違いさせたいのねぇ…忌々しいこと」
顔は上げられないが、今ステラはぞっとするような笑みを湛えているのだろう。……冷静な声がいと恐ろし。
「……僭越ながら、ステラ様」
「何かしら?」
「距離を置きすぎることも、また要らぬ憶測を呼ぶことがあるかと」
レーウィスの意見にヒカルは内心賛同する。
(仲が良ければ派閥に取り込む云々と噂を立てられ、仲が悪ければ蹴落としあいの黒幕として仕立て上げられるなんて、どうしろって言うんだ…)
しかし、仲が悪かろうが良かろうが憶測を呼んだり利用されたりするならば、いっそ開き直って仲良くすればいいとに、と思う。
「……忠告は有難く頂くわ、レーウィス殿。けれど、今はまだその段階ではないのよ」
「出過ぎたことを」
ステラも思うところはあるのか、しかし、やんわりと「まだ」と告げて、レーウィスもそれを承知する。
「いえ、何れは叶えるわ。私の願いは絶対に果たす」
「左様でございますか」
ステラの返答に、レーウィスが微かに笑った気がした。それは『安堵』だろう。クラウディアはステラに助けられていると言っていたが、確信には至っていなかったのかもしれない。だからこそ、報告した。
侍女が自害したこと──即ち、暗殺の失敗──に動揺しない上に、この返答。此処までくれば、ステラがクラウディアを害するとは考えにくい。
「もしかしたら、先程の男とその侍女と同じ派閥の者かもしれないわね。詳細が分かったら、此方からも知らせを出すわ。くれぐれも弟達に危害を加えさせないで頂戴ね」
「承知しております、アルトステラ殿下」
レーウィスの返答に満足そうに頷くと、彼女は去って行った。
凛とした後ろ姿は美しく気高い王女だが、彼女の中には確かに異母弟を想う、姉としての気持ちがあるのだろう。
ユエ様も言っていたし……長年の想いが爆発とか。
実際そうなったら、頑張って下さいね、スカイティア様、クラウディア様。ユエ様が喜びますので。……え?俺は部屋の隅で生温かく見守りますとも。
◆『元・奴隷の少年は王宮を駆け回る』は毎週水曜日更新です。
◇同時に『自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る』を毎週金曜日に更新中です。此方も宜しければお付き合いください。




