異母姉弟2
「──で?」
「相変わらず唐突だな、ヒカル」
クラウディアに指導を受け、取り敢えず馬に乗ることができるようになったスカイティアはレーウィスに付き添われ、馬場で歩く練習をしている。
離れて異母弟の様子を見ていたクラウディアに、ヒカルは先程の一件──ステラに矢を射られたことについて問いかけた。
馬の嘶きに気付いたスカイティアとレーウィスに馬が虫か何かに驚いたのだろうと説明したが、彼は何を思ってステラの行為を黙秘したのか。
一度は黙秘することを了承したが、それで万一にでもスカイティア達に危害が及んでは困る。
スカイティア様はステラ様と仲良さそうなんだよ……部屋には来ないけど、公の場で『金髪の王女』が『黒髪の異母弟』に微笑み話しかけたのだから、彼女が髪色で忌避する訳がないし。
「……姉上は優秀だ」
「そうらしいですね」
自慢そうでしたし、と続ければ、クラウディアは穏やかに笑う。……最近よく笑いますね、クラウディア様。
「姉上の母君の実家は、俺の母親の実家と実に仲が悪い。これは、ユエ兄上の母君の実家も同じだ」
「……横並びで大きい家、とか?」
「そういうことだ。ルゼノでは、権力が偏らないように各々の家から妃を一人出すのが習慣……各々家の為に妃同士が争っていた」
「過去形ですか?」
「子供が生まれれば、代理戦争が起こる。世代代わりと言えばいいか」
「……でも、クラウディア様もステラ様も、ユエ様寄りですよね?」
ユエが金髪の第一王子である以上、王位継承権第一位の地位にいる。派閥争いが起きているらしいが、ユエを実質的な後継者として見ている者達ばかりだ。それには第二、第三王子、更には第一王女が第一王子に近いことも影響しているのだろう。普通、此処まで支持されれば覆る方が難しい筈だ。
「そうだな……だからこそ、とも言える。二人してユエ兄上に着くなら、当然そこでも順位が着く。どちらが兄上の右腕として呼ばれるに相応しいか、とか。次期国王と目されている兄上に取り立てて貰えれば、それだけ実家にも優位に働くからな」
「面倒くさっ!」
「……そういうものなんだ」
思わず本音が漏れたが、クラウディアは溜息を吐いただけだった。彼もそう言ったことに飽き飽きしているのだろう。
母親から逃げるために異母弟の部屋に入り浸るくらいだからな。……スカイティア様もレーウィス殿も歓迎してるけど。
「姉上は政でも既に結果を出している…が、王女である以上は他国へと嫁ぐ駒とも言える。手元に置きたい有能な人材ではあるが、国の情勢次第では駒となる、あやふやな立場だ」
「……何か、目に見える不安要素が?」
「…………姉上も大変な立場だということだけ、理解してくれ」
クラウディアは「それ以上踏み込んでくれるな」とばかりに緩く首を振る。小姓モドキでは立ち入れない事柄か。
「……矢を射られても庇う程の理由がおありで?」
「本当に、姉上が俺を狙ったと思っているのか?」
まさか、とクラウディアは笑う。その表情に憂いはなく、何処までも異母姉を信じているようだ。
「信じているのですか、ステラ様を」
「……気づかなかっただけで、彼女には助けられていることがよくある。他の輩には内緒だぞ、知られたら色々と厄介だからな」
「だから、今回も何か理由があって矢を放ったと?」
「そうでなければ気づかぬ振りをするさ……姉上はそういう方だ」
クラウディアの言葉は確信に満ちていた。それは異母姉に対する信頼が、彼の中に確かにあるからだろう。
……あれぇ、ユエ様に依存してたんじゃなかったっけ、この人。ステラ様にも気にかけて貰えたなら、そこまでユエ様だけに固執しないよね?
「……何が言いたい」
「…………いえ」
「兄上のことか」
「よくお分かりで」
何で分かるんだよ、クラウディア様。
読心術ですか?思考を読むのは止めてください、第二王子様。
「お前がいたからだ」
「はい?」
クラウディアの思わぬ言葉にヒカルは目を瞬かせる。はて、俺は何もしていませんが?
「……スカイティアと和解できて、余裕ができたんだろうな。周囲のことが見えるようになって、漸くユエ兄上だけに助けられていたのではないと気づいた。それに気づかせてくれたこと、お前には感謝している。ありがとう」
「……俺には過ぎた言葉ですが、クラウディア様がそう思えたならば良かったです」
穏やかに笑うクラウディアに、ヒカルは表情を緩める。異母兄だけが全てだと思っていた彼の世界は漸く広がったのだろう。
……とはいえ。
「でも、レーウィス殿は怪しんでますよ?説明されては?」
「……そうだな。理由があるとはいえ、矢を射られた事実をスカイティアには伝えたくない。レーウィスには伝えて、取り成して貰うか」
クラウディアはレーウィスに話すことを承諾し、ヒカルは一先ず安堵する。レーウィス殿に対する罪悪感半端なかったしな……良かった。
「……あれ?」
不意に、目の端を横切る金の髪。
(あれは、ステラ様…?それともユエ様か…?)
「どうした、ヒカル」
「ちょっと、失礼します!」
クラウディアの制止を振り切り、ヒカルは駆け出した。
馬場から離れた建物を繋ぐ廻廊に見えた、金の髪。時機が良すぎるとは思ったが、直接話を聞く好機だ。
石で造られた回廊に飛び込めば、まるで待っていたかのように金髪の王子の姿があった。……危ない、ぶつかるところだった。
「──よく気付いたね」
冷たい石の壁に寄りかかり、第一王子ユエルディーネは微笑んだ。空色の瞳は石の壁で光を遮られた空間のせいで翳っているが、金に輝く髪は衰えない。……寧ろ、眩しい。発光してんじゃないか、その髪。
「ユエ様こそ、よく俺が追ってくるとお思いになりましたね。小姓モドキに期待しすぎでは?」
「だって、君は期待に応えてくれるじゃないか」
確信めいた言葉と微笑みに、ヒカルは思わず半目になりかける。これだから、ユエの手の平で踊らされている感が否めない。
「……今度は何のお話でしょう?」
「おや、仲よく乗馬まで始めた弟達を見に来たとは思わないんだ?」
くすくすと笑いながらユエは馬場にいる異母弟達に視線を向けた。その眼差しは穏やかで、確かに弟達を見守る兄、だろう。
「……何処かでご覧になっていらっしゃる可能性は考えましたが。それなら態々俺を待つ必要はないのでは?」
「それもそうだね……でも、お礼は言いたいと思ってたんだ」
「は?」
「クラウディアとスカイティアを仲直りさせてくれて、ありがとう」
思わぬ言葉にヒカルは前を瞬く。
……兄弟揃って、俺を驚かすのが上手いですね。予想外の言葉ですよ、でも王子が簡単に礼を述べるな、重いわ。小姓モドキには過ぎるんだよ、王子と話すとか。……追ってきたのは俺だけど。
「……俺は、何もしていませんよ。きっかけにはなったかもしれませんが」
「うん、それでいい」
にっこりと微笑むユエに、ヒカルは腹を括った。彼がヒカルを待っていたということは何かあるに違いない。
「……それでは、お次の課題は何でしょう?」
「課題?」
「そうでなければ、態々ご兄弟を離れて見守るなどされないでしょう?」
元々、彼が願っていたことなのだ。二人の異母弟が仲直りしたのを見計らって、堂々と会いに行けばいい。隠れて見守る必要など、この王子にはないのだ。
「…君は、自ら問題にぶつかりにいくのが趣味なのかい?」
「そんな趣味はございません」
「だよね…スカイティア限定で、君は無茶をする。趣味と言うか、お人好し?」
何が言いたい、お伽噺の王子様?見た目だけ優しげだけど、中身は腹黒?
……いや、王子ってそんなものか。国を支える人間が清廉潔白でいられるほど世の中は甘くないし。
「……何もないなら、いいんですけど?」
「君にして貰いたいこと、というか……スカイティア達の身辺に気を付けてほしい」
「気を付ける?」
随分と曖昧な課題だな、と眉を顰めれば、ユエも困ったように苦笑する。
「クラウディアとステラの関係は知ってる?」
「……表向きは不仲そうですが、クラウディア様は陰から守られていると仰っていました。それは事実ですか?ユエ様」
「あぁ!気づいてくれたんだね、あの子も」
途端にパァッと目に見えて明るくなるユエに、ヒカルはやや引き攣りながら頷いておく。……本当に弟妹のこと好きだな、この長兄。
「そう、二人は仲が悪い訳じゃない。だが、今は表立って仲良くはできない……一方、スカイティアには後ろ盾がない分、ステラが仲良くしていても問題がないんだ。伝承を信じない輩からは妙な勘繰りを招かないからね」
スカイティアは明確な後ろ盾の財力や権力がない王子だから、派閥に取り込む云々という憶測を招かない。……招くほどの価値がない。ものを言う後ろ盾がなければ、スカイティアが取り立てられる可能性も低い。
一方、クラウディアは継承権はないに等しいが、母親の実家の財力と、彼自身の騎士としての腕がものを言う。王位に就かないならば、その腕で騎士団を統制することも考えられる。……時代の王の采配で国を守る力のある王子となるだろうことが予測されるのだ。
……面倒この上ないな、王宮。誰が誰に着く、誰が味方か敵か。一分一秒の間にすら裏切りや寝返りが起きていても不思議じゃない。
「取り敢えず、今ある問題が解決すれば、本来の彼女らしい振る舞いができる筈なんだけど……先程の矢の一件はね、ステラが警告しているんだよ」
「警告、ですか?」
不穏な言葉に、当時の彼女の様子を思い出す。あの時、彼女は本当にクラウディアとヒカルを見ていたか?
──冷たい眼差しに射られていたのは、本当に俺達だったか?
「ヒカル、あの場所で何かを感じなかった?」
「いえ。ですが、ステラ様が本当に俺達を見ていたかは疑問です」
「そう。あの時、クラウディアは何者かの気配を感じ取って、振り返ろうとしていた」
「……襲撃者に気づかせたくなかった、と?」
それは、一体どういうことだろう。ヒカルは思考を巡らせる。
ステラは誰かの手の者からクラウディアを庇った?
それは本当にクラウディアだけを庇いたかったのか?
──彼女が守りたかったのは、誰だ?クラウディアか?他の異母兄弟か?それとも、彼女はまとめて守ったのか?
……それとも、とヒカルは再考する。
あの時、ステラ自身が狙われていたとしたら?矢を放ったのは『気づいている』という、襲撃者に対する威嚇だとしたら?
クラウディアは、ステラがあの弓道場で弓を射ることを知っていた。それがステラの日常的なものならば、王女を狙う輩が知っていても不思議はない。寧ろ、弓の誤射による事故を狙って事を起こすことも十分に考えられる。
「君は、幾つかの可能性があることに気付いているだろう。その中に、僕が疑う可能性も入れておいてほしい……もし、あの場でどちらかが負傷し、誰かの手の者の目撃者を作り上げれば、どうなった?」
それは、確かにヒカルが思い至らなかった仮説だった。クラウディアとステラのどちらが負傷しても、その場を目撃した者の証言によって、もう一方も失脚しかねない事態である。
「二人が僕に近いことから、それも考えられる。横並びで大きな権力を保持している家に、これ以上の権力が集中することを望まない輩も多い……それならば、まとめて潰す策を考える輩もいるかもしれない」
「…どれも可能性に過ぎないのですね?」
誰の思惑で、誰を狙ったのかすら確証がない、とユエは言っているのだ。
「それがこの王宮の実態さ。だからね、ヒカル、可能性は一つじゃない。『全てに気を配れ』と言うのは難しいと思うけど、できる限り気を付けて欲しい。君がスカイティアともクラウディアとも近い以上、巻き込まれない方が難しいから」
兄弟関係修復の次は、随分と難題ですね。…此処まで話すってことは俺は逃げられないってことですよね?まぁ、この小姓モドキ、ヒカル、精一杯頑張りますが。
何より、折角軌道に乗り始めた兄弟改善改革に水を差されて堪るものですか!下手すると、今度はクラウディア様がスカイティア様の身を案じて遠ざかりかねないんだから。極端なんだよ、あの人。
「あ、でもね、ヒカル、今後色々とあると思うけど、ステラを嫌わないであげてね?あの子も君に感謝している筈だし」
「……それはどういう?」
嫌いになるも何も、王女との接点は会食の席以降皆無ですが。
まぁ、本日矢を射られたことには驚きましたが、理由を聞かされれば納得ですよ。……王女の二面性には吃驚ですが。会食の時の破天荒キャラは何処行った。
「あの子、本当は僕以上に弟妹達のことを心配していたんだ。だから、特に仲の悪かった二人が仲直りしたことに本当に喜んでた…序に言うと、彼女も弟達を構いたくて仕方ない。自由になった途端に長年の思いが爆発しそうなんだ」
「……左様ですか」
最後に爆弾落とすな、ユエ様。それは比喩ですよね?長年の思いが爆発とか、ちょっと別の意味で心配になったのですが。
ま、仲良きことは美しきことかなってことでいいの、かな?……俺ハ知ラナイ。
◆『元・奴隷の少年は王宮を駆け回る』は毎週水曜日更新です。
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