異母姉弟
「──乗馬、ですか?」
天気のいい、とある日。晴れやかな空は青く海まで広がり、暖かな日差しが庭園に降り注ぐ。
主人であるスカイティアは、基本的に引き籠りである。……いや、うん、人に合わないためっていう自衛なんだけど。態々、声を掛けてまで外出をするなんて初である。
「たまには気晴らしにいいかなって……ほら、クラウディア兄上が教えてくれるっていうから」
「クラウディア様が?」
「何だ、そんなに意外か?」
異母兄である第二王子クラウディアは先日、スカイティアとの長年の確執を乗り越えて、割と気軽に異母弟の部屋を出入りするようになった。
……いや、ほぼ入り浸っている状態である。仲良いことは美しきことかな。……まぁ、母親から逃げているらしいんだけどね、クラウディア様。スカイティア様が嬉しそうだからいいけど。
「馬くらい、乗れた方がいいだろう」
「そうですね。ヒカル、前にもレーウィスと一緒に乗っただろう?一人で乗れるようになれば、楽しいと思うよ」
「スカイティア様って、馬に乗れるんですか?」
「……そういいえば、乗ったことないか、な」
ふと、自分が引き籠りあったことを思い出したスカイティアは気まずそうに視線を逸らす。
……乗れないんかい、王子様。そういえば、俺がレーウィス殿と一緒に乗馬したのは知っているんですね。
「お前、今まで…」
「だって、練習する機会なんてなかったですし…そもそも俺が馬に乗れても意味は余りないですし…」
王子としての嗜みだろう、と眉を顰めるクラウディアに、スカイティアは弁解する。
……まぁ、そうだよね。馬がいる室内練習場も少数とはいえ人がいるし。あの人の場合、人目をに気にしちゃうよね。
スカイティアが生まれ持った『黒髪』はこのルゼノにおいて異質であり、伝承や史実によって『不吉』とされている。……納得いかないけど。
「二人揃って特訓だな」
「えぇ…兄上、厳しそう」
「俺は別に乗れなくても…」
「文句を言うな、行くぞ」
クラウディアに抱き上げられたヒカルは強制的に連行、その後を追うしかないスカイティアは厳しそうと言いつつ、異母兄に構って貰えるのが嬉しいのか微かに表情は綻んでいた。……そんな様子をレーウィスが微笑ましげに眺めているのは言わずもがな。
クラウディアに連行されたのは、スカイティアの部屋に繋がる室内練習場ではなく──馬を二頭走らせるには狭いらしい──そこから更に通路の先の馬場だ。
厩には王子用の馬達が用意されていた。クラウディアは公務もあって馬にはよく乗るらしく、立派な馬だ。スカイティア用の馬は一回り小さい白馬だった。
「ほわぁ……カッコいいですね」
「久しぶりだな…厩に入ったのは何年振りだろう…」
惚けている黒髪二人組を置いて、クラウディアとレーウィスは馬に鞍を着けていく。手慣れた様子であっという間に鞍を装備された馬を連れて庭に出ていくと、クラウディアは颯爽と馬に跨った。……流石、王子。カッコいいよ。
「ヒカル、来い」
「え、でも…」
行き成りかい。
クラウディアに馬上から手を伸ばされて、レーウィスに支えられ、ヒカルはクラウディアの前に乗り込む。ぐん、と上がった目線の高さにヒカルは思わず感嘆した。
「どうだ?」
「えーっと、ちょっと、怖いですが……でも、新鮮で楽しいです」
クラウディアの存在が背中に感じられるせいか、思った以上に安心感がある。大きな馬だが、気性は大人しいらしく、ヒカルが乗りなれていない様子でも暴れたりしない。……クラウディア様が扱い慣れているからかな?
「まぁ、慣れるさ……スカイティア、乗れたか?」
「え、いや…その…」
クラウディアは馬の足を止め、スカイティアを振り返る。スカイティアは馬の頭を撫でているだけで、乗る様子はない。馬に慣れようとしているのか……時間稼ぎじゃないよね、スカイティア様?
「…まぁ、子供の頃なら兎も角、そこまで背が伸びると恐怖が先に立つか」
確かにスカイティアが馬に乗れば、目線の高さはヒカルよりも高くなるだろう。クラウディアはそのまま待つように言い、ヒカルを乗せたまま庭園を回り始めた。
「少しは馴れたか?」
「えぇ、楽しいです」
でもね、クラウディア様。俺は小姓モドキです。今更だけど、何故、俺を乗せて走るのです。
颯爽と馬を走らせるクラウディアにそう言いたいのは山々だったが。
──ダンッ!!
「何です!?」
「あぁ……もうそんな時間だったか」
不意に響いた、乾いた衝撃音。驚くヒカルとは裏腹に、クラウディアは淡々としていた。クラウディアの馬も驚いた様子はなく、落ち着いている。
「少し行ってみるか?」
「……何です?」
クラウディアが手綱を引いて、馬の方向を転換させる。馬場から少し外れた場所に、更に開けた場所があった。
「あれは、的…?」
「あぁ、ほら。いらっしゃったぞ」
クラウディアが示した先には『金髪』を高く結い上げた女性が弓をつがえて的に向かっていた。弓道場のようだ。
ぴん、と背筋を伸ばして張り詰めた空気を纏う彼女には見覚えがあったが、嘗ての印象とは程遠い。会食の時の明るくお喋りな印象が覆る程、今は凛とした厳かな雰囲気を纏っている。
何だっけ……あぁ、そうだ。まるで神話に出てくる女神みたいだ。弓を巧みに使い、狩りをする美しい女神…。
「あれは、ステラ様ですか?」
「あぁ、姉上は王女でありながら、政に加えて武術も嗜まれている……異例尽くしの王女と言われているな」
クラウディアはゆっくりと馬を走らせる。弓道場の周囲を回ると、弓を射る王女──アルトステラのぶれない集中力がよく分かった。的に刺さった矢はほぼ中央に集中している。
「……凄い」
「だろう?」
ぽつり、と呟いた言葉に、何故か自慢げな声が後ろから声が聞こえる。
……あれ?お二人って仲良いの?会食の席では姉弟のような仲の良さは感じられなかったのに。派閥争いで表向きは仲良くできないとか?
……などど考えていると突然、風を切る音が聞こえた。
「──舌、噛むなよ」
「え!?うわっ!」
クラウディアを振り返ろうとしたその時、突然、馬が嘶き、暴れだす。
ヒカルは咄嗟に振り落とされないように馬の首にしがみ付いた。
「おっと……落ちつけ。ヒカル、大丈夫か?」
どうどう、と馬を宥めながらクラウディアは馬の足を歩める。落ち着きを取り戻した馬に安堵し、ヒカルは漸く息を吐いた。
(なんだ、行き成り…)
まだ心臓がバクバクと音を立てている。胸を押さえつつ、馬に張り付けていた身体を起こした。
馬の暴走のきっかけは風を切った何か、だろう。馬の足元に刺さった矢を見つけ、ヒカルは眉を顰めた。
「矢…?なんで…」
(何故、こんな所に矢が……クラウディア様を狙ったのか?)
突き刺さった矢の角度からして、飛んできた方向は弓道場。今、そこにいるのは──。
「──邪魔よ、クラウディア」
視線を上げれば、王女のその怜悧な視線がクラウディアとヒカルを突き刺す。離れている筈なのに、その深青色の瞳がぞっとするような恐怖を抱かせる。
あれが、会食の席でにこやかに話し掛けてきた王女だろうか。まるで二重人格だ。肌が粟立つほど、その視線に、佇まいに、畏怖を抱かせられる。
冷ややかな空気さえ纏うステラは目障りだと言わんばかりに二人を睨み付けると、颯爽と去って行った。
「ステラ、様…?」
「…ヒカル、戻るぞ」
ヒカルはステラの態度に愕然とするが、クラウディアは何もなかったかのように馬の手綱を引いた。ヒカルは強制的に前を向かされ、クラウディアの表情は窺い知れなかった。
「──兄上、ヒカル、大丈夫でしたか?」
元の場所に戻ると馬の嘶きを聞いたせいか、スカイティアが慌てて駆け寄ってくる。
スカイティア様、白馬はどうしました。乗馬の練習は……あぁ、後で教えて頂くんでしたね。失礼、忘れていました。
「問題ない、心配するな」
「ですが……」
心配する異母弟にクラウディアは苦笑する。
……随分と穏やかに微笑みますね。姉君に矢を射られたことは言わないのですか?結構、近距離で狙われていませんでしたか?
物言いたげなヒカルの視線に、クラウディアはヒカルだけに分かるように首を振る。
あぁ、黙っておけと?クラウディア様はステラ様を庇いたいらしいけど……これ、本当に言わなくていいの?
ヒカルの主人はスカイティアである。今回はスカイティアに危害を加えられた訳ではないので、黙秘という手もある。クラウディアがそれを求めているなら、スカイティアとレーウィスに心配をかけないことを優先するべきか。
──だが、何故、クラウディアは黙秘する?
疑問も込めてクラウディアをじっと見つめ返せば、再度首を横に振られた。仕方ないので、了承の意味で軽く頷く。……後で理由は聞かせて貰いますよ?
「でも、どうして、突然……」
「虫でもいたんじゃないか?」
「虫ですか?まぁ、兄上達が落馬しなくてよかったですけど」
しれっと言い放つクラウディアに、スカイティアは何処か納得がいかなそうだが、それ以上の追求はしなかった。レーウィスは辺りを窺う素振りを見せたが、それだけだ。虫を見付けることは叶わないだろう。
「じゃあ、次はスカイティアだな」
「えーと…お手柔らかにお願いします」
「それはお前次第だな」
くつくつと笑うクラウディアに、スカイティアは顔を引き攣らせながら、乗馬の練習を開始する。やはり怖いのか、張り付くような乗り方にクラウディアが早速ダメ出しをしていた。流石に馬に二人で乗るには厳しいらしく、クラウディアが後ろから支えるのは無理なのだろう。……絵面的には面白そうだけど、若干一名は喜びそうだ。
「……ヒカル、何かありましたか?」
「え?」
王子二人が離れたところで、レーウィスに問い掛けられた。……離れるの待ってただけか、レーウィス殿。
「クラウディア様の愛馬は余程のことがなければ、彼処まで驚くことはありません。クラウディア様が何かを隠されているのは分かりますが、私にも言えないことですか?」
……さて、これはどうしたものか。
クラウディアには黙秘することを承諾した。
あの一件にクラウディア自身に隠したい理由があるのか、それとも彼自身は関係なく、比較的仲が良い第一王女と第三王子の仲を思って沈黙が最善だと判断したのか。
沈黙の理由は定かではないが、クラウディアとの約束を破るには問題があるだろう。
「クラウディア様が戻られたら、確認します。クラウディア様が隠したいことを暴くのは、俺の一存でしていいことにないように思えますので」
これが異母兄弟の関係改善前ならば、全てをレーウィスに話していただろう。スカイティアを守ることがすべてなら、クラウディアの隠し事など気にも止めない。それが彼自身を傷つけても、ヒカルの心は痛まなかった。
しかし、今、クラウディアはスカイティアに歩み寄っている。スカイティアを外に連れ出し、本当の兄弟のように寄り添っているのだ。
──そんな彼が、理由もなくスカイティアを欺こうとはしないだろう?
彼の真意を測りかねている内は迂闊なことは口にすべきでない。それが、ヒカルの結論だった。
「わかりました。お待ちしております」
レーウィスは困ったように眉尻を下げ、それでも頷いてくれた。
……罪悪感、半端ねぇ。ごめんなさい、レーウィス殿。これは何としても納得できる説明をして頂きますよ、クラウディア様。
未だに兄弟で仲睦まじくじゃれている二人の王子を眺めながら、ヒカルはそう決意した。
だって、矢を射られたのですよ?下手をすれば落馬して骨折だよ?クラウディア様、随分と落ち着いてたけど、あれが常とか言わないよね?
クラウディアは、ステラに矢を向けられることが分かっていたのだろうか。しかし、それならば態々近づくことなど有り得ないだろう。
二人の関係なんて知らないけど、ステラ様の目、寒気がするくらい冷たかったし。……そんなの、ユエ様が知ったら悲しむよ。あの方、兄弟が仲良しだと本当に嬉しそうだもん。
ヒカルはユエが二人のことをどう思っているのか、本気で不安になり始めた。
知ったら知ったで、また俺に出動が掛りそうなんだけど。割とマジで。今度は第一王女と第二王子の仲直り(?)作戦ですか?ユエ様。
◆『元・奴隷の少年は王宮を駆け回る』は毎週水曜日更新です。
◇同時に『自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る』を毎週金曜日、日曜日に更新中です。此方も宜しければお付き合いください。




