過去と現在を繋ぐ『黒』
目の前に積み上がった無数の箱。
ヒカルの伸長を優に超えるそれは、スカイティアの部屋に届けられた荷物だった。
「……何ですか、これ」
「以前言っただろう、俺のご機嫌取りさ」
溜息を吐きながら、部屋の主である第三王子スカイティアは答えた。
「表向きは、第三王子のご機嫌伺い。実際は『黒』の禍に触れたくないとか……あわよくば、その力を自分の味方にしたいとか、考えているのだろう」
「……『黒』が不吉だという話は他の地域でもありますけど、何で、この国はそんなにも過激な思想なんです?」
第三王子のご機嫌伺いならまだ分かる。伝統という点では、王位継承権はないに等しいが、スカイティアはユエとの接点がある。
……まぁ、これは兄弟全員に言えることだろうが、少なくともユエ様がスカイティア様を気にかけているのだから、第三王子とも接点を持っておいて損はないだろう。
「最初は、言い伝えだったらしい。ほら、魔の類は暗闇を好み、死神は黒衣を纏っている絵が多いだろう?この国は金髪や、赤毛……暗くても、色彩的には明るい茶髪の民族が多く暮らしていたせいか、『黒』と言うものに馴染みがなく、言い伝えも相まって『黒』は不吉とされていたんだ」
「……文化交流をすれば、民族なんて流動的じゃないですか」
ルゼノは大陸の端にあるとはいえ、国交を封鎖している訳ではない。王都に港もあり、比較的国民の往来や服装、文化の差異には寛容だ。王宮から出たことはないが、歴史書やレーウィスに聞く限り、一神教の信仰を強要していないし、他国との文化の交流は多いように思える。……寧ろ、港の利権をフル活用している為、様々な国と活発に交易しているようだ。
「そうなんだけどね……表向きはどうあれ、肌色の違いや服装、文化の違いが『自分たちとは異なるもの』という認識になるのだろう」
「まぁ、それは否定しませんね……正直、俺だって奴隷になるまでは、自分の容姿が此処まで他の人たちと違うとは思いませんでしたし」
「……嫌な知り方だね」
「今更ですよ」
表情を引き攣らせるスカイティアと、痛ましそうに眉を顰めるレーウィスに、ヒカルは肩を竦める。
そう、今更だ。奴隷になって目まぐるしく生活が変わる中で見聞きしたものは、ヒカルにとって目新しいものばっかりだった。
「兎に角、元は伝承だったんだよ。『黒』は魔に連なる者……次は身近にやってきた『自分とは異なるもの』……あとは、二十年くらい前に現れたと言われる『黒の予言者』のこともあるかな」
「え?」
初めて聞く単語にヒカルは目を瞬かせる。……『黒の予言者』?しかも、めっちゃ最近じゃんか。俺達は生まれていないとはいえ。
「あぁ、話したことはなかったかな?俺も生まれる前だからよく知らないけど、有名な話なんだよね」
「恐らく、王都で知らない者はおりませんね……彼の者は当時、ルゼノ王都に現れた『黒髪』の若い男。彼はルゼノが災害に見舞われることを予期し、避難することを促したのですが、当時は誰も彼の言葉を信じず、避難しなかったのです……その結果、大規模な被害が出たという記録が残っています」
「それがまるで彼が起こしたかのように言われているんだ」
「……は?」
二人の説明にヒカルは唖然とした。……ちょっと待て。色々とおかしくないか?
「『黒』が魔に連なるっていう伝承のせいか、災害を予期した彼が、彼の言葉を信じなかった民に怒り、災害を起こしたんだっていう噂になったんだ」
「……時系列がおかしくありません?」
災害があるから逃げろと言った本人が、誰にも信じられないことに怒って災害を起こすとか。……無理があるだろう。こじつけじゃないか。
「そうなんだけど……一度広まった噂は中々消えないし、元々『異物』という差別意識があったこともあって、噂の広がりは異常なほどだったようだ」
「その結果……今のように『黒』には特別な力があると信じられ、畏怖される傾向にあるのです」
……民衆の噂って恐ろしい。
「まぁ、そういうこともあって『黒』は髪色に限らず、衣服や装飾にも好まれないんだ」
「……そういうことですか」
まぁ、俺が育った地域でもカラスや黒猫って、不吉がられるもんな。……それには明確な理由もなかったしね。
「そういうこともあって、俺の『黒』に肖ろうとする輩からの贈り物って訳だ」
「……受け取るんですか?」
山のように積み上がった贈り物をちらり、と見たヒカルにスカイティアは肩を竦めた。
「送り返すのもね……悪いけど、送り主の名前、見て教えてくれる?」
「分かりました」
ヒカルは指示通り、贈り物の送り状を探した。しかし、表面には送り主の名がない。……不親切だな。
仕方なく書かれている用紙を探そうと、箱を開ける。こういうものには大体手紙がついているものだ。一番手前の箱を開けたその時だった。
するり、と箱を抜け出した細長い何かが視界の端を横切り、ヒカルは目を剥いた。
「蛇…!?」
「ヒカル!」
贈り物に忍ばされていたのは蛇だった。きらりと冷たい目がヒカルを捉え、獲物、或いは敵と認識した模様。ゆるり、と向かってくるそれには見覚えがあった。種類は分からないが、毒を持っている蛇に似ている。少なくとも無害な蛇を送る意味はない。つまり、これは毒蛇だ。
しまった、予測すべきだった。贈り物がすべて無害なものとは限らないのに…!
「──さっさと始末しろ」
冷静な声とともに、ずしゃ、と蛇の頭に突き刺さった白刃。蛇の頭が潰れ、血が流れる。動いていた尾は動きを鈍らせ、軈て止まる。びくり、と最後に尾を揺らして蛇は息絶えた。
「クラウディア兄上…?」
「贈られてくるものには気を付けろ。安易に開けるな、常に刃物は手に持っておけ」
思わぬ人物の登場に目を瞬かせるスカイティアをクラウディアは一瞥すると、蛇の頭に刺した剣を抜いて始末する。
「あの、兄上…?」
「扉に取り次ぎの者くらい立たせておけ。いないから、勝手に入ってきた」
クラウディアは勝手な入室に悪びれる様子もなく、剣の血を拭うと鞘に収めた。
「ありがとうございました…助けて頂いて」
スカイティアが礼を述べると、クラウディアは無愛想に「別に」と素っ気なく返す。
昨晩から何故か態度が軟化し始めているクラウディアに、スカイティアはまだぎこちなさはあるものの、受け入れることに問題はないようだ。
「何かご用ですか?」
「……特にない」
「そうですか…えーと…」
話題がない。明らかに困った顔をするスカイティアからクラウディアは目を逸らし、ヒカルを捉えた。……あ、まだお礼を言ってない。
「ヒカル、箱は開けるな」
「え、ですが」
「スカイティア、箱はすべて送り返すか処分しろ。生き物の死骸なら兎も角、毒蛇を送り込むような輩が混じっている以上、お前やヒカルの身の安全が保証できない。……開けるなら、この荷の送り主を特定してからにしろ」
いいな?と念を押すクラウディアにスカイティアは面食らいながら承知する。……生き物の死骸って妙に現実的ですが、実体験ですか?貴方も敵が多そうですね。
『赤髪の王子』は髪色の蔑視を受けながら、実家の権力は壮大だ。だからこそ権力争いから遠ざかれない。髪色で疎まれながら、その後ろ盾の勢力故に、諍いに巻き込まれる不遇な運命を歩んできたのが彼だ。
「レーウィス、蛇は証拠として取っておけよ?」
「承知しております、クラウディア様」
わぁ、やっさしいぃ。クラウディア様、お兄様、流石です。
思わずニマニマしていると、クラウディアに睨まれた。でも、まったく怖くない。
「……ヒカル、何が言いたい?」
「いいえ?やっぱりお兄様だなぁ、と」
「…………黙れ」
クラウディアの罰の悪そうな顔。心なしか赤く染まった顔に、ヒカルは笑みを深める。
だって、今まで敵愾心丸出しだった人ですよ?凄い成長ですよね、レーウィス殿!ほら、すっごく微笑ましげに見てる。
「あ、レーウィス……取り敢えず、お茶を……」
一先ず異母兄を持て成す準備を。
四人掛けの席に案内して席に着く。ヒカルとレーウィスも席に呼ばれ、王子達と同じ席に着いた。
「……あの、兄上」
「何だ?」
「今日は、どうかされました?」
話題がないせいか、スカイティアの再度の問い掛けに、クラウディアは眉を顰めつつ、ぼそりと告げた。
「……母から逃げてきた」
「はい?」
「俺を次期王に担ぎ上げるのは止めたらしい。が、その代わりにユエ兄上に引き立てて貰うように言ってきた」
「……成る程」
現時点で、第一王子ユエルディーネが次期王の最大の有力候補である。継承権第二位にある第四王子はまだユエのように政に携わっている訳ではないので、実績と言う点では第一王女にも劣る。……女性は政に関わらないルゼノで第一王女は例外と言えるが、何れ、彼女は国の駒として何処かへ嫁ぐことになるだろう。
「ユエ兄上の力になるのは本望だが、それによって母の実家に有益に運ばせる心算はない…一度、味を占めれば次に何を要求されるか分からないからな」
「だから、逃げ回っていると?」
「まぁな。悪いが避難所扱いにさせて貰っている。此処には誰も近寄らん」
「……そうですね、そういう点においては此処は最適だと思います」
スカイティアは納得しているようだが、ヒカルとしては納得がいかない。『黒髪不吉伝承』を聞いたばかりで、スカイティアの扱いに関しては文句を言いたい。避難所ってなんだ。
「ヒカル、何か言いたいのか?膨れっ面だが」
「……言いたいことはありますが、現実を見ているので」
「賢明だ…主義主張など、権力者にならねば通らない世界だからな」
達観したようなクラウディアに、スカイティアも苦笑する。
「俺は避難所扱いでも嬉しいです」
「……悪かった」
「あ、そういう心算では…!」
「いや、お前には散々な態度をとった……本当に悪かった」
椅子に座ったままだが、クラウディアはスカイティアに向かって頭を下げた。これにはスカイティアもヒカルも、レーウィスさえも目を瞠った。
ぎこちない歩み寄りは、それでも確かなもので、クラウディアの中では漸く折り合いがついたのだろう。身分差がある以上、第二王子であるクラウディアは第三王子のスカイティアに頭を下げることはできない。それでもクラウディアが頭を下げたのは、第二王子として第三王子への謝罪をしたのではなく、兄として弟へ謝ったということなのだろう。……身分差って面倒くせぇ。
「……顔を上げてください、兄上」
スカイティアの声は上擦っていた。クラウディアは真摯な表情のまま異母弟を見据え、その瞳には動揺が隠しきれないスカイティアが映り込んでた。
「俺は、ずっと貴方を慕っていました……嫌ったことなど、ただの一度もありません」
「……嫌味の一つでも言ったらどうだ。それくらいあるだろう?幾らでも聞くぞ」
「ないです」
スカイティアの返答に、クラウディアは呆れたような視線を異母弟に向けると、レーウィスに視線を向けた。
「……レーウィス、此奴は聖人か、その生まれ変わりか?それとも腹芸が得意なのか?」
「聖人云々は分かりかねますが、スカイティア様の本心かと」
クラウディアの、困惑や呆れなど諸々の感情が籠った視線を受けたレーウィスは苦笑する。
「俺は素直に嬉しいのですよ……ユエ兄上は気にかけて下さいますが、政務に忙しい。ステラ姉上も会えば声をかけては下さいますが、彼女も兄上同様、家柄に縛られる立場……この部屋に訪れる者はおりません。ですから、兄上自らこの部屋を訪れて下さること、昔のように傍にいて下さることが堪らなく嬉しいのです」
「……そうか」
屈託なく微笑むスカイティアは何処か幼く、クラウディアはぎこちなく手を伸べると異母弟の頭を撫でた。微かに照れたように頬を赤く染めた異母兄の行動にスカイティアは驚いたようだが、目を瞠った後はにかむように笑った。
……よかったね、スカイティア様。これにて和解ってことでいいのかな。それにしても何時も肝心な時にユエ様いねぇ。今日は何処いらっしゃるんですかね、あの方。
「……昔と変わらないな、お前は」
「何がです?」
「笑い方が……子供の頃、お前は頭を撫でると目を瞠った後に笑うんだ」
「そう、でしたか?」
「あぁ……懐かしい。この間、思い出した」
クラウディアは頬杖をついて穏やかに笑う。何時もの、揶揄するように片眉を上げた笑い方ではなく、ただ微笑ましそうに。……そんな顔もできたんですね。
「あの、兄上……今日、此処で食事をしていきませんか?」
「その心算で来た」
異母弟の勇気を振り絞っての誘いは、異母兄に断られるどころか、彼も同じことを考えていたようで快諾(?)された。
「レーウィス殿、食事の予定は……?」
「昨晩の傾向から、ユエ様よりその可能性はあると伺っておりましたので用意だけは……クラウディア様の宮には一応伝令を出します」
マジか、ユエ様。何処から見ていた。そして何時、判断した。……やはり王宮のあちらこちらに貴方の部下は張り巡らされているのでしょうか。流石、次期王最有力候補ですね。
その日、第二王子と第三王子は夕食を共にした。レーウィス曰く、幼少期以来初らしい。
仲直りは良いことです。でもね、貴族であろうレーウィス殿は兎も角、小姓モドキの俺まで食事同席っておかしいと思うの。
あとね、クラウディア様、「食え」って自分の分まで寄越さないで。ちゃんと食べてるから。俺が軽いのは多分、民族差だ。貴方が軽々抱き上げられるからって、俺が痩せすぎな訳じゃないの。……本当だよ?信じてないでしょ、その顔は。
◆『元・奴隷の少年は王宮を駆け回る』は毎週水曜日更新です。
◇同時に『自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る』を毎週金曜日、日曜日に更新中です。此方も宜しければお付き合いください。




