異母兄弟と異母兄妹
二時間ほどして、王族の会食は終わった。
無駄に長い。クラウディアやスカイティアは周囲と話が弾むことはなく、殆ど無言で料理を咀嚼していた。こんな食事が上手い筈もないだろう。
……こんな光景、奴隷の部屋で見たことあるぞ。あれだ、煩くしたら殴られるやつ。鞭じゃないだけましかな、どちらにしても痛いけど。
最も身分の高いルゼノ王が退出すると、王の子らも大臣も早々に広間を後にした。そんな中でクラウディアとスカイティアは身動ぎ一つせずに、何処を眺めているのか分からない眼で人の流れを捉えていた。
そんな二人の様子をヒカルは後ろから見ていた。椅子の背凭れから飛び出た赤い頭と黒い頭。
『赤髪』は『金髪』を敬って付き従い、誰もが『黒髪』を蔑む。
……どうして、なんて愚問か。それが風習だからだ。古くからの差別とは消えるものではない。
「……挑戦者だな」
不意に聞こえたのは、クラウディアの声だった。明らかに自分に向けられた言葉だと感じ取ったヒカルは嘆息した。
「何のことです」
「此処で、あの方を睨みつけるなんて誰も出来ない」
クラウディアは片眉を器用に吊り上げて笑っていた。深青色の双眸は歪な月を画き、ヒカルを映し込む。
「俺は王とも王宮とも関係ありませんから」
ぷいっと顔を背ければ、クラウディアの笑い声が聞こえた。ちらり、と視線を戻せば口元に手の甲を当て、声を押し殺すように肩を震わせるクラウディアがいた。
──此処でなかったら、彼はもっと笑っていたのだろうか?
そう思うと、ヒカルは妙な虚しさを感じた。クラウディアもまたこの国の被害者だ。『差別』という名の『伝統』がどれだけ愚かなものか、此処にいる人間が気づく日は何時だろう。
気づいて、と誰かに訴えれば変わるものか?いや、変わる訳がない……変わらないから今がある。
此処では『黒髪』に優しい人間の方がおかしいのだ。……それを忘れかける程、変わり者がほんの少し多いだけ。
と言うか、そもそも『金髪』の人間って一括りにした俺が悪いのか……それは反省。
レーウィスもユエも、そしてアルトステラも。『金髪』の人間が必ずしも差別する訳じゃない。
生まれも育ちも異なるのだから、違って当たり前。……そう言うことにしておこう。諦めって大事、期待するだけ無駄。予想外の時に喜びを感じる程度でいい。
「……さて、そろそろ戻るか」
クラウディアは席を立った。広間には既に金髪の人間はおらず、赤髪や茶色の髪の使用人が数名いるだけだ。漸く退出を許されたのだろう。……なんて嫌な習慣。
「ク、クラウディア、兄上…」
「何だ?」
たどたどしく名を呼ばれ、クラウディアはスカイティアを見下ろした。
『黒髪』から覗く薄水色の瞳が、『赤髪』から覗く深青色と交差する。肌色を含め、何一つ同じ色を持たない次男と三男。けれど、時折見せる笑い方はよく似ている。
「ありがとう、ございます」
スカイティアの少し引き攣った笑みに「何のことだか」とクラウディアは顔を背けた。ぷいっと顔を逸らされたことにスカイティアは残念そうだった。
が、その瞬間にクラウディアの表情筋が緩んでいたのを、ヒカルは見逃さなかった。クラウディアの顔に浮かべられた笑みは穏やかで、余りにも柔らかい。ヒカルは思わず緩みそうになった顔を袖で隠した。
何ですか、ツンデレですか?クラウディア様。余りにも分かりやすい反応ですね!
レーウィス殿もばっちり見てますよ!……あ、なんで此処にユエ様いないんだよ!一番見たい人じゃんか!折角ミッションクリアしたのに報告できねぇ…!!
「……さっさと戻るぞ」
乱暴な言い方だが、それがクラウディアの誘い方なのだろう。声を掛けずに一人で戻ることも出来るのに、態々声をかけたのだ。
第二王子と第三王子の急接近に怪訝な表情を浮かべている使用人がいる中で、クラウディアは周囲を気にせずスカイティアを待っている。
……お兄ちゃんだよな、本当に。きっかけさえあれば自然に戻ったんだろうなぁ。
何と言うか、元々クラウディア様ってお兄ちゃん気質なんだよね……小さい頃は遊んだ記憶とか、スカイティア様にはありそうだし。
ヒカルは肩を竦め、クラウディアを見た。赤髪が揺れる。夕日の色だろうか。シャンデリアの灯に照らされ、濃淡が浮かび上がる彼の髪色を表すのに相応しい色は何と言うのだろう。
ヒカルは歯痒く感じた。この国から出たい。彼らもこの国から出られれば自由なのに。
スカイティアは「是」と返事をしてクラウディアの後を追った。それから少し遅れてレーウィスとヒカルも後を追った。
「──ヒカル」
回廊に出ると、レーウィスに呼ばれた。彼を見上げると、レーウィスが穏やかな笑みを浮かべて主人の背を眺めている。
レーウィス殿、呼んでおいて此方を見ないのですね。まぁ、物珍しいですしね。
でも、この光景もいずれ馴れますよ……というか、そうじゃなくちゃ困る。
「本当にありがとうございます」
視線はスカイティアの背を見据えたまま、けれど確かにヒカルに向けられた言葉だった。温かな眼差しはまるで愛しい者へ向けているようで、レーウィスがスカイティアを家族のように思っているのだと再認識させられる。
「何が、です?」
ヒカルは首を傾げた。何に対しての礼なのか理解できなかったが、レーウィスは微笑むだけで説明する気はないらしい。
……まぁ、こういう風になったきっかけは俺かもしれませんが、何かあれば戻ったと思いますよ?
レーウィスはまたスカイティアの背を見据えた。その眼差しがくすぐったいほど優しいことを彼は知っているだろうか。
前を行く二人の王子と、その二人を優しく見守る側近。
ヒカルは満面の笑みを浮かべ、ゆらゆらと揺れる赤と黒の髪を見つめた。
◆◇◆◇◆
「──クラウディアも変わりましたね、兄上」
ユエの部屋を訪れていたステラはポツリ、と呟いた。
豪奢な家具よりも実用性を重視するユエの部屋は第一王子の部屋とは思えない程、簡素な造りだ。
そんな中で最も存在感を主張するのは、部屋中の本棚を覆い尽くしてもなお片付かない本の山である。以前、それもごく最近、彼の部屋を訪れた時よりも明らかに増えているのだが、ユエのコレクションに口出しは無用だ。
……隣の部屋に入りきらなかったのだろうか。隣室は基本的に立ち入り禁止だ、本が崩れるから。
あの部屋に入室が許されるのはレーウィスだけか。この間ヒカルを入室させたと聞いたが、もう二度と入れないだろう。危険すぎる。
「そう見えるかい?あれは元々優しかったし、頭も良かったよ?」
「素直に感情を表に出せるようになったということですわ。あの子が自身の髪色で苦しんでいる時、私は何もできませんでした……私の母親とその実家の存在を、カトリーナ妃が目の敵にしておりましたし」
ステラは憂いをその顔に浮かべる。国一の美姫と呼ばれる王女は、その内面に爆弾じみた荒々しい感情を持っている。弟妹や従兄弟にこの国の歪みを引き継がせようとする大人達に反発するように、彼女は王女らしからぬ行動を仕出かす傾向にあった。
いずれ、この国の駒として何処かの国へ嫁がせられるであろう未来を、彼女は自ら壊そうとしているかのように思える。
或いは、逆らえぬ未来ならば、せめて望む未来に近い道を切り拓こうとしているのかもしれないが。
気丈な異母妹は簡単には折れない。そういう点は嘗てユエの母親と張り合った、彼女の母親と似ているのかもしれない。幸い、その子供であるユエとステラの仲はいいが。
──もし、彼女が王子として生まれていたら、こんな風に兄妹談義なんてできなかっただろう。
ステラは王女だから、権力争いに巻き込まれないだけ。しかし、彼女を、彼女の母親──実家を味方につけられるかどうかも、この国では重要だ。
ステラの動きも、ユエの今の地位に大きく影響している。例え母親同士は仲が悪かったとしても、彼女の母親とて馬鹿ではない。娘が何時か他所に嫁ぐと理解していれば、誰かの陣営に付くしかないのだ。……その地位を追われたくなければ。
「愚かだよね、それが生き甲斐なのだろうけど」
「本当に。私達は親の代理戦争をする気はありませんのに」
ステラは溜息を吐く。言葉は物騒だが、聡明な王女は現状をよく理解している。
彼女は破天荒に振舞っているように見えるが、その目で見ているのはこの国に根付いている血に塗れた歴史。
愚かで哀れな、とても人間らしい欲に憑りつかれた者達が仄暗い歴史を引き継ごうとすることを嫌悪しているのであろう。
「代理戦争……言い得て妙だね。僕らは常に同じ方向を向いているから、戦場ですることは共闘だけど」
「左様ですわ。……この国の在り方には限界がありますもの……まぁ、未来を見据える兄上には今更ですわよね?」
異母妹の挑発的な笑みに、ユエは嫣然と笑みを返す。濃淡の違う青い瞳が交錯すると、ユエの目にふと別の感情が沸上がる。
「僕の思い通りになるならば、君も自由になれる。だから……君も素直になったら?」
揶揄するような、けれど穏やかな眼差しを向けるユエにステラは肩を竦めた。
「…何のお話ですの?兄上」
ステラはユエの言いたいことを理解した上で、恍けるようだ。にっこりと微笑むステラにユエは微笑み返して席を立った。
「分かってるくせに……部屋の灯は付けておいてね、すぐ戻る」
「……本でも読んでおりますわ」
ユエの部屋に居座る気満々のステラに、兄は苦笑して妹の頭を撫でた。そんな異母兄の奇妙な行動にステラは目を丸くする。
「兄上、それを喜ぶのは幼子ですわ。まぁ、ユエ兄上ならば、クラウディアもスカイティアも照れながらも喜ぶかもしれませんが」
「クラウディアには抵抗されなかったよ。微妙な顔はしていたけど」
ユエの返答に異母妹は暫し逡巡する。クラウディアの性格を考慮すると、少し意外に思えたが。
そう言えば、彼らはもう子供ではないのだ。年頃の青少年が、慕っているとは言え、兄に頭を撫でられるという行為を素直に受け入れられるかと言うと……微妙だ。
「……私の予測では、それは罪悪感が大半を占めていますわ。クラウディアの心境は兄上に意趣返しをされたと思っているかと」
「意趣返し…?え、何で?」
「だって、クラウディアとスカイティアの関係改善は兄上の願いですけど、それを成し遂げたのはヒカル。クラウディアとしては自分が頑なだったから、という反省があったのではないかと」
「まさか、意趣返しと思われているなんて…」
思いもしないことを言われたユエは珍しく愕然としている。ステラの予測は正解であるが、それはユエにとって思いもしないことであり、弟に対する恨みなどある筈もない。
異母兄の反応にステラは物珍しいものを見たとばかりに愉快そうに笑うと、悪戯をする子供のように提案した。
「次は、スカイティアですわね」
「そうしよう」
次の目標を定め、ユエとステラは含みのある笑みを互いに浮かべる。
兄弟仲が改善したならば、次は距離を詰めていこう。二人は弟達の仲を案じる長兄長姉であり、共犯者であった。
「……じゃあ、行ってくるよ」
部屋を出ていくユエの背を、ステラは何処か不安そうに見つめていた。
◆◇◆◇◆
橙色の灯が部屋の中を照らしている。
書物で覆い尽くされたこの部屋は王宮の最奥にある。重要な書物がある部屋だが滅多に使われず、埃が溜まっていることもざらにある。部屋に舞う塵は視界を多い、器官に侵入しては咽返らせる。王城の機密が詰まった書物庫は掃除のために侍女が入ることも許されない。
部屋は書物で覆い尽くされ、空気の入れ替えに使えるのは出入り口以外にない。しかし、例え扉を開けても大した効果は得られないだろう。
そんな悪条件の部屋で、ルゼノ王は書物に目を通していた。黙々と筆を執る王は一国の主に相応しい。
ユエはただ一言も発さずに見据えていた。明るい場所ではアクアマリンのように輝く青い瞳も、ランプの灯の前では妖しげな空気を纏う。
ユエは王が書物から意識を離すのを待った。王はユエを呼び出しておきながら、仕事に夢中なのである。
「……ユエルディーネ」
此処に来てから数分後、書面から顔を上げることなく王はユエを呼ぶ。
「何でしょうか、陛下」
ユエが淡々と応じても、王は眉一つ動かさない。まるで人形の如き無表情。会食の席での王の表情は表面だ。こんな王を知っているのは、ユエくらいだろう。
「スカイティアが連れていた『黒髪』の子ども…あの子がヒカルか?」
感情の起伏が感じられない王の問いにユエは「是」と応じた。
そうか、とだけ呟いたのを最後に王は口を開くことはなかった。
(まったく……相変わらず勝手な人だ)
ユエは踵を返して部屋を後にした。重厚な扉は錆び付きギギ、と嫌な音を発てたが、王は眉一つ動かさない。
ユエはルゼノ王に届かない小さな溜息を落として、王と己を遮る扉に寄りかかった。
ふと、上を見上げれば大きな天窓がある。その窓から月が見えた。
今宵は満月だ。濃紺の空に輝く月の周りに点々と散らばる星があるが、星の光は月の光に劣り、儚く消えそうだ。
視線を落とせば、視界の端に金糸が映り込む。ユエは髪を掴むと、ぐしゃり、と握り潰した。それでも金色の髪の煌きは衰えない。ユエは苛立ちをぶつけるように乱暴に髪を払い除けた。
「……やっぱり嫌いだ」
紅い絨毯に記された金色に煌く道標を辿るユエは眉間に皺を寄せ、怒りに燃えるような、けれど何処か寂寞とした表情を浮かべていた。
◆『元・奴隷の少年は王宮を駆け回る』は毎週水曜日更新です。
◇同時に『自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る』を毎週金曜日、日曜日に更新中です。此方も宜しければお付き合いください。




