兄弟に関する心配事2
ルゼノの王宮、第一王子ユエの部屋にて。
天使のような、お伽噺の王子を体現したようなユエ様は元・奴隷の小姓モドキに言いました。
「スカイティアとクラウディアを仲直りさせたいんだけど、協力してくれない?」
「……は?」
……何ですと?
「だからね、弟達を仲直りさせたいんだ」
「いえ、聞こえました……えーと、何のために?」
「兄弟の仲が悪いって、悲しくない?」
「……ユエ様は仲良くしたいと?」
「勿論」
間髪容れずに肯定。山積みの本を椅子代わりにした──それでいいのか、王子様!?とは思うが、口にはしないよ──ユエは大きく溜息を吐いた。
「昔はね、スカイティアとクラウディアは仲が悪くなかったんだ」
「そうなのですか?」
意外な話である。…いや、スカイティア様の反応からすると、意外でもないのかな?
先日クラウディアと対面した時、スカイティアは「嫌いだ」と言われて寂しそうにしていた。最初から嫌われていたり、遠巻きにされていれば、クラウディアに対してそんな感情は抱かないだろう。
「君も分かっているだろうけど、腹違いの王子が複数人いるということはそれだけ派閥があるってことなんだ。クラウディアは赤髪だけど、その実家の勢力もあって王位を狙う輩に担がれそうになっている。母親の実家からは、僕やスカイティアから距離を置くように言われているだろうし……彼も難しい立場なんだ」
ユエは悩ましげに首を垂れる。それからこの国の状況を語った。
世間一般的に王位継承権は生まれた順に与えられるが、この国では『金髪』であることが重要であること。
現時点ではユエが『金髪』で第一王子だから王位継承権第一位の地位にいるが、継承権はあくまでも権利に過ぎないこと。
ユエは正妃の子ではあるが、既にその正妃が故人である為に地位が盤石とはいえないこと。
「……王宮事情が複雑なのは分かりますが、クラウディア様にそのような思惑はないのですか?」
「ない。クラウディアは母親の姿勢に嫌悪しているくらいだ……彼の望みは僕が王位に就き、僕を支えることらしい」
「……スカイティア様もユエ様を王に望んでいらっしゃるようですけど」
「うん、そうみたいだね」
ユエは苦笑する。……知ってるんかい。
一般的に第二王子と第三王子に支持されているという点は大きいと思うが、事実、彼ら自身には後ろ盾がない。クラウディアは母親に反することで実家に縁切りされたも同然の扱いとなり、スカイティアは母親が妃ですらない。
二人がユエを支持した所で勢力が増大する訳ではなく、対立した勢力は拮抗したまま。
ん…?仲悪い理由がわかんねぇ。スカイティア様もクラウディア様も王位に就く気はないし、ユエ様に対して尊敬の念を抱いている者同士なのに?
……確か、スカイティア様は『髪色』を理由に恐れられて貢物をしてくる輩が、自分に取り入っているように見えるからって言っていたけど……それって、スカイティア様の見解なんだよねぇ…。
「どうして、二人は仲が悪いんです?いや、一方的にクラウディア様が嫌っている感じですよね」
「……明確な理由は分からない。クラウディアは少なくとも『髪色』を理由に弟を嫌うような子じゃないんだ。スカイティアも嫌われていると思っているけど、クラウディアに憧れている節はあるし…クラウディアの頑なな態度の理由が分かれば解決策はあると思うんだけど」
困ったような、悲しそうな表情で王子様は言いました。
「だからね、その理由を探ってきて?序に仲直りさせてくれたら尚良し」
ただし、その目には有無を言わせない迫力がありました。
権力に屈した訳ではない、ユエがただ怖いのだ。これがユエ以外ならそもそも来なかったし、失望されようと知ったこっちゃない。……ユエに逆らえないのは本能的なものだ。理由は分からん。
別に、クラウディアのことは正直どうでもよかった。ユエとは違い、クラウディアの第一印象は最悪なのだ。その後、生い立ちとか聞いた上で、それなりに同情しうる点があるとは思ったが、それとこれとはまた別の話だ。
……まぁ、そんな第一王子のお願いというか、有無を言わせぬ脅迫を受けて現在に至る。
第二王子を探すのも一苦労……かと思いきや、意外とあっさりと見つかった。クラウディアは朝食後に部屋に戻る前に散策するのが日課らしい。
ユエ様情報ですが、何故、弟の行動を把握しているのです……?スカイティア様が引き籠りなのは周知の事実とはいえ、行動範囲が比較的広いクラウディア様の行動を把握しているって……。
『…ユエ兄上……また、スカイティアですか』
庭先を見据えていた第二王子の口からぽつり、と言葉が落ちる。大方、ユエの姿でも見つけたのだろう。目敏い。……が、何故、そこでスカイティア様が出て来るの?
『…どうして、彼奴ばかりが…どうして、スカイティアなのですか…』
クラウディアは力なく壁に寄りかかると、崩れるように座り込んだ。
……おいおい、体調不良じゃないよな?王子が王宮内で行き倒れとか不味いだろ!
ヒカルは思わず身を乗り出した。
『……俺は何の為に…誰の為に…生きているのですか』
……うわ、重症。何の為とか、誰の為とか、そんなに重要?
溜息を吐くのを我慢して、ヒカルはクラウディアに近づいた。
「──何をしているのです?」
「何だ、餓鬼か…」
ヒカルに気付いたクラウディアが一瞬だけ視線を鋭くして──まるで、野生の獣が警戒心を剥き出しにするようにして──から、溜息を吐く。……おや、奴隷扱いから格上げですね。溜息を吐きたいのは此方も同じなのですが。
「…お前の『髪色』は誰譲りだ?」
クラウディアの問いにヒカルは首を傾げた。……唐突だな、おい。まぁ、髪色にコンプレックスがあるのは知ってるけどさ。
「…恐らく、母親ですけど」
「恐らく、か」
クラウディアはククッと喉を鳴らして笑った。そんな歪な笑みを浮かべるクラウディアを、ヒカルは静かに捉えていた。
……そういえば、母親と確執があるんでしたっけ。何処の家庭(?)も複雑ですね…ユエ様のお母様は故人、クラウディア様のお母様は実家込みで深い溝アリ、スカイティア様のお母様は行方不明。……父親は健在でも不干渉…まともに育つ筈もないか。
内心で失礼なことを思いながら、ヒカルはクラウディアは見据えた。
初対面では嫌悪しか抱かなかった冷めた目に、今では同情すら覚えていた。
回廊の床に座り込んだクラウディアから王子としての威厳が消えたと言う訳ではないが、スカイティアから聞いた話はクラウディアの印象を少なからず変えていた。
海色の瞳がヒカルを捉えると、水面のように光の泡が揺れる。バルコニーから見た海がきらきらと輝いている様だ。その不安定な光がクラウディアの心を表している様だった。
「東洋の生まれか?」
「恐らく…」
「曖昧な答えだな……きっと、スカイティアの母君もそうなんだろうな」
スカイティア様の母親…!?
「御存知なのですかっ!?」
勢い余って聞き返せば、クラウディアが驚いたように目を見開く。次いで、眼を瞬いた。……驚かさせてごめんなさい。つい。クラウディア様、目を丸くすると子供みたいに幼いですね。
「……詳しくは知らない」
クラウディアは明確には答えず立ち上がった。踵を返したクラウディアの外套が翻る。
誰 が 逃 が す も の か 。
歩き出すクラウディアの白い外套に手を伸ばす。ツン、と引っ張られる感覚に彼は足を止めて振り返ると、ヒカルの手を払うことなく問い掛けた。
「何だ……?」
「スカイティア様のことで御存知のこと、教えて下さい」
折角の情報源を逃すものか。多分、ユエも知っているだろうが、あの王子はのらりくるりと躱すのが得意みたいだから、直情型っぽい次兄に聞いた方が、情報を得られる可能性がある。
真っ直ぐに見据えれば、クラウディアは唖然した表情のまま硬直している。……俺、何かやらかした?
「…随分と無謀な事をするものだ。俺が『赤髪』とはいえ、王子の衣服に気安く触れるか」
……あぁ、そういうことでしたか。確かに無謀でしたね、身分的には大問題。でも、何となくクラウディア様はそれに関して怒らなそうだし、俺の首は大丈夫かな…。
「…おかしな子だ」
ぽつり、と告げられた。思わず毀れたようなその台詞に、ヒカルはクラウディアを見返す。……何で、貴方達兄弟は同じことを言いますかね?
「…スカイティア様にも言われました」
「……そうか」
「で?」
今はそんなことはどうでもいいのだよ。
ヒカルはクラウディアをじっと見上げた。
「…本当におかしな子だな」
ふっと、クラウディアの顔に笑みが溢れた。クラウディアの表情の変化に既視感を覚えて、ヒカルは目を丸くする。
「…何だ?」
「やはりご兄弟なのだな、と思いまして」
「……スカイティアに似ていると?」
不機嫌そうな表情になるクラウディアに、ヒカルは頷いた。
「それにユエ様にも」
「…俺が、兄上に?」
クラウディアは面食らったように一瞬唖然とすると、堪らずといった様子で笑い出した。
……何が可笑しかったんだ。壊れたか、大丈夫か、この王子。
兄弟で似ていてもおかしくないぞ?というか、マジでさっきの笑い方似てたぞ。ユエ様もレーウィス殿も認めると思う。
「……なぁ、お前の名前は?」
笑い過ぎたのか──何がそんなに面白い?謎だ──涙を拭う素振りを見せて、クラウディアは口にした。
本当に先日とは印象変わりましたね、第二王子。奴隷に名前などいらないと言ったのはどの口ですか?
「…あるとお思いですか?」
「スカイティアが名付けたにしろ、本名にしろ、あるだろう?」
……ほう、そう来ますか。気になりますか。やっぱりスカイティア様のこと気にしているんですね、お兄ちゃんなんですね、では此方も仕掛けてみましょう!
「当ててみて下さい」
「何…?名を当てろとは難しいことを言うな」
クラウディアは眉を顰めた。赤髪を指で梳きながら苦虫を潰したような表情を浮かべたクラウディアに、ヒカルはにんまりと笑った。
「──ユエ様は当てられましたよ」
ユエの名を聞いて、クラウディアの眉が動く。……うん、予想通り。いや、ブラコンかよ。
「…お前は本当に…」
「おかしな子でしょ」
何度も聞きました。それはもう貴方の弟からも散々言われましたとも。……というかですね、レーウィス殿も含め、貴方達王子も俺から見れば相当変わりものですよ?
何故、元奴隷の、身分などないに等しい少年を王宮で(比較的)自由に闊歩させるのです。
何故、元奴隷と対等な立場で話すのです。
何故、俺は猫可愛がりされているのですかね……奴隷は脱したけど、やはり愛玩動物扱いなのでしょうか。
……変わり者ではあるけれど、まだ俺を駒扱いするユエ様がまともに見えるから不思議なの。
名前を当てるように言ってから、少し悩む素振りを見せるクラウディアに、ヒカルは内心ほくそ笑む。やはりこの王子も根はいい人なのかもしれない。……歪んでいるのは、間違いないだろうけど。
「……ヒカル」
考え事をしていれば、ぽつり、と零れた言葉が耳に届く。……おいおい、マジか。
「……何で、一回で当てるのですか」
思わず溜め息を吐いてしまう。すると、思わずと言った様子でクラウディアが破顔した。
「…お前の方が弟にそっくりだ」
眉尻を下げた、何処か困ったような微笑を浮かべたクラウディアの手が、まるで猫か何か小動物を撫でるかのようにヒカルの頭に触れる。黒髪を乱暴に掻き乱すと、クラウディアは満足したように笑った。
……悪戯好きですか、貴方。と言うか普通に俺に触るんですね、クラウディア様。王子様、身分差とか気にしないの?何なの、この国の王子変わり者過ぎでしょ。
「……『黒髪』が御嫌いだったのでは?」
「今更だな…スカイティアを嫌うのは『黒髪』が理由じゃない」
ふむ、やはりか。ユエ様も髪色で嫌う子じゃないって言っていたし。となると…原因はあっちか。
「ユエ様が特別だからですか?」
「スカイティアから聞いたのか…お前に嫉妬という感情が分かるか?」
苦笑を浮かべたクラウディアは窓辺に腰かけると、揶揄うように笑う。
「馬鹿にしてるのですか?」
嫉妬くらい分かるぞ。俺はそんなに疎い人間に見えるか?そんなに呑気に暮らしてるように見える?
「そう聞こえるか…ユエ兄上は俺の特別な人だった。赤髪でも認めてくれた特別な人だから、誰にも取られたくなかった…子供のようだと思うが」
どうにもならないんだ、とクラウディアの顔に苦笑が浮かぶ。眇められた双眸は庭へと向けられ、東屋にいる『金髪』の青年を映した。
クラウディア様も分かってはいるんだ。スカイティア様への八つ当たりだって。まぁ、頭が悪い人ではないみたいだし。……これはぶちまけた方が早いか。
「スカイティア様はクラウディア様と仲良くしたいと思っていらっしゃいます」
序に、ユエ様も待ち望んでいます。多分、レーウィス様も。
クラウディアは一瞬面食らったように眼を見開くと、次いで苦笑を浮かべた。眉尻を下げ、深青色の瞳が半月を画く。……何故、寂しそうなのです。子犬のようですよ(注:大型犬の)。
「何故?」
「何故って…?」
「スカイティアには散々な態度を取って来たんだぞ?何故、今更俺と仲良くしたがる?」
「兄弟だからでしょう」
ヒカルの目は、相変わらず真っ直ぐにクラウディアを映している。苦笑を浮かべていたクラウディアは二、三度瞬いた。
「兄弟は俺だけではないぞ。他にいくらでもいるし……何よりユエ兄上がいらっしゃるじゃないか。孤独を気にするなら、ユエ兄上を頼ればいいじゃないか」
そりゃ、相手が誰でもいいならね。というか、それ、ご自分にも言えますよね?ご自分のこと棚に上げてスカイティア様のこと、よく口にできますねぇ。
クラウディアの態度に、ヒカルは思わず生温かい目になりそうになる。
「家族なのに、随分と冷たいですね」
「元々冷たい奴が急に優しくなったら気持ち悪いな。信用できん」
まぁ、否定はできないね。でも、それで引き下がる訳にはいかないのだよ。……別ニ、ユエ様ガ怖イ訳ジャナイヨ?コレハ、スカイティア様ノタメダモン。




