兄弟に関する心配事
ヒカルの行動の理由。クラウディア視点から数日前です。
ルゼノの王宮に贈られて(注:誤字に非ず)から十日余り。
奴隷だった筈が、小姓モドキに格上げとなった。……というか、愛玩動物扱いに近い気がするのは気のせいだろうか。
まぁ、日々、色々な話を聞かせて貰えるし食事には事欠かないし、なんて快適な生活だろうかと喜んだのだが、現実的に考えると物凄い穀潰しではないか。
子供は遊ぶのが仕事?
いえ、故郷でも俺くらいの歳では家の仕事を手伝うなり出仕なりしております。
「そうですね、何かすることと言えば……スカイティア様のお話し相手でしょうか」
「俺と話すのはつまらないか?」
「それ、何時でもできますよね?しかも、それは仕事じゃないですし」
レーウィスに相談すれば困ったように返され、スカイティアは何処か申し訳なさそうな表情を浮かべた。レーウィスは市井の生活を知っているらしいが、此処では店や家の手伝いといった子供にもできる仕事がないのだ。
「掃除や片付け、馬の世話なども担当の者はおりますし…」
「じゃあ、僕の部屋の片づけに来てくれる?」
「兄上?」
「ユエ様…!?何故、此方に?」
スカイティアの部屋にやってきたのは、第一王子のユエだった。お伽噺の中の王子様像を体現したような容姿をしている。……先日と同じく眩しいほどのキンキラキンです。
……何しにいらしたんでしょうか。先日以来で緊張するんですが。……ん?ちょっと待って、さっきなんて言った?
──じゃあ、僕の部屋に片づけに来てくれる?
先程のユエの言葉を反芻して、ヒカルは固まった。
「……ユエ様のお部屋を、ですか?」
レーウィスが確認するように問うと、ユエは微笑んだ。……聞き間違いじゃないらしい。
ねぇ、レーウィス殿、その表情は何?引き攣ってるよ。ユエ様のお部屋って、とんでもない汚部屋だったりする?……なんてことはないよね、王宮だよね?
スカイティア様、きょとんとしておられますが、貴方はご存じないのですね……?
「うん。ほら、この間、レーウィスも微妙な顔してたでしょ、僕の部屋に来て」
「……否定はしませんが」
……否定できないって、どんな顔したの?というか、第一王子の部屋はどうなってるの?俺が行っても大丈夫なの?片付けは…できなくもないけど限度があるよ!?
「ほらね?だから、彼を貸して」
いや、貸してって……第一王子の部屋に派遣を乞われる程、親しくないんですが?
先日初めて会って、ジルバートと一緒に颯爽と立ち去られて以来なんですが?……何か企んでそう。
第一王子の印象は悪くない。スカイティアやレーウィスが受け入れている──スカイティアは少し困惑気味だが──時点で敵ではないと判断できるが、唐突に現れて部屋の掃除を頼むなど何を企んでいるのか。
「兄上の部屋担当の者は?」
「あぁ、この間、僕の部屋から資料を持ち出したから切った」
「あの者は間者でしたか。本当にユエ様の周りは気が抜けませんね」
「馬鹿なのですか、資料の持ち出しなんて……そもそもユエ兄上がお持ちの資料はこの国の言葉で書いてある方が稀じゃないですか」
「うん、今頃頑張って解読してるんじゃないのかな?」
さらっと暴露していませんか。っていうか、それは弟とはいえ、第三王子とその側近に言っていい話なの、ユエ様…!?
派閥争いが激化しそうな案件をあっさりと話す三人に、ヒカルはあんぐりと口を開けたまま硬直した。
王子が複数人いる場合、かなりの確率で派閥争いが起こる。ルゼノは『金髪の王子』に高い継承権が与えられるため、スカイティアには継承権がないに等しいという話だったが、それでも第三王子である。スカイティアやレーウィスによって、他の派閥の者に話が流れることはないとユエは信じているのだろうか。
「あぁ、僕はスカイティアとレーウィスを信頼しているからね。それに、何処に間者がいるかは把握している。僕に尻尾を掴まれていると知らない間は好き勝手するだろうけど、それで首が絞まらないといいね?」
「……そういうものなのですか」
ヒカルの疑問に、ユエはあっけらかんとして答える。
ユエは王宮の権力争いの渦中にいながら、実に飄々としている。掴み所のない王子だ。こういう点も、次期王に押される理由なのかもしれない。……スカイティア様もユエ様が王位に就くことを望んでいるし、尊敬と信頼を寄せているのだろう。
「実害のない間は放置。いちいち排除してると限りがないし、逆に偽の情報を掴ませて帰って貰うこともある……使い様なんだよ」
何気に恐ろしいことを言うな、この王子。……そういえば部屋の掃除の話は何処へ行った?
掃除って、敵の排除は含まれませんよね?腕力は無に等しいのですが。……噛みつくことをお望みですか?
「まぁ、そういう訳で、今は僕の部屋を片付ける人がいないんだよね。簡単な整理をして貰いたいんだ」
「スカイティア様の許可を頂ければいいですけど」
何にせよ、ヒカルはスカイティアのものなのだ。これは奴隷であろうと使用人であろうと、従う主人がいる以上、その主人の許可がいる。スカイティアの許可がなければ、ヒカルはスカイティアの管轄区域から出ることはできない。
「……ヒカルが行きたいなら構わないよ。でも、ユエ兄上の部屋まで行くには…その…」
「僕がいれば、馬鹿なことをする輩はいないだろうけど……そうだね、人目につかないようにして行こうか」
こうしてヒカルは第一王子の部屋に派遣された。王宮の回廊で会う人会う人に嫌な顔されるのは避けたいということで、秘密の通路──王族専用じゃないのか、それ──を使って、ユエの部屋へと向かった。
……今更だけど、他に動かせる人いるよね?本当に何考えてるの、第一王子ユエ様?
◆◇◆◇◆
「……想定外かい?」
「……いえ、とてもユエ様らしいお部屋かと」
ユエに連れられてやってきた第一王子の部屋は広い。……うん、何もない箱物の体積として考えれば。
あるのは分厚い歴史書、地理関係の本、異国の言葉で書かれているっぽい本……文庫本など。積みあがること山の如し。床まで占領した多量の本の存在に、ヒカルは思わず半目になった。
……文庫本があったのは意外だけど、書き込みらしいものがちらっと見えたの。多分、描写のおかしな箇所とか矛盾点の指摘。物語にも厳しいな、この王子。娯楽を何だと思っているの、ユエ様。
「さて、と……とりあえずね、この部屋には本棚があるんだ。一応、何処に何があるかは分かってるんだけど、この間、レーウィスに凄い目で見られてちょっと片付けようと思ったんだ」
「……えぇ、流石に足の踏み場がないのは問題かと」
「え?歩けるよ?」
そう言って、本の山と山の間を縫ってテーブルがある場所まで移動する。流石に飛び跳ねる必要はないが、それでも問題だ。
「ユエ様に問題はなくとも、俺には無理です」
足の長さ的に。そう、ユエが身長の割に足が長いのだ。羨ましいな、畜生。
彼は積み上げられた本の山の間を無理なく進んでいるように見えるが、侍女やドレス姿の女性──例えば、ユエの母親や姉妹──は絶対に足を引っ掛けるし、ドレスの裾が擦れるだろう。ユエが此処に人を招くことがないにしても、第一王子の部屋の一室がこれは不味い。
「ま、片付ける気になった時しか動かないから、手伝って?」
「えぇ、そういうお話で此方に招かれましたし、異論はありませんが」
青い双眸を眇めて微笑んだユエに、ヒカルはじっと視線を向けた。
「本当のお話は何でしょう?」
「……どういう意味?」
「本を片付けたいだけならば、他にも人を呼べた筈。態々、弟君の小姓モドキを呼ぶ理由がありません。俺に、何か聞きたいことがあるとか、やらせたいことでもあるのでは?」
第一王子の身分は高い。ヒカルの首を簡単に刎ねられる立場だ。
極論で言えば、権力を笠にしてスカイティアからヒカルを取り上げることも可能である。態々スカイティアから借りる形でヒカルを部屋に招いたということは、それなりに意味がある筈だ。
「うん、君のそういう物怖じしないところは気に入ってるよ」
「左様ですか。よく生意気だと言われますが」
「ふふっ、だろうね。プライドばかりが高い、狭量な人間からは嫌われる性質だ」
ユエはのらりくるりと話を延ばす。楽しそうに口角を吊り上げる王子はヒカルを見据えて答えを明確にしない。……面倒だな、この王子。
「……お話は、スカイティア様のことですか?」
「核心を突きに行くね?僕との話はつまらないか?」
「目的がはっきりしないと、落ち着きません。お手伝いだけして帰ればいいのなら、早く済ましてしまいたいところですが」
悠々としているユエは答えを延ばす。第一王子として兄として、弟の傍に置く者を試しているのだろうか。
「ユエ様は、スカイティア様の味方ですよね?それならば俺に声をかけたのも、スカイティア様に関する何かをさせたいのではないかと思うのです」
まずは、素直に己の心境を。
ユエが何を考えていようと、ヒカルにできることは限られている。それでも誰もが認めているという第一王子が、相手の力量を見誤ったりするだろうか。
「俺は子供です。身分もなく非力である以上、此処でやれることは限られている。そんな俺に声をかけた。他の誰でもない、誰より人望がある筈の第一王子ユエ様が……俺にしかできないと考えられた何かがあると思っても不思議はないでしょう。……ユエ様、俺を試していらっしゃいます?」
「本当に正直だね……年の割には賢いかもしれないが、時には黙ってやり過ごすということも必要だよ?」
「ご忠告、ありがとうございます。……ですが、俺が黙って本の片付けをしていた場合、俺は失格だったのでは?」
これは確信をもって言える。合否によっての扱いは分からないが、少なくとも「否」となれば、ユエにとっての駒となることはないだろう。また「合」となった場合──使えると判断された場合は何かしら理由を付けて、スカイティアから離される可能性はあり得た。それはヒカルが望む結果ではないが、スカイティアの味方であるユエが彼を守るためにヒカルを使うなら吝かではない。……あくまでもスカイティア様限定でね。
「正解……黙って本の片付けだけをするなら、直ぐに帰したよ」
「それは『無能』の烙印ですか?」
「そうだよ?」
ユエはにっこり笑って肯定した。割と酷いことをあっさりと。……まぁ、容赦なく切り捨てられなければ、王たり得ないのだろうけど。
「それで、ユエ様は俺に何をさせたいのですか?」
合格と判断されたならば、要件を聞かせてくれるだろう。ヒカルが再度尋ねれば、ユエはにっこりと笑ったまま予想外のことを口にした。
「僕はね、スカイティアとクラウディアを仲直りさせたいんだけど、協力してくれないかな?」




