王城帰還
ユエとユオの処罰軽減の為の署名活動を募った結果、その署名数と嘆願書の数は王都住民の三分の二を超えた、らしい。というのは単純にヒカルが人伝に聞いた話なので、正確な集計数は知らないのである。
まぁ、集計したのはステラ様と伯父さんだろうから、正確だとは思うけど。
夕刻から王弟の謀反が始まって──暗い方が良いのかは謎だが、そういった戦法があるのかもしれないからどうでもいい──日付が変わる前に終息と言うか、王弟とその一派の捕縛が完了し、王宮の外にいた残党──金で雇った傭兵や買い上げられた奴隷なども込みで牢獄行きとなった。
謀反の全容はまだ明らかになっていないが、襲撃されたシュナイザー辺境伯領の方も問題ないらしい。夜襲なのに大丈夫なのかと思ったが、どうやら王弟がマーシャンドと手を組んでいたことを掴んだ時点で、色々と罠を仕掛けていたらしい。『二の轍は踏まぬ』と言う奴ですね。
それはさて置き、ヒカルは王城で主人の帰りを待っていた。馬車が城門前に停まったのを見計らい、ヒカルは第三王子の宮殿の入口で出迎える。
「お疲れ様です、皆様」
「あ、あれ?ヒカル…?」
帰ってきたスカイティアはヒカルを捉えるなり、唖然としていた。何故だ、解せぬ。
「……どうしましたか、スカイティア様」
「えっと…」
「…母親と伯父の元に帰ったんじゃないのかって。俺もそう聞いていたが?」
言葉を濁すスカイティアに代わって、クラウディアがヒカルに問う。ヒカルは「あぁ、そういうことか」と納得しかけたが。
「いやいや、帰るにしても流石に挨拶くらいはしていきますって」
幾ら何でも無断で親元に帰らないし、この状況だとスカイティアに言ったことはすっかりと聞き流されていたのか、と彼らの反応に納得した。
「「え」」
「あ、いえ、まだ帰る気はないですけど」
揃って声を上げた王子二人に、説明が非常に面倒になっていたが避けられない。
というか、これは何から説明すればいいのやら。そもそも俺がルゼノ王の子供だって話まで、聞いている訳?俺だって、情報量過多で衝撃を受けっ放しだったし…。
騒動の一端を知り、計画に加担していた等の理由も込みで、母と伯父、ユエとユオ、レーウィスはルゼノ王の元へと行ってしまい、現状ヒカルは一人でお留守番状態である。
……まぁ、纏まらない話を聞いているのも疲れるし、そもそも母から「子供は寝る時間」と強制退去させられたのだから、致し方ないけどね。でも、実際にはまだ早いぞ。母さん、俺の事いくつだと思ってる?離れ離れになった時から時間が止まってるんじゃないかな。
「……取りえず、お帰りなさい。まだ暫くはお世話になります」
一先ず、王都で駆けずり回ってきた王子の体調管理を優先しよう。東町の祭りの影響で王都もお祭り騒ぎだった上に、王城の一角で火の手が上がったこともあり、王都民の大多数がまだ屋外で過ごしていたらしい。そのお蔭か、署名活動や嘆願書の収集が順調だったようだ。
これ、既に夜中とか、眠っている時間だったらアウトだよね。安眠妨害だし。心証が悪いこと、この上ない。特に寝起きの悪い人とか、逆に寝付きの悪い人が寝た時に起こされた時の機嫌は最悪だし。
取り合えず王子二人は部屋に押し込んで、湯浴みと着替えと食事──時間が時間なので軽食──を用意した。レーウィスはユエ達について行ったので、手配して貰った人員により、取り合えず形になった。走り回ったからか、元々体力のあるクラウディアは「食欲がない」などと言うこともなく、さっさと食べ終わった。スカイティアもそれなりに空腹だったようで問題なく平らげた。
「では、おやすみなさい!」
「いや、気になって眠れなんだが…そもそも普段より寝るには早い」
「そんな疲れ切ったお顔で言われても、説得力がないです。それに、この後の話は物凄く長くなりますよ?そこで居眠りするお心算ですか?」
クラウディアは一晩くらい徹夜しても問題ないだろうが、スカイティアは本を読んでいても徹夜はできずに寝落ちすることが多々ある上に、明日以降は筋肉痛に悩まされるだろう。
「クラウディア様が寝て下さらないと、スカイティア様が『狡い』って言って眠らなそうですよね」
「……スカイティア?」
「勿論、兄上が寝ないなら俺も寝ません」
意図的かは知らないが、スカイティアは自分だけ知らない状況になるのが嫌なのだろう。……そう言えば、スカイティア様はステラ様の留学話を聞いたのも最後でしたしね。
「…………分かった。寝るよ」
「では、お休み…って!何するんですか?」
諦めたのか、溜息を吐いたクラウディアに腕を引かれたかと思えば、ヒカルはそのまま抱き抱えられた。
「お前も寝ろ。どうせ、お前のことだから今回の事の顛末も知っているんだろう?」
それは、つまり俺にも徹夜は許さんってことですね。
「全部じゃあないですよ。そもそも本当に見ていただけですし」
「この数時間に色々なことが有り過ぎただろう、今は休め」
クラウディアとスカイティアが何処まで知っているのかは知らないが、帰って早々にユエ達の居場所を尋ねない以上は、それなりに知っているのだろう。
クラウディアの腕の中で感じる体温と、少しばかりの振動が心地いい。そんな心地よさに急に眠くなってきた。休んでいいと母から言われても、まだ戻らない王子達が心配で眠れなかったが、漸くあるべき場所に彼らが戻り、安堵したからだろう。
クラウディアに自室の寝台の上に乗せられ、スカイティアに頭を撫でられる。瞼が重くなっては抗えず、意識が遠のいていく。
「お休み。そして今後も宜しく、俺達の弟」
遠退いた意識の中で、そんな声が聞こえた気がした。
◆◇◆◇◆
「──第一王女殿下が、お見えです」
ユエ達は王弟の謀反が一先ず終息し、戦場──というより一方的な捕縛現場──となった謁見の間から広間に移動していた。王弟と手を組んだマーシャンドが攻め込んできている辺境の情報は逐一入ってきているが、援軍を送るまでもないと判断されていた。そこへ、城下に出ていたステラが戻ってきたのだった。
「あら、お取込み中でしたか?」
何時もと同じ様に笑みを湛えて、颯爽と部屋へと入ってきたステラへと一斉に視線が向いた。謀反の全容──王弟一派の身辺調査も含めた内容──解明の為に集まっていたのだが、その中でも一つ確認をしなくてはならないが為に今か今かと王女の帰りを待っていたユエは、一層ステラに対して厳しい視線を送っていたのだが、この〈聡明で冷静な王女〉殿下はふてぶてしいまでに顔色を変えなかった。
「いや、気にするな」
ユエの様子に笑い出すのを堪えたルゼノ王の許可を得て、ステラは広間の中程──関係者がほぼ揃っていた席へとやってきた。そんなステラに、ユエはルゼノ王に許可を得た上で詰め寄った。
「待っていたよ、ステラ」
「何かありましたか?兄上」
「何かあった?…じゃないよね?僕を裏切ったこと、説明して貰おうか?」
何時もは笑みを絶やさないユエの怒りの形相に、ステラは大袈裟なまでに反応した。
「まぁ!裏切りだなんて…そもそも兄上の策って、実は重大な綻びがあることに気づいています?」
「綻び…?」
心底仕方なかったことなのだと言いたげな、困ったような、他人から見れば庇護欲をそそられるような表情で問われ、ユエは怪訝に眉を寄せた。
参謀が立てた作戦に不備があれば、実践であれば命取りになる。実践の場で『変えざるを得なかった』理由があるというならば、ユエにはその弁明を聞き、その指摘を受け入れ再考しなければならないという義務が生じる。その『綻び』とやらを聞こうとじっと見返せば、ステラは至極真剣な表情を浮かべた。
「ユエ兄上が『ご自分が慕われ、愛されていることに全く気づいていないこと』ですわ」
ビシッと眉間に指をさされ、ユエは目を瞬かせた。
「え、いや…それは…」
呆気にとられたユエに、ステラは畳み掛けるように口を開いた。
「貴方はずーっと、慕われているのは第一王子で異母兄であるからだと、身代わりである自分はあくまでも彼の代わりだと思い、私にもそう言い続けていましたよね?」
「だから…」
「だ・か・ら『愛され慕われているユエルディーネ殿下ではない自分』は例え消えても、誰にも悲しまれないと言い張っていましたよね?」
「ステラ…それは…」
「貴方が自分自身の価値を肩書と立場だけで見ているから、『自分の為に誰かが動き出す可能性』に気づかなかった。……そんな欠点のあるシナリオに、誰が最後まで乗りますか。自分で書き換えて、何が悪いんです?」
最後にプイっと顔を背けられ、ユエは絶句する。ステラに指摘されたことは、全て当たっていた。
ユエにとって『第一王子ユエルディーネ殿下』とは、今冷たい土の下で誰にも知られないまま眠る、短い生涯を終えた赤子のことだ。その彼に成り代わったからには、彼が歩むべきだった生涯を汚点のあるモノにしてはいけなくて。
それでも、自分の存在を利用されているのだと分かった時から、その王弟の息子として一緒に罰を受ける心算だった。自分の手で討ち取ることも考えていたが、それだけでは今のルゼノの『金髪至上主義』の勢力は変わらないから、機会を窺っていたのだ。
その機会が、今回の王弟の謀反だった。王弟を支持する『金髪至上主義』の一派を一網打尽にし、ほとぼりが冷めるまで髪色の異なる弟達には国外に出て貰うことにした。その手配をステラに頼み、暫くは荒れるだろうルゼノを、王とともに支える役割を担って貰う筈だった。勿論、その時には王弟の息子であるユエとユオには相応の処罰──斬首か、よくて自害──が下り、政の席はおろかルゼノの未来にも存在することはできないだろうから。
(それが、どうしてこうなったのか…)
王弟を含め今まで『金髪至上主義』を掲げていた一派を捕えながらも、多くの嘆願書と意見書──と言う名の圧力──に、ルゼノ王はユエとユオの処罰を王弟とは別に考えなければならなくなった。実際にはルゼノ王も一枚噛んでいると思われるが、そこは黙秘する。『王』という存在は公平でなければならず、どちらかに肩入れしてはいけないのだ。
(何時か、必ず消える命だった。仮初の人間だと理解していたから、僕は惜しくなかったのに…)
ユエは弟妹に『慕われ愛されている』のが、自分だと思えなかった。自分が『彼らの本当の兄』ではないと知っていたから。例え疑惑に過ぎなかったとしても、それが己に纏わりついた瞬間、自分が王の実子であるという証明ができないことに泣きたくなった。それでも立ち止まれなかった。
(王の実子かどうか不確定だから迷うなら、いっそ纏めて処罰して貰おうと思っていた……周囲を欺き、騙し続けていた僕は罰を受けて当然なのだから)
ずっと、そう思っていた。愛されているとか、慕われているとか。その全ては彼へと向けられる感情であった筈なのに。
──貴方が自分自身の価値を肩書と立場だけで見ているから、『自分の為に誰かが動き出す可能性』に気づかなかった。
そうだね、立場に拘っていたのは僕の方だ。
──そんな欠点のあるシナリオに、誰が最後まで乗りますか。自分で書き換えて、何が悪いんです?
あぁ、欠点があるなら指摘するか、自分で直すしかないよね。
ステラはユエが素通りしてきたことを指摘していた。目の前の異母妹──或いは従妹──は、じっとユエを睨みつけるようにして、深青色の双眸で『ご理解頂けましたか?』とばかりに視線を向けてくる。
「あっはっはっは!流石、ステラ王女!あのユエ王子を言い負かしちゃったよ!」
「……空気を読んでください、ルイ先生」
静まり返っていた──周囲は傍観していた──中、唐突にルイが爆笑した。……相変わらず、人をおちょくる要素は持っているらしい。
「えー?だって、ずっと兄妹で睨めっこしてるんだもん。それに、もう言葉では勝てないでしょ?」
「……そうですね」
今言い返すことができるなら、最初から黙っていない。
「という訳で、私は悪くないですよね?」
「……そうだね、今回は君の勝ちだ」
「やっと兄上に勝てましたわ!」
笑顔で拳を握ったステラに、ユエは額に手をやって苦笑する。年々この妹は手強くなっている。
作戦の綻びなんてと言われれば、次回の為にも策を改善しようとするところだけど、今はもう少しだけ、その思いつかなかった『自分の為に誰かが動き出す可能性』があったことを喜んでいてもいいだろうか。
書き手の存在しない自分の人生の中で、誰かが描いた物語の操り人形になる心算はない。描く結末は自分で決める心算だった。
それなのに、自分で描いた結末は優しい書き手によって書き換えられていた。それも態々幸せな物語を用意してくれたらしい。今後の苦難困難も多そうだが、一先ず目の前のフラグとやらは折れたのかもしれない。
(もしかしたら今後の人生のシナリオも、何度も書き換えられてしまうかもしれないな…)
そう思いながら、目の前で優しい微笑みを浮かべる存在を大事にしていこう、と手を伸ばした。




