王の審判
夜空に浮かんだ静寂の月は、何時もよりも神々しくて。星がちりばめられた空は明るく、まるで月を彩るように輝いている。ルゼノ城は静寂とは程遠い事態に見舞われていたが、それももう直ぐ終わる。
第一王子ユエルディーネが、王弟夫妻の実子疑惑に曝されて。
病死したとされていた王妃レノンが生きていることが発覚して。
今日だけで、どれだけの暴露話が出てくるのですかねぇ?俺がルゼノ王の子供だって話は、この際どうでもいいけどさ。
此処まで来ると、王の子がもう一人いたくらいでは驚かないだろう、とヒカルは己の立場は置いておいて、状況の成り行きを見届けることにした。
「さて、レノン暗殺未遂に関してはレイビス公爵の屋敷から押収された証拠はあるし、レイビス公爵の罪はその辺りで手を打とう」
「なっ…!?」
王妃の登場に騒然としていた中、ルゼノ王は処遇を決めることにしたらしい。
これで、レイビス公爵家は失脚となる訳ですかね。そして、三大公爵家──レイビス、ミストリア、シーザス──はすべて失脚が確定したことになるのか。わぁ、大変。
「この愚弟夫妻の処罰は一先ず精査する…捕らえて部屋に放り込んでおけ。罪状も過去を掘り返すと、膨大な量だしな」
「何を仰います、陛下!?私を処罰するなら、貴方が大切にされている第一王子ユエルディーネ殿下が一緒に処罰されるのですよ!?」
ルゼノ王の指示に、王弟が吠える。その必死さは、自分の思い通りに行かないことに気づいたことによる焦りか。
……ねぇ、犬の無駄吠え防止の道具いる?あ、顎が長くないから無理か。じゃあ猿轡とか。
いつの間にか拘束された王弟一派はミノムシと化してるが、その縛り具合がきつそうだ。長年の恨みが籠っているのだろうか。
王弟一派は王弟を支持しているというより、王弟が処罰されないことを悟って増長しただけの集団だ。それはルゼノ王支持派──第一王子派も第四王子派も同様──にとって厄介な存在だし、目障りで許せない存在だろう。近衛騎士や王族護衛部隊〈影〉も手出しできなかった状況から好転した為か、ここぞとばかりに恨みを晴らしているようだ。
自業自得だ。同情はしない。というか何なの?ルゼノ王の邪魔して楽しい?あんたら、税金を納めている一般国民の敵なんだよね。王に逆らう犯罪者なんて、ミノムシ姿がお似合いだよ。……でも、縄の辺りからミシミシ言ってない?骨、折れてない?顔色悪くなっている気がするけど?
近衛騎士と王族護衛〈影〉の皆様、相当な恨みがあるんですね。……まぁ、それだけの恨みを買っていることを知っておいた方が良いよね。俺は知らない。
「そうだな……ルイ?あの話はどうなっている?」
「は…!?」
ルゼノ王に呼ばれ、柱の陰からひょっこりと顔を出すのは、黒いローブを纏った男──ヒカルの伯父ルイだ。
「やっと呼んでくれた!!」
「……何時も勝手に入ってくるだろうに」
呆れたようなルゼノ王の眼差しに、気を悪くした様子のないルイの登場に愕然としたのは王弟一派とヒカルだけだ。……母さん、伯父さんもいたのね?いや、いない方がおかしいか。
「く、〈黒の予言者〉…!?」
「い、生きていたのか!?」
王弟一派は縛り上げられながらも、愕然とした表情でルイを見上げていた。その中には驚愕というよりも恐怖に満ちた表情を浮かべる者も多く、それだけ〈黒の予言者〉がルゼノに与えた影響は大きいのだろう。
「追い出されただけだし、生きてるよ~。ま、可愛い甥達を残して死ねないよね」
「……で?」
ルイは王弟一派を揶揄しているか挑発しているのか、満面の笑みを浮かべている。……あれ、王弟一派ってスカイティア様が〈黒の予言者〉の甥だって知ってるの?
それはさて置き、ルゼノ王の視線が怖い。呼んだのだからさっさと話せ、と言うことか。
「あぁ、はいはい、凡そ目論見通りだよ?」
「凡そ?」
眉を寄せるルゼノ王に、ルイは爆笑した。え、伯父、そこで何故笑う?
「そんなに大事なら多少の傷を負ってでも、さっさと実行すればよかったのに。……あぁ、その『凡そ』っていうのは、ちょっと予想を超える規模ってこと。ユエ王子達の支持者数が多すぎてさ。『分不相応にも反乱を目論んだ愚かな王弟と、聡明で国に貢献し続けてきたユエ殿下とユオ殿下を一緒にするなんて、言語道断!』とのことだよ?」
「「「な…!?」」」
爆笑しつつ書類の束を渡すルイにルゼノ王は満足そうに笑い、それに対し周囲は愕然とした。その書類は陳情書…嘆願書かな?
「ユエ、お前が処分を望み、私が連座の処罰を下した場合、この国が割れるようなのだが?」
「……は、それはどういう?」
ルゼノ王の問いに、ユエは理解できないと眉を顰めた。
「お前を支持していた基盤だが、その大多数はお前の実績を評価して、だ。ユエとユオへの評価は国民及び諸外国まで浸透しているからな…二人への処罰軽減の嘆願書が集まる始末となった…此処まで来ると、やはり文字通り心血を国に注ぎ込んだ王族を、実績皆無で謀反を起こした愚弟の血族と言う理由だけで処分を一緒にはできないだろう」
「な…え、何故、そんなことに?」
ルゼノ王の説明に、ユエも驚きを隠せない。王弟一派も予想外の事態なのか、愕然として開いた口が塞がらない模様。
いや、ユエ様達に謀反の計画を察知されていた王弟一派は兎も角、ユエ様も知らないところで別の動きがあったの?……まぁ、そのルゼノを震撼させる情報を齎した〈黒の予言者〉がいた訳だし、伯父さんは結構前からルゼノにはいたみたいだしね。
「この〈黒の予言者〉が色々と外で暴露してきた」
「えぇっ!?何か、僕を主犯に仕立て上げてない!?その大多数の案件を担ったのはステラ王女なのに!」
おっと、此処で女傑の王女様が登場ですか。え、ゾルドランへの留学話は何処へ?この状況だから中止に?……あぁ、いえ。今は貝になりますとも。空気は壊しません。
ルゼノ王とルイの言い合いは、やはり旧知の仲だからか気安い。
あの、一応、今謀反が起きていたんですよね?何か、あっさり片付いてますけど。
王弟が、今ユエ様達の処罰を絡めて脅しに掛かっているんですよね?でも、何か無問題のご様子ですね。
何故か、緊張感がないようにすら感じますけど、いいんですよね…?
「……クラウディアとスカイティアに手伝わせたのは、お前だろう」
「え、最初からステラ王女主導だけど?でも、こればかりは一人で背負おうとしたユエ王子が悪いと思う。だから、ステラ王女に裏切られるのに~」
「ステラが、裏切った…?」
呆然と、ユエが呟く。ステラの裏切りが信じられないとばかりの表情に、ルイは意地悪く笑う。
「今、王女殿下は各国に色々と情報を流して、圧力掛けに来ているよ?恐ろしいね、我が教え子ながら」
「あの子は…あの子達は、一体何をして…?」
「んー、簡単に言えば、ユエ王子が処罰された場合、今後起こるだろうと予想できる周囲への影響の暴露かな?」
くすくすと笑いながら、のらりくるりと肝心な事柄を述べないルイに、ユエは彼のローブをガシッ!と乱暴に掴んだ。
おおっ!ユエ様がお怒りだ!珍しい!……というか、伯父さんが来てから〈黒の予言者〉の独壇場?もう王弟一派は諦観しているみたいだし、いいのかね?
「ルイ先生、一から順に、全て教えてくださいな」
「わー。久々にその顔見たよ、懐かしい」
「ふざけてます?ステラは二人を連れて、ライゼルスに向かった筈なのですが?」
「うん、皆、王都にいるよ?そして、君がどんな出生の疑惑をもって、どのような心境で今まで国に尽くしてきたのかも知っているからね」
ルイは、まるで頑是ない子供を諭すように優しく穏やかに告げた。
「何故…ステラは僕を理解して、全てを受け入れてくれた。それなのに、どうして今更…」
「今まで第一王子ユエルディーネ殿下の傍で協力者として生きてきた結果、君に生きていて欲しいと思ったから、じゃない?流石に僕は隠し事が得意になってしまった君の妹姫の思考まで読めないよ」
……あぁ、そういえば、ユエ様とステラ様は〈黒の予言者〉の教え子でしたね。今更だけど、ステラ様?伯父さんのこと知っていてスルーしたの?
「ユエ、ステラの思惑が聞きたいなら後にしろ。此処では観衆が多くて纏まらないし、そろそろあの愚弟を殴りたくなってきた」
「は、はい…陛下の御前で取り乱してしました。申し訳ありません」
沈黙していたルゼノ王の穏やかならぬ言葉にハッとしたユエは、ルイのローブから手を離すと、臣下の礼で謝罪を述べる。
「ま、待て!ユエルディーネ殿下は兎も角、ユオまでだと…!?あの愚息まで、何故!」
呆気に取られていた王弟がハッとしたように声を上げた。ユエには第一王子の肩書と実績があるが、王弟子息のユオには『放蕩息子』という不名誉な噂がある。しかし、それが虚偽の姿であることすら、父親であるくせに王弟は知らないのだ。……勿論、それを狙ってやっているのだが、改めてこの男があのユオの父親だとは思えないし、思いたくない。
「ユオがどういった活躍をしていたか、お前は知らんよな?お前が今まで存在ごと無視し続けていたあの子が、どういった活躍で、この国に貢献してきたか」
──無視し続けた?
ルゼノ王は蔑むような眼差しで王弟を見下した。その空色の目には怒りと軽蔑と、哀れみさえ含んでいるのだろうか。……殴りたいってマジなのね?ルゼノ王、人間味が溢れてきていますね。
「あの放蕩息子が…?」
「表向きは、そうあったよ。お前達の目を欺き、国に尽くし、それでも最期はお前の息子として、罪人の息子として処罰されても構わぬと」
──これでも『放蕩息子』の看板を背負ってるんで!
そう明るく笑いながら不名誉な名を背負うことを良しとしたのは、この国に忠誠を誓った者だから。決して己の功績にならないように裏での活躍に徹して、表では堕落した姿で他を欺き続ける。
おい、王弟。それを聞いて、血が云々息子だから云々と道連れにされたら、周囲は納得はできんぞ。
人間は自己承認欲求の強い生物ぞ。何年もの間、裏方に徹していられる人間なんて滅多にいないぞ。
百歩どころか大陸半周分くらい譲ってユエ様とユオ様が王弟の子供だということは認められても、お前の血なんぞ大した役割を果たしてないぞ。……強いて言えば、顔?ユオ様って、顔立ちだけは王弟に似ているものね。性格は真逆だけど。
「……ヒカル、そんな目を何処で覚えてきたの」
「奴隷時代かな」
こそ、と母に尋ねられ、ヒカルは侮蔑の眼差しをそのままに応じた。そんなに酷い目をしていたかな、と思うが、そんなの知ったことではない。
ヴァイス様曰く、俺は『目は口程に物を言う』らしいから、今更だよね。……あぁ、別に場の空気を壊す心算はないよ。だから、口には出さないよ。いい子はお口にチャックをしますとも。
「あぁ、これは自分で説明するか?ユオ」
「……私の為にお時間を頂けるとは。感謝致します」
謁見の間の扉から入ってきたユオに、ルゼノ王は問う。何時もユオの顔に浮かべられていた白々しい微笑みは、今は何処にもない。
「あぁ、心配しなくても、ユオは我がルゼノ王家が引き取る。養子縁組もさっさと手続きするとしよう。お前達には一切干渉させん」
「え、陛下…?」
「まぁ!では、血縁的には私の子供でいいのかしら?子供が増えて嬉しいわ」
「王妃様…!?」
え、継母申請は挙手制ですか?確かに王妃様の妹の子供ですけど。……そういえば、その王弟妃はどうしたんですかね。会ったことないけど。
王妃の、まるでおねだりをするような──ただし拒否権は多分ない──台詞にユオは唖然とし、ルゼノ王は苦笑する。
王妃様絡みではルゼノ王陛下は絶対的な信頼を置いていますもんね。任せておいた方が安牌的な?
「ユオ、母親を選ぶなら早めにな。希望が叶うかは保証できないが」
「……陛下の御心のままに」
王の冗談めいた言葉に、ユオは何処か嬉しそうな、照れくさそうな表情で笑う。そんな彼からは初対面で見た胡散臭さは感じない。
ユエの安堵した表情も、きっと彼の中で気掛かりなことが決着したからだろう。
ユエ様、よかったですね。ユオ様が巻き込まれることを案じていたのは貴方ですもんね。
え、呆気に取られている王弟一派?どうでもいいんじゃないですかね。……あぁ、ミノムシは森に返しておけば……あ、王都は海ばかりに気を取られがちだけど、ちゃんと自然豊かなのです。森の愉快な仲間達と遊んでいればいいんじゃないですか。知らんけど。




