第一王子の秘密
先程入った謁見の間に再度到着すると、重厚な筈の扉は開けっ放しだった。
(レーウィス殿曰く、扉を閉めれば籠城も可能な強固な造りって話だったけど!)
そもそも城内に攻め込まれている時点で、敗北確定では?籠城ではなく脱出する必要に駆られるのでは?と到着するまでに疑問はあったが、それに対する答えは「逃げるにしても、援軍を待つにしても強固な造りであることが重要」とのこと。
(要するに『攻め込まれても王が首を取られるまでは問題ない』ということか)
援軍が望める場合なら籠城もありなのか、とヒカルは一先ず納得した。そもそもルゼノ城の構造を知ったところでヒカルが如何こうする物ではないし、それより重要なのは謀反の治め方である。ユエが駆け出したのは、父親であるルゼノ王の安否が不安だったからだろう。
「──何でさっさと逃げないんだよ!?僕の計画が台無しじゃないか!」
謁見の間の中の様子を窺おうとした瞬間、ユエの怒号が辺りに響いた。慌てて室内に入ると、憤慨した様子のユエの姿と、首を横に振る王の姿があった。
視界の端で倒れて拘束されているミノムシは無視します。陛下はお強いとは聞きましたが、その結果ですか?あぁ、いえ、何も見ていませんよ。……あぁ、ユエ様が率いていた〈影〉の護衛の仕業ですかね?イエ、俺ハ何モ見テイマセンヨ。
「どうして、こういう時に保身を考えないかな…!?」
「ユエ様、少し落ち着いて説明されないと伝わりませんよ」
声を荒げるユエを宥めるヒカルの母親であるレイに、じとっと冷たいユエの眼差しが向けられた。けれど、レイに動じた様子はない。
「レイ、説明して脱出させてくれる予定だったよね?」
「あら、この様子で私の苦労を察して下さいません?」
「……ごめん、僕のミスか」
困ったように頬に手を当てるレイを捉え、次いで王の姿を捉えたユエはすっかりと意気消沈した。普段は穏やかなユエの眉間に皺が寄り、幼い印象は消え失せている。
えーっと、知り合いなんだね、ユエ様と母さん。いや、今更か。俺がルゼノ王の子供だって話だし。何処かで接点あってもおかしくないし。……ん?何か引っかかる。
何が気になったのかと言うと、ユエと母の関係性並びに自分の出生と、そして母と伯父から説明された内容に何処か既視感があったことである。
ヒカルの母親と伯父はオルバの友人で、祖父は貿易商で同じくマーシャンドの間諜疑惑を受けて亡くなっている。その後、マーシャンドの情報集めの為に国を出ようとしたところで、ヒカルが生まれた。
(……で、この内容は、スカイティア様が説明された母と伯父の話に似てるんだよね)
スカイティアの母親は正妃の侍女で、母の兄である〈黒の予言者〉は情報屋、オルバが経営する喫茶店兼情報屋を営み、ユエとステラの教育係だった。祖父は東洋の貿易商人で、王宮でマーシャンドの間諜疑惑による迫害を受けた際に亡くなっている。その後、〈黒の予言者〉は妹とともにスカイティアを王城に預けてルゼノから姿を消した。
これ、条件ぴったりじゃない?いや、何故今まで気づかなかった?スカイティア様と俺の母親って、同一人物なの…!?
衝撃の展開にヒカルの思考が暫し停止する。……おぉ、物凄く吃驚だわ。
しかし、そうなると不可解に思うことがもう一つ。母と伯父の復讐計画は、同じく復讐を計画する者がいる為に実行に移せないと言っていた。その復讐者とは、一体誰なのか。
「おや、随分と手間取っている様で」
「この馬鹿王を何とかしてくれ、レーウィス」
「すっかりと御疲れですね……陛下に対して暴言を吐くなど珍しい」
レーウィスの肩に凭れ掛かるユエを捉えたルゼノ王は、次いでレーウィスを捉えて溜息を吐いた。
「レーウィスも加担していたのか」
「はい、加担と言うよりも首謀者の一人ですけれど」
嫣然と何時もと変わらない笑みを湛えるレーウィスに、ルゼノ王は何処か困ったような顔をしてユエを振り返った。
「……あの愚弟とその一派の反乱を急ぐ理由があったのか?」
「陛下こそ、何故そんなにも悠長なことをされているのです…!?」
意気消沈し力なく項垂れていたユエがバッと勢いよく顔を上げた。青い瞳が照明に照らされ、氷のような冷たさを放つ。
「ユエルディーネ、お前が願う先は何だ?」
「……え?」
「お前は王座に興味がないだろう?」
王の指摘に、ユエは動揺する。ユエに野心がないことを改めて指摘されたところで、それは今更ではないだろうか。
「王にならず、王兄として外交を担い、ヴァイスの補佐を行う心算があるならば、それも一考した。だが…私には、お前が生き急いでいるようにしか見えない」
「……それは、陛下が余りにも王弟を自由にさせておくからでしょう?あの時も、いえ、過去何年にも亘って王弟が働いた悪事は証拠が揃っている。それなのに、何故処罰しないのですか…!?」
ユエの意見には、ヒカルも同意する。ヒカルが関わった、王弟に関する案件は第四王子誘拐事件だけだが、それでも王弟の心証は悪過ぎる。……うん、だって会食の席でも、あからさまな敵視というか侮蔑の視線を送ってきたのが、王弟だったもの。
「──おやおや、ユエルディーネ殿下ともあろう方が陛下の御心を読み間違えるとは」
あ、お邪魔虫が来た。思わず、その声に目を据わらせる俺は悪くないと思う。実際、皆様が物凄ーく穢れたものを見るような眼をしているもの。そりゃ、現在進行形で謀反を起こしている張本人ですものね。
おっと、謀反を企てた王弟の派閥には、俺に近づいてきたお貴族様もいたんですね。はて、何がしたかったのやら。
王弟の登場は恐らく予定されていたのだろう。先程のように〈影〉から連絡があったのか、驚くこともなく視線が一斉に向けられた。
「そういうお前は、私の心が読めているとでもいうのか?」
「我々は二人きりの兄弟ではないですか」
「それもそうだな…私にはお前が理解できないが」
「それは陛下が私のことよりも、もっと大事にされているものがあるからでしょう」
これだけ聞くと、兄の心を理解している良い弟の台詞。聞くだけなら和む内容なのに、物凄く現場がヤバい。
何これ、あちらこちらから爆音響いていますけど。窓の外がほんのり赤く染まっておりますけど。結構激しい戦闘をしておいでで…?皆様、大丈夫でしょうか?
序に、遠くに見える建物は完全に火の手が上がって崩れていますけど…?
それはさて置き、王弟の登場で謁見の間は気温が低下した気がする。……ルゼノ王の機嫌が急降下したことは言わずもがな。
「しかし、兄上が私を処罰できない理由は、ユエルディーネ殿下も知っておられた方が宜しいでしょう」
「今現在、ルゼノ王陛下に反意を抱き、謀反を起こしているお前に説教される筋合いはない」
おぉっと、ユエ様の纏う雰囲気がブリザード。お伽噺の王子様の仮面は何処かに投げ捨てた模様です。
「そう仰らずに…私が何故今まで繰り返してきた数々の行いが許されてきた理由は──」
態々意味深に笑みを浮かべる王弟に、ルゼノ王は苦虫を嚙み潰した様に表情を浮かべた。それに、王弟は益々勝ち誇ったかの様に笑みを深めた。
「貴方ですよ、ユエルディーネ殿下」
「は…?」
思わず口に出た言葉に、ヒカルは慌てて口を押さえた。
え、何で、ユエ様が王弟の処罰に関係するの?ユオ様なら連座で処罰されるだろうって最悪な展開を予想していたけど、ユオ様はきっと覚悟しているよね。
ユエ様は、ユオ様が処罰されてでも謀反を起こしている王弟を、その一派を処罰するべきと動いた訳で…。
ユオが王弟の息子であることが、どれだけ惜しいだろう。功績を称えられる人生を歩んでいた途中で、愚かな父親を取り巻く状況が有利にならないように、と栄光の道を絶って舞台の裏側に回った。しかし、ユオ自身がどれだけ王弟を嫌悪し距離を置こうと、王家側について動こうと、その血は王弟のものだ。連座での処罰を免れられない。
言い方は悪いけど、ユオ様はその階級に生まれ、愚かな父親を持ってしまったことが運の尽きレベルで、もう避けられないんだよね。なんて残酷な運命!
ヒカルがどれだけ思い悩もうと、現状は変わらない。ユオが腹を括ったからこそ、ユエは動いたのだと思っていたけれど。
「貴方は、兄上の本当の子供ではないのですから」
──ルゼノ王の、本当の子供じゃない…?
王弟に告げられた言葉にはヒカルだけではなく、レイも驚いたのか目を丸くしている。しかし、ユエとレーウィスは表情を変えなかった。
「貴方の父親は、私ですよ」
何処か勝ち誇った様な笑みを浮かべる王弟に愕然としたのは、束の間だった。
「……それが、どうした?」
王弟の言葉に、ユエが静かに返す。
「そんなこと、昔から知っていた。だから、僕はずっと王太子として認められなかったのでしょう」
ユエの何処か嘲笑めいた笑みと言葉に、王弟は瞠目していた。衝撃の事実として告げた心算が、不発だったのだから仕方ないか。……いや、俺達には十分衝撃的だったけど。
しかし、それが事実だとしたら。正妃──つまり、王の正妻の子供として生まれ、その立場は王位継承権第一位である筈の第一王子ユエルディーネが、今までに王太子として擁立されなかった理由は出生が疑わしかったから?
衝撃の事実に今日は何度出くわすのか、とヒカルは頭を抱える。しかも事態が物凄く不穏だ。
だって、物凄く下世話な話だけど、正妃が浮気したってこと?修羅場かよ。しかも、相手が夫の異母弟?それも妹の夫でしょ?
何処かの屋敷で起きた事件を思い浮かべて失笑すると、母親であるレイがヒカルの肩を突き、首を振る。
……母さん、俺の考えが読めるの?それは、正妃様は浮気するような女性じゃないってことだよね。そういえば、ユエ様は一度も俺達の前で正妃様を「母親」とは言わなかったけど、そういうことなの?
ヒカルが「ユエの母親は凄い方だ」と言った時、ユエが言い淀むような様子を見せたのは「正妃が自分の母親であること」を肯定することができなかったからか。
「ユエ、それは違う」
ルゼノ王は首を横に振る。それに驚いたのは、ユエだった。
「じゃあ…いえ、それはどうでもいいです…!今は、王弟の謀反が問題なのです。陛下が、王弟への処罰を躊躇していた理由が、僕の出生にあるなら!僕はその事実を知りながら、陛下の第一子だと…第一王子だと周囲を騙し続けていたことを含めて、処罰すればいいことなのです!…僕とユオはずっと覚悟していたのですから!何の非もないユオは不憫ですが、僕には陛下と周囲を欺き続けようとした罪がある!」
寧ろ罰されたいのだと言うように、ユエはまるで子供が縋り付くようにルゼノ王の衣を掴んだ。
「分かっているのでしょう…!?ずっと、レイビス公爵家は!貴方の、弟は!貴方を欺き、貴方を軽んじ!僕を利用して、貴方を貶めたかっただけなのです…!」
何時になく感情的になったユエの吐露をルゼノ王は受け止め、冷酷なまでの視線を自分の異母弟に向けていた。その怒りを滲ませた視線に王弟が息を呑み、その場に凍り付いたように立ち竦む。まさに「蛇に睨まれた蛙」である。……それでよく謀反を起こす気になったな、と蔑んだ俺は悪くないと思うよ。
現状、どう見てもルゼノ王がユエ様の父親ポジション。
王弟、貴方はお呼びでない。序に言えば、血の繋がりが全てだと思うでない。
王族と言う階級に坐する以上、血の繋がりが大きいことは否めない。しかし、この様子を見て、誰もユエが王弟の子供だと思うまい。
いっそ、その事を知っている奴らを締め上げればいいんじゃないですかねー?王弟の謀反に加担している勢力は言わずもがな、だけど。
ユエ様を排して得るものがあるほど、この国って野心と実力を兼ね備えた人材がいたんですかね?ステラ様が留学して抜ける穴を補う為の人員配備すら問題になっているのに…まったく、嘆かわしい。
ヒカルが現状を客観的に見ている中、ユエの懺悔とも取れる吐露が続く。
「……ずっと、苦しかった。悲しかった。貴方の子供でないことも、どれだけあの子達に兄と慕われようと、所詮、僕は偽物で…だけど、どうしようもなく愛おしくて仕方なかった。だから、せめて最後まで彼らの為に、貴方の為に人生を使うと、あの日に決めた…!」
あの日、と聞いてルゼノ王の眉がピクリ、と動く。思い当たる日があるのか苦々しく歪んだルゼノ王の顔に、ユエは傷ついたような悲しげな、まるで行き場を失った迷い子のような顔で視線を落とした。
「……あの日から、自分が憎くて仕方なかった」
ぽつり、とユエが吐き出した。
彼の名前──〈古の神聖なる月〉が、本当は彼の名前でないことを知った日のことを。




