不穏な再会
ヒカルは伯父ルイとの再会から三日後、オルバが経営する喫茶店で伯父と会う約束をしていた。
「──早いね、ヒカル殿」
伯父と既知の仲であるオルバに迎えられ、ヒカルは店内にまだ伯父がいないことを悟る。
「まだ来ていなかったのですね」
「まぁ、時間にルーズな人達じゃないから、五分くらい前に来るんじゃないかな」
ヒカルが視線を向けた先にある時計は、待ち合わせ時間の十五分前を指していた。ヒカルの予定通りではあるが、城を早くに出たのは偏に王都の現状が問題であった。
王都の東にある町で、隣国との交流会とされる催しが開かれている為、ここ最近の王都は人の流入が激しい。王都を経由して東町を目指すのか、様々な方向から王都に人が集まっている。
……王都に人が集まりすぎ。活気があって、商業的にはいいんだろうけど、普段より混雑し過ぎて流されるわ。
元より、観光地としても栄えている王都である。人口は多く、更に西南北の方向から人が流入している為、大通りは満員御礼である。ヒカルのように小柄な子供が自由に行きかうことは不可能と言えた。遅刻する可能性を考えた結果、王城から早めに出ることにしたのだ。普段は人気が少ない裏通りまで人が溢れ、物売りまでいるという、臨時的とはいえ奇妙な光景であった。
「此処は静かでいいですねぇ…」
「閑古鳥が鳴いてるしね?」
冗談交じりに笑うオルバに、ヒカルは「今日はわざとでしょ」と肩を竦める。
この喫茶店兼情報屋は「隠れ家」であることを売りにはしているが、実際は繁盛しているようだ。オルバの容姿も売り一種だと思う。今日は旧知の仲であるヒカルの伯父と母の為に、店を臨時休業にしてくれただけだ。
「それにしても、今日は保護者同伴じゃないんだ?」
「保護者…あぁ、スカイティア様達ですか。今頃は、王女殿下とのお別れに沈んでいるんじゃないでしょうかね」
第一王女アルトステラは昨日中に東町に向かう為、王都を発っていた。東町の催しに臨席し、そのまま一年程度、隣国へ留学することもあって彼女の異母弟は面倒なことになっている。
……仲が良いのは結構。でも、再び引き籠りとかやめてね、スカイティア様。
王女との別れに、スカイティアは今朝から元気がなく、正直ヒカルが出掛けに掛けた声も聞こえているのか怪しかった。
因みに、他の兄弟は王女との別れを悲しみ、沈んでいる時間はないようである。
ユエは通常業務に加えて東町の催しに関連した諸行事も抱えて、多忙となっている。クラウディアは王都の人口流入と流出に関する対処の為、今朝から出払っている。
ヴァイスは……多分、シュナイザー伯爵による通常授業でも受けているのだろう。落ち込んでいる暇があるなら、勉強をさせていると思われる。集中できるかは別として。
「王女殿下は今頃、隣町の催しに臨席されている頃か」
東町の様子など知らないヒカルは、今回の催しが隣国ゾルドランに纏わるものだという程度の認識である。何故だか情報屋なのに情報をすらすらと話してくれるオルバの言葉に耳を傾けている内に、待ち人がやってきた。
「お、もう来てたか。遅かった?」
「いや、時間ぴったりだけど」
「あら、五分前につく筈だったのに」
カラン、と音を立てると同時に時計を見れば、待ち合わせ時間丁度。変わりなく黒いローブを纏う伯父の後ろから現れたのは、対照的な白いローブを纏った女性。ヒカルの母親である。
「母さんは兎も角、伯父さんは待ち時間を嫌うよね」
母は何事にも余裕を持って行動するが、伯父は時間の無駄を省く性格である。伯父は時間を有効的に使っていると言えば聞こえはいいが、一緒に行動する側からすれば少々ハラハラするのだが。
「兄さん、ヒカルがルーズになったらどうしてくれるの?兄さんの真似をしては駄目よ、ヒカル」
「既に人格が完成しているよ。少なくとも時間に余裕を持つことに抵抗はないから」
母の注意に、ヒカルは頷く。再会一言目としては何ともサバサバとしているが、お互いの性格上、致し方ないだろう。
「……本当に、感動がないですね」
「オルバ、これが通常」
「えぇ、お邪魔虫は退散しますよ」
突っ込み役のオルバは以前と同じ飲み物をヒカルに出し、伯父には果実水、母にはブレンドコーヒーを出すと、さっさと奥に引っ込んだ。店は閉めているから自由にして構わない、という。
「さて、改めて本当に久しぶりだね」
「元気そうで何よりね」
にこにこと、よく似た顔で笑う母と伯父は数年ぶりではあるが、変わりないようである。
「もしかして、二人とも結構前からルゼノにいたの?」
「あら、知ってたの?」
「伯父さんが、友人の伝手で俺が『ルゼノの王宮にいる』と知っていたってことは、そうなのかなって」
友人宅が何処にあるか知らないが、ヒカルの所在を知るだけの情報を集めるのにどれだけ時間を要するかを考えれば、やはりルゼノに以前から拠点を構えていたと思われる。母達がルゼノ生まれとはいえ、奴隷になったヒカルを探し出せるだけの土地勘と伝手を持っていたことには感服する。
自分達の容姿は余りにもルゼノ人とは掛け離れているが、半分はルゼノの血だという。加えて、ヒカルはルゼノ北東生まれということは父親もルゼノの人間である可能性が高い。
「俺の父親って、ルゼノ人なの?」
「そうだよ?言ってなかったっけ?」
あっさりと肯定された。四分の三がルゼノ人の血である筈なのに、ヒカルの容姿は完全に東洋人である。
……気にしたことはなかったけど、俺の父親って誰だろう。
物心ついた時から三人で、父親の姿はなかった。しかし、三人であることが当然であり、周囲も──勘違いではあるが──ヒカルと伯父と母の三人で一つの家族としてみていたことからも違和感がなく、それが当たり前で疑問にも思わなかった。
「生きてるの?」
「え、それを聞く?」
「……聞いちゃまずかった?」
というより聞き方の問題か。これは会ったこともないヒカルだから気にしなかったが、母にとっては超重要であり、場合によっては地雷である。
「生きているし、元気よ。聞く限りでは」
何だ、問題なかったか。母の淡々とした様子に、ヒカルはほっと息を吐く。
「何故、父親と一緒でないかは聞かないの?」
「あ、そうだね…」
父親、と言葉では聞いても、どうにも実感が沸かない。ヒカルにとって、ずっといなかった存在だ。今更どの面下げて会うのかと思いもするし、母や伯父が恨んでいる訳でもない様子からして、喧嘩別れをしたのでもないのだろう。
「まぁ、実感が沸かないよね」
伯父は、ふう、と溜息を吐く。
「この話をするには、少々面倒事になることも覚悟して欲しいのだけど」
「え、面倒事になるなら知らなくていいや」
「ぷっ、やっぱりそうなるよね…」
ヒカルの拒否に伯父は噴き出し、母は素知らぬで顔でコーヒーを飲む。
「……うーん、概要だけ話すとね」
「え、聞く必要ある?」
「これは、僕達が旅をする必要に駆られた理由でもあるから」
思った以上に大事のようだ。
「君の父親は、ルゼノの身分の高い人だった」
「…え」
最初からめっちゃ面倒なフラグが立った。
「その男の家は、僕達の父親…君の祖父を主軸とした商隊と良い付き合いをしていた。けれど、その商隊はあらぬ疑いを掛けられ、迫害された」
それは無責任な〈黒の予言者〉の噂に加えて、隣国マーシャンドが侵攻して来たことによる、王宮で起きた迫害と同じことか。
「君の父親は、マーシャンドとの戦の最前線にいたよ。彼が家を空けたことで、家の中ではその男の弟が力を振るい、商隊の何人かはその場で亡くなった」
「その時、父が…貴方の祖父も亡くなったわ」
「……国を出るだけじゃ、ダメだったの?」
故国を出た理由は分かるが、その後も転々とした記憶がある。ルゼノを離れ、何処かの国に居を移せば済む話だろうに、何故か拠点を転々とした。その過程でライゼルスにも立ち寄り、数か月を過ごした。……そして、俺は奴隷狩りにあった、と。
「だって、父の敵を討てないじゃないか」
「……あ、そういう」
あっさりと述べる伯父に、ヒカルは失笑した。何となく、伯父の思考が読めた。……読めたけど、本気で?
「父の敵は国だからね…どうやったらマーシャンドを潰せるかなって考えたら、まず情報が必要じゃないか」
「こればかりは情報戦と言うか、ねぇ?策を立てるにも、仲間集めも必要だし」
予想通り過ぎる伯父の返答に、意義もないと母も肯定している。
いや、それは一介の庶民が考えること?違うよね?
そもそも祖父の死に関して、マーシャンドは間接的な原因だよね?噂の元と言うか。
それでも復讐相手は実行犯だけでは足りないってこと…?
疑問符だらけの頭の中で、不意に思い浮かんだのは父親の存在。聞く限りでは元気だという、まだ見ぬ父親。
もしかしたら、彼は戦で負傷したのかもしれない。そして、母達を守れなかったことを悔いているのかもしれない。
……愛して、くれていたんだろうか。
そうでもなければ、この伯父と母がそこまで行動に移さないだろう。勿論、祖父の敵ではあるのだろうが、それなら実行犯だけを締め上げれば十分な筈だ。
「こればかりはマーシャンドにも、実行犯にも痛い目を見て貰わないと」
「えぇ、こればかりは…」
怒りを滲ませる言葉の節々と不穏になった空気に、ヒカルは「相当な恨みだな」と果実水を口に含んだ。
記憶にない父親にも祖父にも憐れみは抱くが、悲しいとは思えない。会ったことのない者に対して抱ける感情というのは、冷たいようだが、余りにも少ないようだ。これに関してはヒカルの性格の問題か、奴隷生活における理不尽な環境での人格形成の問題かは不明だが、それだけ熱く燃えている母達に水を差す真似はしない。
「──じゃあ、また旅をするの?」
ヒカルの所在確認ができた以上、その復讐計画を立てる続きをするのかと問えば、二人は顔を見合わせた。
「それなんだけど、困ったことになっているのよね」
「その復讐においては、僕達と同じ相手に、同じような恨みを持っている人がいてね?」
「……相当な恨みを買っているんだね」
その当時の迫害の規模がどの程度かは知らないが、国全体で噂が流れて迫害されていたからこそ、国外に逃れるしかなかったのだろう。恨みを持つ人間が他にいないという方が、無理か。
「同じ相手ってことは……同じ商隊の家族とか?」
分かっているなら協力すればいいのでは?と情報網だけ異様に発達している伯父達を見上げれば、そこには、やはり困った顔した二人の顔があった。
「簡単にいかないから、困っているんだよ」
「既知の仲とは言え……恨みが根深い」
「え、他人の事言える?」
個人で国を潰す計画を立てるのに?というヒカルの怪訝というか呆れた眼差しに、伯父と母は若干目を逸らす。自覚はあるらしい。
「まぁ、彼らの場合は色々と複雑でね。目的は一緒なのに、個人的な事情でバラバラになっているというか…」
「個人な事情…?」
「そう、凄く複雑だけど、僕達からすると意地になっているだけというか…」
「それだけ責任を感じているようなのだけど…」
頭を抱えているような二人に、ヒカルは首を傾げた。複雑だと言われるが、所詮は他家の問題なので、詳しくは語られなかった。
しかし、その恨みを抱き同じく復讐計画を練っている相手を知るまで、そう時間は掛からなかった。




