邂逅
ルゼノの城下町で起きた一騒動。『黒髪』を忌避する国柄の為、都民から困惑や驚愕といった視線を注がれたが、そんなものは知らんとばかりに撤退した一同は、街中では落ち着いて話ができないと隠れ家のような喫茶店を頼った。マスターのオルバは迎えた瞬間、驚いたような顔をしたが、これだけ大勢で押しかければ当然だろう。
ごめんなさい、マスター。退避所にさせて頂きました。何も聞かないでいてくれるの、マジで助かります。
「改めまして。僕はルイと申します。ヒカルの伯父です」
それはさて置き、そこで改めて自己紹介をする伯父に、ヒカルは腹の辺りが少々むず痒く感じた。……いや、だって身内を紹介するって、なんか気恥ずかしくない?
「ルゼノ第一王女アルトステラですわ」
「第三王子スカイティアと言います」
ステラは愛想よく笑みを浮かべているが、スカイティアの表情はやや引き攣っている。
「よくヒカルの居場所がわかりましたね?」
「えぇ、ちょっと昔の伝手を頼りまして」
にこやかに話をするステラと伯父に、ヒカルは少々空寒いものを感じた。
「まぁ、ルゼノに伝手が?……ですが、それだけでは難しかったのでは?」
「えぇ、大陸中を彷徨いましたよ。友人に問い合わせたりして…でも、見つかったのは奇跡ですね」
「そうでしょうね…ルゼノは黒髪黒目が珍しいとはいえ」
「ライゼルスだったら無理でしょうね。あの国は範囲が広い上に、人種は雑多ですし…」
王女に対して気負うことなく話す伯父に、ヒカルは「こういう人だったな」と思いながら、果実水を口に含む。
「…ヒカルがライゼルスにいたことも御存知だったのですか?」
「えぇ…一足違いで見つかりませんでしたが」
スカイティアの問いに溜息を吐いた伯父だが、そこまで把握されていたのだという伯父の伝手が末恐ろしく感じる。
「ヒカルが囲われていた家については御存知でしたか?他にも問題があったようですが」
ライゼルスの貴族に一時飼われていたことが報告に上がっているのは当然としても、ステラは何か思い当たる節があったようだ。
ステラが暗に示すのは、エリステオ伯爵家に囲われていた『黒髪』の奴隷達のことだろう。『ルーイ』という意中の男性の代わりにされたと思われるが、それが伯父と何の関係があるのか。
「恥ずかしながら、僕が原因かと。あの家の令嬢には少々問題があったのですが…まさか僕を誘い出すためにヒカルを誘拐したのかと思うと…」
「え…あの人が言っていた『ルーイ』さん?って、伯父さんのことだったの?」
「あぁ…ライゼルスだと、僕の名前のルイは『ルーイ』とも発音されるから、そのせいかな」
あぁ、成程。……ん?いや、待って。それにしてもカナリアって、伯父さんのことが好きだった訳?うーん、確かに伯父さんは独身だけど、年齢的にはどうなんだ。
何時何処で知り合ったのかと首を傾げるが、この博識な伯父のことである。その伝手と言う中に、貴族階級の知り合いでもいたのであろう。昔は家庭教師とか、そういったこともやっていたらしい。
いや、伯父が良いならいいのさ。でもね、あのカナリアは……嫌だわ。というか、あれは何か別次元にいる感じがする。
「件の令嬢とは親しかったのですか?」
「いえ、少々話をする機会があった程度ですね。令嬢が落とされた髪飾りを拾っただけですし。他には覚えがないのですが…」
え…その程度で、あんなにも執着されるの?あ、普通じゃないのか。見てくれだけで惚れて、同じ髪色の男を集めるくらいだし。
伯父が美丈夫であることは認めよう。旅先ではヒカルの母親が離れている間に、何人もの女性に声を掛けられていた。
兄妹なのにヒカルがいるせいなのか、夫婦と一人息子の家族扱いにされることが多々あった。……困らないけどさ、女性の片親よりずっと安全だという伯父の言葉も分からなくはないし。
「ただ噂によると、僕と会ってから奇行に走り出したようなことまで聞いていたので……余程、出逢い方が令嬢好みの状況だったんですかね?それなりに年齢差がある筈なのですが」
運命の出会い的な?元々夢見がちな令嬢だったとしても、普通は軌道修正されるものだけど、あの家ではできなかったんだろうな。……ルシル様、本当に不憫。
「確かに実質的な年齢ですと、一回り位違いますか。でも、ルイ殿は若く見えるようですし、貴族階級ではその程度の年齢差は問題視されませんもんね」
「若く見えるって…それも、悩みどころなんですよ。『年を取らないのか?』と此方の友人には言われますし…髭でも生やしますかね」
顎を触りながらぼそり、と呟く伯父を、ヒカルは凝視した。
「え、髭、生えるの?」
「髭、生えないの」
「じゃあ、無理じゃない」
「本当にねぇ…つけ髭とか?」
考え込む伯父に、寧ろそこまでする意味は、とヒカルが問えば、伯父は神妙な顔をする。
「ヒカルも、大人になってみれば分かるよ。自己紹介に年齢を言っても、信じて貰えないから」
「……そうなの」
それはそれで確かに嫌だな。多分俺が成人しても、此処では酒を出しては貰えないかもしれない。
「そこのマスター、笑ってないで。グラス空いたよ」
普段の様子は知らないが──ヒカルが来店する際には『準備中』が多い──、沈黙を保っていた筈のオルバは伯父に睨まれた。……笑ってたの?マスター。
しかし、伯父と既知の仲であるらしいオルバは慌てることなく「何時もので宜しいですか?」と聞いて、他にも注文を受けた。
「……数年、離れていても仲が良いのですね」
「え?あぁ、この伯父ですからね」
「何か棘を感じるよ?ヒカル」
「気のせい」
適当に流せなければ、延々と雑学教授させられるの。それはそれで面白いけど、熱中すると寝食を忘れる質だからダメ。母さんに叱られる。
「あの、話を切るようで申し訳ないんですけど」
「はい?」
「ヒカルを連れて帰る心算で、いらしたんですよね?」
急な話の切り替え方だが、本題は寧ろそれだ。何を和んでいたんだろう、とヒカルは息を詰まらせた。
ずっと帰りたかった。母と伯父の元に。
でも、ずっと一緒にいられると思っていた。スカイティア様達と。
それが矛盾していることだと、どうして思わなかったのだろうか。
鳴りを潜めていた想いが騒めいて、ヒカルはぎゅっと服を握り締めた。
「その心算です。しかし…先程も申し上げたように、僕にはルゼノの友人がいて。その者から王城の情報を貰っていたので迷っていたのです」
「え?」
「『王族に頼られる有能な第三王子付きの小姓』だったかな」
「あ…」
そういえば、そんな噂があった。出処は第一王子のユエだろうが、それに何の意味があったのか。
「ヒカルが王城で楽しくやっているなら、それもいいかと思っています」
「「え?」」
はっと顔を上げると、スカイティアと同じタイミングで伯父を見た。ステラは落ち着いていて、表情は澄ましたままだ。
「ただ流石に一度、妹とは会って話をして欲しい。ヒカルが誘拐されたことには、君の母さんも怒りと心配とで一時は情緒不安定になっていたから」
あぁ、それは当然か、と伯父の言葉が腑に落ちる。
母は、とても感情豊かな女性だった。茶目っ気はあっても怒ったり泣いたりすることが殆どなかった伯父と、それに相反するようによく笑う、表情が豊かな女性だ。……二人を足して割れば、丁度いい気がする。
「それにしても奴隷として転々と移動した挙句、国を跨いだかと思えば生まれ故郷に戻ってきているって……強運と言えばいいのかな」
「え、俺ってやっぱり生まれはルゼノだったの?」
道理で記憶の節々に既視感を覚える造りとか、聞いたことのあるような地名がある訳だ。
「生まれたのは王都ではないけどね。ルゼノの北東地域だよ…僕達も半分はルゼノの血が流れているし」
「物凄いカミングアウトだね」
その容姿は完全に東洋人だといわれているのに。東洋の遺伝子、濃いなぁ。
「それでは直ぐに引き取る、という訳ではないですね?」
「えぇ、これに関してはヒカル次第ですね」
「俺が決めていいの?」
自分に決定権があるのだと言われ、ヒカルは再び行き場のない手で服を掴んだ。
「当然だよ、これは君の人生なんだから。まぁ成人するまでは親元で暮らすのが一般的とはいえ、東国では奉公に出たり、諸外国の教育機関では寮生活をする子らもいるから。少なくとも、僕は型に当て嵌める気はないしね」
伯父は元々楽観的か、客観的かつ悲観的に物事を見る傾向にあるという両極端な人だ。割り切りが凄いというか、発想の自由さと柔軟さなどは優秀だろう。
「それに、問題が他にありまして…」
「何でしょう?」
改まった伯父に、スカイティアが首を傾げる。
「ヒカルは一度、奴隷商館から買い上げられていますよね?その辺りの経緯は僕には分からないのですが、一般的に奴隷が買われるとなると、それなりの代金が発生している筈…しかし、元は誘拐された子供という時点で法的拘束力がないとされる国も存在します。……この辺りの手続きは、ルゼノではどうなっているのでしょうか?」
「え…と…」
伯父の問いに、スカイティアが言葉を詰まらせる。
そう、俺は忘れられがちだけど、最初は『奴隷』として贈られた筈なの。スカイティア様に『奴隷はいらない』と言われ、枷も首輪も外されて『自由』を与えられたんだよね。
で、はっきりしない身分だけど、多分小姓と言う扱い。シュナイザー伯爵やライゼルスの方々にはそう認識されているから、間違いではないと思うの。
「それに関しては今一度確認いたいしますが、そのままヒカルを引き取られても、王城に残るにしても問題がないことになっています。ヒカルが奴隷として一貴族から贈られたとはいえ、その段階で既にスカイティア個人の所有物という扱い。しかし、スカイティアが奴隷という存在を望まなかった時点で、ヒカルの『奴隷』という身分は消滅しています。スカイティアの所有物でない以上、何処を居場所とするか、ヒカルの自由意思に掛かっているということになりますわ」
ステラの流れるような説明に、スカイティアはほっと息を吐く。
ヒカルを縛るものは何もない。あるのは、ヒカル個人の意思のみ。ヒカルが望んだことを選べるという次元にあるという安堵か。……相変わらず、優しく清らかな我がご主人様です。
「では、ヒカルが意思を持って出ていくことに関して、その代金は必要ないということですね」
「はい、我がルゼノは未だ『奴隷』という身分階級はあれど、『商業奴隷』と『犯罪奴隷』に区分されています。ヒカルは状況的には『商業奴隷』に該当していましたが、ヴェリーア伯爵からスカイティアに贈られた段階で、ヴェリーア伯爵に対する労働義務は消滅、スカイティアによってその身分が剥奪されていますから、何の問題もありません」
ステラ様、俺の経歴を全て御存知なの?流石、情報網が発達した王女様ですね。
というか、ヴェリーア伯爵って一度顔を見ただけだけど、意外といい人なの?……それ以前に、奴隷に種類があったんだね、初耳だわ。
「そうでしたか、王女殿下のお墨付きならば安心ですね。あぁ、そういえば…奴隷区分を真っ先に取り入れたのはアーベント伯爵領でしたね」
ふと、思い出したとばかりに伯父は発端となる領主の名を口にする。
アーベント伯爵、最近よく話に出るなぁ。レーウィス殿のお父上ですね。この間、此処でお見掛けしましたが……レーウィス殿の父親とだけあって、奴隷にも寛大だったんですかね。…それでも、ヘラーザとの間に生まれた『黒髪』の子供は認められなかったのか。
「えぇ、かの領地の制度を参考に、国全土に法として組み込みましたわ。有識者の方々には浸透している筈なのですが……未だに『商業奴隷』と『犯罪奴隷』の区別すらできない、無知無能かつ、野心のみでしか生きられないような愚物が多くて困りますわ」
「おやまぁ…それはそれは王女殿下も大変ですね」
めっちゃ蔑んでいますね…いや、それを話していいの、王女様!?相手は一般人なんですけど!
これ以上ないってくらい、扱き下ろしていませんか!?『愚か者』どころか『愚物』…?人としても認めないってことですか…!?




