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元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
混沌の革命者
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離別と再会

 賑わう城下も見慣れ、こうして王族のお忍び外出にも馴れて。第三王子付の小姓ヒカルは本日も主人であるスカイティアと、彼の姉である王女アルトステラと城下にやって来ていた。


 いや、慣れていいのか…?よくないよね、高貴なる王族様ですよ?

 それなのに護衛の皆様、窘めるどころか護衛の手配の手際が良過ぎではないですか?……やっぱり馴れなの?


 今朝もステラに誘われ、二つ返事で城下に出掛けることになった──スカイティアは特別に予定が組まれている訳でもない──のは、この国で一番忙しい女性である筈の第一王女の手配が滞りなかったからだが。


「この間の茶菓子は此処で?」

「はい、控えめの甘さの甘味はお好きでしょう?」


 栄える王都は流行の菓子から昔ながらの定番の菓子も揃い、物流は良好である。勿論、注目点は菓子だけではないが。

 大陸内で港を有する国は重要と聞くが、この王都の栄え方を見れば納得だ。航行技術が向上しつつある現在は、人間も物資も大陸内に限らず別の国から海を渡ってくるのだ。港があれば、より新しい文化や物資にも触れ易いし、何より大陸外からの物資の流通には欠かせない存在だ。


 ……まぁ、だからこそ、ヴァイス様に「シュナイザー辺境伯爵家が、隣国の度重なる襲撃によって『黒髪』嫌いになった」と言われる程にルゼノが狙われていたことも、大国ライゼルスの強硬派が王族の縁組か戦かの二択でルゼノを狙っていたことも納得できるんだけど。


 ふと、国外出張が懐かしくなる。ライゼルスの貴族に飼われていた過去の気掛かりも払拭できて、無事に帰国したのだが、別の事柄が気になる。


「…ステラ様、燥いでいらっしゃいます?」

「あら、そう見える?」


 異母弟スカイティアと一緒に甘味を選ぶステラは上機嫌に燥いでいると言うよりも、少々空元気と言うべきか。


「だって、今日が最後だもの。多少燥いでも、大目に見て頂戴」


 ステラは三日後には学生時代から延期になっていたという、隣国ゾルドランに留学するためにルゼノを発つ。それから長ければ一年という期間、彼女は国を空けることになり、学び終えてルゼノに戻る頃には恐らく縁談も整っていて、王城で異母兄弟と関わる時間は殆どないだろう。

 だから、彼女にはもうスカイティアや他の異母弟達と仲良く交流していられる時間は残っていない。彼女の「最後」という言葉は、決して「留学前の最後のお出かけ」を意味しているのではなく、今後も見据えての「王女と二番目の異母弟との最後のお出かけ」という意味だろう。


「ですが、留学しても帰って来て下さるのでしょう?姉上は」

「えぇ、勿論よ」


 ステラの「最後」という言葉が気に障ったのか、スカイティアは眉を寄せて異母姉に問う。その表情は何処か幼い。

 ステラは何処か困ったように、それでも微笑んで肯定すると、スカイティアは機嫌を持ち直した。


「クラウディア兄上とも約束しましたもんね」

「えぇ、そうね」

「絶対ですよ。帰ってきたら、以前クラウディア兄上達と一緒に行ったお店にも行きましょうね」


 スカイティアはまるで渋々我慢した子供が約束を確認するかの様に、異母姉に何度も念を押す。


「ふふっ、そんなに美味しかった?」

「はい、とても!」


 距離を保っていた筈の第一王女と第三王子は、異母姉が留学するゾルドランの話に花を咲かせ、軈てスカイティアは初めて訪れたライゼルスの話と比べて、また目を輝かせた。二人の話は尽きず、甘味を食べてはまた話に花を咲かせる。


 きっと、話したくて仕方なかったんだろうな。

 ずっとずっと、自由に話せる機会を待っていたんだな。

 笑って話して、腕を組んで出かけて──そんな機会ができることを、兄弟揃って望んでいたのだろう。


 ヒカルには、そう思わずにはいられない。何時か見た、二人で腕を組む時のぎこちなさも消えて、二人揃って歩く後ろ姿に違和感などない。


 何年も関わりがなかったとしても、今は立派な仲良し姉弟だ!これこそ、ユエ様のお望み通り!つくづく最初のクラウディア様との仲直り成功を誇れるよね!


 自画自賛と言われようとも、これは誇る。自慢する。第一王子ユエに依頼された当初こそ「王城に一人放り込まれた元・奴隷の小姓モドキに何を期待する!?」と思ったが、こればかりは誇っていいだろう。


「それでね、スカイティア──」

「そうなのですか?それなら──」


 仲の良い姉弟の背をぼんやりと眺めていると、はたと我に返った。雑踏に消えて行く二人の背が思った以上に遠退いている。


「やべっ、本当に見失う……!」

「あ、すみません!」


 走り出そうとした瞬間、ドン、と鈍い衝撃を受けた。雑踏を歩む人とぶつかったのだ。その拍子にヒカルの外套が外れた。普段は気を付けていたのに、あっさりと外れた外套に、自分の気の緩みを感じ取る。


(しまっ…)


 青い空に舞う、自分の『黒髪』。白い外套から零れ落ちた『黒髪』に人々の顔色が変わるのが、まるでスローモーションになったかのように目に焼き付いた。

 幾つもの、目、眼、瞳。

 恐怖に慄く眼だった。檻越しに見るのとは違う圧迫感。今までに感じたことがない恐怖が身体中を駆け巡る。戦慄した。足が地面から離れない。

 一人だと、檻の中に囲われていないだけで、こんなにも恐ろしいのか。沢山の目に晒されることには慣れていた筈なのに。ドクン、と心臓が鼓動を刻んだ。ヒトの目がヒカルに集中する。


「くっ、『黒髪』だ!」


 その叫びが聞こえるまで、時間があった様でなかった気がする。ヒカルの黒い髪と目を認識した男が叫ぶ。まるで指名手配中の殺人鬼でも目の当たりにしたかのように恐怖に怯え、ヒカルを指で指し示す。


 ──あぁ、ほら。迷信に縛られ踊らされた人間の狂気が『黒髪』を食らう。


 戦慄した人々が『不吉な黒髪』を排除しようと手を上げた。狂気に駆られた人々に理屈は通じない。

 脳裏に浮かぶ走馬灯のような暗い過去には何時だって、権威や謂れの噂による理不尽が罷り通っていた。

 そんな記憶の鎖に縛られたかのようにヒカルは動けない。目前で振り上げられた拳に殴られるのだと反射的にヒカルは眼を瞑った。理不尽に耐えて来たのに、今の生活が余りに穏やか過ぎて。その理不尽のない世界が、限られた空間の中であることを忘れていたのだろうか

 そう思うのに、何故か振り上げられた拳は落ちて来ない。


「──こんな子供相手に暴力か」


 ヒカルが怪訝に思った矢先、凛とした声音がその場に響いた。人々の狂気が一瞬にして消え、次いで別の雰囲気を纏う。

 ヒカルはそっと目を開けた。一向に落ちて来ない拳が外套を纏った人物に掴まれている。それを捉えた瞬間、目を見開いた。黒い外套に覆われたその肢体は、細身ではあるが、確かに成人男性のものだろう。


「まったく…この国は変わらないね。いや、城下は少しマシか?」


 呆れたような声音が耳朶を打った。それに既視感を憶える。何処かで聞いた懐かしい声に似ている。しかし、有り得ないと首を振った。


(まさか、だって…)


 外套の下から覗く弧を画く唇。色白の肌。見え隠れする『黒い瞳』。

 ドクン、と心臓が高鳴った。血流が一気に早くなった気がした。


「……伯父さん、ですか?」


 風がざわめく。街路に風が吹いた。風に弾かれ、外套に覆われていた顔が露わになる。黒い外套から艶やかな『黒髪』が流れ、肩を滑り落ちた。『黒髪』と端正な顔立ちが掠れていた記憶が鮮明になる。


「やっぱり、ヒカルか……久し振り、探したよ」


 間違いなかった。彼は母の兄であるルイだ。けれど、直ぐには信じられなかった。


「どうして、此処に?」

「どうしてって、探しに来たに決まってるだろう?」


 端正な顔立ちに微笑を湛え、ルイはヒカルの前に屈み込んだ。黒い瞳に映り込んだのは、正真正銘ヒカルの伯父であった。その事実に、じわり、と目頭が熱くなった。


 ずっと会いたかった。ずっと帰りたかった。

 心の中にずっとあった思いが溢れそうになる。


「伯父さんがいるってことは、母さんも?」

「あぁ、一緒に来てる。今は別行動してたんだけど……まさか、ヒカルに街中で会えると思わなかったよ。帰ろう、ヒカル」


 ルイは暴漢の腕をさっと払い除けて、代わりにヒカルへと手を伸ばす。その手は正しく「帰ろう」と誘うもので。


 帰る。その一言をどれだけ渇望したものか。

 帰りたい、と望んだことは数知れず。


 ──けれど、本当に帰れると思っていただろうか。


「ヒカル!」


 ルイの手を掴もうとしたその時、背後から聞き慣れた声に呼ばれた。弾かれたように背後を振り返れば、外套が外れるのもお構いなしに駆けて来るスカイティアが目に映った。その『髪色』の為か、人々は自動的に避けるが、また集まってくる。


 ……いや、此処は捌けろよ。『黒』が呪いだと、不吉だと言うなら離れるのが最善だろうに。野次馬根性か怖いもの見たさか知らないが、それで『黒髪』の呪いを受けても自業自得だぞ。まぁ、そんな力などないけどな!


「スカイティア様…」

「ヒカル、良かった!」


 ヒカルの手前で足を止めた筈なのに、スカイティアは勢い余って倒れながらヒカルを抱き締めた。圧し掛かったスカイティアの体重を支えきれなかったヒカルは、そのまま地面に尻をつく。華奢だと思っていた彼の身体は意外に大きかった。


(……そうだった、この人、意外に食べるんだった。流石、成長期の男子)


 将来的には身長もクラウディアと並ぶのではないだろうか、とヒカルは予測する。


「ちょ、スカイティア様…?」

「良かった、何かあったのかと思った…」


 ヒカルを抱き締めたままスカイティアは息を吐いた。乱れた吐息が頬に掛る。


「スカイティアって体力ないわよね」

「煩いですよ、姉上」


 何時の間にか、ステラもシュテルインも到着していた。ステラとスカイティアの少し乱れた呼吸が走って来たのだと物語る。

 ルゼノでは『金髪』の人間イコール王侯貴族という構図ができている以上、『黒髪』のスカイティアもヒカルも、所属はどうあれ王侯貴族の関係者となる。これ以上の騒ぎは王家への非礼に当たることを理解し、早々に退散するだろう。


(…しかし、一国の王女と王子がこれでいいのか)


 傍観者の存在など認識外へと追いやって、道を駆けてきた王族姉弟を呆然と眺める。普段の乗馬や弓を射る際に来ていた服ならば兎も角、ステラは今ドレス姿である。王女がドレスにヒールで雑踏を駆けて来るのは、如何かと思うのだが。そして片や王子の方はヒカルをぎゅうぎゅうに抱き締めて離そうとしない。


 ……いえ、心配を掛けた俺が言うことではないよね。元凶・原因は俺だ。まぁ、ちゃんと護衛がいますしね。転倒したりするようなことは無いのでしょうけど。


 不意に、ステラの視線が剣を孕む。ヒカルは怒られるのかと身を竦めたが、彼女の視線の先にいるのはルイだ。深青色の双眸が凛として〈冷静で聡明な王女〉が顔を出す。


「ところで、其方の方は何方かしら?」


 険しい眼差しを向けるステラに紹介しようとヒカルが口を開く前に、ルイが口を開いた。


「僕はルイと申します。東国から参りました、ヒカルの伯父です」


 艶然と微笑む美丈夫が丁寧に頭を垂れた。その彼がヒカルの伯父だという事実に、スカイティアもステラも目を瞠った。


「王(・)城(・)の(・)方(・)々(・)ですね、ヒカルが御世話になっています」

「いえ、此方こそ」


 スカイティアは半ば茫然とした様子で返すと、まじまじとルイを見た。


(まぁ、『黒髪黒目』の人間を見るのは珍しいでしょうからね)


「スカイティア様?」


 しかし、スカイティアの様子を不可解に思ったヒカルは首を傾げる。


 珍しいでしょうけど、そこまで気になりますか?俺も黒髪黒目ですよ、見慣れてるでしょうに。人種的にはルゼノにいないのは確かですけど。


「……いや、何でもない」

「伯父上様がいらっしゃったということは……つまり、ヒカルを探しに来たということですよね?」


 ステラが確認するように問うと、ルイは「はい」と笑みを湛えたまま応える。それにスカイティアの表情が強張ったのを、ヒカルは見逃さなかった。


(……あぁ、そうだ)


 ルイとともに『帰る』ということは、王城を、スカイティアの傍を離れるということだ。

 ヒカルは無意識にスカイティアの服を握り締めていた。


「三日後、ヒカルの母親と落ち合う予定です……ヒカルが見つかって、あの子も喜びます」


 微笑む伯父の顔も、表情を強張らせたスカイティアの顔も、ヒカルは見ていられなかった。


(そうだ、ずっと帰りたかった。母と伯父の元に…)


 己に問いかけたそれに、肯定をした。ずっと望んでいたことだ。


(でも、ずっと一緒にいられると思っていた。スカイティア様達と…)


 もう一つの問いにも肯定をして、ヒカルの中で何かが騒めく。


 己の中にあった思いや願いに嘘偽りはない。

 けれど、それが矛盾していることだと、どうして思わなかったのだろうか。

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