↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
混沌の革命者
112/166

情報屋の過去

 ルゼノ城の王都シルーバ。その一角にある、隠れ家を思わせる赤煉瓦の喫茶店の店先には『準備中』の看板が出されていた。


「──まさか、貴女まで帰って来ていらっしゃるとは思いませんでしたよ。レ(・)イ(・)さ(・)ん(・)」


 喫茶店のマスター、オルバはカウンター席に座る女性──レイにコーヒーを差し出すと、何処か可笑しそうに笑った。


「あら、どうして?」

「ルイさんと一緒ではなかったので。てっきり、そのままご(・)子(・)息(・)を(・)引(・)き(・)取(・)り(・)に(・)行(・)か(・)れ(・)た(・)のかと」


 にっこりと優しい笑みを浮かべるオルバに、レイは胡乱気な眼差しを向けた。


「嘘を仰い…この店のマスターがそんな予測をするかしら?」

「……まぁ、数か月前なら、それで合っていたと思うんですけど」

「そうね、情勢は常に移り行くもの…」


 溜息を吐くレイに、オルバも肩を竦めた。


「……もし引き取れなかったら、どうするんです?」

「さて…少なくとも顔を合わせて、長年のことを話して。そこからね…スカイティアには私と兄さんの記憶があるかも怪しいでしょうし」

「そうですね…もし、覚えていなかったら?」


 彼らがルゼノを離れて既に十年余り経っている。件の王子が、致し方ない理由とは言え自分を置いていった母親と伯父のことを覚えているとは思えない。当時の王子はまだ幼すぎた。


「それはその時ね。陛下に平手打ち…は不味いだろうから、時間のある限り文句でも言おうかしら」

「……今のは聞かなかったことにします」


 陛下に平手打ちって…、と何処か遠い目をするオルバに、レイは悪戯に成功した子供のように笑う。


「冗談よ…少なくとも元気そうだから、まだいいわ。万一にも心身の健康を損なう様な育て方をしていたら、と思ったけど」

「……ソウデスカ」


 オルバは言葉に詰まった。その心身の健康って、今がいいならいいのか?と。

 少し前まで、第三王子が引き籠りであったことは把握しているのか。それとも知らないだけで、現状だけを伝え聞いて言っているのか。


 ……いや、深追いするのは止めよう。藪蛇はダメ。墓穴を掘るのもダメ。よし、スルーしよう。


 オルバの心境は、そんな感じである。聞かなかったことにしたのだ、自分から地雷を踏んではいけない。


「……ところで、今日は誰か来る予定だったの?」

「何です?」

「表の方から声がするから」


 レイに指摘されて耳を澄ましてみれば、確かに店先の方から声がする。


「特に来店予定はありませんが…この店の前を、偶然通り掛かるとは思えませんね」

「一応、隠れ家を売りにしているものね」

「では、情報を求めにいらした新規のお客様でしょうかね」


 見てきます、と気のいいマスターは態々出迎えに行くことにした。これが、ルイがマスターの時であれば放置だっただろうが。

 表に出たオルバは『準備中』の看板を前に佇むローブを纏った少年が二人と、『金髪』の青年の姿を見つけた。その金髪の青年は、普段からやり取りをしている顧客の一人──レーウィスだった。そして少年の内の一人は何時も第一王子の御遣いにくる第三王子付きの小姓──ヒカルだ。


「こんにちは……レーウィス殿、本日は何か御用ですか?」


 連絡もなしに珍しい、とレーウィスに向かって微笑めば、レーウィスは何時も通りの礼儀正しさで『赤銅色』の髪を持つオルバに頭を下げた。ヒカルも何時もは無邪気だが、一人でないからか控えめに対応する気なのだろう。


「すみません、お休みでしたよね」

「態々いらして下さったんです。お気にならさずに」


 態々『休み』という言葉を使うあたり、レーウィスは情勢に関する情報提供を望んでいる訳ではなさそうだ、とオルバは訝しむ。さっと視線を走らせ、不躾にならない程度にレーウィスの連れを見た。


(……えーっと、運が良いのか悪いのか。と言うか、レイさん、気づいてる?)


 髪色を隠す為であろう、そのローブから覗く顔は一瞬ルイと見間違えた。しかも、一緒にいるのが第三王子付きのレーウィスとヒカルとなれば、もう確実だろう。


「立ち話も何です。レーウィス殿、お連れ様とご一緒にどうぞ、中へ」


 オルバは少々迷ったが、その素振りを見せずに店内へと招いた。


「……誰か、いらっしゃったのですか?」

「どうやら席を外されたようです。お気になさらず」


 レイが飲んでいたコーヒーの香りが店内に残っているが、座っていた席にその姿はない。

 逃げたか、とオルバは内心で苦笑する。逃げたとは言っても、店の奥か、二階にでもいるのだろう。この喫茶店はルイとレイの家だったのだから、最短距離で適した場に隠れることなど朝飯前の筈だ。


「レーウィス殿が直接いらっしゃるなんて、久しぶりですね。どうされました?」

「いえ…この度は私の主人がお話を伺いたいということで、お連れ致しました」

「主人…あぁ、やはり」


 自分の予想が当たっていたことに、オルバはひっそりと息を吐く。

 レーウィスとヒカルの主人である少年がローブを脱ぐと、そこに母親譲りの『黒髪』が現れた。緊張しているのか少々強張った表情を浮かべていたが、その顔は如実に血統を物語っている。


「此方は、ルゼノ王陛下の第三王子スカイティア様であらせられます。スカイティア様、此方がお話ししていた喫茶店のマスター兼情報屋を営まれているオルバ様です」

「初めまして、スカイティアと言います」

「お初にお目にかかります、殿下。オルバ、と申します。気軽に『オルバ』とお呼びください」


 まだあどけなさの残るスカイティアは、伯父に当たるルイによく似ている。母親のレイに似たのだろう。それでも空色の瞳は父親譲りだ。何処となく──数度しか会ったことはないが──ルゼノ王にも似ている。


「さて、その第三王子殿下が、私にどのような話をお望みで?」

「その…此処に…いえ、貴方の前のマスターが〈黒の予言者〉と呼ばれる方だったと聞きました。その〈黒の予言者〉について、お聞きしたいのです」


 直球ですね、彼らの王子様。今はその妹…貴方様のお母上様がいらっしゃるんですが。今は会わせるべきではないんですよね。


「…………それは、行方を捜している、とか?」


 時が経てば、貴方に会いに行かれますよ、とは言わないけれど。

 そもそも、第三王子スカイティアは自分の母親と伯父のことを覚えているのだろうか。レーウィスが此処に彼を連れていた意味を、オルバは測りかねていた。


(少し前なら、気軽な外出先にする心算だったんだろうけど…)


 レーウィスは、この国にスカイティアの母親と伯父が戻ってきてることを知っている。今更、此処に来る理由などない筈だ。

 事(・)が(・)起(・)こ(・)る(・)前に思い出話でもさせたいのだろうか、と首を捻りつつ、スカイティアの斜め後ろにいるレーウィスに視線を走らせた。


◆◇◆◇◆


 初めて訪れた筈の、情報屋を兼ねた喫茶店は何処か懐かしいものを感じた。

 店内に漂う、微かなコーヒーの残り香は席を外した客のものだという。その香りが、どうしてだか気になった。初めての場所、初めて対面した人……その筈なのに。


「それは、行方を捜している、とか?」


 紹介された店のマスターは少し思案するように眉を寄せた。

 先代のマスターである〈黒の予言者〉は店を離れ、国を出た。その先の行方まで掴んでいるとは思えないし、そもそも国を出た後にやり取りをしていたとしても、国を追われた〈黒の予言者〉の居場所を伝えるのは良しとできないだろう。その先代と仲が良いなら猶更だ。

 スカイティアはどう説明するか少し考えたが、結局は有りのままを伝えた。


「いえ…そうでなくて。私の母が、その〈黒の予言者〉の妹だと。…彼が私にとっては伯父に当たる方だということしか知らなくて」


 会うのは何時か、きっとできる。まだ先だと思うけれど、何時か。

 知りたいのは、彼が、妹である母とどんな生活をしていたのか、とか。他愛ない事なのだ。

 何も知らないまま、血の繋がりがあるというだけで彼らに会うのが怖い、という感情があったのは事実だけれど。


「左様でございますか……失礼ですが、この店…内装に覚えはありませんか?」

「え?」


 声を跳ね上げるスカイティアに、オルバは寂しそうに眉尻を下げた。


「先の紹介の通り、私は先代マスターからこの喫茶店と情報屋の看板を引き継ぎましたが……此処は、彼らの家でもあったのです」

「え…そうなのですか?」

「えぇ、それと『初めまして』と聞いた時には少々残念に思いましたが……無理もありません。私は、貴方とは過去にも顔を合わせていたのですが」


 茶目っ気たっぷりに肩を竦めるオルバに、スカイティアは瞠目した。


「大変、失礼を…!」

「いえ…最後にお会いしたのは、殿下が非常に幼かったので。十年以上も経っていますし、覚えていらっしゃらないのは当然かと」

「そうだったのですか」


 その頃は隣国のマーシャンドが攻めてきた時期で、そのまま王宮に引き取られたと聞くが、記憶を探ろうとしても全く覚えがない。しかし、この喫茶店が母達の家であったならば、少なくともスカイティアは此処で五歳前後になるまで過ごした筈だ。


「色々とあった時期ですから……あぁ、殿下をお相手にした〈黒の予言者〉に関する情報は無料ですから、私が知る限りのお話をしましょう」


 赤銅色の髪の下で眇められた、茶色の瞳。それは何処か懐かしさを滲ませ、彼に促されるままに席に着いた。


「さて、何からお話ししましょうかね?」

「…オルバ殿は、後継とされていますが、伯父や母の友人だったのですか?」

「友人…といえば友人なのでしょう。しかし、私からすると『恩人』と言った方がいいですね」


 オルバは苦笑しながらスカイティアに、何時もヒカルに出しているのだという飲み物を出した。


「殿下は、彼が〈黒の予言者〉と呼ばれる経緯を御存知ですか?」

「ルゼノでは起こらない災害を予期したからだ、と」


 その災害と呼ばれる事態も、詳しくは語られなかった。様々な情報が入り交じり、どうみても一般的な出来事すら「〈黒の予言者〉が予言した通りだった」とばかりに付け加えられた様な話まである。

 一つの物事に対して、視点が変わればそれだけの見方があることは分かるが、どう見ても尾ひれがついたとしか思えない内容まで交じっていた。実際に〈黒の予言者〉と呼ばれる伯父が何を見て、何を聞いて、どんな災害が起き、何処まで影響するのかといった内容を伝えたのか、情報は錯綜したままだ。


「そこから…では、その辺りからお話ししますね。まず、『ルゼノでは起(・)こ(・)ら(・)な(・)い(・)災(・)害(・)を予期した』のではなく、『起(・)こ(・)る(・)可(・)能(・)性(・)が(・)低(・)い(・)災(・)害(・)を予期した』というのが正しいですね」


 思わぬ訂正に、スカイティアは目を瞬かせる。


「もう二十年も経ちますか……その『ルゼノで起こる可能性の低い災害』というのが、王都の一部の港を壊滅させる程の津波が起きたことです」

「津波、ですか?」

「えぇ…港を有する海岸沿いの国と言うのは、少なからずも体験する災害です。ですが、その時は規模が違った」


 海に近く、恵まれた立地であるルゼノ。国の歴史の長さもあり、過去にあった港を呑み込む程の津波の規模を踏まえた上で、港と街造りがされていた。

 だから、人々は油断していた。歴史以上の災害が起こることなど思っても見なかったのだろう。


「最初は、微かに地面が揺れただけでした。小規模な、地震だった……少なくともこの王都を建てた基盤の上は。しかし、それは私達がいる地面が揺れているだけではなかった」


 オルバは苦いものを噛むように表情を顰めた。


「……徐々に長くなっていた地震に、それでも人々は慢心していたのでしょう。私も、彼らに誘導されるまでは逃げるなんて、考えてもみなかった。いや、彼の言葉に、最初は耳を傾けてすらいなかった」

「え?」


 思わぬオルバの言葉に、スカイティアは目を瞬かせる。何処か困ったような、悲しそうな表情を浮かべたオルバは過去に思いを馳せるかの様に苦く笑った。


「だって、その地震は本当に小規模で、殆ど止んでいたんです。何故、今更逃げなくてはいけないのかって……私達は疑問に首を傾げるばかりで、耳を傾けようとしない。だから、彼は『良い所に連れて行ってあげる』と言葉を変えて、私達を連れ出した。その時には『逃げろ』と言われた方向に誘われたことに気づいてすらいなかった」


 そこからは地獄絵図だった、とオルバは眉を下げた。

 逃げていく中──勿論、オルバや他の人達は〈黒の予言者〉に唆されていたので、自覚もなく高台を目指していた時、港の向こうに大きな黒い壁を見た。生き物でないのに、確実に、この王都を目指す意思があるかのように黒い壁が迫っていることに気づいて、悲鳴があちらこちらから聞こえたという。


「津波だと分かっているに、あれはもう化け物にしか思えなかった…」


 海の向こうから押し寄せる黒い津波に気づいて、漸く彼が言っていた「逃げろ」という言葉の意味が分かった。〈黒の予言者〉は「そのまま高台を目指して走れ」と上手く連れ出せた者達を避難させ、逃げ遅れている人に手を貸す為に彼は戻った。


「勿論、引き際は弁えていたのでしょう。彼も無事でした……王都は、結果的には規模にしては二割くらい飲み込まれたかな。王都の人間も一緒に」

「…そう、だったのですね」

「救われた私達にとって、彼は恩人。そして、彼の妹さんもまた…家を流された者や家族を亡くした者を励まし、食事を差し出したり必要な物資を差し入れたりしていた…全く以て、悪意を向ける対象にするなんて有り得ない…!」


 憤りを滲ませるオルバは〈黒の予言者〉に対して感謝し、その当時の責任から逃れる為にも無責任な噂を流した、当時の国の上層部に対して嫌悪を抱いていた、という。


「あぁ、すみません。熱くなり過ぎました。ですが、本当に殿下のお母上様と伯父上様は凄い方なんです」

「そう言って下さる方がいるだけで……嬉しい、と…えぇ、そう思えます」


 ずっと疎まれていた髪色が、誇るべき人との繋がりであることを認めてくれて。その事実を知り、『誇っていい』と言ってくれる人がいることが素直に嬉しい。


「えぇ、本当に…!あの無知無能な上層部共め…!」


 あの、オルバ殿?恨み節がちょっと怖いのですが……いえ、嬉しいですよ?ですが、熱くなり過ぎると、貴方が奇異の目で見られるというか…。


 オルバの憤慨に、穏やかな気分で終わることはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。