暗躍する影
「──うわぁ、マジかぁ……これ、絶対不味いでしょ」
馬を駆り、ルゼノの国境に立つ。青鹿毛の馬に黒衣の外套を纏う細身の男が二人。
「ははっ、これ程度あの方々なら予測済みだよ」
「その為の兵力?」
「私兵扱いだけどね、陛下公認さ……さて、君は如何するの?噂の〈黒の予言者〉殿」
くすくすと笑う男に問われ、もう一人の男は肩を竦めた。
「俺の目当ては見つかっているからね。後は彼らに行動して貰うだけなんだけど」
「君には…いや、君達には本当にすまないと思っている」
「ディア、君に謝られるようなことをされた覚えはないよ」
「それでも、私はこの国の貴族だから」
外套越しに見据えられたディアの琥珀色の瞳に、〈黒の予言者〉は深く溜息を吐いた。
「他人の責任を負うなんて、俺は真っ平ごめんだけどね。貴族って、面倒じゃない?」
「この上なく面倒だよ……でも、私だけ逃げる訳にはいかないからね」
「……守りたいものがあるから?」
「そういうこと。さぁ、行こうか」
〈黒の予言者〉の言葉を肯定し、彼の肩を叩いたディアは馬をの手綱を引いて、国境に背を向けた。その後を〈黒の予言者〉は追う。
「ディアのそういう所、嫌いじゃないよ」
「ありがとう、君に嫌われていないだけでも救いだよ」
「……君と言うか、君だけに限らないけど…ルゼノに於ける〈黒の予言者〉の扱いって…」
「物凄く価値があるね」
「俺はもう情報屋じゃないけど」
俺から得られるものはないだろう?と言えば、ディアは笑う。
「そうだね……でも、私は君を友人だと思っていたから」
「……うーん、その、そう言われると物凄くこの辺りがこそばゆい」
鳩尾の辺りを撫でた〈黒の予言者〉に、ディアは噴出した。
「こそばゆいって……君にとっては過去の思い出したくない記憶でも、私にとっては忌まわしくも輝かしい日々だったから」
「矛盾していないかい?」
「いや、君にとってはそうでも…」
「そうじゃなくてさ!」
ディアの言葉を〈黒の予言者〉が否定する。
「君にとっても思い出したくない過去だと思っていたよ。貴族は特にそういう腹芸が得意だろう?都合よく忘れてしまえばいいものを、君は覚えているんだね」
「……君達を追い出すことに躍起になっていた輩はね、簡単に忘れただろう。忘却の彼方に放り込んで、何を忘れたかすらも忘れただろう、そんなものだよ。彼奴らの認識は……あぁ、でも、無理矢理にでも思い出して貰いたいよね。忘却の彼方なんて都合のいいことを言っているけど、それならそこから取り出してやろうって思うよね、私は覚えているんだからさ…!」
ぶつぶつとどす黒いオーラを醸し出すディアに、〈黒の予言者〉はぎょっとして慌てて謝罪した。
「ごめん、何か火に油を注いだ感じ?」
「いや、今更だから。腹の底から、怒りとか今までの彼奴らに対する感情が一気に噴出してきた」
ぷいっと視線を逸らすディアに、〈黒の予言者〉は乾いた笑いを浮かべた。
「君は王都に戻ったら、彼らを迎えに行くのだろう?私に付き合って、国境視察に来なくてもよかったのに」
「ん?まぁ、一応これでも元情報屋だからね。情報は多いに限る」
「……君には本当に助けられた。ありがとう」
「まぁ、そこは昔の誼だよ。それに、宿代とか君の所に泊まっていたお蔭で浮いたし」
「そう、それならいいさ。借り貸しなしなら、何時でも別れられる」
「……そうだね」
「じゃあ、此処でお別れだ……元気でね、ルイ」
手を振るディアを〈黒の予言者〉は見送った。そこはアルセル侯爵領へと続く道だ。
「……これで別れる心算なんてないよ、アルセル侯爵ディアルトハイト殿」
ルイは外套を被り直し、馬を走らせた。
◆◇◆◇◆
ルゼノ王都の賑わう街並には何時も圧倒される。煉瓦や石造りの街並みは美しく、海を高台の街は観光スポットだ。
まぁ、観光スポットと言っても、『花より団子』の精神の人は何処にでもいますよね。両手に花ならぬ、両手に団子……此処はルゼノだから団子じゃないけど。
「随分と手慣れてきましたね、スカイティア様」
「まぁ、ずっと引き籠りだったからね。新しいことは楽しいよ!」
「……そこで自虐に走らなくても宜しいかと」
スカイティア様は本当に明るくなったなぁ、と感心すらする。最近はすっかりと買い物上手になった。
本当に……金貨・銀貨・銅貨の違いも分からなかった箱入り王子から随分と成長したものだよね。最初は本当に吃驚したよ…お得意の経済学は机上の空論ですか?実物を見て議論してください。
まぁ初めて買い物に挑戦したお店が、ステラ様が紹介して下さったお店でよかったですよね。カウンターに金貨まいちゃダメ。……下手するとぼったくりに遭っていましたよ?スカイティア様。
「ヒカル!見て見て!これ、凄くない?」
「……スカイティア様、まずはその両手に思っておられる物を何とかしましょう?」
両手いっぱいに菓子やら色々抱えたスカイティアが示した先を捉え、ヒカルは肩を竦める。
あの、まだ召し上がるお心算ですか?幾らなんでも買い込み過ぎでは?
というか、何故に人がこんなにも多いのですかね。
普段の王都も人口は多いが、今日はそれ以上だ。見た所、旅人風の身形も多いようだ。何か催しでもあるのだろうか。
「これは持って帰るよ?」
「では、俺が持ちましょうか」
「うん、宜しく」
荷物を分担し、片手を空ける。人が多い状況で両手が塞がっていては危険だ。
いや、普段から両手は空けておいた方が良いんですけどね。なんせ多量の書物を運んだり洗濯物を運んだりするのに両手が塞がるんですよ。先日ユエ様もご自分で本を運ばれておられましたが、大丈夫でしょうか。……俺が運べる量なんて高が知れているけど。
「いらっしゃいませ!お客さんも旅行されているんですか?」
「え?」
店員に声を掛けられ、振り返ると「王都の東町の祭りに行くのか」と問われた。
ヒカルとスカイティアは髪色を隠す為に外套を被っている。それが旅装束に似ているから、旅行客に見えなくもないのか、と二人は納得する。
ルゼノは大陸を南北に分かつ場所に位置する為か、貿易路の通り道になっている。その分、人の出入りは多く、旅行客も珍しくない。……というか、王都がルゼノの観光スポットらしいし。
店員の問いには「王都の住人だが最近王都に来たので、今日の人込みの多さに驚いている」と伝えると、店員はとっておきの情報だと誇らしげに告げた。
「今王都で観光されている方のお目当ては、恐らく此処から東にある町のお祭りですよ!」
「お祭り?……へぇ、賑やかな催しがありそうだね」
「楽しそうですよね。催しの規模も今年は大きいらしくて、二週間くらいは王都の西側がすっからかんになるかもしれませんよ」
私も行きたかったです、と若い娘の言葉にスカイティアも同意し、買い物もそこそこにレーウィスと一緒に王城へと帰った。
「解せぬ」
「何が?」
ヒカルがポツリと呟いた言葉に、スカイティアが聞き返す。レーウィスが入れた紅茶を手に首を傾げたスカイティアと、その場で給仕していたレーウィスに、ヒカルは顔を上げて答えた。
「だって、隣町のこととは言え大規模な催しだって言うのに、王宮は全く騒いでいないでしょう?それなのに王都の西側がすっからかん?普通は有り得ないのではないですか」
「確かに。流石に空っぽということはないよね……比喩にしても大袈裟な気はするけど。そんなに東町のお祭りって、規模が大きいの?」
スカイティアがレーウィスを見上げると、レーウィスは手近にあった本を開いた。
「東町の催しは毎年のことですので、慌ただしく用意することもありません。ただ今年の催しには、ステラ王女殿下が参加されますよ。終わり次第、其方から隣国へと留学されます。ステラ殿下は催しの最後の参加されるので、まだ王宮にはいらっしゃいますが」
「あ、そうなんですか……って、え?留学?」
「はい、東町の祭りは東にある隣国の催しを模倣したものでして。それもあって、人口が一時的に東町に流入している様子です」
東に隣する国の名はゾルドラン。ルゼノとは昔からの友好国で、王族同士が頻繁に交流していると聞く。
書物には国の地理情報と、催しの元となった東の祭りの起源について書かれている。
それは兎も角。
「ステラ様が留学なんて初耳なんですけど?」
「まぁ、留学と言っても半年程度の予定ですから」
「え…半年…?」
ちょっとぉ、ステラ様?お忙しいのは分かりますが、半年もいなくなるのに何も聞いていませんよ?
貴女様の可愛がる弟王子が動揺されていますよ?
「レ、レーウィス?俺、何も聞いてないよ?」
「俺もです!」
「てっきり、クラウディア様やヴァイス様から聞いていらっしゃるかと」
スカイティアと、第四王子ヴァイスルナハルトとの接点は皆無である。しかし、騎士団所属の第二王子クラウディアが最近スカイティアの元へやって来ないのはこの祭りの為か。
先日、駐屯地に現れたのは暫く顔を出せない前振りだったとか?クラウディア様、何処か行く前に一声くらい声をかけて下さいませんかね?
「王族同士の予定って内密なんですか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが…此処最近は色々と忙しく…」
レーウィスの視線が逸れる。その口元から洩れる歯切れの悪い言葉に、ヒカルはその色々と忙しいという内容を思い出す。
あぁ、先月のライゼルスへの訪問は兎も角、その前に第四王子が誘拐されるわ、第二王子が迷子の捜索という建前のアージェスト子爵家のお家騒動の果てに子爵家の密輸を暴くわ、王子自身が誘拐未遂事件に狙われるわ……忙しいにも程がありますね。その前には第一王女への脅迫材料に俺が誘拐されているし。
思い返せば思い返すだけ、色々と忙しい内容に該当する案件しかない、とヒカルは乾いた笑みを浮かべる。
しかし、それは内部事情であって、国内外の行事は待ってくれるものではない。予定通りに行われなければ国の威信は暴落し、ルゼノ王の権威に関わるだろう。それは国の存続的に不味い。
ただでさえ、ステラ様は王妃様のお仕事も代行していらっしゃるんですもんね。そんな中で俺達を優先なんてできませんよねぇ……愛国者の王女様は今日も頑張っておいでですか。
「……文句言ってすいません」
「え?いえ、此方も説明が追い付かず、申し訳ありません」
いえ、本当に申し訳ありません。ごめんさない。
ステラ様には本当にお世話になりっぱななしだ…留学されるまでに何かお礼を!……お礼が今日買ったお菓子とか、安直かな?
「レーウィス、姉上はまだ王宮にいらっしゃるんだよね!?」
スカイティアは椅子を蹴る勢いで立ち上がった。椅子は倒れなかったが。
おっと、最近ルゼノ王に直情的と言われたスカイティア様!本日も突撃ですか!?
この間は見られなかったのですから、今日こそは!
え?楽しんでる?……えぇ、とても楽しみにしておりますとも。何か問題が?ないでしょう?




