ルゼノとライゼルスの王族達
「──どうやら、上手く事を運んだようだね」
ルゼノ王宮の一角──第一王子ユエルディーネの宮殿に招かれたライゼルス使節団の一人である青年──ライゼルスの王太子であるアレクシスは、テーブルを挟んでユエと向かい合っていた。
「あぁ、聞いてはいたが、クラウディア殿下の腕前は本当に凄いね」
「そうだろう、僕の自慢の弟達だ」
先のルゼノ使節団による活躍で、ライゼルスの将来的な火種をも消すことができた。王太子であるアレクシスの地盤は強固になり、今後は病に伏した父王からその地位を譲られることになっている。
「それに、スカイティア殿下の話にはうちの貴族達もとても興味深そうだった。是非とも次はスカイティア殿下と親しく交流を持ちたい、と」
「へぇ…どうやらスカイティアも上手く話せたみたいだね」
「あぁ、それと噂のヒカル殿」
アレクシスの端的な言葉に、ぴくり、とユエの指先が動く。伸びた指が、手元のカップの取っ手を弾いた。
「彼のお蔭で、ルシルを見つけられたよ」
「君が気に掛けていたという、行方不明だった文官か」
「あぁ、本当に惜しい人材だったよ。真面目過ぎる性格が玉に傷だったけど」
「まだ若かったのだろう?仕方ない。それを徐々に育てて行く筈だったのにね」
「……本当に残念で仕方ない」
ほう、と溜息を吐くアレクシスに、ユエは肩を竦めるだけに留めた。
ライゼルスの情報は、こうして次代の王であるアレクシスや彼の妹であるルカリアから聞いている。同時にルゼノの情報も渡しては大陸内の均衡、国内の情勢を見極めて取引をしているのだ。この度ライゼルスにクラウディア達を送ったのも、取引の一環だった。
「それで、交換条件だった例の件だけど」
「僕が王位を継いだら、何時でも良いよ。既に貴族は抑えたし、何より妹が、ね」
意味深に微笑むアレクシスに、ユエはふっと笑う。先のライゼルス訪問で、異母弟達の人間関係にも変化が起きているようだ。その変化がどう転ぶかは本人達次第だが。
「有難いね」
「ねぇ、本気で言ってる?僕の妹が何と呼ばれているか、知っているだろう?」
「勿論。彼女に狩られたら、それまでだろう?」
「…もう少し駄々を捏ねるかと思っていた」
あっさりとしたユエの返答に、アレクシスは唖然とした様子で呟いた。
「僕を何だと思ってるの、アレク」
「弟妹大好きな、超が付くブラコンだよ、ユエ。これは僕に限らず、君とステラを知っている人が十人いれば十人が肯定するね」
呆れた様子のアレクシスを、ユエはジト目で見遣る。
弟妹が大好き……というか、大事なのは否定しない。しかし、それは一般的な兄弟愛ではないだろうか。
「……否定はしないけど、そんなに分かりやすい?」
「寧ろ君がブラコンであることを否定したら、世の中にいる弟妹を可愛がる・甘やかす兄姉側の人間が皆、ブラコン・シスコンではないことになる」
「……そう」
アレクシスの断定は大袈裟だとは思うが「まぁ、それはさて置き」と、ユエは紅茶で口を湿らせた。
「これで、前準備は整ったかな」
「君が目指す先を、理解はしている心算だよ」
急な話題転換だが、アレクシスはそれ以上の言葉を紡がない。
干渉すべきことと、そうでないことを弁えていなければ、王など務まらない。協力関係にはあっても所詮は他国の人間だ。王族して責任ある立場にいる以上、一番に考えるべきことは自国のことだ。
しかし、そのエメラルドのような翡翠色の双眸でまっすぐにユエを見据えると、何処か困ったように笑った。
「でもね、君の友人として言わせて貰えるなら、僕は今後も君と未来を歩みたいと思っているよ」
「それは時と運次第かな。それに、この先ぽっくり行くかもしれないじゃないか」
「そこは生にしがみ付いていてはくれないか。生き死にの話は、僕も例外ではないけど」
「ふふっ、そうだね……でも、君のように案じてくれる友人がいて、僕は幸せ者だね」
「僕だけではないだろう」
アレクシスは笑みを湛えていたユエの目で指を横に振った。
「破天荒に見えて聡明で、冷酷なまでに君と同じ未来を見て、その先を任せられる妹に」
一人、と彼は指を折る。
ユエの妹である第一王女アルトステラはその見た目の美しさも、女傑と称されるだけの聡明さも、王妃になるに相応しいとライゼルスを含めた多国から縁談を申し込まれた才色兼備の王女だ。ただ現実的にはステラを手放せる程ルゼノには人材がいなかった為に流れたが、その分彼女は友好関係を広めて行った。
「冷酷そうに見えて誰より情が深く、君に従順で、確かな腕と実績を持つ一人目の弟に」
二人、とアレクシスはまた指を折る。
一人目の弟であるクラウディアは燃えるような紅の髪と、深い蒼い海の色をした対照的なコントラストを持つ、武芸に秀でた騎士だ。直情的だが、その分情に厚く、時に冷酷なまでに任務を遂行する。その武功を讃えられ、その存在感を周囲に知らしめたのは彼が成人する前のことだった。自分にも他人にも厳しいが、その背中を追って騎士になった者は多く、彼を中核にした部隊の結束力と実力は折紙付だ。
「大人しそうに見えて好奇心旺盛で、博識で優しく清らかな二人目の弟に」
三人、とまた指を折って、アレクシスは顔を上げた。
二人目の弟スカイティアは、その髪色の為に引き籠りがちだった。それでも好奇心は旺盛で、ユエが与えた書物は端から読んでいき、軈ては自分なりに見解や意見を示すようになった。今後もその知識を深め、様々な見解を示すようになるだろう。
「生意気盛りだけど、その分析力は将来の武器になることを見込まれた三人目の弟に」
四人、とまた指を折って、アレクシスは掲げるようにユエに見せる。
三人目の弟ヴァイスルナハルトはまだ幼いながらも、その利口さの片鱗を見せ始めている。必要なことはまだまだ多くあるが、彼の利口さと負けん気の強さは昔のユエに良く似ていると、呆れたようにも微笑ましそうにも溢す者がいる。それが、吉と出るか凶と出るかは不明だが。
「……数えれば限がないほどに、君は皆に愛されているのにね」
「納得していないのかい?」
「まさか、今度はルゼノが憂いを晴らす番だからね。そもそも僕は何も知らない」
「そうだね、君を含めて誰も知らない」
──否、誰も何も知っていてはいけない。
◆◇◆◇◆
一方、晴れ渡る空の下、茶席が設けられていたのは第一王女アルトステラの宮殿であった。
会談を終えたライゼルスの使節団の一人──第三王女ルカリアの目的はステラの異母弟、第二王子クラウディアである。その為に、設けられた席だ。
「……あの、ルカリア殿下」
しかし、呼び出されたクラウディアの表情はやや硬い。クラウディアは挨拶をしに来ただけの筈だ。あくまでも先のライゼルス訪問で世話になった礼を言う為であるが、クラウディアは当然のように同席させられていた。
「嫌ですわ、クラウ様。ルカとお呼び下さいまし」
「ルカ様…その、この度は御足労頂きましてありがとうございます」
「いえ、私が来たくて来ているのですから」
「左様ですか……あの、姉上?」
嫣然と微笑むルカリアに、クラウディアは表情を引き攣らせたままだ。そして助けを求めるように、素知らぬ振りをして紅茶を嗜む異母姉に視線を向けた。
「何かしら?」
「何故に、俺をお呼びになったのですか?」
異母弟の困惑など気付かぬとばかりに美しく小首を傾げるステラに、クラウディアは「何時もの聡明さは何処に置いて来たんですか?わざとですか?わざとですよね?」と恨みがましい視線で問い掛けた。
「何故って、ルカが会いたいと言うから席を設けただけよ。まだ表向き、貴方達は恋人でもなければ婚約者でもないもの。下手な勘繰りは無い方が良いでしょう?」
「表も裏もないのですが…」
「まぁ!私としては是非そのまま押し通して頂きたいですわ」
「ルカ様…!」
ステラの懸念──と言う名の状況説明──に、クラウディアは否定し、ルカリアは期待に目を輝かせた。
此処は第一王女の庭だ。王家の〈影〉も含めて多くの護衛騎士がいる。他国の姫を招いているのだから当然だが、身の危険以上に情報を漏らさない為の措置でもある。ネズミの侵入を防ぎ、万一のことがあれば排除しなくてはいけないのだから。
「……将来的にはルカに敷かれるわね」
「恐ろしい予言をしないでください。俺は…、その…!」
「まぁ、急がなくていいわ。ルカもやることはあるでしょうし」
ルカリアとクラウディアは、まだまだ友人以上恋人未満の関係である。そもそも発展する気があるかどうかも分からないが、クラウディアも満更でもないのだろう。
奥手というか、初心というか。クラウディアは誰かに好意を寄せられることに疎い。件の誘拐事件──シーザス公爵家とセオドア侯爵家の共謀事件──では確かに侯爵家の令嬢から好意を寄せられていたが、クラウディアには嫌悪と困惑しかなかった。それは令嬢の立場の自覚のなさと、盲目的に寄せられる好意というものを自身が理解できなかったからだろう。
「……その、ルカ様はどうして俺に?」
眉を寄せつつ、クラウディアは困惑した様子で問う。
……それにしても、直球ね。駆け引きは未熟というか、まずルカの好意を信じられていないということか。此処は弟の成長を見守ることにしよう。
「ふふっ、理詰めなら納得して下さる?まず、そのご容姿。端正な顔立ちで、燃えるような紅の髪に目を引かれました。そして、その深い青い瞳。我が国は内陸ですから海は憧れですね……初めてお会いした時、クラウ様は王子として紳士的な態度でエスコートして下さいましたでしょう?そして、騎士としての勇ましさは我が国で拝見しました。惹かれない方が、どうかしていますわ」
「……その辺で結構です」
「あとは、その褒められ馴れていない所ですね。勇ましさとの落差が可愛らしい」
べた惚れね、とステラは感心する。ルカリアに理由を説明され、クラウディアの顔は茹蛸のように真っ赤だ。ルカリアから見ても可愛らしいと言われる反応らしい。
「……姉上、俺は如何すればいいですか」
「さぁ?」
縋るような異母弟の視線に、ステラは苦笑する。本当に困っているようだ。
しかし、これはライゼルスからの正式な縁談ではない。あくまでもルカリア個人がクラウディアに好意を寄せているという宣言であって、国同士の婚姻を押す話でない以上、クラウディアが断ろうとも受け入れようとも構わない。友好国との関係を深めるのは、何も政略結婚だけではない。今後の情勢次第という不明確な条件もあるが、少なくともライゼルスとルゼノが強制的に二人を結び付ける気はないのが現状だ。
「貴方が受け入れられないならば、断わればいいだけよ。それでルカの対応が変わるとは思えないし」
「勿論です。ライゼルスとルゼノの関係と、私個人の心情は関係ありませんわ」
「……そう、ですか」
ルカリアの肯定を受けて、クラウディアの表情は少し緩んだ。クラウディアは国同士の縁談であれば断れないし、そもそも断るという選択肢など存在しなかった。国に尽くす者として、王から縁組の話があれば答えは「是」しかない。それは国としての最善と考えられた、決定事項に他ならないからだ。
「えぇ、ですから、ゆっくりと考えて頂きたいですわ」
にっこりと微笑んだルカリアの紫紺の瞳が輝く。狙った獲物は逃がさない〈狩人姫〉。彼女に狙われてその地位から蹴落とされた貴族は多い。反王家派の貴族が占めていた地位を根こそぎ奪い取る勢いである。それが〈狩人姫〉の所以だ。
しかし、異国の王子を恋に落とすのは大変だろう。特に、この警戒心が強い初心な王子となれば。
(まぁ、〈狩人姫〉のお手並み拝見と行きましょうか)
ステラはカップで隠した口元に弧を描く。この友人と弟が恋仲になり、軈て婚約者、そして夫婦となればライゼルスとルゼノの関係は安泰だ。しかし、そうでなくとも容易く壊れる様な関係は築いていない。だからこそ、現状は一番クラウディアの意志が優先できる。
「……そうですか」
「えぇ、私は待ちますわ。何時までも」
微笑むルカリアに、クラウディアは何処か困ったように、それでも表情は先程より和らいだ。
この二人の関係が将来的にどう転ぶか、ステラには分からない。しかし、漸く自由を得られた弟と、ありのままの彼を好いてくれた友人を、見守っていたいと思う。
「姉上、愉しそうですね」
「微笑ましく見守っているわ」
「ふふっ、ステラは私がクラウ様と恋仲になってもならなくても、国に影響がないなら構わないものね」
「勿論。姉としては、弟の姉離れは寂しいけれど」
恋人や婚約者ができる前から、姉弟としての時間を過ごせたことは殆どない。王宮事情と言えばそれまでだが、今後も仲良くできる時間が減るのは寂しい。
「もし……あくまでも仮定としてですよ?俺とルカ様の婚姻が成ったとしたら、どちらに居を構えるのでしょう?」
「あら、想定が早いわね」
婚約話をすっ飛ばして居住場所の話とは、我が弟ながら時期尚早ではないか。まぁ、婚姻の可能性を考えるだけ、クラウディアも前向きなのだろう。……やはり、そこはほんの少し寂しいけれど。
「あくまでも、仮定です。俺もルカ様もそれぞれ王宮内で地位がありますし……一般的にはルカ様が嫁いで来られるのかと思いますが、ライゼルスのことも考えれば、ルカ様を手放すことは可能なのですか?」
「今は反王家派の力も奪い取っていますし、私がいなくなってもお兄様が治めるでしょう。正直、私はステラがお兄様と婚姻することが理想でしたけど」
「残念ね…友人としては今後も協力するわ」
ルカリアの目が少々恨みがましいのは、ステラとの縁談がなくなったことでアレクシスの婚約者候補が多すぎることか。大国の王太子、それも王位継承目前となれば当然の状況だ。
アレクシスの婚約者候補の家には、まだ油断ならない勢力もある。しかし、力を削ぎ過ぎればライゼルスの国力が衰える。匙加減が必要だ。ただ、その代わり防波堤として、ルゼノから最良の条件を満たす令嬢との縁談を打診しているのだから、睨まないで欲しい。
「ステラを義姉にするには、やはりクラウ様の妻になるしか…」
「目的はそれですか、ルカ様。まぁ、頼りになる姉ですがね」
「ステラは友人以上に、姉のような存在のなのです!合法的にお義姉様と呼びたい!」
ルカリアの願望に、クラウディアは「成る程」と納得したとばかりに頷いた。
「俺と婚姻すれば、義理の姉ですね。そうなると、俺はアレクシス王太子殿下を義兄上と呼ぶ訳ですか」
「そうですわ、ユエもお義兄様になるのですね!」
大変盛り上がっているようね。でも、クラウディア、ルカと婚約する方向でいいの?まぁ、それで仲良くなるなら構わないけれど。アレクとも仲が良いから、違和感がないのかしら。
ステラに呆れられているとは知らず、恋人未満の関係である筈の二人は既に将来設計へと飛躍させていた。




