イメージカラーと好きな色3
「──おや、本当に面白いことをしているね」
丁度、三人の心理テスト結果を解説したところで、馴染みのある声が聞こえた。
「ユエ兄上!」
「やぁ、仕事が片付いたから遊びに来たんだけど……ヴァイスに聞いた通りだね」
部屋の入口にいたのは、第一王子ユエルディーネだ。相変わらず、お伽噺の王子様を体現したご容姿です。残念ながら、女神のような異母妹様はお連れではないらしいが。
「ヴァイス殿下に?」
「あぁ、ヴァイスのところに寄ってから来たんだ。心理テストなんて、子供の頃以来だな」
なんだ、既にバレているのか。まぁ、ヴァイス様がユエ様に隠し事はできないだろうし。
「……因みに、ユエ様のお好きな色は?」
「うーん、濃さにも寄るけど、〈紫〉は好きだな」
「……成程」
予測とは異なるが、事実ユエは〈紫〉を好んでいるのだろう。王族の衣装とは高価で美しいが、ユエが身に着ける装飾品は紫水晶が多い気がする。
〈紫〉を貴色と定める国や〈紫〉を纏うのは王族だけが許されることになっている国があるとか、色に纏わる国の差異というのも致し方ないのかもしれない。……それでも、髪色差別は頂けないが。
「〈紫を好む人の傾向〉によると、ユエ様は…」
ちらり、と窺えば、彼の異母弟達は興味津々の様子である。…そんなに気になりますか。
「まず、〈繊細で、想像力が豊か〉」
「繊細…では王子はやっていけないね」
「ですが、想像力は、言い換えれば『先を見据える力』でしょう」
「確かに将来的な物事を想像し、対処する力という点では兄上は特に秀でていますね」
「それは違いない」
一項目を述べた瞬間、ユエの異母弟達は分析を始めた。本当に仲がいいものです。
「次に〈他者と違うことを好む〉」
「〈違うことを好む〉というより、兄上の想像力や聡明な発想について行けないだけですね」
「確かに。兄上の発想に、我々の愚鈍な頭が落ち着かないだけ」
「そもそも、人の思考とは異なるものです。それを臆せず、言葉にできることも一つ才というもの」
絶賛、褒め殺しである。
「更に〈神秘的、高尚なものに関心を持つ〉」
「兄上の趣味は読書ですし、外れないですよね」
「『何故』と考えられることがお好きなのだろう」
「そして、ある程度の予測を立て、答え合わせに調べることも苦労と思われませんからね」
本人そっちのけの盛り上がり様である。
「次に〈並外れた天性の才に恵まれ、感性や直感力に優れる〉」
「「あぁ…」」
「これに関しては、今までの功績が物語りますね」
納得、と三人揃って頷いた。
「最後に〈より高貴で美的なものを好む〉」
「兄上、センスいいですよね」
「簡潔な室内でも、物足りなさを感じさせない内装とか」
「お金をかけることが全て、などと言う方々とは違いますからね」
以上なのだが、心理テストを受けた本人以外が盛り上がっている。こういった遊びは馴染みがないのだろうが、それにしても第一王子への称賛が凄い。
「……ということですが?」
「えーっと、まぁ…間違いではないみたい、だね?」
ユエ本人は予想外の盛り上がりにやや表情を引き攣らせている。……まぁ、これは自分のことには疎い人だから仕方ない。
「君は、納得していない?」
「いえ、間違いではないのでしょうが、とは思いますが」
「その『が』の後が気になるね」
苦笑するユエを、ヒカルはじとっと見据える。
切り込むくらいなら、正直にお答え頂けますかね、お伽噺の王子様の顔をした為政者の王子様。俺の予測と異なるのはいいんですけど、少々気になることがあるので。
「……心理テストって、内容を知っていれば、その色を選ぶことも避けることもできるんですよねぇ」
「そうだね」
にこりと微笑むユエは相変わらず食えない性格だ。敢えて、自分で言い出す気もないか。
「ユエ様、ヴァイス様から何処まで聞きました?」
「心理テストで、ヴァイスが〈白〉を選んで、君に精神的に追い込まれたとか」
「な、何ですか!?それ!」
記憶にございませんよ!?ヴァイス様、何を仰っているんですか!
思わぬ言葉に目を瞠った。そんなヒカルの様子に、ユエはくすくすと笑う。
「ふふっ、だって、君はヴァイスに一切の慰めの言葉も掛けなかったらしいじゃないか」
「必要ですか?ヴァイス様に」
「いや、そうだね。あの子にはいらないよ…少なくとも、まだ」
「でしょう?要らないものを与えるなんて、無駄ではないですか」
ヴァイスには幼さがあっても決して弱くはない。それに必要があれば、兄弟や後見人のシュナイザー伯爵が慰めるだろう。……というか、小姓モドキに第四王子を慰められるかい。
「……君の考え方は、本当に年不相応というべきか」
何故だか、頭を抱えるように額に手をやったユエは困ったような顔をして、そう呟いた。
「因みに、ステラ様はいらっしゃらないのでしょうか?」
「ステラは…今日確か自分の庭で、招いた令嬢達とお茶会を開いている筈だけど」
「お茶会、ですか?」
お茶会──香り立つ紅茶と、様々な種の茶菓子。季節の花が彩る庭先に、煌びやかなドレスを纏った美しく聡明なる王女が思い浮かぶ。……物凄く華やかで美しく、穏やかな光景なのに『ステラ様のお庭で』って聞くだけで鳥肌が立ったのは何故だろう。
「もしかして、ライゼルスの妃候補選定会ですか?」
確か、ライゼルスの王妃候補をルゼノから打診する筈だ。ネクター公爵令嬢が有力候補とはいえ、あくまでも候補だ。掘り出し物探し──というのは失礼だが、新たな情報交換や友好関係を築く場としても、お茶会という名目の交流会は大事らしい。
「そんな感じかな…一応、候補の令嬢と王の側妃が何人か招かれている筈」
「ん?王のお妃様が混ざっているんですか?」
それは、ルゼノ王の娘であるステラからすれば、義理の母達ではあるまいか。しかも、その場はライゼルスの王妃候補を探しているのではなかったのか。それとも交流会という名目上、招待しただけなのか。
え?待って、その犬猿の仲ともいえるご自分の母君は招いていませんよね?ある意味、ライゼルスの王妃候補を見定める場で一触即発とか危険じゃありませんか!?
えぇ、ステラ様が幾ら相手を言い負かせるくらい舌戦がお強くても、流石に心配なんですが!……まさか、それも試験内容なのか?王の妃の諫め方みたいな?いや、恐ろしい試験内容だな…!
ヒカルが一人脳内で疑問と格闘していると、ユエが訝しがるように目を細めた。
「え、ステラや令嬢達と仲の良い妃達も沢山……スカイティア、ヒカルに王の側妃達の話ってしたことある?」
不意に、ユエがスカイティアに問うた。…ん?俺、何か不味いことを言った?
「申し訳ありません。確か異母兄弟の話の延長で、王には複数の妃がいることを…」
ユエ様達ご兄弟の関係性を知った時の説明ですね。『同じ母親を持つ兄弟がいないこと』と『王には何人もの妃がいること』は聞きました。でも、それって王に限らず、貴族階級では暗黙の了解では?本妻一筋なんて、寧ろ貴重種だった筈だけど。
ユエは何処か困っている様で、視線を彷徨わせている。
「あ、そっか。スカイティアも側妃のことに関しては疎いよね」
「そういえば…スカイティアの部屋に入り浸るようになっても、そのことに関しては説明する機会がなかったですね」
ふと、説明不足だったのは自分達の方だったと、異母兄達はお互いに確認するように視線を合わせた。
「うーん、基本的に側妃って聞いたら、王の妻だよね」
「実際、そういう扱いですしね」
「何か違う役割が?」
説明に困るようなユエとクラウディアの顔に、ヒカルとスカイティアは首を傾げる。
「いや、そもそも後宮に迎えられた経緯が違うというか…」
「ですが、この話は余り公にするような話ではないのでは?」
「そうだね…でも、一部の人間は知っているし。スカイティアとヒカルが知る分には問題ないと思う」
レーウィスも交じって相談する、王の側妃の話。……え、何その国家機密レベルの情報。
「よし、じゃあ、この中の話ね?」
「「はい」」
「事の発端は、王妃だったらしい」
ユエはスカイティアとヒカルの返事を聞いて、前置きをして話し出す。
「もう二十年以上も前のこと。とある高位貴族と下位貴族との間で婚姻を結ぶことになった」
「しかし、その下位貴族の令嬢には、騎士になった幼馴染の恋人がいた。しかも、その騎士は将来有望だったから、令嬢と将来は婚姻を結ぶことを約束していたし、家同士でもそれを認めていたんだ」
「それが、どうして?」
既に家同士で認められていたならば、婚約者と言い換えてもよいだろう。
「その令嬢は、その代でも美しいと有名な方でな…高位貴族に見初められたと言えば聞こえはいいが、その相手は既に高齢で、後妻と言っても孫と同じ年だったという」
「……ない話ではないですけど」
スカイティアやヒカルの年齢から考えると、余り現実的ではない話だが。
「しかも、その家は余りよくない噂のある家でな。王家からすれば、捜索対象になっていた」
「それが騎士になっていた青年の耳に入ったことで、一度は関係解消に納得したけど、元恋人の令嬢の為にも調査したいから退団すると上司に申し出た」
「「え…?」」
いきなり、将来有望とされた騎士様が退団してしまうのですか!?
「しかし、当時の上司から見ても、退団させるには惜しい男だったらしく…その話をお聞きになった王妃が『では、その娘を後宮に入れなさい』と仰ったそうだ」
「「は…?」」
何故、そうなった?
「高位貴族からの申し出は、特別な理由がない限り断れない。だからこそ更に上の『王の後宮に入るという理由があれば、娘はその貴族と婚姻を結ばなくていいことになるから』だそうだ」
「ただし、騎士には条件を出した。『半年以内に結果を出せ。さすれば、陛下は寛大なる心でこの娘を下賜されるだろう』と」
「……えーっと、後宮入りを理由に、悪評のある貴族との婚姻から遠ざけたんですか?」
身分で劣る令嬢を、条件付きで後宮への避難させたことになるのか。……王妃様もよく考えたな。
「そういうこと。因みに結果的には成功して、汚職疑惑のあった家は取り潰しになり、騎士は見事に下賜された令嬢と婚姻した」
「その方は、今近衛騎士団の副団長として勤められている。当時は令嬢だった夫人も、今はステラ姉上が意見を求められる程の情報通らしい」
おっと、当時は令嬢だった方にも価値があったんですね…!
「そういえば、副団長は今度侯爵になられると…」
「二十年前には考えられない話でしょうね」
「……それは、おめでとうございます?」
つまり、ルゼノ王の後宮は、表向きは王の側妃として扱うことで、女性達の身の安全を確保する場所であり、相手が問題解決に至ったら、王からの報奨──下賜という形で、本来あるべき婚姻関係に戻すのか。
「情報を追加すると、最初の一件は王妃の独断で、陛下に伝わったのは令嬢を後宮に入れてからだったらしい」
「……大丈夫だったのですか?」
王妃が勝手に側妃を増やすのは、どうなんだ?ルゼノ王が本気で見初めちゃったら、どうするの。
ヒカルの懸念は当然、スカイティア達の疑問でもある。揃って微妙な表情を浮かべたスカイティアとヒカルに、ユエは苦笑した。
「陛下は……一応『新しい妃が入った』と王妃に紹介されたらしいけど。王妃に対して『何か遊びでも思いついたのか?』と『程々にするように』と告げられただけで、令嬢だった夫人に見向きもしなかったらしい」
「……後宮に新しく入ったのに、王妃様の遊び扱いって」
「どうしても会わなければならない家なら、その家の当主が着飾って美辞麗句を並べ立てるからそれなりに付き合うけど、その必要のない相手イコール王妃の思い付き、という認識だったみたい」
ユエの説明に、ヒカルは乾いた笑いを浮かべた。……ルゼノ王陛下、王妃様を何だとお思いで?
「それからは当人ではなく、家や周囲に問題を抱えていたり、身分などの問題があって、有能な者同士が引き裂かれる場合には、王家公認で縁組をする為の裏技になったんだよね。王から下賜された妃ってだけで家にも拍が付くから、その家はある意味、王家が後ろ盾になっているようなものだし」
「その発端が王妃様って…陛下はとても信頼されていたのですね…」
「そうだね…そう言う点では後にも先にも、あの陛下の妻として、相棒として隣に立つ方はいなかったみたいだ」
本当に戦友みたいなものだったんだ、とユエは何処か寂しそうに締め括った。
彼にとって、今は亡き母親の話をしているのだから当然か。もう二度と会うこともなければ、新たに語れるような思い出を作ることもないのだから。
◆◇◆◇◆
「──お茶会は楽しかった?」
夕刻、第一王女の宮殿にある私室の長椅子でくつろいでいたステラの耳にそんな問いが入り込むと同時に、痩躯の影が彼女に覆い被さるように抱き込んだ。
「あら、兄上。お早いお帰りですわね、ヴァイスとスカイティアのところに行っていたのでは?」
何も知らないステラは可笑しそうに、自分を抱き込む異母兄の頭に手を伸ばして、そのまま頭を撫でた。何時も、彼女が異母弟達にするように。
「また、レノン王妃様のお話でもされたのですか?」
「え…?」
「決まっている訳ではありませんが…浮かない顔をされて、私の部屋にいらっしゃる程度には何か気掛かりが?」
思わぬ問に顔を上げたユエに、ステラはふふっと笑う。
「お見通しか。ねぇ、ステラ。君は次の内なら、どの色が好き?」
「心理テストですか?懐かしいですね」
「なんだ、バレているの」
「その聞き方で、察しがつかない方がおかしいです」
「……そう、君は何でもお見通しだ」
それで?と先を促され、心理テストの内容を告げた。
「……成程。当たらずとも遠からず、といったような内容ですね」
「そうだね…」
「それにしても、ヒカルは察しがいいですわね。私でも、ユエ兄上は〈黒〉だと思いますわ。敢えて避けたのか、とも」
ステラの問いに、ユエは何も言わない。しかし、その表情は珍しくも心境を表していた。
「兄上は、そういう人ですものね」
捨てられた子犬の様な、帰り道を失って迷子になった子供の様な顔をしている癖に。
その中にある感情を抑制し、表情を取り繕うことに慣れて素直になれず、言葉では一切語らない頑固さ。その意志の強さが剥がれ落ちてしまわないように、と必死な彼を知っている者は果たしてどれだけいるか。
(あぁ、やはり…ヒカルの心理テストは当たっていますわ。答えを避けて正解ですわね)
過去に幾度とも行った、己の内面と向き合う遊びと同じ内容だったから、二人はその答えを知っていた。そして、己の内面をさらけ出さないように、敢えて答えを外すのだ。
──あの日から、その身体の大きさも、抱き締める腕の強さも変わっている筈なのに。
ステラには彼の姿とあの日泣いていた幼子が重なった。




