イメージカラーと好きな色
「──ねぇ、ヒカル君。こんな話を知っているかい?」
馴染みの喫茶店という名の、情報屋のマスターは時々無償で情報──というべきか、雑学の様な教養──を与えてくれる。しかし、当然と言えば当然だが、役に立つこととは限らない。無償だし、求めている情報という訳ではないので別にいいのだけれど。
今日の情報が役に立つかは……まぁ、俺ではなくて、他の方の反応を見ましょうか。
「スカイティア様、好きな色はありますか?次にいう十一色から選んで下さい」
第三王子スカイティアの部屋には、部屋の主と側近のレーウィスだけだった。
「え、何?唐突に…?」
ヒカルに問われたスカイティアは目を瞬いて聞き返したが、少し悩むように視線を外した。因みに、その十一色とは〈赤・橙・黄・緑・青・紫・ピンク・ブラウン・グレー・白・黒〉である。
「……そうだな、強いて言えば、〈青〉かな」
スカイティアの返答は、一般的に好まれることの多い答えである。
無難だ。物凄く無難だ。言ってしまえば、面白みがない。
「……そうですか。レーウィス殿は?」
「私も、青系統の色は好きですね」
隣にいた側近にも問い掛ければ、同じ返答であった。
「……二人とも当て嵌まりますが、微妙か」
「何の話?」
首を傾げる二人に内容を告げようか、と思案するが、直ぐにばらしては面白くない。
「ちょっと総合して考えたいので。ネタ晴らしは後で」
「え、気になるんだけど」
「因みに、今日は何方かの訪問予定はあるのでしょうか?」
主人からの問いかけをスルーして、他に尋ねられそうな人物を探すことにした。
「それでしたら…あぁ、クラウディア様は午後は非番だったかと」
「あぁ、それなら一緒に過ごせそうだね」
クラウディアの仕事が休みとなれば、やって来るだろう。既にシーザス公爵家からの干渉は途絶えているだろうが、習慣化したのか、クラウディアは非番の日には必ずと言っていいほど、スカイティアの部屋に顔を出す。
「……では、その前に聞けそうな方に聞いてきます」
「え?」
思い立ったが吉日とばかりに、ヒカルは部屋を出た。向かう先は、神出鬼没な第四王子が高確率で出没する第三王子の宮殿付近の馬場である。
しかし、目当ての人物はいなかった。残念。
が、そこで落胆するだけでは終わらない。第三王子の宮殿は意外と──これは隔離されている筈なのに、という意味で──色々な所に繋がっている。
……まぁ、此処も王宮の一角だしね。繋がっていないと困るんだろうけど。
それはさて置き、普段の馬場から石造りの回廊を抜けた先、そこから庭を超えれば──とは言っても、通常ルートではないが──、そこに現れるのが第四王子の宮殿だ。
恐らくだが、初めてヴァイスと会った時やその後に護衛を撒いてきた時、彼が使った隠し通路なのだろう。仕切りのように存在する壁を超えるか、同じく障壁となる樹木の抜け穴を通ることで、迂回するルートよりも遥かに短縮できる道であるのだが。
……多分、ステラ様の従者であるシュテルイン殿が俺を抱えて使ったのが前者。後者は身体が成長途中のヴァイス様…と、俺くらいしか通れないから。
「……あれ、今日は別ルートで帰ったかと思ったのに」
庭先で本を読んでいたらしい第四王子ヴァイスに驚く様子はない。彼は、ヒカルがユエの御使いで外出する際、第四王子の宮殿付近を抜け道に使っていることを知っているからだ。
……というか、本人が使っているから予測が付くのだろうね。見つかった時には吃驚したけど、ヴァイス様は気にしないで使っていいと許可をくれた。主の許可を頂いたので、割と気安く使っている。ありがたや、ありがたや。
「えぇ、少々お尋ねしたいことがありましたので。この時間ならば、ヴァイス様が庭先にいらっしゃるだろうかと思って参りました」
「御使いの帰りじゃないんだ。珍しいね、何?」
「ヴァイス様のお好きな色は何色ですか?」
「……また、唐突な。心理テストか何か?」
「ズバリ当てましたね、その通りです」
スカイティアからの追究は逃れたのに、ヴァイスにはあっさりと見破られてしまった。せめて選択肢を聞いてから見破って欲しかった。
喫茶店のマスターはそういった雑学に詳しい。情報屋として、人間の心情を探ったり、ある程度の傾向を見出す手練手管には事欠かないのだろう。この心理テストも、その一種と思われる。
「ふーん、まぁ…君が求めているものに当てはまる意味で応えられるかはさて置き、僕の好きな色は名前の通り、〈白〉だね」
「へぇ、ちょっと意外です」
「そう?僕のイメージカラーは白じゃなかったの?」
「それは、私の印象的な問題でして。個人の好みはまた別物だとばかり」
ヒカルからすると、ヴァイスの印象は確かに名前の通り〈白〉なのだが。
「大人っぽさを求める余り、好まれる色は〈黒〉や〈グレー〉といった落ち着いた色が好きなのかと」
ルゼノでは確かに〈黒〉は忌避される色だが、ヴァイスには『金髪至上主義』の思考はないし、他人が忌避するからと言って気にする性格もしていない。……まぁ、流石に公の場で黒い服を纏うことはしないけど。というか、流通しているのかってレベル。
「……あぁ、そういう心理テスト?その心理テストだと、〈白〉を好む僕はどういった傾向になるの?」
「素直で純粋、誠実。間違ってないですけど」
「そうなるんだ…」
ヴァイスは苦笑した。
ヒカルは情報源のマスターから貰った紙を広げ、〈白を好む人の傾向〉の項目を辿る。
「他にも〈完璧を求める努力家〉という面もあるそうですが」
「……頑張れているかな、僕は」
「さて、その評価は人其々ですからね」
ぽつり、と溢したような言葉に、ヒカルは答えを不明とした。〈努力家〉というのは、結局、努力を持続できる人ってことですからねぇ。先は長いですよ。
「……君の中に『労わる』とか、せめて『世辞』とかいう言葉はないのかい?」
「おや、慰めの言葉をご所望でしたか」
それは失礼致しました、と告げれば、ヴァイスは微妙な顔をした。
嫌ですね、ヴァイス様。俺の性格は知っているでしょう?苦労されているのでしょうが、その努力を知らない者からの労りの言葉など、上っ面にしか聞こえないでしょうに。
「まぁ、そうだったね…で、兄上達にも聞いたの?」
「スカイティア様とレーウィス殿にはお聞きしました。当て嵌まる項目もありますが、スカイティア様に対する予測とは異なりましたね」
「あぁ、この間のイメージカラー?」
ヴァイスとは以前にも〈色〉を話題にしたことがあった。
「私が抱くイメージカラーとは異なりましたね…まぁ、そういうものでしょうけど」
「……因みに、ティア兄様達は何を選んだの?」
「お二人とも〈青〉でしたよ。〈青を好む人の傾向〉も、間違ってはいないんですけどね」
紙面を覗き込み、ヴァイスは「あぁ、確かに」と納得した。
「当て嵌まるけど、ティア兄様は〈緑〉の可能性が高かったのか」
「えぇ……これを貰った時に予測を立てたんですけど、最初から外れました」
〈緑を好む人の傾向〉と綴られた箇所には、スカイティアに当てはまるだろう文面が書かれている。
〈穏やか。何事にも堅実的〉……かは置いておいて、〈我慢強く、人との争いを好まない〉〈礼儀正しい〉〈人と強調するあまり自己主張が弱い〉などと正しくスカイティアに当て嵌まる項目である。
しかし、本人が選んだのは〈青〉なのである。…まぁ、〈青〉の項目も〈緑〉と似通った文もあるのだが、そこは〈緑〉が〈青〉と一緒に寒色に分類されることもあるからだろうか。
「……色から推測するのも、面白そうだね」
「えぇ、外していますが」
「あぁ、君がレーウィスに立てた予測は〈青〉なんだ」
「えぇ、整理整頓が得意なので」
「え、それ一択?」
レーウィスに対するイメージカラーは〈黄〉や〈橙〉など明るい色合いなのだが、心理テストでいうと当て嵌まりそうな色は〈青〉だった。
「〈冷静で、理知的〉…〈誠実で、控え目〉…社交性はあるので〈内向的〉というのは当て嵌まりそうにもありませんが」
「それは確かに…レーウィスは社交的だよね。君の、レーウィスに対するイメージカラーが暖色系なのは理解できる」
レーウィスの穏やかさや優しい性格からしても、ふんわりとした暖色系を思い浮かべるだろう。しかし、心理テストの内容からすると、暖色系とは少々違う気がするのだ。
「他の…クラウ兄上達に立てた予測は?」
「楽しんでいます?」
「あぁ、とても。君が言ったように、兄上達が君に見せる顔と、僕が見る顔は別物らしいからね」
ニコニコと上機嫌そうなヴァイスに、ヒカルは予測を立てた紙を渡した。
「……へぇ。理由としては、クラウ兄上が一番分かり易いね。実際は分からないけど、僕もそう予測するな」
「意外には思われない?」
「うん…姉上も、僕も同じ予測だね。でも、どうしてユエ兄上が、この色なの?」
「そうですね…強いて言えば、ユエ様との初対面で抱いた印象…勘ですね」
ヴァイスの問いも、尤もだと思う。ユエもまた柔らかな雰囲気を持っているからこそ、お伽噺の王子様を連想させられるのだから。しかし、ヒカルがユエに当て嵌めた色は違う。
「ま、分からなくはない。僕から見たユエ兄上も、表向きの色と内面が違うように感じるし」
「……ヴァイス様も、そう思われるのですね」
やはり同じルゼノ王の血を引くからか、人を見る観察眼はあるようだ。ユエに追いつくことができるかどうかはさて置き、ヴァイスもまた王になる為の資質がある、紛れもない王位継承権を持つ王子なのだろう。
「答え合わせが終わったら、また来てよ」
「えぇ、すぐに終わると思いますので。明日か明後日にはご報告できるかと」
「……いいねぇ、簡単に会える距離が羨ましい」
ふっと、静かに何処か寂しそうな笑い方は、紛れもない彼の本心を表している。
スカイティアを、彼ら兄弟を見ていたから知っている。だからこそ、歪な異母兄弟達の、会いたくても容易に会えない関係がもどかしい。
「いっそ…」
「ん?」
「髪を染めるとか?ヴァイス様だとバレなければ、いい気がするんですけどね」
「……君って、発想が大胆だよね」
ヴァイスは一瞬唖然として、次いで失笑する。……そんなに可笑しなことを言いましたかね?
王宮内では派閥争いなど面倒事があるというが、担ぎ上げられている王子達が蹴落とし合いをしている訳ではないのだ。こうしてヒカルが第四王子の宮殿までやってくるように、人目を避けて移動すれば、或いは城下で待ち合わせすれば、問題ない気がするのだが。
「でも、それもいいかもね……あぁ、そろそろ行った方がいい。そろそろ君に馴染みのない輩が来る」
「左様ですか、では失礼致します」
ヴァイスと、最近顔馴染みになった第四王子付きの護衛騎士に挨拶をして、ヒカルは第三王子の宮殿に戻った。




