↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【毎日更新中】ぼっちで陰キャの俺が隣の席のマドンナに誤って告白した結果、世話焼き彼女が誕生した‼︎  作者: 黒子丸
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/21

第6話 帰宅後の2人 ーー龍弥sideーー

――辻 龍弥 side――


 由紀の姿が見えなくなってからも、龍弥はしばらくその場を動けなかった。


 頬に触れた指を離し、また触れる。


 何度確かめても、先ほどの感触が戻ってくるわけではない。


 それでも、つい手が伸びてしまった。


(……キス、されたんだよな)


 思い返した途端、顔が熱くなる。


 慌てて周囲を見回したが、こちらを気にしている人はいなかった。


 龍弥は鞄を持ち直し、ようやくマンションへ向かった。


 エントランスを抜け、エレベーターに乗る。


 一人になったところで、小さく息を吐いた。


(名前、呼んだだけだぞ……)


 家族以外の同年代の女子を、下の名前で呼ぶ。


 それだけでも、龍弥にとっては十分に勇気のいることだった。


 嫌がられたらどうしよう。勘違いだったら、どう言い訳しよう。


 そんなことまで考えて、ようやく口にした名前だったのだ。


 まさか、その返事が頬へのキスだとは思わなかった。


(素敵なご褒美って……そういうことかよ)


 最後に見た、由紀の赤い顔を思い出す。


 あのときは自分のことで精いっぱいだった。


 けれど、今振り返ると、彼女もずいぶん恥ずかしそうにしていた気がする。


 由紀は、男性が怖かったと言っていた。


 そんな彼女が、自分から近づいてくれた。


 そう考えると、胸の奥がまた落ち着かなくなった。


     *


 部屋へ入り、鞄を下ろす。


 誰もいない室内は、出かける前と何も変わっていなかった。


 机の上の参考書も、読みかけの漫画も、朝のままだ。


 それが、少し不思議だった。


 自分には、信じられないようなことが起きたのに。


 龍弥はベッドの端へ腰を下ろした。


 由紀と一緒に帰ったこと。


 勉強する約束をしたこと。


 部活を見学するときには、教えてほしいと言われたこと。


 一つずつ思い出していると、自然に口元が緩む。


 そのとき、スマートフォンが震えた。


 画面に表示されていたのは、妹の静からのメッセージだった。


『おにぃ、もう高校入って一か月だけど、友達できた? ちゃんと誰かと話してる?』


 龍弥は、思わず苦笑した。


 静からは、三日に一度くらいの頻度で連絡が来る。


 用事があるときもあれば、今日食べたものや、学校であったことを一方的に送ってくるときもあった。


 そして最後には、大抵、兄の学校生活を気にする言葉がついてくる。


 これまでは、そのたびに似たような返事をしていた。


 まだ、特に誰とも話していない。


 友達と呼べる相手もいない。


 家族にまで見栄を張っても仕方がないと思っていたが、送信するたび、少しだけ情けなくなった。


 けれど、今日は違う。


 龍弥は画面を見つめ、文字を打ち込んだ。


『聞いて驚け。兄ちゃんに彼女ができたぞ』


 少し迷ってから、付け足す。


『しかも、すごい美少女』


 送信すると、すぐに既読がついた。


 龍弥は、返事を待った。


 今度こそ、静を驚かせられる。


 そう思っていたところへ、短い返信が届いた。


『は?』


 続いて、もう一通。


『おにぃ、急にどうしたの?』


『どうしたも何も、そのままの意味だよ』


『この前まで、話す人もいないって言ってたじゃん』


『今日できたんだから仕方ないだろ』


 しばらく、返信が途切れた。


 驚きすぎて言葉も出ないのかもしれない。


 龍弥が少し得意になりかけたところで、画面がまた動いた。


『……寂しくなって、そういう冗談言ってるんじゃないよね?』


『違うわ』


『私、今週の土曜日は予定ないよ。会いに行こうか?』


 どうやら、まったく信じていないらしい。


『慰めてもらわなくても大丈夫だって』


『別に、それだけじゃないし。おにぃ、ちゃんとご飯食べてるか気になるし』


 普段は兄に甘えてくるくせに、こういうときだけは世話を焼きたがる。


 もっとも、一人暮らしを始めてから、心配をかけている自覚はあった。


『飯は食ってるよ』


『どうせ、スーパーのお惣菜ばっかりでしょ』


 冷蔵庫の中を思い出し、龍弥は言葉に詰まった。


『……毎日じゃない』


『ほら。じゃあ、土曜日に行くね』


『彼女の話から、ずいぶんそれてないか?』


『だって、まだ信じられないんだもん』


 龍弥は小さくため息をつく。


 自分自身、まだ現実感がないのだから、静を責めることもできなかった。


『本当だって。同じクラスの子』


『……同じクラス?』


『うん。今日、話して。それで、いろいろあって』


『いろいろって何?』


 詳しく説明しようとして、指が止まった。


 席替えのあと、教室で言い間違えたことから話すべきだろうか。


 それとも、先輩から助けたことか。


 ただ、あの出来事には由紀の事情も関わっている。勝手に細かく話していいのか、わからなかった。


『長くなるから、そのうちな』


 そう送ると、すぐに返事が来た。


『変なのに巻き込まれてるんじゃないよね?』


『巻き込まれたっていうか……』


『罰ゲームとかじゃない? そういうの、ちゃんと確かめた?』


 龍弥の指が止まった。


 画面の文字を、もう一度読む。


 胸に残っていた温かさの中へ、小さな棘が入り込んだようだった。


『そんなんじゃないと思う』


 打ってから、「と思う」を消そうか迷う。


 その前に、静から次のメッセージが届いた。


『おにぃ、そんな簡単に人を信用しないでしょ』


『中学のときのこともあるし……心配なんだよ』


 龍弥は、スマートフォンを持ったまま動きを止めた。


 静が心配する理由は、わかっていた。


 あの頃のことは、妹も知っている。


 高校へ入ってからも人と距離を取っていた兄に、突然恋人ができたと言われたのだ。すぐに喜べなくても、不思議ではなかった。


 けれど、その言葉を読んだ途端、忘れかけていたためらいが戻ってきた。


 本当に、信じていいのだろうか。


 そう考えてから、龍弥は眉を寄せた。


 由紀の言葉にも、笑顔にも、嘘をついているようなところはなかった。


 彼女は自分の気持ちを、きちんと伝えてくれた。


 今日、知り合ったばかりだというだけで、それを疑うのは違う気がした。


 むしろ、言えていないことがあるのは、自分の方だった。


     *


 友達になってください。


 五時間目の席替えで隣になった由紀へ、本当は、そう伝えるつもりだった。


 けれど、緊張して言葉を間違えた。


 その結果、告白として受け取られ、気づけば由紀と付き合うことになっていた。


 嬉しかった。


 彼女に好かれているとわかったときも、名前を呼んで笑ってもらえたときも。


 もっと話したいと思ったし、明日も一緒に帰りたい。


 それは、間違いなく自分の気持ちだ。


 ただ――。


(それが、好きってことなのか?)


 龍弥には、まだわからなかった。


 由紀はきれいだ。


 笑ってくれると嬉しいし、近くにいると緊張する。


 けれど、生まれて初めての恋人なのだ。何もかもが初めてで、どこまでが驚きで、どこからが恋なのか、うまく分けられなかった。


 わからないまま、彼女の言葉にうなずいてしまった。


 誤解を説明しようとしたのに、結局、言えなかった。


(……自分が嬉しいからって、それでいいのかよ)


 由紀ががっかりする顔を見たくなかった。


 せっかく近づけたのに、また離れてしまうのが怖かった。


 そんな自分の都合も、確かにあった。


 先輩は、由紀の気持ちを聞こうとしなかった。


 自分は彼女の気持ちを聞いたくせに、その返事に必要なことを、まだ伝えていない。


 同じことではない。


 頭ではわかっていても、それで安心することはできなかった。


 スマートフォンが震える。


『おにぃ?』


『怒った?』


『ごめん。いきなり罰ゲームとか言ったのは、言いすぎた』


 龍弥は画面へ目を落とした。


 静に悪気がないことくらい、わかっている。


 ただ、すぐに返事をする気持ちにはなれなかった。


 何を送れば、自分でも納得できるのだろう。


 大丈夫だと、言い切っていいのか。


 しばらく迷った末、短く打ち込む。


『怒ってない。心配してくれてありがとな』


 続けて、もう一通。


『今日はちょっと疲れたから、また今度話す』


 送信すると、間もなく返事が来た。


『うん。ちゃんと休んでね』


『土曜日は行くつもりだから。都合悪かったら教えて』


 龍弥は、その文字を見つめた。


『わかった。土曜日な』


 それだけ返して、スマートフォンを置いた。


     *


 冷蔵庫から惣菜を取り出し、ご飯と一緒に温める。


 電子レンジの前で待っていると、静に言われたことを思い出した。


 確かに、今日も惣菜だった。


 いつもなら少し言い訳を考えるところだが、その日は、温まった皿を運ぶだけで精いっぱいだった。


 夕食を済ませ、風呂に入る。


 湯気の中で目を閉じると、教室で見た由紀の顔が浮かんだ。


 付き合ってください、と言われたときの、緊張した表情。


 帰り道で、楽しそうに話していた声。


 最後に、名前で呼んでほしいと言った赤い顔。


 思い出すたび、嬉しさと後ろめたさが交互に押し寄せた。


 風呂から上がり、布団へ潜り込む。


 枕元のスマートフォンを手に取り、そこで、由紀とはまだ連絡先も交換していないことに気づいた。


 家の場所は知っている。


 明日も、教室へ行けば隣にいる。


 けれど、今、何かを伝えようとしても、その手段はなかった。


 もっとも、連絡できたとして、何を送ればいいのかも決められなかっただろう。


 龍弥は画面を消して、仰向けになった。


(……明日も、会うんだよな)


 いつもなら、学校で誰とも話さずに終わることを考えていた。


 今は、会いたい相手がいる。


 その変化だけは、はっきりわかった。


 けれど、明日彼女を前にしたとき、自分はちゃんと言葉にできるだろうか。


 龍弥は頬へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。


 嬉しかったことまで、間違いにしたいわけではなかった。


 それなのに、どうすればいいのかわからない。


 答えの出ないまま、龍弥はゆっくり目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。