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【毎日更新中】ぼっちで陰キャの俺が隣の席のマドンナに誤って告白した結果、世話焼き彼女が誕生した‼︎  作者: 黒子丸
1章

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第5話 その後の2人

「……本当に、俺でいいの?」


 ようやく口から出たのは、そんな言葉だった。


 目の前の高野さんが、不思議そうに首をかしげる。


「俺、さっき先輩に言われたとおり、ぼっちで陰キャだよ。高野さんとは、全然釣り合ってないと思うんだけど……」


『もう。私と付き合いたくて、告白してくれたんじゃないの?』


「そ、それは……」


『だったら、そんなにびっくりしないでよ。私まで恥ずかしくなるでしょう?』


 そう言って、彼女は頬を染めながら笑った。


 俺が今まで見てきた中で、一番きれいだと思う笑顔だった。


 胸の奥が、落ち着かなくなる。


 嬉しい。


 それは、間違いなかった。


 けれど、席替えのあと、隣に座った彼女へ伝えたかったのは、本当は――。


「あの、さっきの告白なんだけど……」


『うん?』


 高野さんが、こちらを見上げる。


 続きを待っている、その顔を見た途端、言葉が喉につかえた。


 友達になってくださいと、言うつもりだった。


 そう説明しなければならないのに、どう切り出せばいいのかわからない。


 さっき自分で、だめじゃないと答えたばかりだ。それなのに今さら間違いだったと言ったら、彼女はどんな顔をするだろう。


「……いや、その」


『もしかして、まだ信じられない?』


「……うん」


 それも、嘘ではなかった。


 高野さんは少し困ったように笑い、それから、何かを思いついたように人さし指を立てた。


『じゃあ、まずは訂正からです』


「訂正?」


『さっきの龍弥くんの言葉に、二つあります』


 俺は慌てて、自分の発言を思い返した。


 ぼっち。陰キャ。釣り合っていない。


 ……二つどころではない気もする。


『まず、「俺なんか」って言いそうな言い方をしないこと』


「え?」


『私がいいって言ってるのに、龍弥くんが自分を悪く言ったら、私、困っちゃうよ』


 彼女は立てていた指を下ろした。


『まだ、龍弥くんのことはほとんど知らないけど……今日知ったところだけでも、もっと一緒にいたいって思ったの』


 まっすぐな言葉だった。


『だから、私が知らないところも教えてほしいし、私のことも知ってほしい。釣り合うかどうかは、そのあとで一緒に考えても遅くないでしょう?』


 俺は、すぐには答えられなかった。


 自分のことを、そんなふうに言ってもらった覚えがなかった。


「……ありがとう」


 ようやく口にすると、高野さんの表情が少し和らぐ。


「俺、自分のことをよく思えないところがあって。たぶん、すぐには変えられないけど……そういう言い方、気をつけるよ」


『うん。それなら、よろしいです』


 わざと少し偉そうに言われて、俺も小さく笑った。


「それで、もう一つは?」


『本当にわからない?』


「……ごめん。わからない」


 先ほどから、失敗ばかりしている気がする。


 俺が考え込んでいると、高野さんは楽しそうに目を細めた。


『じゃあ、今日、一緒に帰ってお別れするまでの宿題にします』


「宿題?」


『正解できたら、素敵なご褒美をあげましょう』


 ご褒美。


 その一言が、妙にはっきり耳に残った。


 いったい、何をもらえるのだろう。


 考えかけたところで、その前の言葉にも、とんでもない内容が含まれていたことに気づく。


「……待って。一緒に帰るって、俺と高野さんが?」


『ほかに誰がいるの?』


「いや、そうだけど……!」


 当たり前のように返されて、頭が追いつかない。


 高野さんの笑顔が、少しだけ曇った。


『……一緒に帰るの、困る?』


「困らない! 全然!」


 思ったより大きな声が出た。


 慌てて、少し声を落とす。


「むしろ、嬉しいです。……かなり」


『よかった』


 彼女が、ほっとしたように笑う。


 その顔を見ているだけで、また何を言えばいいのかわからなくなった。


     *


 帰る前に、入口近くへ広げたワックスを拭き取った。


 高野さんが乾いた雑巾を持ってきてくれたので、俺が先に拭き、彼女にはそのあとを確認してもらう。


「そっちは滑らない?」


『うん。大丈夫だと思う』


 最後に俺も靴底で慎重に確かめ、使った道具を片づけた。


 それから、二人で職員室へ向かった。


 先生を前にすると、教室で考えていた説明がうまくまとまらなかった。


 先輩が高野さんを怒鳴っていたこと。


 逃げたあとも追いかけてきたこと。


 俺が床へワックスを広げ、先輩を転ばせたこと。


 順番を確かめながら話すうちに、高野さんも隣から言葉を足してくれた。


 録音を聞いてもらっている間は、二人とも黙っていた。


 先生には、危ないことをしたと注意された。


 俺はうなずき、頭を下げた。


 そのうえで、先輩側にも事情を確認すること、また何かあったらすぐに知らせることを伝えられた。録音も消さずに残しておくよう言われた。


 何もかもが、その場で終わったわけではない。


 それでも、職員室を出たときには、教室にいたときより少しだけ息がしやすくなっていた。


『……一緒に来てくれて、ありがとう』


「俺も、関わったんだから」


 そう答えると、高野さんは隣で小さくうなずいた。


     *


 靴箱へ向かう途中、何度も視線を感じた。


 廊下に残っていた生徒や、部活動へ向かうらしい上級生が、俺たちを見ている。


 高野さんに気づいて、それから隣の俺へ目を向ける。


 そんな反応が続くと、どうしても背筋が固くなった。


 さっき一人で帰ろうとしていたときには、誰にも気にされなかったのに。


 隣の高野さんは、俺ほど周囲を気にしていない様子だった。


 靴を履き替え、昇降口を出たところで、彼女がこちらを向く。


『ねえ、龍弥くんって、休日は何をしてるの?』


「休日?」


『うん。どこかに出かけたりする?』


「……あんまり。勉強したり、漫画を読んだりしてることが多いかな」


 アニメも見る。


 けれど、そこまで続ける前に、相手の反応をうかがってしまった。


 趣味を聞かれただけなのに、どこまで話していいのかわからない。


『漫画、読むんだ。どんなの?』


「えっと、いろいろ。スポーツものとか……」


『私、詳しくないから、おすすめがあったら教えてね』


「あ、うん」


 それなら、話してもよかったのだろうか。


 そう考えているうちに、彼女は次の話題へ移っていた。


『それに、休日も勉強してるんだね。龍弥くんって、成績いいの?』


「悪くはないと思うけど……高野さんほどじゃないよ。入試、首席だったんだよね?」


『うん。でも、入ってからは友達と遊んでばっかりだから、そろそろちゃんと勉強しないと』


 高野さんは少し苦笑し、それから顔を上げた。


『そうだ。もうすぐ中間試験でしょう? よかったら、一緒に勉強しない?』


「えっ、いいの?」


『私から誘ってるんだけど』


「そ、そうだった。……ぜひ、お願いします」


 思わず敬語になると、高野さんが笑った。


 一緒に帰るだけでも、まだ落ち着かない。


 それなのに、次の約束までできてしまった。


 忘れないようにしなければと考えてから、こんな約束を忘れられるはずがないと思い直す。


 何をしていても、思い出してしまいそうだった。


「そういえば、高野さんの家って、どの辺?」


『小学校の近く。大きなスーパーがあるの、わかる?』


「ああ。俺も、そこ使ってる」


『その近くだよ。うちの前に、八階建てのマンションがあるんだけど』


「……もしかして、俺が住んでるところかも」


 マンションの名前を伝えると、高野さんが目を丸くした。


『そう、そこ! 龍弥くん、あそこに住んでるの?』


「うん」


『すごいね。こんなに近かったんだ』


 高野さんが嬉しそうに笑う。


『じゃあ、これからも一緒に帰れるね』


 これからも。


 その言葉を、頭の中でもう一度繰り返した。


 今日だけの話ではないらしい。


 明日も、その次も。


 学校が終わったら、高野さんと並んで帰る。


「……うん」


 返事をするだけなのに、少し時間がかかった。


 彼女が隣にいることに、まだ慣れない。


 けれど、この道をまた一緒に歩けるのだと思うと、次の日の放課後が、少し楽しみになった。


     *


『龍弥くんは、部活に入る予定ある?』


 校門を離れてしばらくしたところで、高野さんが尋ねた。


「中学ではバスケをやってたから、高校でも……とは思ってた」


『そうなんだ。まだ見学はしてないの?』


「うん。何度か、体育館の前までは行ったんだけど」


 中から聞こえるボールの音や、部員たちの声を思い出す。


「……一人だと、どうにも入りづらくて。そのまま帰ってた」


 誰に声をかければいいのか。


 途中から入って、練習を止めてしまわないか。


 そんなことを考えているうちに、結局、扉を開けられなかった。


「高野さんは?」


『私は、入らないつもりだったんだけど……』


 彼女が、少し考える。


『龍弥くんがバスケ部に入るなら、見学してみようかな』


「バスケ、やるの?」


『ううん。私、そんなに運動が得意じゃないから。マネージャーって、募集してるのかなと思って』


「マネージャー?」


『うん。前に、部活紹介で聞いた気がするんだ』


 意外で、思わず彼女を見る。


 高野さんは、少し照れたように笑った。


『最初は、どこへ行っても目立っちゃいそうで、迷ってたの。友達にも、いろいろ誘ってもらったんだけど』


 その説明には、妙に納得してしまった。


 彼女が見学へ来たと聞けば、それだけで人が集まりそうだ。


『でも、龍弥くんと一緒なら、行ってみたいなって』


「……俺に合わせなくても、いいんだよ?」


『合わせるだけだったら、言わないよ』


 やわらかい声で返される。


『一緒にいられるのも嬉しいし、龍弥くんがバスケしてるところも見てみたい。でも、お仕事はちゃんと知ってから決める。邪魔しに行くわけにはいかないでしょう?』


「……そっか」


『だから、まずは見学。龍弥くんも、行くときは教えてくれる?』


「うん。まだ、いつ行くかは決めてないけど」


『決まったらでいいよ』


 急かされなかったことに、少しほっとした。


 俺一人だったら、また入口の前で迷うかもしれない。


 それでも、高野さんと見学する約束があるなら、今度は中へ入れる気がした。


     *


 話しているうちに、見慣れたスーパーの看板が見えてきた。


 もう、家の近くだ。


 普段なら長くも短くも感じない道なのに、今日は妙に早かった。


 マンションと、高野さんの家へ続く道の分かれ目で、二人そろって足を止める。


『もう、着いちゃったね』


「……うん」


 高野さんも、少しだけ名残惜しそうに見えた。


 そう思うのは、自分に都合よく考えすぎだろうか。


『あ、そうだ。宿題の答えは?』


「……あ」


 完全に忘れていた。


「ごめん。高野さんと話すのに夢中で、考えてなかった」


『ふふっ。それなら、仕方ないかな』


 彼女が楽しそうに笑う。


『でも、ご褒美はお預けです』


「……残念」


 つい本音が漏れると、彼女はますますおかしそうに笑った。


『そんなに楽しみにしてたの?』


「いや、何なのか、気になって……」


『それは、正解してからのお楽しみ』


 結局、教えてもらえなかった。


 もう一度考えようとしたが、彼女が手を振る。


『じゃあ、また明日ね』


「あ、うん。また……」


 言いかけて、ふと気づいた。


 高野さんは、俺のことを名前で呼んでいる。


 教室で、先輩へ向かって言ったときから。


 俺はずっと、高野さんのままだ。


 もしかして。


 訂正するところが、もう一つあるというのは――。


『龍弥くん?』


 立ち止まったままの俺を、高野さんが不思議そうに見ていた。


「……なんでもない」


 違っていたら、どうしよう。


 馴れ馴れしいと思われたら。


 そんなことを考えてから、自分で自分に呆れそうになる。


 付き合ってくださいと言われたばかりなのに、名前を呼ぶだけで、こんなに迷うのか。


 高野さんが、もう一度手を振った。


『じゃあ、また明日』


「うん。……また明日、由紀さん」


 言ってしまった。


 途端に、心臓がうるさくなる。


 彼女の手が、途中で止まった。


『……今、名前で呼んでくれた?』


「ご、ごめん。嫌だったら、戻すから」


『戻さなくていい!』


 すぐに返事が返ってきた。


 二人で少し驚いて、顔を見合わせる。


 由紀さんの頬が、ゆっくり赤くなった。


『……宿題、正解です』


「じゃあ、もう一つって」


『うん。私だけ名前で呼んでるの、ちょっと寂しかったから』


 そんなことを気にしてくれていたのか。


 嬉しくなったのに、うまく言葉にできない。


 俺が立ち尽くしていると、由紀さんが一歩近づいた。


『だから、ご褒美』


「え?」


 彼女の指が、俺の袖にそっと触れる。


 次の瞬間、頬にやわらかい感触があった。


 ほんの一瞬だった。


 顔を離した由紀さんが、真っ赤になって俺を見ている。


『……これからは、名前で呼んでね』


 俺は、返事もできなかった。


 彼女は照れたように笑い、もう一度だけ手を振る。


『また明日、龍弥くん!』


 今度こそ、由紀さんは自分の家へ向かって歩き出した。


 その後ろ姿を、俺はただ見送っていた。


 角を曲がって見えなくなってから、ようやく自分の頬へ手を伸ばす。


 指先で触れても、さっきの感触は戻ってこない。


 それなのに、そこだけ妙に熱かった。


「……本当に?」


 誰に聞くでもなく、つぶやいた。


 返事はない。


 ただ、最後に呼ばれた自分の名前が、いつまでも耳に残っていた。

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